第520話 虫眼鏡

うわ、きっしょっ。俺ダメな奴だこれ。


「坊主、何をやっとるんじゃ。逃げられるじゃろっ。さっさと風魔法で捕まえんかっ」


「こっちに寄せてくるからお願いね」



そう、夕暮れになると共に魚を食う虫が飛んで来た。大きいだろうと予想していたが本当にデカいのだ。3歳児くらいの大きさだ・・・


見た目はアメンボみたいだけど、目が大きく、流線型だ。ズボッと水に突っ込み牙で魚を咥えてからアメンボの様に水面に浮かび、魚を食べる。その食べ方がエイリアンみたいだ。確かにカマキリとかもあんな口の開き方するけど大きいと怖いのだ。


鑑定するとアメンボとでた。


嘘つけーーーっ!


元の世界のアメンボは死んだ魚とかに群がってチューチューしてやがったけど、捕食なんてしないし、水にも潜らんわっ。


取りあえず風魔法でこちらに引き寄せた所を土魔法で撃ち落として回収。解体はダン達に任せる。


10匹程狩った所で終了。足は軽くてフレームに使えそうなので、目と足だけ持って帰る事に。


晩飯は小さなマスだ。さっさとボートを返して戻って来た俺達と違ってダン達は時間ギリギリまでボートに乗っていたのだ。ミケがマスをシャシャッってやってたらしい。


「サバも旨いけど、マスも旨いな。当たりや」


「そうだね。こうやって焚き火で焼くと屋敷で食うのとは違うよね」


そう、飯と酒の味は雰囲気にも左右される。安い酒でも飲み屋で飲むと旨く感じるのはそういうことだろう。同じ酒を買ってきて家で飲んでも旨くはないのだ。


「坊主、明日の朝出発して水の中が見える眼鏡というやつを作るぞ。王都に戻るのはそれからじゃ」


へいへい


リゾートロッジから楽しそうな笑い声とバーベキューをしてるのだろうか? 煙がもくもくと出ている。夜も賑やかだなぁ。



湖畔にいつものように風呂を作って入る。ちゃんと男風呂と女風呂を作った。女風呂は少し離して囲い付きだ。



「ダン、舟楽しそうだったな」


「ミケが魚のいるところを探せというもんだからよ、あちこち行かされたわ。結構疲れたぜ」


「ダンよ、もう心の枷はなくなったのじゃろ。好きに生きてもいいとワシは思うんじゃがな」


「あぁ、そうだな。しかしまぁ・・・なんだ。歳がな・・・」


ダンは確か30歳過ぎたぐらいだっけか。31、32歳くらいだろう。ミケは15歳前後か。もう20歳くらいには見えるけど。この前、鑑定した時に名前に驚いて年齢見てなかった。あいつの話が正しければそんなもんだ。ダンとは一回り以上離れている。この世界なら娘と言っても過言ではない。


「ダン、種族によって寿命って違うだろ?人族はだいたい6~70歳くらいじゃん。獣人はそれより短いよね?」


「そうらしいな」


「ミケはハーフだけど、獣人の血が入ってるから成長も早い。そう考えるとちょうどいいんじゃないかな? それに年齢なんて気にする必要ないかもね」


「そうじゃ。誰がいつ死ぬなんてわからんからな。ずっと先の事はあまり考えんでもいいわい。お前がひょこっとゴブリンに殺られて死ぬかもしれんしの」


「ゴブリンなんかにやられるかよっ」


ドワンは冗談めかしに言ったが、この世界は人の命が軽い。寿命も元の世界より10年くらい短いような気がする。これからもっと食べ物が豊かになっていけば寿命は延びていくんだろうけど。


寿命って肉体によるのか魂の影響を受けるのか魔力に関係するのかはまだハッキリとしない。俺は人族だが、魂は違う世界の物、魔力はハイエルフ並、いい実験台になるだろう。いずれミグルにも異世界の事を打ち明けて、調査と記録を残させてもいいかもしれん。めぐみの奴はこれからも地球から魂持ってくるかもしれんからな。後輩達への死に土産ってやつだな。


「ま、ワシらから言ってやれるのはそれくらいじゃ。フランを守れなかった事がまだ引っ掛かとるならそれは次に生かせばええ。過去には戻れんのじゃからな」


それを言ったあと、酒を忘れたとドワンが真っ裸のまま取りに行った。


「次に生かせか・・・」


「ダン。色々と考える事があると思うけどさ、こういうことって自分の素直な心に従った方が後悔しないと思うぞ。俺みたいな子供に言われても説得力ないと思うけどさ」


俺には青春の苦い思い出がある。なぜ、あの時に意味もない些細なプライドを優先してしまったのだろうかと。


「はんっ、今更ぼっちゃんが子供なんて思っちゃいねーよ。ガキの皮を被ったオッサンじゃねーか」


ダンには俺の中身の事を伝えていないのになんて事を言いやがる。ギクッとするじゃないか。


「ま、ありがとうよ。その忠告は受け取っておくわ」



その後はドワンとダンが酒盛りを始めてしまったので退散した。



ずっとダンとドワンが居たので湖の主は現れなかった。気配はあったから俺が来たことには気付いているだろうけど。今年の冬に主にお土産を持って来よう。サナギ粉とか喜ぶかな?



今回は釣りをせずにさっさとディノスレイヤ領に戻る。帰りの馬車でミケから舟漕ぐのにズルしたんやて? と言われた。


あれはズルじゃない。


女同士の会話は知らない方がいい。陰で何を言われてるかなんて知らない方がいいのだ。


ぶちょーって会議の時に脇汗びっちょりだよねとか聞きたくなかったのだよ俺は・・・



商会に戻ってから、虫の目を綺麗に解体をしていく。ガラスとガラスの間に虫の目の黒い膜を張り付けてガラス同士を圧着。見た目はサングラスのレンズだ。


外で桶に水を張り、試し見をすると


「おやっさん、成功だよ成功! ちゃんとギラギラが収まってるよ」


「本当じゃな。よし、これで虫眼鏡の完成じゃ」


虫眼鏡・・・ そんなもん着けてたら目ん玉焦げるだろうがっ


「おやっさん、これはサングラス。偏光サングラスって言うんだよ」


「虫の目を使って作った眼鏡、虫眼鏡でいいじゃろが」


「虫眼鏡ってのは他にあるんだよ」


と、凸レンズと凹レンズの説明をする。


「魔道ライト作るときに作ったろ?」


「あれを虫眼鏡というのか?なぜじゃ?」


小さな虫を大きく見えるようにするためのものだからだよと言いたいのだが、ここの虫は総じてデカいから意味が通じない。


「お告げ」


「こんなもんにまでお告げがあるのか?」


「そう。鑑定にもそう出るから」


そうかと納得するドワン。お告げは便利だ。


虫の片目でサングラス一つ出来るから、全部で20個作って貰う。虫の足は軽くてフレーム向きだ。レンズは重いけどこれは仕方がないな。


取りあえず、ここにいる皆の分を作って貰って、残りは南の領地に行くときに持ってきて貰うことになり、ディノスレイヤ家の屋敷で一泊してから王都へと戻った。




おー、また建物が増えている。出発前に指示しておいた、フィギュア工房&喫茶が完成している。ロンが気合いを入れたのか魔女っ娘のイラストが描かれているからすぐにわかった。


まだ開店はしていないけど、中に入ってみる。


壁にガラス張りの棚がずらっと並んでいるから、ここにフィギュアを展示するのだろう。誤算だったのはステージがあることだ。ステージは歌劇レストランの方だけと言ったはずだが、上手く伝わってなかったようだ。今さら工事をやり直しさせるのもなんなのでこのままでいっか。



紋章屋に寄ると吟遊詩人達が集まっていた。


「お、マンダリン、たくさん集めてくれたんだね」


「マンドリンにございます」


すまん・・・


吟遊詩人達の楽器はどれもギターみたいな感じだが少しずつ違う。弦を押さえるための鍵盤が付いた物やチェロみたいな大きいもの。ウクレレみたいな小さいものとか様々だ。


「ゲイル様、まだすぐに皆が活躍出来る場がございませんので、それぞれがステージで板芝居の間に演奏しても宜しいでしょうか?」


「それは構わないけど、ステージ付きのレストランがもうすぐ出来るだろ? 歌劇はまだまだ無理だからそこも使ったら?」


「宜しいのですか?」


ということで、マンドリンにそこの運営を任せることにし、歌劇用のステージ付きレストランはマンドリンパレスと名付けた。なんか聞いたことあって、ふっと浮かんだのだ。


フィギュア喫茶はどうしようかと、使徒達に聞くと、もう名前は決めてあるとのこと。メイド喫茶だと・・・。いいよそれでも別に・・・


メイド喫茶か・・・



・・・・・・


「先輩、もう歩き疲れましたよ。ちょっと休憩しましょうよ」


「そうだな。じゃ、そこの喫茶店でも入るか?」


「この近くに面白い喫茶店あるんですよ。そこにいきましょう!」



「お帰りなさいませご主人様」


なんだこの店? 接客員がメイド? お帰りなさい?


ドンッ


「わっ!」


なんだこいつ? 水をそんな勢いで置くなよっ


「何しに来たのっ」


は?


「なんだその態度はっ!」


「まぁ、まぁ、先輩。メイドさんに怒っちゃダメですよ」


俺をなだめる後輩。


「アイスコーヒー二つね」


「それならさっさと言いなさいよ、グズねっ」


ムカッ!


「おいっ! 待てお前っ!」


「先輩っ! 先輩っ! ダメですよっ。大声出したらっ。他のお客さんが見てるじゃないですかっ」


周りから、うわっ、なんだコイツという目で見られている。


「だってよ、なんだよあの店員の態度は?あんなムカつく接客見たことねーぞっ」


「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて。後から分かりますってば」


ん? 何言ってんだこいつは?



ドンッ ドンッ


「さっさと飲んで帰りなさいよねっ」


ぐぁぁぁぁぁっ


もうこの腹のムカつきが止まらんっ!


「おいっ、帰るぞっ!そんなもん飲むなっ」


「ちょっと、ちょっと、せんぱ~いっ! 待って下さいってば」


俺はコーヒーを一口も飲まずに店を出ようとした。


「も、もう帰っちゃう・・・の?」


は?


「お前がさっさと帰れと言ったんだろがっ。あんなコーヒー飲めるかっ」


「なっ、何よソレッ。ちゃんと飲んでいきなさいよねっ。もったいないじゃないっ」


「知るかっそんなもんっ」


「いや、美味しかったよ」


慌ててフォローする後輩。


「せっかく・・・・ あんたの為に作ったんじゃないからねっ」


なんだコイツは? いったい何を言ってるんだ?


「先輩、取りあえず飲んでからでましょうよ。休憩しに来たんでしょ?」


「うるさいっ! 他の店で飲めばいいだろっ!」


「ふーん、もう他の所に行っちゃうんだ・・・」


「当たり前だっ!」


「ねぇ」


「なんだっ?」


「また来て・・・ くれる?」


「二度と来るかっ、こんなとこっ」


二人分のアイスコーヒー代2千円を払って店を出た。ぼったくり価格にも程がある。


店を出た後に後輩が店のシステムを説明してくれた。


「ツンデレ喫茶? なんだそりゃ?」


「やだなぁ、ツンツンした女の子が最後にデレてくれるんですよ。面白くなかったですか? また来てくれる? ってデレてたの可愛かったじゃないですか」


・・・・・・・・・・・・


俺には理解出来ないシステムだったな、あれ。


この世界にはあのシステムは伝えないでおこう。剣を持ってるからいきなり斬る奴が出て冥土喫茶になりかねん。



あとは、メイド喫茶とマンドリンパレスの従業員募集だな。レストランの方は腕の良いやつ、メイド喫茶はそれなりでもいいか。オムライス作れりゃそれでいい。


俺は役所に行ってフンボルトに従業員募集をさせたのであった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る