第481話 アーノルドよ、それは悪手だ
闘技会までここにいると手伝わされるので、社交会用のマスを仕入れてくると言い残してエルフの国に向かうことにした。賞品の魔法水とか作っておいたけどね。
シルバーに乗って一路ボロン村経由で向かう。のんびりした旅ではないのだ。
ボロン村で馬を預かって貰い、風魔法併用でダッシュ! ミグル達はゆっくりしたいということで付いて来なかった。お前ら冒険しろよな。
グリムナにドワーフ達もそのうちこっちに来ると思うよとか伝えてマスをたくさん貰った。お礼にパイナップルとバナナを育てる。ここだと食べたくなったら勝手に育てるだろう。
ヨウナに顕微鏡でマスの寄生虫を見せる。ここのマスにはほとんど寄生虫がいなかったが0ではない。発見してはクリーン魔法で除去させていく。これを繰り返しすれば生で食べられるようになるだろう。
滞在わずか1泊2日で終わり。グリムナから慌ただし過ぎるぞと言われたが忙しいのだ。ディノスレイヤ領で馬車に乗り換えて王都で学校の場所を確認せねば。
でも帰り道でエイプ狩りをしていく。修行ではないので魔法で一網打尽だ。ダンとシルフィードにはせっせと解体してもらう。魔石と冬毛の毛皮の収集をするのだ。これから魔石が死ぬほど必要になるし、毛皮のコートも作らねばならん。肉は孤児達に差し入れだ。結構旨いから喜ぶだろうしな。
3日程延々と猿狩り。ダンがもう勘弁してくれというのでやめておいた。魔石も千個くらい集まったんじゃないかな?
守り神には魔力入りのマスをお裾分け。もう触っても怒りもしない。艶やかでフワフワでホントに綺麗な毛並みだ。いつまでも撫でていたくなる。守り神が喉をごろっと少し鳴らしたのは聞き逃さなかったぞ。こいつも撫でて貰うと気持ちいいらしい。
ダンに急かされて我に戻る。そうだ王都に行かなければ。どうやら、入学手続きというのが必要らしく、手続きは親にしてもらわなければならないのだ。俺はこう見えて未成年だからな。
ボロン村での挨拶もそこそこに出発し、ディノスレイヤ領で一泊して王都に向かった。アーノルド達の馬車と2台だ。
のんびりとしたこの世界でこんなに慌ただしく移動を繰り返してるのは俺くらいじゃないだろうか? それに付き合わされているダンも可哀想だな。
さ、学校の場所の確認だ。どうやら貴族街にはいくつか学校があって、俺は西の貴族街の学校に行かねばいけないらしい。そうマルグリッドが教えてくれた。もう住んでたのね・・・
「おっ、ここだな」
おぉ、義務教育というのに立派な学校だ。あんなちんけな教育にこんな施設が必要だろうか? 無料だよな義務教育って?
ところがどっこい、有料だと?
入学金、2年間の学費で合計金貨1枚払わされた・・・ しかも寄付という名目で。通わないのになんて無駄金だ。
こんな入学間近に手続きしにくる人は初めてですとか言われてしまったのは恥ずかしかった。
入学までまだ1週間あるらしい。入学式が社交会前で良かった。ひょっとしたら被るんじゃないかと心配してたのだ。
もう用事が済んだので、あまり来たことがない貴族街を見物してみる。
「やっぱり華やかだよね。人も上品だし、店も綺麗だ」
「そうだな。うちやお前の街とはずいぶんと違うだろ?」
馬車を預けて貴族街を改めてブラブラしてみるとさすがだなぁと思えてくる。3人ともちょっと良い服を着てきて良かった。いつもの格好をしてたら完全に浮いてたな。
ついでに一番高級店が集まる通りまで行ってみた。
おぉー、高っけぇぇぇ!銅貨の単位なんてどこにも無いわ。宝石やらドレスやら売ってる店が並んでて気後れしてしまう。こんな店で買い物してたらそりゃお金がいくらあっても足りないよな。
「あら、この指輪可愛いわね」
アイナが立ち止まった店先に飾ってあったピンクの宝石が付いた指輪だ。お値段金貨1枚。それでもこの店ではお買い得品のようだ。
「こんなもんが金貨1枚もするのか?」
宝石の類いにまったく興味の無いアーノルドは呆れている。アイナは珍しくおねだりしているのではないだろうか?
「ねぇ、これ似合うかな?」
「魔道具でもあるまいし似合うもへったくれもないだろ? ゲイルが作ってくれる魔石の方がずっと価値があるだろ?」
アーノルド、それはそれ、これはこれだ。アイナがこういうの欲しがるには何か理由があるんじゃないのか?
店先でごにゃごにゃしてると店員らしき人が出て来て店の中に案内してくれる。お茶まで出て来たぞ。どうするアーノルド?
アイナはニコニコしながらその指輪をはめていた。店の中にある宝石類は死ぬほど高そうだ。やたらデカイ宝石がごちゃごちゃ付いてるやつだけど。生前どこかのホテルオーナーが指にそんなのをはめてるポスターとか見たことがある。
「ほら、ぴったりよ。どうかしら?」
「そんなに欲しいなら買えばいいんじゃないか?」
おいっ!アーノルド、その言葉は悪手だ。めちゃくちゃ悪手だ。アイナ自身も治療院で稼いでいるからお金は持っているが、そういうことではないのだぞ。
アーノルドにそう言われたアイナはみるみるうちに機嫌が悪くなっていく。
ほれ、ヤバいぞアーノルド。お前、今までアイナにこういうのプレゼントしたことないだろ? 今が最後のチャンスだ。仕方がないなぁとか言いながら買ってやれ。
「もういい」
あっ・・・・ 終わった。
そう言った後、無言で指輪を外して店を出るアイナ。アーノルドはなぜ突然アイナが機嫌が悪くなったのか理解出来ていない。
「お、おいっ」
アーノルドはアイナを追いかける。
あーあー、やっちまったなぁ。
俺はお店の人にその指輪のサイズを確認し、似た感じのセット品をいくつか持ってきて貰った。
指輪、イヤリング、ペンダント、髪飾り。あまりごてごてたくさん宝石が付いた物より可愛い感じの物がアイナには似合うだろう。ちょっとデザインが若いが童顔のアイナなら問題ないか。
「これいくら?」
「金貨30枚でございます」
高っけぇぇぇ!3千万円もすんのか。しかし、アーノルド達の今後に掛かってる。高いけどアーノルドが払えない金額ではないだろう。最悪俺持ちも覚悟しなければならないが西の街で貰ってる取り分も特許料とかほとんど使ってないからこれくらいはあるだろう。
ったく、8歳の子供が払わないといけないかもしれない金額じゃねーぞ。元の世界なら田舎の一軒家を買うような値段だからな。そう思うとこんな物に払うのが馬鹿らしくなってくる。アーノルドがさっさと金貨1枚の指輪買ってやりゃ済んだ話なのに。
しかし、あの状態になってしまったアイナが今さら指輪だけ買っても拗ねて受け取らないだろう。アーノルドが指輪を買わなかったストーリーを作らねばならんのだ。
「明日までに指輪のサイズ直せる?」
「申し訳ございませんが、広げるのはすぐに出来るのですが縮めるのには少々お日にちが・・・」
「じゃ、今手付け金払うから俺が加工するよ、商品は明日取りにくるからプレゼント用にしておいて。残りの支払いは明日持ってくるよ」
「いや、しかし・・・」
そうか、いくら手付け金を払うと言っても子供が勝手に商品をいじくり回して明日金貨30枚持ってくると言われても信用出来んわな。
「俺はこういう者だ」
自分の身分証明書を見せる。
目をぱちくりさせる店の人。一見客の冷やかしかと思ってた夫婦の子供が準王家とか聞いたことも無い身分を持っている。それに俺の紋章は貴族街では有名ではない。盗賊たちには有名かもしれんが・・・
さて、どうしようか。一見客だから金を払ってからお直しになるか、明日お金持ってきてその場で加工するか・・・
そうだ、これお金の代わりになるかな?
腕から治癒の腕輪を外して渡す。
「お金の代わりにこれを預けておくよ。これならいいかな?」
店主は俺の腕輪を食い入るように見つめる
「こ、これは・・・?」
「お守りだよ。石はともかく腕輪自体はミスリルだからダメかな?」
「やはりミスリルですか・・・ この石は・・・?」
「魔石だよ。治癒の魔石」
「治癒の魔石とはなんですかっ!?」
ガタンっと立ち上がって俺の目の前に顔を持ってくると店主。
近い近い近いっ!
あ、これ値段付けられないくらいの価値があるんだっけ? 忘れてたよ。
「さっきの俺の父さんと母さんなんだけど、元冒険者なんだよね。遺跡の魔道具をお守りに持たされてるんだよ」
嘘も方便。遺跡から出たものと言っとけばなんとかなる。
「あ・・・・お客様のお名前・・・」
「そう。父さん達はディノスレイヤ領の領主だよ。俺はもう別に貴族籍持ってるんだけどね」
「た、大変失礼致しました」
「いや、護衛も従者も連れてないから無理もないよ。で、これ預けておくことでいいかな?」
「か、畏まりました。あの・・・」
「なに?」
「こちらの腕輪と交換とか・・・ いかがでしょうか?」
おー、魅力的な提案だ。だけどこれ世に出すとまずいかもしれないな。
「いや、これエイブリックさんから国宝級のお宝だからと言われたからダメかな」
「エイブリックさん?」
「あぁ、エイブリック殿下ね。父さん達の友達なんだよ。昔同じパーティーメンバーだったからね。私邸に遊びに行かせてもらったりしてるからよく知ってるんだ」
カタカタと震えだす店主。
「どうしたの?」
「先ほどの身分証は・・・」
「本物だよ。新しく出来た身分でね。王位継承権の無い王族だって」
ガタガタガタガタっ
めっちゃ震えてる・・・
「あー、うちは元々そういうの気にしないたちだからそんなに震えないで。怒ったりとかしてないから。一見なのにちゃんと対応してくれてるし、俺みたいな子供相手でも丁寧だし接客バッチリだよ」
そういうとちょっと落ち着きを取り戻したので指輪のサイズ調整をさせて貰う。俺の親指のここらへんだな。
そこに合わせて錬金魔法でちょいっとな。
「な、何をされたのですか・・・?」
「え?サイズ調整だよ。もう終わったから」
「え?」
「ほら、初めの指輪と同じサイズだろ?」
「えっ? えっ? えっ?」
「俺、魔法使いなんだよ」
「魔法には詠唱とか・・・ いや、それより何ですかその魔法は?」
「なんて言うんだろね? 錬金釜と錬金棒と同じものだよ」
「ミッ、ミスリルも加工出来るのですかっ? それと錬金釜って・・・」
「ドワーフの国にある奴だよ。ミスリルの抽出はそれしか出来ないみたいだね。あとミスリル加工は錬金棒じゃないと難しいとか。俺、どっちも魔法で出来るんだよ。これプラチナだろ? 金属ならなんでも出来るよ」
「いやぁ、驚きました。宝飾職人ならヨダレが出る才能ですよ。こんな魔法があるなんて初めて知りました・・・」
一応内緒にしておいてねとお願いしておいたけど、大丈夫だよね?
ずいぶんと長い間ここで話してたけどアーノルド達は戻って来なかった。子供を置き去りにするなんて酷い親だ。
宝石店を後にして馬車を預けてあった所まで行ったら馬車すらなかった。本当に酷い・・・
俺は捨てられた子供のようにぽてぽてと一人で歩いて帰ったのであった。
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