第482話 アーノルドに教育
あ、戻って来た。
とぼとぼ歩いていると馬車がこちらにやってくる。
「スマン、ゲイル」
「いいよ、別に」
素っ気なく答えて馬車に乗る。
「どこに行ってたのよ?」
客室には不機嫌なアイナ。
「どこに行ってたもクソも無いよ。母さん達が俺を置き去りにしたんじゃないか」
気持ちは分かるがなんて言い種だ。ちょっとムカついて言い返してやった。
「あっ・・・・ ごめんねゲイル」
「別にいいよ。忘れられるくらいの存在なんだからしょうがない」
この後の展開もあるから罪悪感を持たせておこう。ちょっと寂しそうに涙ぐんでやろうか?
「本当にごめんなさい・・・」
まぁ、これくらいでいいか。やり過ぎると夫婦間で責任の擦り付け合いとかになるからな。
俺はわざとアイナの謝罪に返事をせず、重苦しい雰囲気のまま屋敷に戻った。
「ぼっちゃん、なんかあったのか?」
「大有りだよ」
遅めの昼飯時も重苦しい雰囲気を引きずったまま口をきかないアーノルドとアイナ。アーノルドはアイナがなぜむくれているのか分からず苛立っているようだ。
孤児達に猿肉を差し入れするのに冒険者ギルドに行くからアーノルドに付いて来てとお願いした。
「なんだよゲイル。ダンと行けば良かっただろ?」
話をするために歩いてギルドに向かっている時にアーノルドがぶっきらぼうにそう切り出した。
「父さんと話をするためだよ」
「話?」
「なんで母さんがあんなに機嫌悪くなったか分かってんの?」
「知らん。急に怒り出したからな。まったく、言いたいことがあれば言えってんだ」
「言っとくけど、あれは父さんが悪いんだからね」
「俺の何が悪いっていうんだっ!」
「母さんが指輪欲しがってたのに買ってやらなかっただろ?」
「あんなもんに金貨1枚だぞ? 魔道具やら防具ならともかく、なんの意味も無い石っころに払う金じゃない」
「今まで母さんがああいうの欲しがった事ある?」
「無いぞ」
「じゃあ、なんで欲しがったんだろうね?俺にはこの前からそれとなく父さんに催促してたように見えたけどね」
「は? 催促?」
「俺があげた髪飾りとか服とか父さんに見せながら、俺からはこういうの貰ったとか父さんに何度も言ってただろ?」
「あぁ、そうだな」
「あれは父さんからは何もくれないの? と言ってたんだよ」
「そうなのか? なぜアイナはそんな回りくどいことをするんだ?」
「今まで母さんは父さんにアクセサリー類をおねだりすることは無かった。父さんもあげた事はない。これは合ってるよね?」
「合ってるぞ」
「それが急にそれとなくおねだりしはじめて、まったく気付かない父さんに宝石店で分かりやすくアピールした。なんでだろうね?」
「なんでだ?」
「今年あたりなんかの記念の年とか昔なんか約束したとかじゃないの? きっと忘れている父さんに気付いて欲しくてアピールし始めたんじゃないの? 思い当たる事ない?」
・・・・
・・・・・
・・・・・・
「いや、わからん。帰ったらアイナに聞いてみるか」
どんどん死路へと突き進もうとするアーノルド。まったくこいつは・・・ アイナの事になるとホントにダメだな。
「あそこまで拗ねてんのに聞いても言うわけないだろ。どこまで馬鹿なんだよっ」
「なんだとっ?親に向かって馬鹿とか言う奴があるかっ」
アーノルドが俺に馬鹿と言われ激オコしたところでギルドに到着。
怒りに燃え盛るアーノルドと俺がギルドに入った瞬間に騒がしいギルド内部が静まりかえる。
「俺、ゲイルっていうものなんだけど、副ギルマスかギルマスいる?」
そう言われた受付嬢が青ざめて奥へと走って行く。
ギルマスと副ギルマスが青ざめて走って出て来てジャンピング土下座。
「誠に申し訳ございませんっっっ」
は?
「なんか悪いことしたの?」
「アーノルド様とゲイル様がお怒りでお越しになられたとっっっ」
あぁ、新領の件やらなんやらあったし、また俺がクレーム言いに来たかと勘違いしたのか。隣でアーノルドが鬼の形相をしてるしな。
「違う違う。大量に魔物の肉を仕入れて来たから孤児達に差し入れに来ただけだよ」
「は?」
「どこに渡したらいいか分からないからここに届けに来ただけ。孤児達に肉の差し入れしてるやつ何人もここにいるだろ? 肉には保存魔法を掛けてあるから冷蔵庫にでも入れて預かってつど必要な分を分けてやって欲しいんだ。預り賃が必要ならお金払うから」
「あ、あの・・・ アーノルド様はお怒りでは・・・」
「怒ってなんぞおらんっ!」
「父さんは俺に怒ってるだけだから心配すんな。肉はどこに出せばいい?」
それは解体場でとのことなのでそちらに肉を出しに行く。
ドサドサドサッと猿肉を出していく。千匹くらいあるから大量だ。山盛りになる肉に唖然とするギルマス達。
「こ、これは・・・」
「エイプの肉だよ。下処理はしてあるからすぐに食べられるよ」
「こ、これを孤児に・・・?」
「猿肉って気持ち悪いかな?結構旨いよ」
「い、いえ、この時期のエイプの肉は結構貴重で高値が・・・」
解体担当者がそう言う。
「そうなの? じゃあ良かった。腹いっぱいに食べさせてあげて」
「買い取りとかではなく・・・?」
「孤児達への寄付だから買い取りじゃないよ」
「か、畏まりました・・・」
預り賃もいらないとの事なので全部渡して帰った。ちなみに猿肉1匹は銀貨1枚で買い取りらしい。全部でざっと金貨10枚になるのか。まぁいっか。
ギルドを出るとアーノルドが怒って聞いてくる。
「で、馬鹿とはどういうことだ?」
「こういうのは父さんが気付いて何かしないといけないものなの。今まで何もしてあげてないんだから。これちゃんとやらないと死ぬまで言われるぞ」
そう、俺には経験があるのだ。
あれは結婚式の準備をしていた時の事だ。
「えー、お色直し3回もするん?」
神前式で白無垢、色打掛、ウェディングドレス。この3点の予定だったが、赤い可愛いカラードレスに嫁さんが一目惚れしてしまったのだ。レンタル料だけでこんなに値段がするのかとぼやいてしまった。それでも結局お色直しが3回に。
次にアルバムだ。死ぬほど高ぇ・・・ 当時最新のアルバムが出始めていて、普通のアルバムが10万円くらい。しかし最新の奴は30万円もする。ビデオも欲しいと言い出した。これも20万円・・・
「ビデオなんて絶対見いひんって。どうしてもビデオが欲しいんやったら普通のアルバム、最新のアルバムにすんねやったらビデオは無し。もうかなり予算オーバーしてるんやからこれ以上は無理やって」
嫁さんは付き合ってる頃からあれ欲しいとかこれ欲しいとかほとんど言わない人だったが、結婚式関連の時は欲しい物がどんどん増えていった。ずっと後に分かったことだったがそれが夢だったらしい。
結局、最新のアルバムは諦めて普通のアルバムとビデオにしたのだが、何か揉める度に <あのアルバム欲しかった。アルバム買ってくれなかった癖に> とか言われ続けたのだ。そう何十年経っても・・・
結局、ビデオなんて届いた時に中身の確認をするために1度見たきり。アルバムは2~3回見たきり。それでも一生言われ続けるのだ。
「アイナがそんなにしつこく言うもんか」
甘いっ。甘過ぎるぞアーノルド。
「父さん、これは最後の忠告だよ。絶対に一生言われる。そして取り返しが付かない。後で、じゃ指輪を買ってやるとか言っても解決しない。その覚悟があるんだね?」
「お、脅すなよ・・・」
「脅しじゃないよ。絶対にそうなる。そうなったら助けてあげられないからね。今なら間に合う。どうする?」
「ど、どうすればいいんだ?」
俺の真剣な表情を見てようやくアーノルドは本当にまずいんじゃないかと気付いたようだ。
「まず費用は死ぬほど高くなる。金貨30枚必要だよ」
「は? 金貨30枚?なんだその金額は?」
「父さんが指輪を買わなかった理由付けに必要なんだよ。母さんがああやっておねだりする前に父さんはすでに別の物を手配をしていた。そういうことにしないといけないの」
「しかし、石っころに金貨30枚とかお前・・・」
「父さんが払うのは宝石にじゃない。母さんの満足心と父さんの将来の安らぎに払うんだよ。そう思ったら高くないだろ? これからずっと指輪買ってくれなかった癖にと言われ続ける人生を想像してみろよ。例えば俺がミーシャやシルフィードになんか買ってやったとする。それを見た母さんが、<あら良いわねぇ。私は指輪買って貰えなかったのよ>とか、俺が治癒魔石を作ってるの見て、<アーノルドが買ってくれなかった指輪より綺麗ね> とか言われ続ける人生を」
「そ、そんな事になるのか・・・?」
「まず初めに言われるのは俺の入学式だね。よそのお母さんがアクセサリー付けてるの見て <羨ましいわぁ、良い旦那さんがいるみたいで> と言われるね。で、帰って来てから父さんの前でミーシャ達にその話をする。それが一生続くんだ。ディノスレイヤ領に戻ったら俺達兄弟は家を出ているから夫婦二人の時間が長いだろ? 父さんはそれに耐えられるのかな?」
俺に未来予想図を説明されて唾を飲むアーノルド。
「ど、どうすればいいんだ・・・?」
「あの宝石店で母さん用のアクセサリーセットを頼んである。サイズも調整済みだから、明日お金払って受け取って来て。プレゼント用にして貰ってるから」
その後でプレゼントを渡す時のセリフをアーノルドに叩き込む。ちゃんと覚えろよ。
ゲイルはアーノルドに何度も予行演習をさせるのであった。
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