第468話 夢
ダメだっ。もう食べられない。
ハマグリを口に入れてモグモグするが、どうしても飲み込めないのだ。
「そんなに無理して食うこたぁねぇだろ?」
「口が食べたいんだよっ」
「明日食えばいいだろ?」
「それはそうなんだけどさぁ」
頭では理解してるが、想像以上に旨かった海鮮づくしが俺に叫ぶのだ、もっと食えと。
しかし無理なものは無理だ。少し動いて腹を空かせよう。土魔法で捕獲罠をせっせと作り出す。
「これは何するもの?」
「なんか面白いやつが獲れないかなと思ってね」
カゴ罠の中にアジやイカの内臓とかを入れてロープに繋いで沈めていく。岸際とか砂地になっている境目とかあちこちに10個仕掛けた。魔法で浮かべて沈める事が出来るので本当に便利だ。魔法は戦うよりこういう使い方が正しいよな。
残念ながら作業をしてもさほどお腹が空くわけでもなく、その日の晩飯を追加で食べるのは断念した。
夜釣りしよう。
ダンは酒飲んで腹一杯になり、休憩用に寝転がれるところ作れというので、背もたれ付きのベッドみたいなものを作り、そこにマットを乗せてやる。
「おー、これなら楽チンだ。ぼっちゃん達の釣りを寝ころんで見といてやるよ」
いいご身分だこと・・・
俺はシルフィードと並んで夜釣りだ。俺もハタ系の魚が釣りたい。
イカ下足を餌に少し投げ込んでやる。夜は比較的大型が出るし、昼とは変わった物が釣れるから好きなのだ。大物が来る可能性があるので太い仕掛けで挑む。
シルフィードは足元付近でやるようだ。
「来たよっ!」
シルフィードが釣り上げたのはゴンズイ・・・。夜釣りの定番毒魚だ。食ったら旨いらしいがリリースしかしたことがない。
「これ、毒があるから触っちゃダメだよ」
慎重に針を外してぽいっと。
「あっ、せっかく釣ったのに・・・」
釣れた魚を海へポイとしたことが不満なシルフィード。
「場所変えようか。あれが釣れると下に同じのが固まってて、あれしか釣れなくなるからね」
と言った瞬間にジャーーーーっと俺のリールからラインが一気に引き出される。
「ダンっ!ヘルプっ」
ダンに掴んでもらってドラグを調整するとグオッと引き込まれそうになる。
「おっと」
ダンまで引き込まれそうになる。なんだこいつは?
ライン、竿、自分自身に強化魔法を掛けて挑む。
「ぼっちゃん、何が掛かったんだ?」
「わかんないけど・・・凄い・・くぅーー 引きだよ」
強化してなかったら確実にタックルを破壊されてただろう。
俺を掴むダンの腕にも力が入る。
「ダン、もう少し下を持って」
俺の胸元を押さえる腕の熊毛が顔に当たってこそばゆいのだ。
ダンと共同で身体をのけ反らしては竿を倒してリールを巻く。こいつ、沈み根に糸を絡めて切ろうとしてやがる。そうはさせるかとフンガーフンガーとのけ反っては巻き、のけ反っては巻きを繰り返す。
そうして上がって来たのはデカい魚だった。
「変な顔だな。なんだこいつ?」
「
軽く1mは越えている。ダンまで引き込もうとするパワーがあるはずだ。
「旨いのか?」
「刺身より加熱調理の方がいいかな。これは持って帰って調理しよう」
ダンもこいつの引きに魅せられたのか、タックルを貸してくれと言うので渡してやった。ダンなら一人で格闘出来るだろう。
シルフィードはどこに移動してもゴンズイばっかりだった。俺はゴンズイ外し担当に徹することにする。
「おっしゃ!来たぜ」
ダンがそう叫んで格闘開始だ。
「ダン、竿に強化魔法纏わせろよ。折れるぞ」
ダンから金色の光が出て、そのままタックルも光に包まれる。
そして上がって来たのは、
「なんじゃこりゃ? 蛇が釣れたぞ」
「ウツボだよ」
ビックリするくらい大きい。が、引き上げて見てるうちにグネリグネリと暴れて糸をぐちゃぐちゃにしてしまった。
仕方がないので糸を切って海へポイ。危なくて針は外せなかったけど、そのうち取れるだろう。
「あれは食えねぇのか?」
「まぁまぁ美味しいんだけど骨がたくさんあってさばくの面倒なんだよ。あれだけ大きいとその小骨も太そうだしね」
タックルを組み直さないといけなくなったので大物釣りは終了。ダンはタコと違う引きを味わえて満足したようだ。シルフィードもゴンズイしか釣れないので止めるとのこと。
イケスに入っている魚を処理して保存魔法を掛けてしまっていく。明日には帰らないといけないのだ。名残惜しいが今回は下見だ。あらためて皆で来ればいい。
明日は朝からアサリのお吸い物とハマグリとアジの干物を焼いて食べよう。
それで出発だな。
その夜夢を見た。
若い時に九十九里に遊びに行ったら天候が悪くて泳ぐ事もできなかったので、食べる事に専念したのだ。しかし、大ハマグリだっけな?あれを友人達と値段を気にしながらお腹いっぱい食べられなかった夢。
おい、お前ら。ここに来たら値段なんて気にせずに死ぬほど食えるぞ。羨ましいか?
まぁ、あの時は金が無かったけど楽しかったな。あいつらは今どうしてんだろうか?
夢と分かる夢も珍しいな。
場面は変わって我が家だ。子供達はまだ学生だな。
「またイカの刺身ぃ?」
「好きやろ?」
「こんなにしょっちゅう食べてたらいらんようになるわ」
初めは吐くほど食ってたイカの刺身もぱったり食わなくなった子供達。それからイカ料理を色々試したけど、バター炒めやフライ、天ぷらとかの定番料理を超えるものはなかったな。そのうち定番も食べなくなったから、冷凍してお好み焼きとか八宝菜の具にしか使わなくなってしまい、釣る数を自己制限してたっけ。
でもな、やっぱり釣ったアオリイカは旨いんだぞ。ダンやシルフィードがあんなに嬉しそうに食ってたの見たか? もう父さんが釣ったイカが食えないのを悔しがれ。
あぁ、ここは高知まで遠征しにきた所だな。延々と車を走らせて、さぁ、釣りしようと思ったら子供がこけて血だらけになったところだ。
「だから走るなって言うたやろっ!」
せっかく遥か遠くまで来たのに釣りを諦めて現地の病院で怪我した所を縫ってもらって帰ってきたな。あそこは何が釣れたんだろうか?
父さんな、今は土魔法ってのが使えるんだよ。ほら見てみろ。こんな一級ポイントに誰もいないし、釣り公園みたいだぞ。それにもし転んでもすぐに治してやれるから怪我して父さんに怒られる心配もないぞ。
あぁ、また嫁さん怒ってるな。
「また釣りに行くのっ?」
「一緒に行く?」
「こんな寒い時に行くわけないでしょっ!」
ぜんぜん休みが取れなくて、平日に代休取って釣りに行く時は死ぬほど機嫌が悪かったな。自分ばっかりとか言うなら一緒に来ればいいのに。
今なら暑くても寒くても魔法でなんとかなるから一緒に釣りするか?足元で釣れるアジも大きいぞ。
夢の中で友人や家族に話し掛けても返事は返って来なかった。
あぁ、やっぱり夢をしっかり見た日は寝不足だな。夢か現実かわからんようになってずっと起きてるのと変わらんからな。
俺は泣いてたのだろうか? まぶたや目尻がカリカリになってる。
まだ二人とも起きて来てないので朝風呂に入って顔を洗う。うっすらと白んで来た空は美しい。さ、風呂から出てもう一発釣りして帰るか。
下に降りてメタルジグをセットしながら、ほら、いい場所だろ? と記憶の中の家族と友人に自慢したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます