第501話 嫌な予感はこっちだった
ショールが仮縫いでサイズを見るとドン爺達を迎える為の服を持ってきた。俺のはタキシードみたいな服なんだな。
黒の正装に蝶ネクタイか・・・ この身体で着ると七五三だな。アスコットタイとかの方がいいけど今更言えない。千歳飴とか持ったら似合うだろうなと自分を鏡で見て思う。
「ぼっちゃま、こういう服を着ると貴族様みたいですねぇ」
いや、貴族だけど・・・
ミーシャはディノスレイヤ家で子供の頃から働いている。貴族といっても見てきたのはアーノルド達だ。王都に来て本物の貴族というかうちとは今までとは違う貴族を見てそう言ったのだろう。
「ミーシャ達の服はどんなのだ?」
「当日のお楽しみです。えへへ」
超特急の割には皆があれやこれやと口を出して手が込んでる服だとのこと。ショールも目の下にクマを作りながらも目がギンギンだ。これはステルスブラック企業でやる気を搾取されてるのに気が付かないハリキリ社員と同じだな。この後身体を壊したり、燃え尽きたりしてしまいそうなので回復魔法を掛けてやり、これが終わったら休ませよう。
夜は屋敷で皆に所作の特訓だ。女性陣はマルグリットが教えてくれている。だんだんといいとこのお嬢さんに見えてくるから不思議だ。
「なぁ、ゲイル。今更なんやけど、ウチの耳としっぽは出したままでええんか?」
「当然。隠す必要なんてないぞ。それにこれはチャンスでもあるんだ。ハーフとはいえ獣人のイメージを変えるチャンスでもあるからな」
人によっては獣人を下に見ている者がいるのは確かだ。しかし、王に直接謁見でき、しかも直接出迎え出来る人間がこの国にどれだけいるだろうか? きっとこの機会はミケのステータスを上げてくれるものになるだろう。
「私も耳出した方がいいかな?」
「そうしてくれ」
ハーフエルフも同じだ。エルフの国を公に出来るならプリンセスとしてお披露目出来るんだけどな。
「私はー?」
「ミサはそのままでいいぞ」
見た目でドワーフと分かるからな。
他の庶民街にも王が視察するという御触れが出ているようで庶民街全体がざわざわしてきた。衛兵達もピリピリしており、王都に訪れる人達の検問も厳しくなっているようだ。
仮に王の視察があるとするならば年間行事に組み込まれて準備期間があるはずなのに、突如として決まった視察は皆に取って迷惑以外の何物でもない。本当に大事になってしまった。
ダン、こうなってしまったのはお前がいないせいだからな、と心の中で責任転嫁をして表現できない焦燥感を打ち消す。ぼっちゃんが勝手にやった結果だろ? と聞こえた声は魔道バッグにしまっておこう。
いよいよ王様の庶民街視察が始まる。通るルートは警備の点から非公開だ。多分東の街から始まるだろうけど。
こっちに来るのはまだ時間があるので中央の公園で様子を見ようとすると公園は閉鎖されていた。仕方がないので気配を消して木の上から見学することに。
お、来た。
騎士団を先頭に隊列が組まれ、大きなウエストランド王国の旗を持った旗手とかぞろぞろ来る。時折その隊列が止まり、なんかパフォーマンス的な事をすると歓声が上がる。大名行列みたいに、下にぃ 下にとか皆が平伏してるイメージだったけどそんなことはなく、住民達は拍手とか声援を上げて王様の視察を歓迎しているようだった。
ドン爺達、国民に愛されてんな。
これ、電飾点けて夜間にやったらエレクトリカルパレードみたいになるんじゃないの? エルフ達の歌劇団が出来たら西の街のイベントに流用しよう。
だいたいどんな事をするのかを把握出来たし、宿屋に戻って待機することに。
宿屋に戻ると支配人を筆頭に死にそうな顔をしている。はいはい、そこの従業員、泣かないの。
「えー、皆さん。王様と王子様は些細なミスとかを咎める方々ではありません。そんなに心配しないように。もしミスをしてしまっても俺がフォローするから安心してください」
こう説明するしかない。まだ時間があるので最後のおさらいをさせる。俺は厨房に行って最終確認。うん問題なし。
シルフィード達は客室でお化粧とかしているようだ。ドン爺達は日暮れ前には到着するだろうからもうすぐだな。
いつ到着するかわからないので早めに外で出迎えの準備をしておかねばならない。俺も着替えて外に出て、従業員にシルフィード達も準備が終わったら外に出て来るように伝えて貰う。
ざわついている住人達の前に俺が出て来ると、
「おっ、ぼっちゃんじゃねーか。なんだよその格好は? 貴族みてぇじゃねーか」
小熊亭の常連達だ。俺が貴族だと知ってる癖にからかってきやがる。ここに王様達が泊まるのは一般公開されていないのでなぜ俺がこんな服を着ているのか知らないのだ。
「どうだ? 似合うだろ?」
「いや、いつもの服で焼き鳥焼いてる方がぼっちゃんらしくて好きだな。そんな服着てたら近寄れねぇよ」
それはあるだろうな。住民達は俺の立場を知っていても普通に話し掛けてくれるけど、こうして貴族らしい格好になると途端に壁が出来たように感じるのだろう。服の威力恐るべし。
「ここで何してんの? 仕事は?」
「今日は休みだ。王様が庶民街に来るってんだ。見てみたいってのは分かるだろ?」
「王様見に来たの?」
「おぅ、俺達みたいな者が間近に王様見れる機会なんてそうそうねぇからな」
「こういうの初めてなのかな?」
「どうだろうな? 爺さん知ってるか?」
「ワシは一度だけ見た事があるぞ。あれは王様が王位を継承した時じゃったかの。それも庶民街を通ったのは一瞬じゃ。東の街だけを通ったくらいじゃの」
戴冠式パレードみたいなやつか。貴族街がメインで庶民街にも行ったよという体裁を取っただけなのだろう。それが今回は庶民街全体を通るのか。そりゃざわつくわな。
「お待たせー! どうゲイルくん。ショールがデザインしたドレスだよー!」
女性陣が化粧してドレスを着て出て来た。化粧も上手くなってきているので見違えるようだ。しかしこのドレス・・・
「ゲイル、どうかな?」
シルフィードとミサはプリンセスライン。あのフワッとスカートが膨らんだドレスだ。
「ぼっちゃま、なんかこういうの照れますね、えへへ」
「ほら見てみぃ、ウチも捨てたもんやないやろ?」
ミーシャとミケはAラインのドレス。ショールは身長に合わせてドレスをデザインしたのだろう。良く似合っている。似合ってはいるが・・・
全員のドレスの色が白なのだ。アイボリー基調の白いドレス。そうまるでウェディングドレスだ。
俺はタキシード。これ、結婚式みたいじゃねーか・・・
「おっ!どこのべっぴんさんかと思ったらミーシャちゃん達じゃねーか。かぁー、見違えちまったなぁ」
住民達が集まって来て綺麗だとかべっぴんだとかワイワイと騒がしくなる。
奥様連中も集まりだし、見たこともない生地で出来た高級そうなドレスを褒め称える。子供達もおねーちゃんきれーと騒ぐ。お願いだからそのきちゃない手でドレスを触らないであげてね。
アイドル並に人だかりが出来ているところに衛兵達が走って来た。
「ゲイル様、間もなくこちらに来られます」
「ありがとう。警備宜しくね」
その衛兵達が警備の体系を作り、住民達に離れるように指示をしていく。
「ぼっちゃん、今から何が始まるんだ?」
「王様達がここに泊まるんだよ。俺達はその出迎えだ」
えーーーーーーっ!
それを聞いた住民達が騒ぎ出す。
「ぼっちゃん、王様が庶民街に泊まるっていうのか?」
「そうだよ。この新しく出来た宿を視察するんだ。悪いけど危ないから離れてて」
「あ、あぁ、分かった。あっ!」
「何?」
「も、もしかしてぼっちゃん、ミーシャちゃん達がこんなに綺麗にしてるのは・・・」
そう王様を出迎える為だよと言い掛けたら、
「ぼっちゃん、まさかミーシャちゃん達を王様の捧げ者にするつもりなのか?」
は?捧げ者?
「何それ?」
「いや、その・・・ 夜のお相手に・・・」
はぁぁぁぁぁっ?
「するわけないだろっ!」
そんな発想まるでなかった。王様と王子が庶民街に泊まる、それだけでも前代未聞。その上、美しく化粧をした美少女達が身の汚れを無いことを証明するような白ドレスを身にまとう。人間、ハーフエルフ、ハーフ獣人、ドワーフ。お好きな者をどうぞってか。
結婚式をイメージしたのは俺だけで、結婚式をするという風習がないこの世界では常識が異なる。このおっちゃん達から結婚式するのか? と言われた方がまだマシだ。このままでは女性を貢ぎ物にして王様達をこの宿に呼び込んだ事になってしまう。
捧げ者と聞こえたことで違う意味でざわつき出す住民達。
えらいこっちゃ。ここは大声で否定しなければ
「ミーシャ達は俺の家族と同然だぞっ! そんな事をするわけがないじゃないかっ! それに王様も王子様も女性を貢ぎ者扱いする人達じゃないっ」
大声&風魔法に声を乗せて皆に聞こえるように叫ぶ。その声量は舞台俳優かと思えるくらい頑張った。
「あ、あぁ、そうなのか。悪かった変な事を言って。ならなんでミーシャちゃん達も出迎えるんだ?」
「当主とその奥さんが出迎えるのが正式な作法だと言われたからだよ。ミーシャ達はその・・・」
その代役だよと言う前に食い気味におっちゃんが驚く
「って事はぼっちゃんはこんなに嫁を貰うってのかっ!」
違うと言い掛けたらもうドン爺達が到着するとの事で衛兵達が皆を俺から引き離した。なんてバットなタイミングなのだドン爺よ。
そのおっちゃんが皆から色々と聞かれている。どうやらミーシャ達が俺の奥さんになるらしいとか言いふらしてやがる。まさに墓穴。このタイミングでドン爺が来るとは思わなかったので否定するタイミングを失ってしまった。
嫌な予感とはこのことだったのかもしれん。
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