第502話 王様の威厳は表向き

ドン爺達の隊列が到着。


騎士団がパフォーマンスをすると盛り上がる住民達。目の前でされると迫力あるよな。


護衛団が馬車の入り口に整列する前に俺に臣下の礼をする。いや、それはドン爺にしなさいよ。こんな所でやったら皆に変に思われるじゃないか。


使用人が赤い絨毯をくるくると敷いていき、馬車のドアを開けるとまずエイブリックが出て来た。俺達は教えられた動作で跪き、女性陣はカーテシーで頭を下げる。


その後にドン爺だ。チラッと見ると二人とも威厳のある立ち振舞いをしているのがちょっと可笑しい。ここで笑ってはダメだ。


「顔を上げよ、ゲイル・ディノスレイヤよ。此度の出迎えご苦労である」


おおー


王が俺を労うとシンっとしていた観客から感嘆の声が上がる。


「陛下にそのようなお言葉を頂けるとは誠に光栄にございます。このお言葉は末代までの栄誉とさせて頂きます」


よし、噛まずに言えた。


うむと頷いたドン爺はナルディックを先頭に宿の中へ。


「心よりお待ちしておりました。ウェストランド王」


支配人がそう挨拶して、みなで三つ指をついて頭を下げる。


ここは貴族の宿ではないので、宿式の挨拶をさせたのだ。


「皆の者、ご苦労である」


ははっ!


王様から直接労いの言葉をもらった支配人は泣いていた。


仲居頭が護衛団を部屋に案内する。ズシズシと歩いていくナルディックは俺にこっそりとウィンクしていきやがった。ごついオッサンのウィンクなんて嬉しくない。


ドン爺達が部屋に案内されたのを確認してようやく気が抜ける。普通ならここで気を抜くことなんて許されないだろうけど、住民達に見られなければよいのだ。騎士団の人達はほとんどしらないけど、護衛団は皆顔見知りだからな。しょっちゅうウチで飯食ってるし。



「ゲイル様、まさかこれで帰るとか言わないですよねっ?」


シルフィード達もこちらに来てホッとしているところに支配人がやってきたのだ。


「もう後は普通の接客と同じだろ?」


「こ、こんな騎士団や護衛団の皆さんがおられる前で普通の接客なんて出来るわけないじゃないですかっ。お願いします帰らないで下さいっ お願いしますっ」


ドン爺達にお礼を言ってから帰るつもりだったんだけどな。


食事も俺達の分もあるからと懇願される。通りで山ほど食材を仕込んであると思った。予備かと思ってたよ。


「じゃあ取りあえずドン爺の所に行こうか」


「ドン爺?」


「あ、王様とエイブリックさ・・・ 殿下の所ね」



顔見知りの護衛達に手を振りながら最上階へと向かう。ドン爺達の部屋は5階建ての最上階のロイヤルスイートルーム。まさか本当にロイヤルファミリーが泊まるとは思ってなかったけど。


5階はこの一室だけ。大きな温泉と一人用の温泉付き。寝室は8つ。リビングとダイニングキッチン付き。和室を作りたかったのだが畳が無いし、椅子なしで座る文化もないから全て洋室だ。リビングはプライベートパーティーを開けるくらいのスペースを取ってある。


扉の前にいる護衛達と軽くアイコンタクトを取ってから部屋に入る。


「ゲイルよ、素晴らしい宿ではないか。このような宿は見たことがないぞ」


「今日はわざわざお越し下さり誠にありがとうございます陛下」


教えられた所作でドン爺に挨拶。


「もうよい、もうよい。いつも通りにしてくれ。ここには他の者はおらんであろう」


「そう?」


俺はさっさと素に戻り、蝶ネクタイを外して上着を脱ぐ。ミーシャ達はドレス姿のままだけど。


護衛やメイドや使用人もいるけど気にしない。ドン爺の横にいるのナルディックだしな。


「ドン爺の服、重そうだね」


「まったくじゃ。早く脱がせてくれ」


そういうとメイドがささっと着替えさせる。さすがだなぁ。動きが滑らかだ。


エイブリックもいつの間にか着替えている。


「ミーシャ達よ。ほんの少し見ない間にまた一段と綺麗になったのぅ。ささ、こちらへ座りなさい」


ミーシャをお気に入りのドン爺は自分の隣に座れと促す。それに驚く使用人達。まるでドン爺が夜のお相手を選んだかのように見えたのだろうか?


それぞれが席に付く。女性陣はドン爺の近くに、俺はエイブリックの隣に座った。


コソッ

(エイブリックさん、まさかドン爺が来るとも思ってなかったし、あんな隊列とかびっくりしちゃったよ。大事になってるじゃん)

(手配大変だったんだぞ)

(俺はエイブリックさんがお忍びで来ると思ってたんだよ)

(俺もそのつもりだったんだけどな。父上の耳に入ってしまったのだ。来るなとは言えんだろ。それとも何か?当日いきなり来た方が良かったのか?)

(いや、先に教えて貰った方が良かったけど)

(なら文句を言うな)


「何をこそこそ話しておるのじゃ?」


「べ、別に・・・。あ、庶民街はどうだった?」


「西の街以外はあまり代わり映えがせんの。しかし、北はなんというか・・・」


王が来ると御触れが出たから通りだけ片付けたようだが隠しきれる物ではない。俺も良くはしらないが少し裏通りに入ればスラム街みたいになっているのだろう。


「父上、その内に北も手を入れる予定ですからご心配無く。な、ゲイル」


は?


「誰かちゃんと治める人がいるといいね。男爵だっけ? 今やってる人」


「あぁ、何にもしておらんがな」


エイブリックのなんか含みのある言い方が嫌だな・・・


さてと、食事の時間までは少し早いから風呂でも入ってもらおうかな。


「ゲイルよ、何か食事の前に出ぬか?」


軽く食べられるお菓子類は置いてあるけど、それじゃないものをご所望の様だ。


「お腹空いてる?」


「昼を食べておらんからの」


「そうなの?」


「当たり前だろ? 父上が事前連絡も無しに庶民街の飯屋に入れると思うか?」


それもそうだ。


「今ちゃんと食べちゃうとご飯食べられなくなっちゃうから、豆腐でも食べる?」


「なんじゃ豆腐とは?」


「大豆の汁を固めたものだよ。日本酒と一緒に用意させるよ」


皆には評判宜しくなかったが、ドン爺なら食べるかもしれないと用意だけはしてあるのだ。


冷奴にネギと生姜、鰹節を掛けたものを仲居頭を呼んで用意させる。


「これに醤油か出汁醤油を掛けて食べて。お酒はまだ控えめにしておいてね。風呂に入ってもらわないとダメだから」


「ほぅ、不味くはないが旨くもないな。お前が作るものとしては珍しいな」


冷奴を口にしたエイブリックはそんな感想だ。


「いや、初めはなんじゃこれはと思ったが、こうこの酒と合わせるとなかなか・・・」


冷奴を一口食べてはキリッと冷やした日本酒を飲むドン爺。ほらイケるだろ?


「ナルディックよ、貴様も食べてみよ」


「へ、陛下。自分は護衛中であり・・・」


「つべこべ言うでない。食えっ」


こんな事で王の威厳を使うなよドン爺。


「はっ、誠に結構な味でございます」


ナルディックも好みではないか。ダンが帰ってきたら食べさせてみよう。


冷奴を食べ終わって歓談が始まる。


「このドレスは色味は寂しいが見事じゃのう。なんじゃこの生地は?」


「南の領地で試しに作って貰った生地でね。なんかデカイ蛾の幼虫が出す糸から作られてるんだ」


「その糸は知っているがこんな生地は見たことがないぞ」


エイブリックはシルクを知っている。当然か。


「生地の織り方が違うんだよ」


「織り方?」


平織りとサテン織りの違いを説明していくとマジマジとミーシャのドレスを手に取って見つめるドン爺。おいっ、スカートめくんなよ


そこに仲居頭がお茶を持ってきた。仲居頭が目にしたものはミーシャを隣に座らせ、スカートを手に持つドン爺の姿。


「しっ、失礼致しましたっ」


勘違いしたなありゃ。後で訂正しなければ。


「ゲイル、なんだこのお茶は? 緑色をしているぞ。特別なお茶か?」


「これは紅茶と同じもの。葉を発酵させるかどうかで変わるんだよ。これは発酵させずにお茶にしたもの。紅茶の方が良ければ交換するけど」


「いや、これはこれで旨い」


緑茶は旨いと思うんだな。


ドン爺が生地の話に戻す。


「これはもう一般的に入ってくる物なのか?」


「いや、これはサンプル生地。そのうち染色した糸で作って貰うつもりだけどね。ミサ達がやる店の服の素材にするつもりだよ。他には寝巻きとかに使いたいけど、洗うのが手間だから一般的には売れないかな」


「ほう、この手触りの良さ。寝巻きにするのは良いかもしれん。ワシにも作ってくれぬか?」


「分かった。エイブリックさんは」


「もちろんいる」


シルクパジャマは貴族に売れそうだな。


「ゲイルよ、南の領地の話を聞かせてくれぬか? リークウは滅多に王都に来ぬし、どうなってるのかさっぱりじゃ」


「いいけど、先にお風呂にする? それとも食事にする?」


それともワ・タ・シ?とか言うはずもないけど頭に浮かんでしまった。


「うむ、少し食べたら余計に腹が空いてきたから食事にしようか」


という事で食事開始。


まずは刺身からだ。アジ・イカ・鯛・ヒラメ・ブリの盛り合わせ。


「おぉ、これは旨いのう」


ドン爺、大喜び。が、ミーシャ達は少し微妙な顔をしている。


「どうした?あまり好きではないのか?」


「めっちゃ好きやで。でもな・・・」


「でもなんじゃ?」


「なんか違うねん」


「そーだねー、海釣り公園で食べたのとちょっと違うねー」


「特にアジとイカが違う・・・」


「ぼっちゃまが釣った魚の方が美味しいですよね」


いらんこと言うなよお前ら・・・


「これより旨いと申すか? ゲイル、そうなのか?」


あーあー、ヤバいじゃんこれ。


「ここに持ってこれるのは冷凍だから、物によっては食感とか変わっちゃうんだよ。でもこれかなりキチンと手当てしてくれてるから現地で食べるのと遜色ないんだけどね」


「でも違うのじゃな?」


「少しだけね・・・」


今回の魔道冷凍庫は優れものだった。マイナス20度くらいだとは思うけど、瞬間冷凍に近い。元の世界の冷凍と違って魔法で凍らせるから凍るスピードが圧倒的に速いのだ。解凍方法も色々試してあるので生に近いんだけど、アジとイカはどうしても違いが出てしまう。イカは甘味が増すけど食感が柔らかく変化してしまうのが避けられない。


「次はいつ行くのじゃ?」


ほら来たっ。


「と、当分は行かないかな。ほら、俺忙しいから」


俺は嘘を吐いた。定置網が出来たら設置しに行かねばならないのだ。


「父上、ダメですよ」


「わ、分かっておるわいっ! 聞いてみただけじゃっ」


良かった。エイブリックが先に釘を刺してくれた。


その後はアジやエビのフライとか鯖の塩焼き、ハマグリの酒蒸し、カニの茶わん蒸しやチリソースとか色々と出て来る。その度にこうやって釣るとかドワンが大きな布団みたいな魚を釣ったとか、今日出て来なかったタチウオの話をしたりとか女性陣がハシャギながら話していく。ドン爺はそれはそれは羨ましそうに聞いている。


(で、本当はいつに行くんだ?)

(な、夏か秋・・・)

(予定が決まったら教えろ)


エイブリックは次の南の領地行きに付いて来る気満々の様子だった。





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