第505話 ヒール

「騒がしてごめんよ、お客さん。で、どんな靴を探してんだい?」


「この男性用の靴はご主人が作ってるのかな?」


「そうよ」


「俺の足に合うサイズも作れる?」


「当たりめぇだ。どいつがいいんだ? というか坊主金持ってきてるんだろうな? 親は一緒にきてねぇのか?」


「親は別に住んでるからね。お金はあるよ。このスパイクが付いた靴は少し加工出来る?」


「どんな風にだ?」


スパイクをこんな形で出したりしまえたりするタイプのを絵に描いて説明する


「なんだこりゃぁ・・・」


「いや、これ凍ってる道とかぬるぬるした岩場とかに便利だけど、普通の時は邪魔でしょ。こうすれば普通の靴を持ち歩かなくていいから便利じゃん」


「た、確かに・・・」


「あんた、これ・・・」


「あぁ・・・」


「どうしたの?」


「いや、こいつは作ったがいいが売れなかった靴だ。2足持ち歩くのが面倒だと言われてな」


「雪国とかに売ればいいじゃん。北に向かう商人とかいないの?王都だと特定の日しか役に立たないからね。冬に凍って歩けなくなったりするとこ向けだよね?」


「そ、そうかもしれん。こ、こいつはどうだっ?」


「安全靴だね。これは大工とか冒険者に売れば売れると思うよ。大工は重いもの落としてケガしたりするでしょ?冒険者はこれが武器になるかもしれないからね。これも売れてないの?」


「あぁ、他の靴より高いから売れてねぇんだ」


「もしかしてここに来るお客さんだけに売ってる?」


「店があるんだから当たり前だろ?」


「ここにこんな便利な靴があるってみんな知らないんじゃない?店としては場所も悪いし、愛想も悪いし・・・」


愛想が悪いと言われて頭を掻く主人


「俺達は食器を買った所で腕のいい職人がいる店を聞いてここに来たんだけどね。喧嘩に巻き込まれるから気を付けろとも言われたけど」


「面目ねぇ。うちの娘が生意気なもんでよ、ついな・・・。しかし坊主、お前ちっこいのによく商売の事を知ってんな。どっかの商会の息子か?」


「いや違うよ。西の街の開発やってるんだよ。そこの領主ってやつだね」


「って事はつまり・・・」


「そう貴族だよ」


「た、大変失礼いたしましたっ・・・」


「いや、いいよいいよ。靴とかカバンとか発注したら作ってくれるところを探しに来ただけだから。あまり気を使わないで。職人さんてこんな感じなの知ってるから。ドワーフもみんなこんな感じだし。な、ミサ」


「そーそー、ここに来て国の事を思い出しちゃったー」


「お嬢ちゃんドワーフだったのか?通りでちっこいと思った。あんたも職人か?」


「そうだよー。私は装飾が好きなんだー」


「えっ、あんた装飾出来るのっ?これっ、これに何を付けたら可愛くなると思うっ?」


「こんな靴初めて見たからなー、ゲイルくんどう思う?」


「これなら、この紐の所に小さなリボンみたいなの付けたらいいんじゃないか?こんな風に」


「あ、ホントだー、いいねぇーこれ」


「ただ、せっかくこんな風にしても服から変えないとダメだな。今の服なら全然見えないだろ?スカートの丈を短くするか、こんな感じのズボンとかに合わせるといいと思うぞ。冬ならお前が作った毛皮のコートを着て合わせるのもいいな。ただ・・・」


俺がロングブーツの説明をミサにしていると食い入るようにくっついて来て見つめるここの娘。


「ただ?ただ何よ。その先早く教えてっ」


近い近い近いっ


「いや、こういう靴はヒールを高くした方が似合うと思うんだよね」


なんか違和感があると思ったら、ロングブーツなのにヒールが無いから長靴みたいなのだ。


「ヒールって何?」


「かかとの部分だよ。ここをこういう風に高くしてやると、足が長く綺麗に見えるんだよ」


「えっえっえっ、もっと詳しく教えてっ」


魔導バッグからリールを作るのに使った金属を出して、ヒールを作ってやる。


「な、何よそれっ?」


「俺、魔法使いなんだよ。金属とか土でなんか作るの得意なんだ。それより、こんな形のをここに付けてね、製品にするときには同じ革を接着してやる必要があるけど、いまは見本だから」


接着も何もしていないからヒールに載せただけのロングブーツ。


「ゲイルくんの言ってた背の高くなる靴ってこれのことー?」


「そうそう。ブーツでなくてもパンプスとかでも同じだよ」


「パンプス?」


「マリさんが履いてるような靴」


「坊主・・・」


「ちょっとアンタっ」


俺の事を坊主と呼んでドンって肘鉄を食らう主人。


「あぁ、坊主様、こんな爪先立ちしたような靴なんかすぐに疲れちまうんじゃねーのか?」


坊主様ってなんだよ?


「ゲイルでいいよ。下手な人が作ったヒールは疲れるけど、腕の良い職人が作れば大丈夫みたいだよ」


俺はこんなの履いたことないから聞きかじりだ。


「背が高くなるのはいいけど、こけそうかも・・・」


シルフィード、本当は俺もそう思う。


「慣れだよ慣れ。ヒールの高さは変えていけばいいから。初めは低いのから履けばいいし、なんなら前も全部高くすればいいよ」


ショートブーツでそれを説明する。


「そんな変な靴売れるのか?歩きにくいだろ?」


「運動したり長時間歩いたりするのには不向きだね。ただオシャレのためだけだよ。男にはよくわからない世界かな。靴単体だと変に見えるかもしれないけど、服と合わせて考えるといいんじゃないかな」


「そーだねー、靴だけだとゲイルくんの言ってることがいまいちイメージしにくいね。ショール連れて来ればよかったねー」


「ショール?」


「そう、南の街で服屋をやってたショール。知り合い?」


「ど、同級生よ。今何やってんのあの娘。料理人になるって飛び出して、そのままあの服屋ごといなくなっちゃったの」


「お父さんは西の街で服屋をやってるよ。ショールも料理人になるつもりで来たけど、やっぱり服を作りたいってなってね。今度新しい店を作るからそこの店の服担当になってもらったんだよ。こいつの店なんだけどね」


「えっ?こんな小さいのにもう自分の店を持つの?」


「ミサはドワーフだからね。こう見えてもお前の両親より歳上だぞ。今60歳だっけ?」


「失礼ねっ!ピッチピチの55歳よっ!」


俺が死んだ歳じゃねーか・・・それなら俺はピッチピチで死んだ事になるぞ


「人族換算したら20歳くらいなのか?」


「わかんないよーそんなの」


「こいつはすでにディノスレイヤ領で店を1軒成功させてるし、今度の店は新しいブランドを作って流行発信店にする予定なんだよ。アクセサリーと服だけだと成り立たないから靴とバッグを作ってくれる職人を探しに来たってわけ」


「何よそれ、ショールが服作ってんの?」


「そうだよー、王様を出迎える為のドレスも作ってもらったんだー、すごい人気だったよー」


「えぇ、素敵なドレスだったわ。私には作ってもらえませんでしたけど」


マルグリットよ、こんな所で拗ねるな。


「マリさんはサンプル生地じゃなくてちゃんとした生地で作ってもらえばいいじゃないか。きっとショールがいいデザイン作ってくれるよ」


「待ち遠しいですわ」


「なんか、こちらのお嬢さん上品だな?もしかしてこちらも・・・」


「あぁ、マルグリッド・スカーレット。東の辺境伯の娘さんだよ。成人するまで仕事手伝って貰ってるんだよ。そうだっ!マリさんモデルやりなよ。このショートブーツを見て思い付いたデザインがあるんだよ」


「あら、どんなのかしら?」


イメージはハイカラさんだ。着物みたいな服もここにはないから斬新だろう。


簡単なイラストを描いていく。着物はほとんどサイズを選ばないし、いいかもしれない。


店の主人と奥さんがマルグリッドの事を聞いてアワアワしているなか、着物と袴、ブーツの組合せを描いていくと、これはなんだとか熱心に聞いてくる女性陣。


「髪型はポニーテールがいいと思うんだ」


オッサンに好きな髪型を聞いたら一番にポニーテールを上げるに違いない。俺がそうだからな。


「ポニーテール?」


「細い革ひもある?」


店の娘に革ひもをもらう。


「マリさんここに座って」


マルグリッドを座らせて髪の毛をまとめてポニーテールに仕上げていく。


「あっ」×全員


俺がマルグリッドの髪の毛を触った時に全員があっと言うがなんだろうか?


俺、こういうの結構得意なんだよね。子供の頃に姉貴にさんざんやらされたのだ。


ひょいひょいっとまとめて革紐で縛る。茶色の革だけどリボン結びにしてやると結構可愛いのだ。おぉー、思った通りだ。マルグリッドの幼さが残る金髪美人顔にポニーテール。破壊力抜群だ。俺が思春期の頃に出会ってたら惚れていただろう。


「どう?めっちゃ似合うと思うんだけど」


皆がジーっと俺をみる。


「何?なんか変?」


「ゲイル、女性の髪を触っていいのは親か結婚相手だけですのよ」


「そうなの?なんで?」


そりゃ、知らん人の髪の毛をいきなり触ったらダメだろうけどさ。知り合いの髪の毛を結うなんて別にいいじゃん。


クスクスクスクス


「ゲイルは本当にこういう事に疎いのね。まぁ、ゲイルに触られても嫌な気もしませんし、この髪型も気に入りましたので問題ありませんわ。だから心配しなくて宜しいわよシルフィード」


俺を見てプクッと膨れるシルフィード。

なんだよ、風呂上がりにみんなの髪の毛を乾かしたりしてるじゃん。あれはいいのか?


「坊主様?あの・・・」


お経唱える人みたいに呼ばないで。


「ゲイルでいいよ。それよりこんな靴の発注って受けてくれるかな?」


「も、もちろんっ!絶対やる。というかやらせて下さいっ」


「良かった。引き受けてくれて。あとカバンとかも作れる?」


「出来ますっ!」


「名前なんだっけ?」


「ペレンですっ!」


「じゃ、これから宜しくねペレン。詳しい事が決まったらまた連絡するよ」


「あ、あのっ、あのっ」


「何?」


「私を新しい店で雇って下さいっ」


「えっ?店は西の街だよ。ここから通うの無理だし、ここの店はどうすんのさ?」


「ここにいてもクソ親父と喧嘩ばっかだし、私もオシャレなお店で働きたいんだっ!こんな売れない靴しか作れない親父とやってるなんてまっぴらなんだよっ」


「このクソ娘がっ」


と親父さんが怒鳴りかけるよりも先に俺が口を出す。


「ペレン、今お願いしたぺレンに靴を発注する話はなしだ。親父さんの靴を作る腕を理解出来てないような奴にうちの靴が作れるとは思えないからな」


「あっ・・・」


「靴があまり売れてないのは靴そのものに問題があるわけじゃない。売り方とか店のあり方がおかしいからだ。俺が商人なら、ここの靴を全部売って勘弁してくれっていうぐらい作らせてやる。それこそ喧嘩なんてしてる暇が無いくらいにな」


「ぼ、坊主様・・・俺の靴をそんなに・・・」


だから坊主様ってなんだよ? ナンマイダーとか言って欲しいのかよ。


「お前もそれくらいわかってるだろ?自分で靴を作ってて親父さんの腕くらいわかるだろうが」


「うん・・・」


「なら、親父さんに謝れ。お前に靴作りとか教えてくれたの親父さんなんだろ?」


「うん・・・。父ちゃんごめん・・・」


「ぺ、ペレンが俺の事を父ちゃんって・・・」


ペレンはちょっと遅い反抗期か職人として育って来て父親に対しての対抗心が芽生えて来てたのかもしれないな。


「坊主様・・・」


はいはい、ナンマイダー。もういいわそれで。


「う、うちの娘を雇ってやっちゃくれませんか?」


「ここの店はどうすんのさ?」


「娘の言う通り、お世辞にも流行ってるとは言えねぇこの店に将来性のある娘を縛り付けておくのが申し訳ねぇ。親の欲目かもしんねぇが、こいつはなかなか筋がいい。女だてらに革職人としてやっていけるはずなんだ。頼むっ」


「うちはいいけど、親父さんたちどうする?ここは持ち店?それとも貸し店舗?」


「こ、ここは貸し店舗だ。家もな」


「ここに未練ある?」


「いや、特にねぇ」


「じゃあ、西の街かディノスレイヤ領に店を移す?ここよりも格段に売れるようになると思うんだ。特にディノスレイヤ領がいいかな。領の西側にぶちょー商会ってのがあってね、そこと連携したら死ぬほど仕事が増えると思うんだ。王都から離れるのが嫌なら西の街でもいいよ。今ならまだ店を確保出来ると思うから」


「ディノスレイヤ領?」


「うん、冒険者の街だし、ぶちょー商会の責任者はドワンっていう武器職人なんだけどね、弟が大工の親方なんだよ。冒険者と大工がたくさんいるからめちゃくちゃ売れると思うよこの安全靴。さっきお願いした収納式スパイクブーツは冒険者が買うと思う。安全靴と組み合わせてもいいと思うよ」


「ほ、本当ですかいっ?」


「行く気あるなら、俺の父さん、ぶちょー商会、冒険者ギルドのギルマスに手紙だすけど」


「父さん?坊主様の父親は西の街の領主をしてるんじゃ・・・?」


「西の街の領主は俺だよ。父さんはアーノルド・ディノスレイヤ。西の辺境伯だよ」


「えっ?」


「だから、どっちでもいいよ。どっちでもどうとでもなるから」


「あ・・・・はい・・・・」


「じゃあ、一週間後にまた来るから返事頂戴。その時に俺のスパイクブーツとか出来てるかな?」


「あ・・・・はい・・・・」


なんかボーッとしてるけど大丈夫かな?


「ペレンも本当にどうするか考えておいて」


「あ・・・・はい・・・・」


やっぱり親子だな。そっくりだ。



返事を聞きにまた来週来なくちゃな。今度はうちの馬車か馬で来よう。もう誰かに尻を触られている感覚は嫌だからな。



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