第511話 初夏だけど春
「これで10台完成じゃ」
「ありがとうおやっさん。これから王都に持っていって来るよ。夏の終わりぐらいに南の領にまた行くから予定空けておいて」
「わかった。さっさと行ってこい」
「じゃあ、後はこれの3倍くらい丈夫なミシン。皮を縫う奴も作っておいてね。5台でいいから」
「なんじゃとっ? おいっ、そいつはワシ一人でやらせるつもりかっ。おい、待て坊主っ!」
「なるはやで宜しくー!」
俺はそう言い残してさっさと商会を出た。
「ぼっちゃん、今から出発しても今日中には届けられんだろ?明日の朝出てもいいんじゃねぇのか?」
「いや、明日の朝には届けたいからね。今出たら夜中には着けるでしょ。ごめん、やっぱりまだ眠いわ。あと宜しくね」
「ああ。任せとけ」
ダン、ジョン、アルが御者台に詰めて座り、俺はミーシャの膝枕で爆睡した。
「ダン、ゲイルはなぜあそこまで頑張れるんだ?」
アルはダンに問い掛ける。
「ショールが心配だって言ってたからな。西の街で子供らが同じ服を着てただろ? あれ、ショールの所が作ってるんじゃねーか?」
「そうだとしてもそれはショール達が頑張ることだろ?」
「仕掛けたのはぼっちゃんだろうからな。責任あると思ってるんじゃねーか? ぼっちゃんは人にバンバン仕事を振るが自分も同じかそれ以上にやるからな。大したもんだよ全く」
「ぼっちゃまが寝てる姿は赤ちゃんの頃から変わりませんねぇ」
「ゲイルはいつもこんな難しそうな顔をして寝るの?」
「よく何かぶつぶつ言ってますよ。たまに大笑いしたり、泣いてたりしたりとか。よくわからない寝言を話してたりしますし・・・ まったく知らない言葉とか。色々です」
「ミーシャちゃんはそんなに昔からゲイルの事を知ってるんだね・・・」
「はい、ぼっちゃまが生まれた時からずっと一緒ですから。もう抱っこは出来なくなりましたけどねぇ」
ミーシャはゲイルの髪を撫でながら昔話を皆にした。ゲイルが赤ちゃんの頃からの話を。
「ゲイルはそんな小さな頃から話せたり、魔法を使えたりしたのじゃな・・・」
「びっくりしましたよ。部屋に入ったらぼっちゃまが浮いてたり、私が指を怪我したら魔法で治したりしてくれたりとか。初めはずっと二人だったんですけど、ダンさんが護衛になって、小屋に行ったりとかして楽しかったですよ。こんなに忙しい日々じゃなかったので」
「今は死ぬほど忙しいの。何処に行ってもゲイルはずっと何かをしておる。今回の冒険でもゲイルがおらなんだら飯も不味いし寝床も硬い。昔は当たり前じゃった事が今では耐えられん」
「そうですね。ご飯美味しいですね。それに甘いものをこんなに食べられるようになるなんて幸せです。子供の頃は蜂の巣が唯一の楽しみでしたよ」
「ミーシャちゃん、今でもハチミツ好きじゃない」
「えへへ、そうですね。柔らかいパンに掛けると美味しいんですよ」
「この前な、ゲイルにアジフライサンド作ってもろて改めて思ったわ。チュールとか他の人もゲイルの飯作るけど、ゲイルのがいっちゃん旨いねん。不思議やな」
「はい、ぼっちゃまの作るご飯が一番美味しいです。串肉も美味しいですけど」
「一番旨いんは魚ちゃう? サバの塩焼きとかめっちゃ旨いやん」
「ワシはグラタンが好きじゃな。あのトロトロの奴を初めて食った時は衝撃じゃった。クリームシチューも旨いのぅ」
「私はゲイルの作るご飯なんでも好き。でも一番好きなのは豚汁。お母さんが作ってくれたのと同じ味がする・・・」
ゲイルが爆睡する客車では何が一番旨いか論争が巻き起こっていた。
「お帰りなさいませゲイル様」
カンリムが出迎えてくれる。こいつ、センサーかなんか付いてるのだろうか?
「ただいま。こんなに夜遅くごめんね」
「いえ、そのような事はお気遣い頂く必要はございません。お食事はいかがなさいますか?パリスを呼んで参りますので」
「いや、寝てるのを起こす必要ないよ。なんか勝手に作って食べるから」
「いえ、その必要はございません」
「いや、気を使うからいいって。カンリムももう寝てて。俺がなんか作るから」
いや、しかしとかの問答も面倒なので、命令で寝ろと言っておく
「みんななんか食べたいものある?」
「グラタンじゃっ」
「面倒臭いから却下。はい次」
「豚汁がいいなっ」
「おかずにならんだろ?」
そう言われてシュンとするシルフィード
「サバ焼いてぇな」
「こんな夜中に煙だらけにするつもりか? 却下」
「ハチミツを使った物がいいです」
ふむ、ハチミツか・・・
「なら、パンケーキでも焼こうか。夜中に軽く食べるのにいいかもな」
「ミーシャ(ちゃん)だけズルいっ」×3
「な、なんだよ・・・?」
女性陣達がズルいと怒る。こんな時間に食べるのにぴったりだったからだろ?
ダン達は肉焼いとけばいいか。
厨房に行くとダンとミーシャが手伝ってくれるようだ。
「えへへ、私のが選ばれました」
「あんまりガッツリ食べる時間でもないだろ? パンケーキくらいがちょうど良かったからだよ。ダン達は肉でいいよな?」
「いいぞ。こっちで勝手にやるわ」
「さ、出来たぞ。食ったらさっさと寝るぞ」
女性陣達はまだぶつぶつ言ってる・・・
「こんなん食べたうちに入らんわ」
ミケはパンケーキを一口食べて不満そうだ。
「ミケ、肉食うか?」
「あっ・・・ ええのん?」
「まだあるからな。ほれ」
ダンは肉を山盛り焼いた皿をミケに差し出す。あーんはしてやってないけど、ちょっとこんがらがった関係の解消になるのだろうか?
ジョンとアルもさすが食べ盛り。夜中にもりもり肉を食ってやがる。
「ん? シルフィ、パンケーキ嫌いだったっけ?」
「そんなことない」
何拗ねてんだよ?
「うむ、これはこれで旨いのう。アル、そっちの肉もくれ」
「ほらよ。おまえ、甘いのと肉をよく食えるな?」
「お子ちゃまにはこの甘さとしょっぱさのコンビネーションがわかんらんのか。お前も試してみよ」
「どれどれ、うわっ、どっちも不味くなるじゃないかっ。お前の舌腐ってるんじゃないか? だからコボルトの肉も平気で食えるんだよっ」
「お前も食ってたじゃろうがっ」
「食うもんなかったから仕方がなくだろっ」
「いーや、旨そうに食っておった」
相変わらずぎゃーぎゃーうるさいなこの二人・・・
「あら、賑やかだと思ったら帰って来てらしたのね。お帰りなさいゲイル」
「あ、ごめん。うるさいから起こしちゃったね。ほら、ミグルとアルがうるさいからマリさんが起きちゃったじゃないか」
「す、すまん。ミグルが悪いんだ」
「貴様が先にうるさくしたのじゃろーがっ」
あー、もう・・・こいつらは。
クスクスクスクス
「相変わらず仲が宜しいのね」
マルグリッドにそう言われて真っ赤になる二人。
「仲良くなんてしてない(しとらーん)」
「はいはい、二人ともいい加減にしろ。みんな起きて来るぞ」
マルグリッドは寝巻きにストールを羽織った姿で食堂に来たが寝ていた感じではないな。
「マルグリッドは寝ていなかったのか?」
ジョンもそれに気付いたのかマルグリッドに質問する。
「えぇ、考えごとをしていたらちょっと眠れなかったの。あら、ジョン様の食べてらっしゃるお肉、美味しそうですわね?」
「食べるか?」
ジョンがナイフとフォークで切った肉を差し出すとマルグリッドはジョンがフォークに刺していた肉をパクっと食べた。
「お、おまっ、これは俺の食べかけのっ!」
かーーっと赤くなるジョン。
「あら、こちらを食べろと言う意味ではありませんでしたの?」
そう言ってクスクスと笑う寝巻き姿のマルグリッド。魔性の女だ・・・ 俺も思春期だったら陥落してたかもしれない。
夜中だからさっさと食べろと言って皆を部屋に行かせた。
俺は風呂に入ってから寝よう。
あーーーーー
声にならない声を出して真っ暗な風呂に入る。
(お疲れ様ですゲイル様)
双子の隠密だ。
「どこにいるの?」
(お近くですよ)
「最近来なかったね。治癒魔石大丈夫?」
(はい。この冬は頂いたベストがとても暖かったです)
「それは良かった。夏の終わりに南の領地に行くから魚食べる?」
(あそこは無理ですよ。リークウ家の隠密がいますから)
そうだったんだ。全然気付かなかった。
まぁ、元々は独立国家だった領だからな。そういうのが居てもおかしくないか。
「じゃあ、冷凍したやつだけどまた作るね」
(楽しみにしています。お気を付けて)
そのあと極薄い気配すら消えてしまった。
夜中でも湯から出てもあまり寒くはない。季節はもう初夏ってやつか。起きたら日付確認しよう。ぶちょー商会の工房で籠ってたからいまいつかわからんからな。
朝からショールの所に行ってミシン講習だな。それが片付いたら・・・
ゲイルはやらないことを全部片付けて次に行く準備をしようと思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます