第508話 寸劇と逃亡

靴は間に合わなかったから普通の靴だが、3人の衣装が完成したので中央公園で寸劇だ。これって許可いるのだろうか?


「ほんとうにやるんですかぁっ? 悪役なんて嫌ですぅぅう」


「ここまで来てつべこべ言うなっ。悪役が他にいないんだよっ、お前は今日休みだろっ」


悪役として引っ張っられて来たのはフンボルトだ。じいさんのソドムではパンチが弱いし、街の住人だと悪役がハマりすぎて子供が引くかもしれないのだ。


嫌だ嫌だというフンボルトにお前だけ飯抜きにするぞと脅す。思いっきりパワハラだ。


「セリフはマンダリンが言うからお前はポーズだけでいい。さっさとやるぞっ」


「マンドリンでございます」


ごめん・・・


「いい加減、諦めろ」


コソッ

(堂々とミーシャに近づけるぞ)


「えっ? や、やりますっ」


フンボルトはミーシャをよくチラチラ見てたからな。女の子にはシャイでほとんど話せてないけど。しかし、近付くだけだぞ。絶対に触るなよと釘を刺しておく。


マンドリンが歌を歌って皆の注目を集めていく。さすがだな。人々がだんだんとなんだなんだと集まってくる。


「ミーシャ、出番だ」


「はい、ぼっちゃま」


馬車からミーシャが出て小芝居を始める。



ー寸劇開始ー


セリフ、ナレーション、演奏:マンドリン



「あー、忙しい忙しい」


『パタパタと飲み屋で働くメイドさん。ここはと~っても忙しく繁盛しているお店。今日はどんなお客さんが来てくれるのかしら』


(フンボルト、早く行けっ)


ぐずぐずしているフンボルトをドンっと蹴飛ばす


「おーおー、繁盛している店じゃねーかぁ。こらっ、この席は俺が座るからどけっ、おい、そこのねーちゃんさっさと酒持ってこいっ」


嫌がってた割にはなかなかの役者ぶりを見せるフンボルト。


『おやおや、困ったお客さんが来てしまったようですねぇ。メイドさんは慌ててお酒を持って行きます』


「お待たせ致しました」


「おせーぞっ・・って可愛いねぇちゃんじゃねぇか。酌してくれよ」


『あらあら、メイドさんが困ったお客さんに絡まれてしまいます。大丈夫かメイドさんっ』


「きゃー、やめてー、誰かぁ誰か助けてぇっ」


それに対して大根役者のミーシャ。


『あぁ、働き者のメイドさんが困った客に襲われてしまうっ、誰かっ誰か早く助けてあげて~!』


何てことない寸劇に観客達はハラハラして見てくれている。なんて素直でいい観客なんだ・・・


(ミサ達、出番だぞっ)

(ゲ、ゲイル。このスカート短い・・・ 動いたらパ、パンツが見えちゃうかも・・・)


そんなカボチャパンツ見られたところでどうってことないだろっとか言えないので大丈夫と言ってシルフィードを送り出す。


「控えおろー、私達をどなたと心得るっ! 恐れ多くも魔女っ娘であるぞー」


ミサ、お前はセリフしゃべらなくていいんだっ、それになんだよそのセリフ? 勝手にアレンジすんじゃねぇ。ご老公が出て来てしまうだろうがっ。


『なんと一緒に働いているメイド達は魔法使いの魔女っ娘メイドだったのです。仲間のメイドを助けられるのか~?』


「植物魔法の使い手 魔女っ娘ヴェール!」

「ファイアボールのヴィオレっ!」

「デスネイルのノワールやっ!」

「三人揃って魔女っ娘メイド!領主様に代わってお仕置きよっ!」


バーンとポーズを決める三人。嫌がってた割にはちゃんと練習してたんだ。


おおーっ。


盛り上がる観客。


「ヴェールっ!敵を捉えよっ」


「わかったわヴィオレっ。植物魔法!捕縛っ!」


シルフィードがぶつぶつと詠唱してフンボルトを蔦で絡めていく


うぉぁぁぉっ!すっげぇぇぇ!!


「今よっ! ヴィオレっ! ファイアボールよっ」


「えいっ えいっ えいっ。なんで出ないのじゃぁぁぁ」


「ほんま使えんやっちゃのー、ウチがやったるわ。喰らえっデスネイルっ シャシャシャシャっー」


「うぎゃぁぁぁあっ」


「ウチにかかればこんなもんやっ!」


『なんとっ!困った客を魔女っ娘メイド達が退治したぁぁぁぁっ!凄いっ凄いぞっ魔女っ娘メイドぉぉぉ!』



うわぁぁぁぁっ


めっちゃ盛り上がってんな・・・


「ごめんなさい・・・もうしません」


「今度やったらまたお仕置きだからねっ」


おっと、俺の出番だ。シルフィードの蔦を枯らしてやると頭を下げて謝るフンボルト。これで寸劇終わり。



マンドリンがエンディング曲を演奏しだしたのでみんなは頭を下げて礼をしてから退場する。


「皆様、この度は魔女っ娘メイド物語をご覧頂き誠にありがとうございました。こちらは西の街の広場で板芝居でご覧頂けます。ご興味のあるかたは是非西の街までお越し下さい~」


マンドリンは優雅に礼をして馬車に戻ってきた。


「ゲイル様、ほらこの通り」


マンダリンを演奏したマンドリンのマンダリンを入れるマンダリンケースにはお金が入っていた。おひねりだ。


「大人も楽しめる内容でございましたでしょう?」


「本当だね・・・」


まさか大人達があんなに熱狂して見るとは思わなかった。シルフィード達も見られる快感を覚えてしまったのだろうか?恍惚とした表情を浮かべている。


「早く治して下さいよぉ」


フンボルトは本当にミケに引っ掛かれていたので治癒魔法を掛けてやる。


(どこが公に近付くことが出来るんですかっ)


ねーちゃん酌しろよ、くらいしか接点のなかったフンボルトはプリプリと怒っていた。


「私も出番が欲しかったですわっ」


馬車から見ていただけのマルグリッドはまた拗ねていた。



それから板芝居が実演されるようになると連日大盛況となり、テーマソング<ごめんねメイドじゃなくって>を人々が口ずさむようになっていく。



「ゲイル様、衣装を作っても作っても追い付きませんっ」


ショールが実家にレプリカ衣装を発注しているのだが生産が追い付かない。実演している広場のそばに作った当て物屋で弓矢と輪投げの景品に魔女っ娘メイドの杖のレプリカのレプリカを出したらもう大変だ。そこのお父さん。普通にお金出してレプリカ買った方が安いよ・・・



「ゲイル様、あとどれくらい描けばいいでしょう・・・」


紋章屋のロンにブロマイド代わりに板に絵を描かせたら飛ぶように売れていく。箱の中身はなんだろな? 形式で博打性を持たせたのが間違いだった・・・


「色塗りに専念しろ。そして誰か雇ってそいつらにも任せろ」


俺はガリ板刷りで延々と下絵を作っていく。ダメだ誰かにやらせよう。


マニアみたいな奴らが生まれてきたので、制作に関わらしてやると言ったらソッコー人が集まった。



誤算はミーシャ達だ。ロドリゲス商会にミーシャ目当ての客が押し寄せるようになり、シルフィード、ミケ、ミサが外を歩けなくなってしまったのだ。



「ゲイル、どうするのかしら?」


「いや、ここまでになるとは思ってなかったんだよ。娯楽の無い世界に娯楽を持ち込むと凄いことになるんだね・・・。ちょっと皆をディノスレイヤ領に退避させるよ。作らないといけないものも出来たしね」


ショールの実家の皆が大変な事になってるのでドワンに機械を作ってもらわないといけないのだ。


「私はここに残るよー。靴屋のペレンも来るから誰もいないとまずいでしょー?」


ミサは衣装を脱いでしまえばマシだった。板芝居のモデルはミグルだから、寸劇を見た人しかミサの事を知らないのだ。



「ゲイル様、宿の支配人が面会を求めておりますが、いかがなさいますか?」


「会うよ。ここに連れて来て」


「食堂で宜しいのですか?」


「うん、今は動きたくない・・・」



支配人が食堂に案内されてきた。


「どうしたの?」


「お疲れの所申し訳ございません。良い案を授けて頂きたくて」


話を聞くと高級宿が全室1年先まで予約が埋まってしまい、予約を断りつづけて怒られているとのこと。


この世界に予約システムなどない。定期的に来る人が常連宿に予約を入れておくくらいだ。普通は王都に来てから空いてる宿を探して泊まるのだ。


「どっからそんなに人が来てるの?」


「はい、王都からです」


は?


「王都に住んでる人がここに泊まりにくるの?なんで?」


「陛下がお泊まりになった噂が広まったのと、王室御用達ホテルとして認定頂きました。その為貴族の方々の予約が多く、対応に苦慮しております」


エイブリックが言ってたのはこれか・・・。例え庶民街の宿でも王室御用達認定なら貴族が泊まるにふさわしいって感じか。高級宿も貴族にとっちゃ安いだろうからな。飯は同じ物が貴族街にはまだ無いし、貴族街ではくそ高い酒も飲み放題だからな。


「文句言う貴族には俺の名前を出してくれ。あまりしつこいと言い付けるとな。あと、もう一軒高級宿を作るわ。そこを任せられる人を育てておいてくれるか。物は作れても人を育てるのが大変なんだ。育てる為に雇う人件費はこっちに請求してくれ」


「か、かしこまりました。すぐに手配いたします」


「カンリム、悪いけどフンボルトが帰って来たら高級宿をもう一軒作れと言っておいて」


「どちらかに行かれるのですか?」


「皆を連れてディノスレイヤ領に少しの間逃げるよ。この状態だと外に出られないからね」


「かしこまりました」


ミサはレプリカの杖の作成があり、マルグリッドは洋服のデザインをしたいとの事でここに残る事になった。


俺とミーシャ、シルフィード、ミケはディノスレイヤ領に逃亡するように出発したのであった。



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