第503話 ゲイルは何者?
晩御飯を食べた後、少し間を置いてから風呂に行ってもらう。
俺も一緒に入らないといけないらしい。
(エイブリックさん、ミーシャ達は他の部屋に行かせていいかな?)
(どうしてだ?)
俺はミーシャ達が貢ぎ物になるんじゃないかと言われた事や、さっき仲居頭がドン爺の行動を勘違いしたであろうことを伝える。
(そんな事になってんのか?)
(そうなんだよ。これでこのままミーシャ達が居たらまずいと思うんだよね)
(分かった。そうしてくれ)
「じゃ、俺はドン爺とエイブリックさんと風呂に入ってくるからミーシャ達はもう休んでていいぞ。仲居さん、ミーシャ達のデザートはそっちの部屋に運んであげてくれる?」
「なんじゃ、ゲイル。皆はもう帰るのか?」
「朝に見送りに来るよ。こんな着なれないドレスのままだと可哀想だろ? それに今日の準備でみんな疲れてるんだよ。ドン爺が動くと大変なんだよ!?」
つい、来てくれた礼よりも文句を言ってしまった俺。
「そ、それはすまんかった・・・」
ごめん、そんな顔をしないで。
「俺はここに泊まるから。酒も色々とあるし、つまみも用意してあるからね。男同士で話そうよ。ナルさんも飲むでしょ?」
「いや、自分は護衛が・・・」
「大丈夫、大丈夫。俺が気配を探ってるし、なんも無いって。ね、ドン爺」
「お、おぉ。そうじゃな。ナルディックよ、そちも鎧を脱げ。ゲイルは酒が飲めんからの。エイブリックと二人で飲んでもつまらん」
「しかし・・・」
「この前さぁ、湯船に浮かべた舟につまみと酒載せた奴で父さん達楽しんだんだよねぇ。風呂に浸かりながら飲む酒は旨そうだったよ~。ここにもそれ用意してあるんだけどなぁ」
「お、そんなのあるのか?」
「ロドリゲス商会が商品にするって言うから試作品貰ったんだよ。イカの一夜干しと日本酒を用意してあるけど、冷えたワインとチーズみたいなやつでもいいよ」
「一夜干し? とはなんじゃ?」
「始めにイカの刺身食べたでしょ? あれを少し干してあるんだよ。それを炙って、ポン酢とマヨ、ちょっと唐辛子でピリッと辛くした物を冷えた日本酒でキュッと・・・」
俺が説明するとナルディックがごくっと喉を鳴らす。まだ何も食べてないし俺が説明するものは全て旨いのを知っているからな。
「ナルディック、お前も来い。これは命令だ」
それに気付いたエイブリックはナルにそう言ってあげた。命令とあれば仕方がないからね。
俺達が風呂に入ってる間に仲居さんに護衛団や騎士団、衛兵達そして他の使用人達に用意してあったおにぎりとお茶を配るように指示する。みんな何も食べてないはずだからな。ナルディック用につまみ以外に海鮮丼を風呂まで持ってくるように伝える。
「なぁ、ゲイル。うちらも部屋で飲んでもええん?」
「いいけど、飲み過ぎんなよ」
「あの一夜干しってのはまだあるん?」
「あるから仲居さんに伝えて持って来て貰え。くれぐれも飲み過ぎるなよ。明日は朝ごはんを食べたらお見送りだからな。寝坊するなよ」
「分かってるって! ほな王様、王子様また明日なぁ~!」
お前も所作習っただろうが・・・
ミケ以外はキチンと挨拶をして退出していった。
護衛団と騎士団、衛兵達に配られたのはツナマヨおにぎりと唐揚げマヨおにぎりだ。チャチャっと食べるのには最適だろう。
騎士団は警備中に差し入れを食べるのに慣れていないだろうから護衛団の人に伝令をして貰った。衛兵団はホーリックがいるから大丈夫だろう。従業員達に俺からの差し入れだと言うようにしてあるからな。
ー支配人室の会話ー
「あ、あの支配人」
「どうした?」
「ゲイル様は陛下や殿下とはどのようなご関係なのですか?」
仲居頭は支配人に尋ねる。
「何かあったのか?」
「陛下を爺さん呼ばわりされてました・・・ 殿下はさん付けで。護衛団長には愛称呼びで・・・」
「何っ? それは本当か?」
「はい。今から皆様でお風呂に入られます。獣人の女の子は陛下に敬語も使わずにまた明日ねと」
「はぁぁぁぁぁっ?」
「ほ、本当です。他の従業員は護衛の人達に差し入れをもっていってます。ゲイル様の差し入れと言えば食べるだろうと」
「あの女の子達はどうした?」
「着替えに使った部屋で休まれています。ゲイル様が王様が来るのに準備で疲れてるから休ませてやれと。陛下に向かってそうおっしゃり、陛下がすまないと頭を下げられました」
「わ、訳がわからんぞ。一体何が起こってるんだ? そもそもここに陛下と殿下がお泊まりになることすら信じられなかったのに」
「ど、どうしましょう? もしかしたらゲイル様はここの領主様以外にも何か特別な存在なのでは・・・」
「わ、わからん。俺達には西の街の領主としか聞かされていない。そうだ。あの女の子達にデザートを持っていくだろう? それとなく聞いておいてくれないか?」
「わ、わかりました」
ーシルフィード達の部屋ー
「めっちゃ疲れたなぁ。綺麗なドレスって着てるだけで疲れんねんな」
「そーおー? 私平気。これ気にいっちゃった。ミーシャちゃん達のドレスも素敵だよねー、あーあー、私も身長があったら似合うのになー」
身長だけでなく、お子様顔にはAラインドレスは似合わないのだ。
「私はそっちのフワフワの方が好きですよ」
「えー、私もミーシャちゃん達の服を着てみたいな。早く背が伸びないかな。あと胸も・・・」
シルフィードは南の領地に行くときにミグル組に入れられた事をまだ引きずっていた。
「シルフィードはミグルと違ってまだ大きなる可能性あるんやろ?」
「わかんない。もうずっとこのまんまだし・・・」
コンコンっ
「お、デザート来たんちゃう?」
ミケの言う通り仲居頭がデザートを持ってきた。チョコレートケーキだ。
「お、チョコのケーキや。当たりやで!」
ハズレなどは無い。
「ありがとうな、あと、ゲイルらが酒とイカの一夜干しとか頼んでたやろ? うちらもおんなじの欲しいねん」
「か、かしこまりました。すぐにお持ちします・・・ あの・・・」
「何? もしかしてお金いるん? ほならゲイルに請求してや。ウチらお金持ってきてへんねん」
「い、いえ。お代ではなく、その・・・少し伺いたいことが・・」
「ん? 何か知りたいん?」
「ゲイル様はその・・・ どういったお方で・・・」
「ゲイルはゲイルやん。ここの街の領主やろ。あんたら知ってるやん」
「そ、それだけでしょうか。陛下や殿下ととても親しげなご様子でしたので・・・」
「ああ、王様との関係かいな。仲ええねん、王様と王子様と釣り行ったりとかしてはるしな」
「は?」
「しょっちゅう王子様んとこ泊まりに行ったりしてはるし、王子様の息子もゲイルところに住んでるしな。ウチらもこの前までその息子らとみんなで南の領地で釣りしててん」
「は?」
「ぼっちゃまは王家の身分を持ってますよ。なんか準王家とかで王様にはなれないみたいですけど。護衛団の人達は非番の日にご飯食べに来ますし、衛兵団長さんは一緒にお住まいですよ。元々護衛団の人みたいでみんな仲良しです」
「ゲイルはエイブリックさんと義理の親戚みたいな感じです。エルフやドワーフとも仲良しですし」
「私が作ったアクセサリーも喜んで使ってくれてるよー。今日も付けてたでしょー? あれ私が作ったんだー」
「え?」
「ミーシャちゃんと私のこの服は王様に頂いたものなんです。お揃いで頂きました」
仲居頭はもう何がなんだかわからなくなっていた。
ー宿の温泉ー
「ゲイル殿、この海鮮丼とはたまりませんなぁ。ご飯がいつもと違うのは理由があるのですか?」
「それは酢飯っていって、ご飯に酢、塩、昆布出汁、砂糖で味付けしてあるんだよ。魚と合うでしょ」
「そうなのですな。実に旨い。何杯でも食べられそうですぞ」
もう3杯目だけどね。
「これはワシらには出なんだではないか? なぜじゃ?」
「他にたくさん食べる物があったでしょ? ナルさんはこれだけだからね。ドン爺にこれ出したら他の食べられなくなっちゃうじゃん」
「それはそうじゃが・・・」
「お寿司ならちょっとだけ出しても良かったんだけどね」
「お寿司?」
「ちいさいおにぎりみたいなご飯に魚をのせた食べ物だよ。いまナルさんに出した酢飯ってのを使うんだけどね」
「なぜそれは出さん?」
「上手く握れないからだよ。単純そうに見えて難しいんだよ。それなりのなら出来るとは思うけど」
「それなりには出来るのじゃな?」
「それなりのは・・・」
「明日の朝食が楽しみじゃのう」
朝から寿司食うつもりか・・・ 後で厨房に行って魚を解凍しておいてもらわないとダメだな。
「ゲイルよ、この宿の料金はいくらに設定してあるんだ?」
「この部屋は最高級の部屋だから、部屋代が1泊金貨1枚、それプラス1人に付き銀貨10枚。御飯はお任せで夕食と朝食付き。お酒は飲み放題。だから今回はドン爺とエイブリックさんで金貨1枚と銀貨20枚だね。他の部屋は1泊銀貨10枚~50枚。一人当たりの料金は同じだよ」
「安いな。これだけの内容だとかなり割安じゃないか?」
「庶民街だとこれでも破格に高いよ。この部屋はほとんど利用する人いないんじゃないかな」
「そうか? 高額なものはそれなりに需要があるからな。もう一軒作った方がいいかもしれんぞ」
「高い物の需要って貴族街のことでしょ? ここ庶民街だし、西地区だからね。全部の施設が稼働し始めたらそうなるかもしれないけどまだまだ先だね」
「いいから、もう一軒場所を確保しておけ。今ならまだ可能だろ?」
「まぁ、可能だけれども・・・」
高級宿はハイリスクハイリターンだからあまり増やしたくないんだけどな。
「ゲイル、この宿はいいのう。風呂からの眺めも良いし、飯も旨い。ここで飲む酒は格別じゃ。一夜干しとこの冷えた日本酒が身体に染みるわい」
「のぼせるとダメだから窓を少し開けようか?」
「では自分が開けましょう」
ナルディックは豪快に窓を全開にすると春風が一気に風呂場に流れ込む。
「おお、まだ寒いが春じゃのう」
ドン爺は春風を受けながら日本酒を飲み超ご機嫌だった。
風呂から出たらデザートが運ばれてくる。チョコのデザートのオンパレードだ。あいにくバナナは入荷しなかったが、チョコパインを嬉しそうにかぶりつくエイブリック。
その後もしばらく飲んで二人は眠りに付き、ナルディックは護衛に戻った。
俺は厨房に行って魚の解凍と酢飯を作っておくように指示していると支配人と仲居頭が飛んで来た。
「まっ、誠に申し訳ございませんっ」
「なんかヘマしたの?」
「い、いえっ、ゲイル様が王族とはまったく存じ上げず、我々の不敬な振る舞いを・・・」
「あれ、言ってなかったっけ? まぁいいや。俺が王族っていっても準が付いてるから継承権も無いしな。それに皆ちゃんとしてるし不敬なんてことはないから大丈夫だよ。今まで通りにしてて。あんまり物々しいの好きじゃないから」
「し、しかし・・・」
「ミケとかも平民だけど、俺の事を呼び捨てだったりするだろ? 俺はあんまりそういうの気にしないんだよ。王様や王子様も人目の無いプライベートの時は気にしないしね。けっこうきさくなんだよあの二人」
俺にそう言われてもアワアワし続ける支配人と仲居頭であった。
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