第478話 マルグリットの上目遣い

「ゲイル様、お客様でございます」


「誰が来たの?」


ベントの卒業パーティーの翌日、屋敷でまったりしているとお客が来たようだ。


「スカーレット家のご令嬢でございます」


マルグリッドが?


「もう中に居る?」


「はい、応接室でお待ちでございます」


「じゃ、お茶とケーキをお願い。ベントも来るか?」


「そうだな。卒業したから会う機会も減るから僕もちゃんと挨拶しておこう」


ということで二人で応接室に向かう



「ゲイル、ごきげんよう。突然お邪魔してごめんなさいね」


「マリさん、卒業おめでとう。俺は居ないことが多いから突然でも問題ないよ」


「農業指導のお礼を申し上げに来たの。それとイニシエンの所はゲイルがやってくれたのでしょう?」


イニシエン? なんだっけ? お礼を言われても何か思い付かない。


「あら、とぼけなくて宜しいわよ。すでにトウモロコシの栽培が始まってるなんてあなたしか考えられないもの」


「なんだっけ?」


「スカーレット家の寄子、イニシエン男爵領の事よ」


あー、思い出した。ドワーフの国に行く途中で寄った所か。すっかり忘れてたな。


「あー、あそこの事ね。あれはアルからの依頼を受けただけだから親切でやったわけじゃないよ。支払いはアルから貰うから」


「アル・・・、アルファランメル様からの? どういう事かしら?」


イニシエン男爵領の出来事とアル達の事を説明する。


「そういうことでしたの・・・ 王家に借りが出来てしまいましたわね」


「借りとか気にすることないんじゃない? 支払っていってもお金貰うわけじゃないし」


「ではアルファランメル様は何をお支払に?」


「身体で払って貰うよ」


えっ?とポッと赤くなるマルグリッド。


お前、BL小説とか読んでんじゃねーだろうな?


「良き王族として働いて貰うって意味だよ。身体そのものじゃないからねっ」


「あ、当たり前ですわっ」


なら何で顔が赤いんだよ?


「アルはそのうち王族として国の運営に携わるだろ?上がってくる報告だけでなく、実際に国民が面している問題を知って貰おうと思っただけだよ。これからそれをどう生かすかはアル次第だけどね」


「そうでしたの・・・ そんな旅、私もしてみたいですわ」


「自分の馬車で見に行けばいいじゃないか?」


「私が行って皆が普段の姿を見せると思ってまして?」


それはそうか。


マルグリッドはそう言った後に少し顔を伏せてから沈黙が続く。なんか元気も無いよな。


マルグリッドはお礼だけを言いに来たのかと思ったけど、少し話をしたいみたいな感じがするな。


「このケーキさ、昨日作って貰ったやつなんだけど美味しいんだよ。食べてみて」


甘いもの食べたら元気出るかな?


「あっ、とっても美味しいですわ。誰がお作りに?」


「元々エイブリックさんの所の料理人だったんだけどね、今度西の街に店出すんだよ」


「これだけの物を庶民街に? 貴族街でなく?」


「そうだよ。ここを流行の最先端の街にするんだよ。普段食べてる物より高くなるだろうけど、まぁ手が出ない値段ではないと思うよ」


「そうですの・・・ ゲイルがいるところは未来の世界のようですわね。これだけの物は社交会でもなかなか出てきませんわ」


「来年の王家の社交会には出ると思うけどね。担当がガラッと変わるみたいだし」


「そうでしたの。王家の今年の社交会は評判がいまいちでしたものね」


マルグリッドは社交会に参加していないみたいだが、父親から内容を聞いているようだ。


「マルグリッドはこれからどうするんだ?」


ベントがマルグリッドに聞く。


「成人までの2年間は自由な時間を頂きましたわ。最後のワガママを言わせて貰いましたの」


最後のワガママか。古くからの名門貴族であるスカーレット家の令嬢。生活に不自由することはないだろうが自由なんてないんだろうな。


「ベント様はどうなさるの?」


「俺は1年間は王都の屋台を中心とした商会を作る。金に困ってる学生がたくさんいるからな。その後は領の仕事をするつもりだ」


「入学当初から比べ物にならないくらいしっかりなさったわね」


そう言ってクスクス笑うマルグリッド。


「うるさいな。男は日々成長するものなのだ」


うん、ベントも声変わりし始めてるし、お子ちゃまから青年になりつつあるな。


「マリさん、良かったら晩御飯食べていく?」


「あら? いいのかしら?」


「ここは常に誰か来るから問題無いよ。ビトーさんも客人として飯食って行きなよ」


「い、いえ、そんな訳には・・・」


「別にいいじゃん。ここは護衛なんて必要ないから。うちも護衛なんていないだろ?」


「ダン殿がおられるではありませんか」


「ダンは家族みたいなもんだからいつも一緒に飯食ってるぞ。それに今日あたり王家の護衛達も飯食いに来るんじゃないかな?」


「は?」


「みんな非番になるとここに飯食いに来るんだよ。衛兵団長もここに住んでるし、みんな仲間だからね。身分とか立場とか抜きで飯食えばいいじゃん。酒の種類も増えたし、温泉もあるから泊まっていってもいいよ」


「ビトー、お泊まりはアレだけど、お食事はご馳走になりたいわ。ゲイルの所のご飯は美味しいもの」


「しかし・・・」


「いいのよ。たまにはあなたもゆっくりなさい。私もその方が楽ですわ」


ということで皆で晩御飯を食べる事になった。連チャンで宴会だ。


その後、マルグリッドにミグル達の笑い話やドワーフの国、南の領地の話をした。エルフの国の事は伏せたけど。


俺の話を聞いてずっとコロコロと笑うマルグリッド。ツンとしたスマシ顔よりこうやって笑ってる方が素のマルグリッドなのだろう。こうしていると美人というより普通の可愛い女の子だ。護衛のビトーも笑うマルグリッドを見て嬉しそうにしている。きっと元気が無かったのが気がかりだったのだな。


晩御飯の時間になって、思った通りに王家護衛騎士団達がやってきた。ベントの卒業祝いを持ってきてくれたのだ。


「おぉ、ゲイル殿久しぶりですな」


「ナルさん、そうだよね。お久しぶり。ベントにお祝いありがとう」


「はっはっはっ、なんのなんの。ベント殿には立派な領主になってもらわねばなりませんからな」


ナルディックが持ってきたのは貴族向けの高い万年筆だった。ベントには実用的な普通の奴を渡してあったからな。売上貢献ありがとう。


「あら、お久しぶりですわね」


「おぉ、マルグリッド嬢もおいででしたか。しまったな。いらっしゃるのがわかっていれば何かお祝いを用意すべきでしたな」


「ナルディック様、突然参った私に気遣いは不要でしてよ」


ビトーはナルディック達に緊張しているようだった。しかし酒が入るともう普通だ。


「ゲイル殿、来年の社交会は楽しみですな。今年はさんざんでしたからな」


突然ナルディックがそう言い出した。


「ヨルドさんが仕切るんだよね?」


「それもありますが、ゲイル殿が新メニューを作るのが楽しみだと陛下がおっしゃってましたぞ」


は?


「エイブリックさんから新メニュー宜しくとは言われてたけど、俺が作るとは言ってないよ」


「いや、陛下はゲイル殿が作られると楽しみされておりますぞ」


マジで? 海の幸も手に入ってないしどうすんのさ・・・


「あら、では来年の社交会は父がまた苦虫を噛み潰した顔になりますわね。楽しみですわ」


マルグリッドはそう言ってクスクスと笑う。


ちょろっと今までのメニューになんか追加すればいいと思ってたけどそういう訳にいかないようだ。どうやら、チュールもポットも総動員して挽回を図るらしい。ウィスパーを外した成果を見せ付ける必要があるらしいのだ。


「俺はもうすぐ南の領地に行く予定だったんだけど・・・」


「あらそうですの? 何をしにかしら?」


「南の領地とうちと取引することになってね。その準備なんだよ」


「では、社交会が終わってからということになりますな」


マジか・・・


「南の領地は私も行った事がありませんわ」


「僕もだ。ゲイル、付いていっていいか?他の領地も見てみたいからな」


そうだな。アーノルド達も行くからベントだけおいてけぼりも可哀想だな。ベント参戦決定。


「あら、ベント様も行かれるの?羨ましいわ」


「マルグリッドも自由期間なんだろ? 一緒に来ればいいじゃないか」


おいっ!


「ええっ?いいのかしら?ゲイルが良いと言って下さるなら・・・」


そんな両手を前に組んで上目遣いで言われたら断れないじゃないか・・・


「ス、スカーレット家の許可が出るなら・・・」


「それは問題ありませんわ。この2年間は私のやることに一切口出ししないと約束しましたもの」


ソウデスカ・・・


「一切口出ししない約束か・・・ 春になってマルグリッドの父上が領に帰った後も王都の屋敷に住むのか? それとも戻るのか?」


「まだ迷ってましてよ。領に戻ると自由期間とはいえ、私の事を知っているものばかりですし、かといって王都の屋敷では出来る事も限られますし・・・」


「なら、ここに住めばいいじゃないか。部屋はたくさんあるぞ」


おいベントっ! 何を勝手な事を言っているのだ。スカーレット家のご令嬢だぞ。ディノスレイヤ家ともそんなに仲が良い訳でもないんだぞっ。


「えっ?ゲイルの屋敷に・・・?」


チラッ


「へ、部屋はたくさんアルヨ・・・」


ダメだ。オッサンは美少女の上目遣いに弱い。


そう答えた俺をシルフィードがジト目で見ているのに気が付かなかったのであった。











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