第529話 戴冠式前日

ドワーフの職人達の相手は戴冠式が終わるまでミサにお願いした。吟遊詩人とエルフ達に紹介してあとはちょっとの間任せきりになるけど、酒を渡してあるから問題はない。



あぁ、とうとう王室の馬車が迎えにきてしまったので、俺達の服をお迎えの人に預けて馬車に乗る。俺、ダン、シルフィードの3人だ。


「いってらしゃいませ、ぼっちゃま。頑張って来てくださいね」


ミーシャが見送りしてくれる。連れていきたかったけど無理だった。お城には別にお付きをつけるからだと。



ミーシャに手を振りながら豪華な馬車で出発する。


「なんか緊張するね」


「それより、式典って俺キライなんだよね。長いし面倒臭いんだよ」


「でも、戴冠式なんて一生に一回見れるかどうかだろ?」


「そりゃそうだけどさ。面倒臭いのには変わりはないよ」


ドン爺とエイブリックのやつじゃなかったらなんとか出なくて良い口実を作ったんだけどな。というより招かれることもなかっただろうし、こんな身分もなかったよな。まさかこの世界でこんなに出世するとは思わなかった。会社役員どころの話じゃないからな。改めてそう思うとブルッと身震いした。



城に到着。料理の手伝いで来たことはあるけど、客としてくると改めて凄いな。


来賓用の宿泊施設というか迎賓館というのだろうか。別の建物に向かって馬車は移動していく。いまは冬なので枯れた色の芝生だが、春先だとそれはそれは綺麗な庭園なんだろうな。ここだけで観光客呼べるだろう。



「こちらでございます」


丁寧に部屋まで案内されるが使用人達以外の気配がしない。


「他の人達はまだ到着してないのかな?」


「こちらはゲイル・ディノスレイヤ様、シルフィード・グローリア様のみでございます。明朝までごゆっくりお過ごし下さいませ。ご要望がございましたら近くの者にご命令下さいませ」


ここは俺達だけなんだ・・・。こんなのがいくつもあるのだろう。無駄金使ってんなぁ・・・


一向に庶民感覚が抜けないゲイル。


廊下や部屋に花がたくさん飾られている。この季節にこれだけ花を用意するとか凄いな。使わない部屋にまで生けてある。もったいねぇ・・・


「ぼっちゃんが貰った屋敷もたいがいだが、滅多に使わない建物でもこんな立派なんだな」


税金だけでこれだけ賄えるとは思わない。城や王族への給金みたいなものもあるし。これ、自国通貨をバンバン作ってんじゃねーか? 金貨なんて金で作れるからな。新しい金鉱が発見されたらハイパーインフレがおこるんじゃなかろうか? この世界で偽金を作ろうと思ったら簡単だ。偽造防止の技術なんてないからな。だからこそ、金や銀といった素材その物の価値と同等なのだ。素材その物の価値が下がればインフレになるのは確実。だからこそ国が金鉱を押さえてるのだが。



困ったな。することがない・・・ この屋敷の見学も終えてしまったのだ。


こんな事なら朝からでなく、夜に迎えに来てくれれば良かったのに。


「ダン、暇潰しに剣の立ち合いでもする?最近まったくやってなかっから鈍ってるかもしれない」


「そうだな。ぼっちゃん朝稽古にも来ねぇしよ」


ダンとシルフィード、ジョン、アルはちゃんと朝稽古をしていた。俺は仕事に追われてバタンキューで稽古はパスしていたのだ。


使用人に木剣を用意してもらって稽古をする。俺にはこの大人用の木剣は長いのでやりにくい。


「ダン、魔剣使っていいかな?この木剣長いんだよね」


「そんなもん使ったら受けられんだろがっ。却下だ」


怒られた・・・ 軽いジョークじゃんかよ。


まず、シルフィードと俺でやってみる。


カカカカカカッと速い打ち合いになる。シルフィードも強くなったよなぁ。あの華奢な身体からは想像がつかないくらい速い。根が真面目だから黙々と稽古を続けてきた成果だろう。


「ぼっちゃん、押されてんじゃねーか?」


「いや、まだ大丈夫」


しかし、このまま稽古をさぼってたら抜かれてしまうかもしれん。帰ったら朝稽古ちゃんとやろ。そうでないと・・・


<あなたは死なないわ、私が守るもの>


シルフィードにこんな事を言われたくはないのだ。


子供二人の立ち合いを見ている使用人達はおー、と驚いている。いつの間にか見物されていたようだ。


「どれ、ぼっちゃんは鈍ってるみたいだから、俺が揉んでやろう」


ダンがぐっぐっと準備運動をしてそう俺に言う。


「ダンには本気でやるよ」


そう言うとシルフィードがプクッと膨れる。仕方がないだろ?シルフィードに斬り付けるなんて出来ないんだから。


今更だけど、この世界のこの身体。アーノルドとアイナの血を引いてるし、鍛えてきたとはいえ、物凄くよく動くし軽い。元の世界の感覚がある俺にとっては別の乗り物に乗っているような感覚なのだ。何かが根本的に違うのだろうな。


「ダン、いくよ」


「いいぞっ」


まともに打ち合っても勝ち目はないからな。フェイントを織り混ぜて攻撃しないと。


昔より大きくなったとはいえ、体格差はデカイ。かと言って飛び上がったら餌食になるのは目に見えてるからな。ここは円の動きだ。


緩急を付けて動けば分身出来るのだ。暗歩というやつだ。


うん、無理。


このままダンの周りをグルグルと回ってるとバターになってしまう。こんな事は誰も知らないだろう。発禁になったらしいからな。


余計な事を考えてたらダンの一撃が飛んでくる。昔と比べて容赦のない攻撃だ。こいつ・・・


剣で受けると吹っ飛ばされてしまうので受け流して反撃しようとすると剣を絡めとられるような動きをされる。ヤベッ


その方向へ自分で飛んで剣を弾かれるの防ぐと追撃が来る。全部読まれてるな。


剣で受けてわざと吹っ飛ばされて態勢を整え・・・てっ、げっ、追ってきてやがる。


もう防戦一方だ。態勢の立て直しすらさせて貰えない。鈍ってるとはいえ、ここまで差があるのかよ。


ガスッ


うげっ 痛ってぇぇえ。すぐに治癒魔石が発動してケガはないけど痛いものは痛いのだ。だんだんムカついてきてケガするのを無視して反撃。こうなりゃ手数勝負だ。


ダンの剣が当たっても無視して攻撃をしていくとだんだんとヒットしていく。


もう殴り合いと変わらん。


ガコンッと激しく剣と剣が当たった時にお互いの木剣が折れて終了。


「なんて闘い方しやがるんだっ! とっくに俺が勝ってただろうがっ」


ダン、お怒り。審判がいないので終了宣言とかないのだ。


「当たらなければどうということはない」


「当たってただろうがっ!」


「じゃ、引き分けだね」


「汚ぇぞっ!」


「大人げないないぁ。みんな呆れてんぞ」


ということでギャラリーを味方に付けた俺の勝ちだ。


部屋に戻って昼飯を食べ終わってからもぶつぶつ怒ってるダン。


暇だ・・・


何もすることが無いので、自分を鑑定しながら魔力アップをやることに。


「ん? ぼっちゃん、魔石握りしめてなにやってんだ?」


「することないから魔力上げをやってんだよ」


「魔力の伸びは止まったんじゃねーのか?」


「いや、また伸び出したんだよね。だからまたやり出したんだけど、めちゃくちゃ効率悪いんだよ。7000になるまでは魔力0にしたら1増えただろ? 今はそれを何十回何百回やって1増えるとかなんだよ」


「面倒臭ぇな」


「まぁ、他にやること無いしね。暇潰しだよ」


「それ以上魔力伸ばしてどうすんだ?」


「別に。めぐみが言うには今まで一番魔力が多かった人が9000らしいんだよね。だからそれを越えてみたいなと思っただけ」


「越えたら何があるんだ?」


「何にもないよ。俺が世界で一番魔力が多いっていう自己満足だけ」


「くっだらねぇ・・・」


そういうなよ。世界1位とか歴代1位なんてなれる機会は今までなかったんだから・・・


晩飯は俺の部屋で集まって食べた。パン、サラダ、ビーフシチューとデザートをチョイス。ヨルドが指導しているのだろう。とても美味しかったのは良かった。


ご飯を食べた後、シルフィードは自分の部屋に戻り、ダンは護衛なので同じ部屋で寝ることになった。エルフの姫、シルフィードに護衛無しってどうなのよ? と思いながらただの部屋割りと変わらんと割りきって寝ることにした。





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