第506話 何度でも

ガタゴトガタゴト


定期馬車で戻ってる最中だけど、他の乗客に気付かれないように少し浮いている俺にマルグリッドが話しかけてくる。


「勉強になりましたわ」


「何が?」


「ああやって他領の優秀な人材を引き抜いていくのね」


また人聞きの悪い・・・


「発注しようと思ってたら勝手に来たいと言ってきたんじゃないかっ」


「あら、そうかしら?」


「そうだよ。引き抜きたい時はちゃんとそこの管理者に筋通してるよ。ミサとかもそうだし」


「そーだよねー、私が行きたいって言ったら父さんに許可貰ってくれたもんねー」


ミサよ、それだけだと今のペレンと同じだ。


「俺が筋を通したのはバンデスさん。ドワーフの国の長にだよ。お前の所に行く前に許可取ってたんだよ」


「そーだったんだ」


親父さんとその話してただろうが。


「南の街の領主には筋を通さないのかしら?」


「引き抜きに行ったわけじゃないし、別に領主があそこになんかしてやってるわけじゃないだろ?」


「それはそうでしょうね。というか領主自ら何かしてあげてるのはゲイルだけでなくて?」


「他の領主が何もしてあげなさ過ぎなんじゃない?東の農業もマリさんが手を打っただけで領主がしたわけじゃないだろ?」


領主からは礼の手紙一つ来てないからな。俺が絡んでるの知らないのだろう。


「そうね・・・ そう言われると何もしてないのと同じかしらね」


「まぁ、それで上手くいってるならいいけどね。今回はあの靴屋の親父さんがあのまま埋もれて行くのが勿体ないなと思っただけだよ」


「どういうことかしら?」


「あの親父さん、腕がいいというのは本当だと思う。そんなに高くない靴なのに物凄く丁寧に作られてたからね。長持ちするからあまり売れてないのかもしれないよ」


「どこを見てそう思ったのかしら?」


「全体的なバランスも有るけど縫い目が特に綺麗だったんだよ」


「縫い目?」


「こことか縫って止めてあるんだけど、俺が今履いてる靴は少し縫い目がずれてたりするだろ?あそこの靴はどれもそれがなかったんだよ」


「そんな物で変わるのかしら?」


「俺も専門家じゃないから他に見るところとかあるんだろうけど、こういう細かい所をきっちり丁寧にする職人が他の箇所を手を抜くはずがないからね」


「あー、それわかるー。防具とかも同じだよ。ドワンのオッサンが作ったやつとか一目でわかるからねー」


「そういうこと」


「ペレンのもそこまで良かったのかしら?」


「親父さんのと比べたらまだまだかなぁ。でも新しい物を作り出せる能力とかは高いんじゃないかな。後は親父さん譲りの制作スキルに期待ってところ。親父さんもアイデアマンみたいだし」


「そう。将来性を買ったのね」


「そうだよ。今から全部初めてのものを作って行くから既成概念が固まってない人の方がいいんだよ。なんでもやってみて、ダメだったらダメでもいいんだ。ただ個人でやるとダメだった時のダメージがデカいだろ?俺はそのバックアップをするんだよ。それならみんな安心してチャレンジ出来るだろ?ダメなものでも財産になって行くしね」


「ダメな物が財産?」


「そう。こうやったら失敗するよとかの事例でもいいし、今は陽の目を見なくても将来に役立つかもしれないだろ?親父さんのあの変わった靴もそうだよ。あのまま放っておいたら売れなかった失敗作として消えていったかもしれない。けど、売り方や売り先を変えたら新しい靴として爆発的に売れるかもしれない。世の中そんなもんだよ」


「フフっ、ゲイルは考え方が特殊ね。普通なら失敗したら終わりですもの」


「何度でもいくつになってもやり直せる方がいいからね。一回失敗して人生終わりとか嫌じゃん」


「何度でもやり直せる・・・。良いですわねそれ」


マルグリッドは少し憂いた顔で微笑んだ。



晩御飯までまだ時間があるので、ベントの屋台を覗きに行くことにした。


おー、本当に5台並んでるな。ベントは指導に回って、あのぎこちないのが学生達か。


「ゲイルどうしたんだ?」


「時間が空いたからちょっと見に来たんだよ。調子良さそうだな」


「お、そうだ。新作のタレを作ったんだ。食べてけよ」


昼も串肉だったとは言えず、新作タレのフランクフルトを購入。お金はいらないと言われたがちゃんと払った。


お、ソース味じゃん。俺が作ったソースもどきと良く似てんな。


「旨いよベント。これ売れてるだろ?」


「トマトソースとマスタードのといい勝負だな。新作出した時はそっちばっかり売れてたけど、今は同じくらいだ」


「これ、ゲイルが作ったタコ焼きのタレ・・・ソースだっけ?それに似てるね」


「えっ?」


いらんこというなシルフィード


「まさか、このタレもすでに作ってるのか・・・。あんなに工夫したのに・・・」


「いや、自分で考えたんだろ。たまたま似ただけだよ。俺達兄弟だから考えが似てて当然だ」


というかベントの方が凄いのだ。俺は前世の記憶を頼りに味を調節していっただけだからな。無から作り出したお前の方が凄いと言ってやれないのがもどかしいな。


「そ、そうか。兄弟だから似るのは当然なのか」


「俺のはもっと甘いけどね。フランクフルトにはこっちの方が合うよ。このタレが家でも作れるならハンバーグソースにアレンジしてやるよ」


「アレンジ?」


「そう。今まで作ったタレと混ぜたりすると新しい味になるからな」


「また新しいタレが作れるのか?」


「そうだよ。いまやってみるか?」


「頼む」


トマトソースとソースを混ぜて味見。少し甘味が足りないな・・えーっと少しハチミツを足してこんなもんだな。って、これ、バーベキューソースと似た味だな。俺が前に作ったのよりもしっくりくる。


フランクフルトを焼いてからソースをつけて最後にソースを焦げる手前まで焼いて完成っと。


「どうだ?」


「旨い・・・」


「これ、豚バラ肉を焼いたやつとも合うんだ。もう少し胡椒入れたり、酒飲む人にはピリ辛にしたりとかな」


「ゲイルはやっぱり凄いな。これ旨いぞ」


「おい、にぃちゃん。それを俺にも焼いてくれ。あと新しいタレのと両方だ。食べ比べしてぇ」


「はいっ、少々お待ちをっ」


1本銅貨10枚にも関わらず飛ぶように売れていくフランクフルト。忙しい様なので頑張れよと言って帰ることに。


翌日は皆を休みにしようとしたらミケはロドリゲス商会に行くという。物を売るのが楽しいらしい。ということでミーシャだけ休む訳にもいかず、俺達全員が働く事になってしまった。



女性陣は服とかのデザインをするらしいので、俺は紋章屋に進捗を確認しに行こう。



「よう、どんな感じだ?」


「あ、ゲイル様。だいぶ出来ましたよ。後は色を塗っていけばいいだけです」


板芝居のラフというのだろうか?下書きというのだろうか。それを見ていく。うんイメージ通りだ。素晴らしい。


これをやってくれる吟遊詩人も来ているとのことで紹介してもらう。名前はマンドリン・・・手にしている楽器はギターというか琵琶というかマンダリンみたいだな。マンドリンのマンダリン・・・実にややこしい。


そういや紋章屋って名前なんだっけ?


「ごめん、お前の名前なんだっけ?」


ずっと紋章屋と呼ぶには申し訳ないので素直に聞く。


「ロンでございます」


ロン、ロン、ロン。よしインプット完了。


「なぁ、ツモ。いま実演できるか?」


「ロンでございます」


いかん、麻雀が頭をよぎったからな。そのうちチーとかポンとか呼んでしまいそうだ。


「マンダリンは今実演できるか?」


「マンドリンでございます」


あー、もうっ!頭がこんがらがるわ。


名前間違ってごめんと二人に謝り実演してもらう。


おお、この吟遊詩人、趣味の悪い服装をしている割にはセリフや演奏旨いな。服はタイカリン商会で仕入れてるのだろうか?


「この人は今までどこでやってたの?」


「貴族街でディノ討伐物語を得意としておりました。アーノルド様ご夫妻の息子様のお仕事を直接頂けるとは至極光栄にございます」


あー、あの劇にもなってたやつか。


「じゃあ、宜しく頼むね。次々新しい物語を作るつもりだから」


「それはそれは楽しみにしております」


「給金っていくらぐらい払えばいいかな?」


「給金とは・・・?」


「月々払うお金だよ」


「私どもはその時に詩を気に入って下さった方々に頂くお金が報酬でございますゆえ、決まった金額など不要でございます」


おひねりってやつか。


「いや、これを見に来るのは子供だと思うんだよね。払ってくれるお金なんてほとんどないよ」


「これが子供向けでございますか?大人達も十分楽しめる内容だと思いますが」


「そうなの?」


「はい。もし子供だけしか来ず、お金を持っていないようならその時はまたお考え下さいませ」


そうかな?と思いもう一度実演してもらう。しかし、こいつの声も演奏もよく通るというか聞き取りやすい。

後ろに下がって聞いてもそれは変わらない。もしかしたら自然とエルフの声が通る魔法とか使ってるのかもしれん。


そしてふと嫌な予感が頭を過る。


自然と魔法を使う?これもしかしてヤバくねーか?


「おい、ポン。悪いけど・・・」


「ロンでございます」


ゴメン・・・


「悪いけど、内容をちょっと変更していいか?」


「勿論です。何度でもどうぞ。まだまだやり直しは可能ですので」



うん、何度でもやり直し出来るのはいいことだな。







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