第523話 先手必勝

「ドワン、てめぇ!一度ならず二度までもぉぉぉぁ!」


「何をそんなに怒ってるんじゃ。一口貰っただけじゃろが。ほれ、返してやるワイ」


「そんな醤油味が濃いやつ食べられるわけないだろっ! なんでもかんでも醤油をバシャバシャかけやがって。酒の飲み過ぎで舌がバカになってんじゃないのかっ」


「誰が馬鹿舌じゃっ」


「馬鹿舌じゃないかっ。さっきのお吸い物もこのお茶漬けもちゃんと味付いてただろ。それが薄く感じるなんて馬鹿舌としか言いようがないじゃないかっ」


「なんじゃとぉぉぉっ!」


「やめなさいよ二人とも。ドワン、そのお碗貸して、私が試して見るわ」


アイナがドワンからお茶漬けを貰って食べてると


「これぐらいでいいんじゃない?」


えっ?


アーノルドもどれどれと一口食べて!こんなもんだよなと言う。


あれ? 俺がおかしいのか?と思って食べるとやっぱり醤油の味が濃すぎる。


「おい、ブリック。これ食べてみろ」


「少し濃い気がしますけど、これでもおかしくないと思います」


「シルフィ食べてみて」


「わっ、醤油の味しかしない」


「そうだな、俺にも濃いと思うぞ」


なるほど・・・


「ブリック、これはお前とチュールのせいだな」


「どういう事ですか?」


「お前、料理教室を始めてから味付けが濃くなってるんだよ。チュールと味を確かめながらやってるだろ?」


「は、はい」


「チュールの作る料理は店の味付けだ。一口目で旨いと思わせようとすると味がどうしても濃くなる。それに酒飲み相手の料理だから尚更だ。お前、チュールの飯食って旨いと思っただろ?」


「は、はい」


「その料理、毎回全部食べてるか?」


「い、いえ、味見だけです」


「その味付けを父さんや母さんが毎日食べてんだよ。父さんも母さんも酒の量増えたんじゃないの?」


「た、確かに飲んでるな」


「母さんのその腹、味が濃いから酒が進む、酒が進むとお腹いっぱいになった感覚が薄れるからまた食べる。その繰り返しの結果だよ。それ続けてたら肉ダルマになるからね。父さんも腹出てきてんじゃないの? そのうち、ちょっと走っただけでハァハァ言うようになるからね」


そう言うとサーッと青ざめるアーノルドとアイナ。


「おやっさんは毎晩バルで食って飲んでしてるから繊細な味が分からなくなって来てるんだよ。チュールが出した飯にも醤油とか塩掛けてんじゃない? そのうち何を食っても同じになるから益々味付けが濃くなって、頭の血管破裂して死ぬからね。ただでさえ頭に血が上りやすいのに。時々何もないのにクラっと立ち眩みしてたりするだろ?」


俺の言った事が図星のようでドワンもサーッと青くなっていく。


「ぼ、ぼっちゃん。自分の料理がこんな事に・・・」


「いい機会だ。みなここで舌をリセットしろ。塩は最小限。醤油は禁止だ。魚だけ食べて旨いと思えるようになったらリセット完了だ。ブリックもそこまでになったら帰ってチュールの飯を食ってみろ。物凄く味が濃くなってるのがわかるはずだ」


みな信じられないみたいなので、テスト用の塩水を作る。1:真水 2:極薄の塩水 3:薄い塩水


「はい、どれがどう違うか、味見してみて」


バルの採用試験でやったものだ。


ドワン、アーノルド、アイナは違い分からず。


ブリックとエイブリック、ミサは1と2の判別が付かず


他は全員正解。


「な、父さん達とおやっさんはバカ舌だ。ブリックもこれが採用試験だったら不合格だな」


俺に現実を指摘されて呆然とする3人。


「ぼっちゃん・・・ 自分は料理が上達したと・・・」


「技術は上がってるけど、味付けの基本は塩だ。この3種類の塩水を使って自分の舌の状態をチェックするようにしろ。味覚は体調や環境でも変化する。夏場に汗をかいたら塩味が濃い物が美味しく感じたりする。それを理解して味付けを変えるのは有りだが、味のインパクトが欲しくて変えるのはダメだ。お前は屋敷の料理人なんだからな。毎日食べる人の事を考えて作れ。あとチュールにもおやっさん達の料理は店の味付けと別にしろと言っておいてくれ。理由はお前と同じだ。このまま続けていくとおやっさんは早死にするぞ」


楽しい旅行なので帰ってからこの話をしてもよかったのだが、俺はお吸い物と天婦羅茶漬けを食われた事に怒っていたのだ。


「今の話でわかったわ」


「何がわかったんだミケ?」


「ほら、ゲイルが作ったもんがいっちゃん旨い言うたやろ? なんかほっとする味というか、チュールやブリックが作る味となんかちゃうねん。ゲイルのは家の味いうことやろ?」


「そうかもしれんな」



翌日、漁港で船に網を巻き上げる為の巨大リールのような物を取り付けていく。二人で回せるように両側にハンドルがあるタイプだ。


大型船といっても外洋まで出られるほど大きくはない。20人乗りくらいの漁船と同程度だ。


タゴサに魚の通り道を案内してもらって、土魔法で柱を立てていき、定置網をセットした。


「ここをこいつに引っ掻けて上げて来れば網に閉じ込められた魚を捕まえる事が出来る。それを網で掬って船のここへ入れていくんだ。大きくて網に入らないものはこのギャフでとってくれ」


「わかった。しかし、この定置網というのは網の目が結構大きいんだな」


「小さいのまで根こそぎいくのもなんだから、ある程度大きいのしか捕れないようにしてあるんだよ」


それは資源確保の為だと説明してもあまり理解出来ていないようだった。1週間後に網を上げてみることにする。


昼から皆は潮干狩りに行き、俺はカカオ畑の確認をしに行く。もちろんエイブリックも付いてきた。


「ほう、これがチョコレートになるのか」


「これからまだまだ手が掛かるけどね。畑の面積は比較にならないくらい広げたから。西の街の店とエイブリックさんの所には問題ないよ。一部はチョコレートにして南の領に戻すし、一部は化粧品と飲み物に加工する。王都全域に流通させるのは無理かな」


「なぜだ? もっと畑を広げればいいだろ?」


「最終的にチョコレートに加工出来る料理人がまだ少ないし、俺の管轄する所はこれで間に合うからね。王都全土に広げたければイナミンさんと他の領主や商人がやればいいこと。俺の仕事じゃない」


ここはハッキリと言っておく必要がある。チョコレートや酒は嗜好品だ。無くて困る事はないから、俺が王国全部に仕事をやる必要はない。欲しければ自分で開発すればいい。


「それにこれは砂糖の利益を俺が奪ったことの穴埋めでもあるんだよ。イナミンさんは問題無いといってくれたけど、南の領地にとっては不利益な事に間違いないからね。チョコレート、パイナップル、漁村の利益、シルク素材の利益とか砂糖の利益以上に返せたと思うよ」


「ふむ、他のやつらがリークウと取引出来る余地があるのか?」


「どうだろうね。俺は畑の開発とか船や網へ投資したから利権はがんじがらめにしてあるよ。同じ事をしたければ同じくらい投資する必要があるだろうし、魚はあのコンテナが作れないと運搬出来ないから無理かもしんないね」


「おまえ、えげつないな」


「人の売り上げをみてホイホイ真似して楽して稼ごうって奴がえげつないんだよ。俺はそういうやつらが死ぬほど嫌いでね。商売は欲しいものを売る、欲しいものを自ら生み出すというのが鉄則だよ。ほらこれみてよ」


「なんだこれ?」


「ぶちょー商会の偽物。ぶちゅー商会って所のものだよ。東の領地で見つけたんだ。多分これからもこんな偽物が出てくる。今回は罪に問えないように巧妙な手を使ってあったから、全部その手口を使えない様に手を打った」


「どうしたんだ?」


「似たような名前を全て登録した。このぶちゅー商会ってのもね。だから次にこの名前の商品を売ったら登録違反か詐欺で訴える事が出来るだろ? 他にも俺が利権持ってる店や商品の名前も類似した名前全て登録したんだ。余計な出費だよまったく」


「その偽物はどこで作ってるんだ?」


「調べる時間も無かったし、手がかりも無かったよ」


「ふむ、これは東で手に入れたんだな?ではこちらで調べておいてやろう。帰ったらそれを俺に預けろ」


王家が調べてくれるなら任せておこう。俺は偽物を掴まされた人が可哀想なだけだからな。


その後パイナップル畑を視察して釣り公園に向かった。


テンションがだだ下がりのドワン達。食っても味がしない刺身とかで酒も進まなかったからだ。ちょっと可哀想だけど、マゴチのお吸い物と天婦羅茶漬けの恨みは恐ろしいのだよ。


ダンの故郷で楽しみにしていた鶏の希少部位を食われた恨みも上乗せされているドワンたちであった。







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