第510話 女は弱し、されど母は強し
「これで動くじゃろ」
「頼むから上手く行って・・・」
トライ&エラーと言えば聞こえがいいけど、これだけ失敗してたら流石に嫌になってくる。ミシンって元の世界でも200年以上前に発明されてたはずだよな。無からよく作り出せたよなこれ。俺はもう何度上手くいってくれと願っただろうか?
自分とドワンに回復魔法を掛けまくり、仮眠しては試してを続けて10日くらい過ぎてんじゃなかろうか? もう日にちも時間感覚もない・・・
「ゲイルさん大丈夫ですか?」
「うん、麻婆豆腐丼頂戴。辛めで・・・」
「またですか? 他のものを食べた方がいいですよ」
「じゃあ豆腐鍋で。卵半熟で・・・。辛めでお願い」
「もうっ! 似たような物じゃないですかっ」
「じゃあお任せで・・・ 辛くしてね」
「ダメですっ」
出てきた料理はなんだろう? 味がしないや。チュールには悪いけどラー油入れよう・・・
意識が朦朧としているゲイルの舌は辛味しかわからなくなっていた。
「坊主、食ったら続きやるぞ・・・」
「わかった・・・」
「もうっ、ドワンさんもゲイルさんも少しは寝て下さいっ」
チュールがなんか言ってるけどまぁいいや・・・
「坊主、これでどうじゃ?」
ガタゴトガタゴト バチンッ
「ダメだ。糸が切れたよ」
「どこに引っ掛かっとるんじやっ!!」
ドワンが怒鳴る。もうこの声を何度聞いただろうか?
調整しては動かしを続ける。
「これでダメならもう無理じゃ。調節機能を付けてみたから、様子を見ながら動かせ」
ゴトゴトゴト・・・
ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト
「やった! 縫えてる。縫えてるよっ!おやっさん!」
「ここじゃったか。この調節機能があればいけそうじゃな。こっちの針で試せ」
太さの違う針と糸を数パターン試しても動く。布の厚さを変えても動く。
「やった、やったよおやっさんっ!」
「よし、この調節機能をあと9つ作れば・・・ ぐぉぉぉお」
ガコンッとドアが激しく開いて誰かがやってきた。
「ゲイル、貴様ぁぁぁぁっ!なんて事をしてくれたんじゃぁぁぁ」
「あ、ヴィオレだ・・・」
「貴様までそう言うのかーーーっ!」
ゴトン
「おい、ゲイル。寝たふりして誤魔化そうとしてもダメじゃっ・・・? ゲイル? おいっゲイルっ!」
「やめとけミグル。ぼっちゃんは本当に寝ただけだ。この顔を見てみろ」
ゲイルの目は窪み、死人のような顔をしていた。
「おやっさんも似たような顔してあそこでイビキかいて倒れてんだろ? 相当無茶してたんだろうよ。このままバルの部屋に運ぶぞ」
ゲイルとドワンが倒れるように寝た事がアーノルド達にも伝えられる。
「ダンさん、ゲイルはゲイルは大丈夫なのっ?」
「ダンさん、ぼっちゃまは・・・」
ゲイルが倒れてバルの部屋に運ばれて来た事にオロオロする二人。
「お前らっ! ぼっちゃんに付いてたんじゃねーのかよっ。なんでここまでやらせたんだっ」
二人を怒鳴るダン。
「やめときっ、ゲイルが皆を追い出したんや。みんな必死で止めてたんやで。見てもいいひんかったくせに怒鳴りなやっ。この二人がゲイルにこんな無茶させるわけないやろっ」
二人を怒鳴ったダンを怒鳴るミケ。
「あっ・・・すまん。ぼっちゃんのあの顔を見たらついな・・・。悪かった」
ううんと首を振るミーシャとシルフィード。
そうこうしているうちにアーノルド達がやってきた。
「ゲイルとドワンの様子はどうだ?」
「二人とも寝てるよ。死んだみたいな顔をしてるがな」
「あいつちっとも帰ってこんと思ったら何をやってやがるんだ。だから手伝うって言ったんだっ」
「アーノルド様、ぼっちゃんとおやっさんにしか出来ん物を作ってたんだろうよ。ミーシャ、ぼっちゃんは何を作ってたんだ?」
「服を縫う機械です。ショールさんの所が大変だから一刻も早く作らないとって・・・」
何も出来なかったミーシャもグスっと泣いている。
アイナは無言でゲイルの所に行き、心配そうに顔を撫でた後、長い詠唱をして治癒魔法を掛けていく。隣で寝ているドワンにも同じように治癒魔法を掛けた。
「アイナ、どうだ?」
「治癒魔法が効くかどうか分からないけど大丈夫じゃないかしら。ミーシャ、ゲイルはドワンとずっと二人で服を縫う機械を作ってたのよね?」
「そうです・・・」
「なら、大丈夫よ。ドワンがちゃんと見てたでしょうからね。どうしてもその機械がすぐに必要だったんでしょ。仕方がないわ」
「仕方がないってお前・・・」
「アーノルドもあんなんだったでしょ。忘れたの? 洞窟でドワンと一緒にぶっ倒れたの」
「あぁ、あの鉱石を取りに行った時か。ドワンがどうしても手に入れたかった鉱石だったからな」
「同じよ。ゲイルもここまでする必要があったんでしょ。ドワンもそれを理解したからギリギリまでやってたのよ。明日の朝、二人を起こすわよ」
「えっ? 目が覚めるまで寝かせてあげて下さい」
シルフィードが涙を浮かべた目でアイナに訴える。
「ダメよ。そんな事をしたらいつ目が覚めるか分からないじゃない。ここまで時間を惜しんでやった意味が無くなるわ。寝るのは全てをやり遂げた後よ。その後は好きなだけ寝かせてあげなさい」
「あの時もお前、俺達をすぐに起こしたよな?」
「当たりまえでしょ。私一人で寝てる二人を守れるわけないじゃない。その代わり洞窟を出た後は好きなだけ寝かせてあげたでしょ」
「そうだったけどよ・・・」
「シルフィード。覚えておきなさい。ギリギリまでやらないといけないことがあるならやらせなさい。下手なやさしさはそれを無駄にするの。途中で止めるなら初めからやらせないことよ。ゲイルはアーノルドの息子。同じ事を何度もやるわ。これからもね」
「わ、わかりました」
「ミグル、念の為二人を鑑定しておいて」
「わかったのじゃ」
ミグルが鑑定しようとした瞬間、ゲイルがパッと起きて臨戦態勢を取る。
「げ、ゲイル。ワ、ワシじゃっ!」
「あ、ミグル。帰って来たのか。お帰り。悪いけどちょっと寝るわ」
ぐぉぉぉお。
「アイナ、鑑定するまでもない。大丈夫じゃ」
「あはははははっ。やっぱりアーノルドそっくりね。私が殴って起こそうとしたらあんな風に目を覚ましたもの」
そう言ってケラケラ笑うアイナの目には涙が溜まっていた。
「ほら、起きなさい。まだやることが残ってるんでしょっ!」
そのまま一晩中、ゲイルの様子を見る為に起きてたアイナ達。
朝になり、まだ爆睡しているゲイルを容赦なく叩き起こす。
「もうちょっと・・・、あと5分、いや3分だけでええから・・・」
「何寝ぼけて訳のわからないことを言ってるのっ?」
「次の電車でも間に合うって・・・、ってか、午前の・・半休取るわ・・・代休溜まってるから大丈夫や・・・」
寝惚けて前世と今世の区別が付いてないゲイルが皆の理解出来ないことを話しだす。
「早く起きなさいっ」
「会議午後からや言うたやん・・・、資料は出来てるから大丈夫やねんて・・・」
「いい加減にしなさいっ!」
「はっ! 今何時やっ?・・・って、ここどこや? あら? 資料どこやったんや?」
「まだ、寝ぼけてるのっ? やることあるんでしょっ!早くやってしまいなさいっ」
「あれっ? あれっ? あぁ、俺転生したんやったんか。忘れてたわ」
はっ!?、俺は何を言ってるんだっ。
俺が何か変な事を言ってしまったのだろうか? 皆がきょとんとした顔をして見てる。ヤバイな。会議資料に追われて徹夜で仕上げた夢を見ていたからそれを口走ったのかもしれない・・・
「ゲイル・・・ なんか変な事を言ってたけど大丈夫? 電車とか会議とか、あと転生って・・・なに? 夢の中でミケさんと話してたの?同じ言葉だったよ・・・」
やっべぇ。家で嫁さんに起こされてるかと思ってた。違う、ミシンを作っててそのまま寝てしまったんだ。
「ぼっちゃん、大丈夫か?」
「あれ? ダン、冒険は? ジョン達どうしたの?」
「もう帰って来たぞ。皆もここにいるから安心しろ」
「そっか。お帰り。昼から王都に戻るから御者お願いね」
「あぁ、わかった。もう全部出来たのか?」
「1台はね。残り9台の部品作ったら終わりだから」
って、これは夢じゃないよな?
「ドワン、起きなさい」
そう言って、はぁーーっと拳に息を吹き掛けるアイナ
「やめんかっ。起きとるわっ」
すぐさまパチクリと目を覚ますドワン。
「あれ? 父さんと母さんもここに泊まったの? ダメだよ飲み過ぎちゃ。おやっさん。続きやろう。今日の昼には出発するから」
「細かい部品は坊主が作れ。その方が早い」
「わかった。じゃ、後でね」
俺はドワンと共にぶちょー商会の工房へと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます