第483話 よっ!大根役者

予行演習を終えて重苦しい夕食を取る。


アーノルドには余計な事を一切言うなと言い含めてある。今のアイナにはなにがスイッチになるのか分からないからだ。黙ってりゃそのスイッチを押すこともない。


いつもは仲の良いアーノルド夫妻が放つ異様な雰囲気に皆も一言もしゃべらない。まるでお通夜みたいだ。


早々に食事を終えてそそくさと部屋に戻る面々。


ダン達が俺の部屋にやってくる。


「ぼっちゃん、大丈夫か?」


「多分、明日解決すると思う。ミーシャとシルフィには悪いんだけど、明日昼から母さんを連れて外に出ててくれないかな?」


「何をすればいいですか?」


「なんでもいいよ。小熊亭とか街に出来た治癒院の視察とかベントのやってることの見学とかそんなんでいい。ベントは母さんに仕事を見て欲しいとか言え。お前母さんに卒業式に来るなって言っただろ? 母さん寂しそうだったんだからな」


「こ、この歳で母親に・・・」


「お前、そんな事言ったら今まで母さんにべったりだったことマリさんにバラすぞ」


「バラすとか何言ってんだっ! それにマルグリッドはここにいるじゃないかっ!べったりなんてしてないっ!」


マルグリッドは真っ赤になったベントを見てクスクスと笑っている。


「ワシ達は何をすればいいんじゃ?」


「ミグルはとにかく母さんと揉めるな。母さんが喧嘩売るような事を言ってきても耐えて言い返すな。と言うか早朝からどっかに行っててくれ。顔合わせると八つ当たりされるぞ。今日ギルドに猿肉を孤児達への差し入れとして預けて来たから、その炊き出しとか手伝いに行ってくればいい。アルも庶民街の実態を見ておいた方がいいからな」


「私は何かすることあって?」


「マリさんは俺の準備を手伝って貰おうかな。明日の夜パーティーにするから」


「何のパーティーかしら?」


「分からん」


は?


全員が首を傾げる。


「取りあえず何のパーティーか分かんないけどパーティーはする。皆もおめでとうとしか言わないでくれ」


よくわからない俺の説明にごくっと唾を飲むみんなであった。



翌日の朝食もお通夜だ。ミグル達はソッコー食べて出て行き、ベントがどもりながらアイナに話しかける。


「か、母さん・・・。ぼぼぼ、僕のややってる事をみ見てほししいんだけど」


「あら? 私が行っていいの?」


「と、当然だだよ」


「お、母さんベントの所に行くの?じゃあついでに治癒院見てきなよ。ミーシャとシルフィは案内してあげてくれる?」


「あら、ゲイルは行かないの?」


「俺は他にやることあるんだよ。父さん手伝って。南の領地に関する事だから」


「あ、ああぁ分かった」


という事で作戦開始。


アイナが出掛けたのを確認してアーノルドは宝石店へ。手持ちが無いとの事で貸しておく。ちゃんと俺の口座に戻しておいてね。


パリス達コックに夜にパーティーをすることを説明する。バイキング形式で色々な料理を出して貰おう。


ダン、マルグリッド、ビトー、俺はパーティーの飾り付けだ。マルグリッドがそういう装飾用の花を売ってる店を知っているとの事で買い出しに。


高ぇ・・・


でも店の人が飾り付けをしてくれるとの事でお願いした。金貨1枚と銀貨20枚なり。


これでもマルグリッドの紹介との事で値引きしてくれたらしい。冬に花を仕入れるのは高いそうだけど、社交会向けに需要があるらしく立派な花がたくさんあった。


良かったマルグリッドが居てくれて。俺とダンだけなら折り紙のチェーンみたいな飾り付けでお遊戯会みたいなやつしか出来なかっただろう。


屋敷に戻るとすぐに花屋の人たちが来てくれた。おー、さすがはプロだ。どんどんと綺麗に飾り付けが出来ていく。アーノルドもプレゼントを受け取って来たようだ。今から部屋で予行演習をするらしい。


「これでなんとか形になりそうかしら?」


「ありがとう助かったよ」


「ゲイルもあの手のお店とか知っておいた方が宜しくてよ」


「そうだね。ここにも花屋作らないとダメだね。花農家も探さなきゃだめか・・・」


「ぼっちゃん、そういう意味じゃねーと思うぞ」


斜め上の反応を示した俺にマルグリッドはクスクスと笑う。


パーティーの準備が整い、後は料理を出すだけとなった。そろそろアイナ達が戻ってくるな。



「ゲイル様、アイナ様がお戻りになられました」


カンリムが伝えてくれたので料理を出して行く。


「戻ったわ・・・よ。何これ?」


すっかりパーティー仕様になった食堂を見て驚くアイナ。


そこへアーノルド登場


「どうしたのアーノルド?」


「アイナ、イツモアリガトウ」


アーノルド、コチコチじゃねーか。こいつに役者は無理だな。マリオネットかてめぇは。


「えっ?」


「コレハ俺カラノ気持チダ。受ケ取ッテクレルト嬉シイ」


「えっ? 覚えててくれたの?」


両手を顔の前にやり涙ぐむアイナ。やっぱりなんかあったんじゃねーか。


「当タリ前ジャナイカ」


プレゼントをカクカクした動きで渡すアーノルド。すっかり俺の操り人形だ。


アイナはそれを受け取って箱の蓋を開ける。


「まぁっ!」


「昨日ハ、ゴメン。コレヲ用意シテアッタンダガ、先ニアイナガ他ノ指輪ヲ手ニシテシマッタカラ焦ッテシマッタンダ」


「そうだったのね! 嬉しいわアーノルドっ! 拗ねちゃってゴメンなさい。ずっと忘れてると思ってたのっ」


ミーシャとシルフィードがアクセサリーをアイナに着ける。


「サイズもぴったりよ!よく知ってたわね」


「アイナノコトナラ何デモ知ッテルサ」


ブチューっとアイナがアーノルドにキスをする。微笑ましいが親のこういうところはあまり見たくはないものだ。


俺が合図すると皆が一斉におめでとうコールだ。


「皆もありがとう。なんかおかしかったのは私をびっくりさせようとしてたからなのね。本当にありがとう!」


昨日とは一転してお祭りムードになった屋敷は幸せムードに包まれたのであった。



アイナが貰ったアクセサリーを皆が良く似合うと褒めまくる。ミグルも珍しく素直に褒めている。


「アイナ様、本当によくお似合いですわ」


「ありがとう、マルグリッド。貴方に言われると照れ臭いわ」


本物の貴族令嬢が嫌みを含まず褒めるのは珍しいのだ。 小さくて可愛らしい宝石ですねとか、お若いデザインがよくお似合いですこと、とか嫌みを込めて褒めるのが普通らしい。嫌な世界だ。


やりきったアーノルドはホッとして普通のしゃべり方に戻っていた。


アイナが付けているアクセサリーは俺が選んだとはいえよく似合っている。


しかし、これにダウンジャケットか。コートとかも新調した方が良かったかもしれん。しかし、服はすぐに作れんしな。


オシャレとは難しい物でトータルコーディネートしないとダメだからな。俺にはそういったセンスは乏しいから気付かなかった事にしよう。そのうちミサやショールがなんとかしてくれるだろう。


パーティーの最中にホーリック達が戻って来て、なんのパーティーですか? とか地雷を踏みやがる。父さんと母さんのパーティーだよと濁してごまかしておいた。


いまだに何のパーティーかアイナ以外分かってないのだ。


上機嫌のアイナ、ホッとするアーノルド。取りあえずおめでとうしか言わない皆でパーティーを楽しみ、さんざん飲んだ挙げ句にお開きとなった。


女性達は風呂に入って部屋に戻り、男連中はまだ酒を飲んでいる。


俺も風呂に入って部屋に戻るとアイナがやって来た。


「母さん、おめでとう」


「ありがとうゲイル。でも何のおめでとうかしら?」


「え?父さんと母さんにおめでとう・・・」


やべっ


「ふふっ、分かってるわよ。アーノルドもまだ分かってないでしょう?」


あ、バレてる・・・


「でもいいの。嬉しかったから。ゲイルが色々としてくれたんでしょ? アーノルドが私の指輪のサイズなんて知ってる訳ないもの。それにサイズ直しをするとこんな綺麗に仕上がらないのよ。私に合う指輪はほとんどサイズ直ししないとダメなのよ」


アイナは怪力に似合わず指が細い。だからこそアイナクローが頭にめり込むのだが。


アーノルドとアイナは今年、結婚15周年にあたるらしい。この世界ではこの15という数字が一つの節目になるらしく、夫婦が親になり、子供が両親の手を離れてまた新しく夫婦としての時間を過ごすという意味を持つのだそうだ。


アイナは結婚15周年に指輪を貰うのが夢だったとのこと。子供の頃にその夢を俺が叶えてやるとアーノルドが宣言した癖にねと笑っていた。


「ありがとうね、ゲイル。貴方のお陰で夢が叶ったわ」


アイナはそう言って俺のほっぺにムチューとして部屋から出て行った。


なんだよ、大根役者はアーノルドじゃなく俺じゃねーか。




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