第453話 アルの実地体験
取り敢えず昼飯を食べ終わっても見物人達はそのままだ。
「アル、どうするんだ?他の村人が寄って来てるぞ」
「こ、この村の小麦を育ててやることは可能なのか?」
「村だけなら一週間くらいで今年の分は育てられるけどね」
「では、予定が狂ってしまうが頼めるか?」
「その後どうすんだ?他の村も言ってくるぞ。他領の町全部の事を俺にやらすつもりか?」
「だからキリが無いと言ったじゃろう。この町をやったら次の町や村もとなるのは道理じゃろうが。それをワシらに全部やらせるつもりなのかと言うことじゃ」
「しかし・・・」
「アル、おそらく古くからある東の領地全般がこんな感じだ。だからマルグリッドに新しい作物とかの農作業指導を無料で俺は引き受けた。いくら魔法が使えると言ったって個人でなんとか出来る問題じゃないんだよ。各領主が手を打たないといけないんだ。その領主を指導するのが国の役目だろ?」
「・・・・・」
「ご貴族様、自分達の事は自分達でなんとか致しますので、揉めないでで下され」
「自分達でなんとか出来ないからこうなってるんじゃないのか? 取り敢えず村の代表みたいな人がいるだろ?それを集めてくれ。この村の方針を決めるから」
アルはすぐに結論を出せないだろう。取り敢えず村人全員は無理なので代表者に集まって貰う。シルフィード達は引き続き小麦作りだ。
代表者達に話を聞くとここの税は5割。しかも小麦作付け面積が決められており、豊作不作に関わらず作付け面積で固定されているとのこと。これが合法かどうかは不明だが、不作でも税が固定されてるならお手上げだな。領主は収穫高に関係無く税が取れるなら収穫を気にする事がないのだろう。それが破綻するまでは・・・
さて、どうするかな。マルグリッドにしている農業指導が東全般に広がり、効果が出るのは数年以上先だ。それに米が小麦の代わりにならないかもしれないし、脱穀したりする設備も無い。
夏場にトウモロコシ他、その後に小麦だな。
「大豆は育ててるか?」
「はい、私のところで育てています。」
「じゃ、他の所と交代。その土地には他の野菜を植えて。それが終わったら次は小麦を植える。豆類は実がつく頃にたっぷり水をやると実入りも良くなるし収穫が増えるからな。野菜を作っているところは大豆を育ててくれ。小麦の所には今からトウモロコシを植える。家畜用のトウモロコシだけど、人間も食べられるから。粉にしたらちょっと違うパンみたいな物が出来るぞ」
「税の小麦の量は作付け面積で決まっているのですが」
「村全体でその量を確保すればいいだろ?このままやっていったら村が総倒れになるぞ。同じ場所で同じ物を作り続けると連作障害というのになって、収穫が落ちたり、病気になって育たなくなったりするんだよ。村全体で取り組まないとダメだ」
「それで収穫量が戻るのですか?」
「多分な。色々と試さないとダメだろうから、作物を分散して作って一番良い方法を見つけてくれ。取り敢えず税が払えなかった分としばらく食べられる分は確保してやる。その後は自分達でなんとかしてくれ。俺はここの領主じゃないからな」
アルを連れて畑を見て回り、あれやこれやと指示を出していく。トウモロコシも旨さより量だ。デントコーンを植えて家畜用と人間用にする。
いくつか種を増やすのに育て、皆に説明していく。他の物は小麦の収穫だ。
土も耕し足りないので魔法でがっつりとかき回してやる。
俺の魔法に唖然とする光景は見慣れたので無視だ。
農具を見てくれたドワンは鉄とかの材料がとても足りないとのことなので、土魔法で作るしかない。
「あの馬は荷物を運ぶだけなの?」
「そうです」
「じゃあ、あいつらにも働いてもらおう」
小型の馬だけど畝立てぐらい出来るだろ。土魔法で畝を立てる農機具を作って馬に繋いで歩かせてみるとなんとか畝らしいものが出来る。後は人がやればいいな。
鍬や鋤、三角ホーなんかの頭の部分を作っていく。持ち手は自分達の木材を加工してくれ。
あれよあれよという間に出来ていく畑や農具。
「はい、ぼさっと見てないで畝を整備して種を植えて行って」
ある程度形が出来たので女性陣にトウモロコシを粉にして作るパンもどきをやってみるがいまいちだな。
野菜を作った生地に混ぜ混んで焼くとなんとか食べられる。トマトソースとか工夫したらなんとかなるだろ。村人達には十分美味しいらしい。あとはタコスみたいな物を教えておく。適当に採れた物を巻いて食べられる。
他に狩りをする者もいるみたいなのでドワンが弓を見てやる。
「こんな矢でよく仕留めるのぅ」
太さもバラバラで歪んでたりする矢ばかりだ。弓をここで作り直すのは不可能なので、矢を改善していく。ドワンが指導してやるようだ。
こんな生活が3日続き、麦が乾いたら税金分とこれから食べる分は足りるみたいだ。
あと1日延長して予備の小麦を作っておいてやるか。
そう思って小麦を育ててると役人らしきものがやってきた。
「貴様達、ここで何をしている。この村の者ではないだろう?」
「お前達の尻拭いだよ。小麦や野菜を育ててんだよ。未納の税金分の小麦作ってんだ」
「何? 小麦を作る?」
「そうだよ。魔法で育てたんだ。明日には出て行くから邪魔すんな」
「植物魔法が使えるだと?貴様はエルフか?」
「おい、そこの役人。ぼっちゃんは王家に繋がる貴族だ。馬の上から話し掛けていい人じゃないぞ。降りて挨拶するかそのまま消えろ」
「そんな身分の者がこんな所で農作業をしている訳がなかろうがっ、貴族を騙るとは不届き者がっ」
「俺はゲイル・ディノスレイヤ。西の辺境伯領主、アーノルド・ディノスレイヤは俺の父さんだ。俺自身も貴族籍を持っている。今は旅の途中だ。無礼な振る舞いは知らなかったという事で許してやるから、さっさとどっかに行け」
「お前みたいな子供の言うことを信じられるか。こっちへ来い」
「俺は大事にするつもりはないんだが、そっちが信じないなら領主ごと処分するぞ。ここの領主は誰だ?」
「ここはイニシエン男爵領だ。スカーレット家に繋がる由緒正しい領地である。いいからさっさと来い」
「スカーレット家? マルグリッドがいる東の辺境伯領が親の領地か。なら王都に戻ったらマリさんに伝えておくよ。ここで無礼な振る舞いをされたとな」
「ス、スカーレット家のマルグリッド姫様を呼び捨てにした挙げ句に愛称呼びだと?無礼にも程があるぞっ」
「いい加減にしろっ!俺はウェスト」
アルが今の会話に割り込んで来て身分を明かそうとする。
ゴンっ
「やめとけアル。今のお前はただの冒険者だ。ぼっちゃんに任せとけ」
それをダンが止めた。
「しかし・・・」
「ここでお前の身分を明かしたら本当に処罰せにゃならんだろうが。いいからぼっちゃんに任せておけ」
アルのことはダンに任せることに。
「分かった。付いて行ってやろう。しかし後悔するなよ。俺はちゃんと名乗りを上げたし、貴族であることもお前達に伝えた。信じなかったのはそっちだからな。その事を肝に命じておけ。ダン、シルバーとクロスに馬車ひかせてきて。ジョンとアルも一緒に来てくれ。おやっさん、この場をお願いね」
「また大事にするのか?」
「こいつらがそれを望んだからね。じゃ、宜しく」
ダンが馬車をひいてくると役人か衛兵かわからん二人はたじろぐ。
デカデカと入った旭日旗模様の紋章。しかも見た目で分かる高級な馬車だ。
「ま、まさか本当に・・・」
「うるさい、さっさと先導しろ。その後にお前らの処分を申し渡す。覚悟しておけ」
そう伝えられた二人はごくりと唾を飲んだ。
「こちらにございます」
先程と180度違う言葉使いだ。もう俺が本当に貴族だと理解したのだろう。
「ゲイル何をするつもりなんだ?」
「この町ごと救うのがアルからの依頼だろ? 今からそれをやるんだよ。これも請求するからな」
応接室に通されて待たされる俺達。
先に執事が俺の所に来た。
「西の辺境伯領主のご子息様と伺いました。この度はとんだ無礼を致しましたことを深くお詫び申し上げます。あの者どもは処分を・・・」
「別にあの二人は処分しなくていい。職務をまっとうしただけだからな。処分するのは教育をちゃんとしてない上の者だ。さっさと領主を呼べ」
「申し訳ございません。領主のイニシエン様は不在でございまして・・・」
「そうか、せっかく申し開きをする機会を与えたつもりだったんだがな。居留守を使うなら処分確定でいいな」
「・・・・・」
「今なら間違いでしたで済ませてやるから呼んで来い」
「申し訳ございません。お心遣い感謝申し上げます」
しばらくしてぼってり太った男爵が出て来た。
「この度はとんだ不始末を・・・」
「能書きはいい。どうするかだけ言え」
「こちらはお詫びとして・・・」
イニシエン男爵は金貨10枚を差し出して来た。
「なぁ、ダン。これってナメられてると受け取っていいよな?それともこいつのクビが金貨10枚の価値しかないということかな?」
「ぼっちゃん、そんな価値すらねぇぞ。斬るか?」
「そうだね。領主変わった方がここの為だからそれでもいいか。マリさんにもっとマシな領主にするように言うわ」
「お、お待ち下さいっ、これは挨拶の品としてっ」
「お前、詫びって言ったじゃないか。俺に嘘付いたのか?」
「い、いえ、言い間違いにございます」
「ならどうするか早く言え。もう言い間違いは許さんぞ」
「では金貨をあと10・・・」
ギロッ
「いや、20ま・・・」
「足らんな」
「は?」
「全く足らんと言ったんだよ。俺への詫び金はいらん。その代わりこの町の次の税は免除しろ」
「税を免除・・・・? それはあまりにも」
「いいか、これはお前の為でもあるんだぞ。この町の小麦の収穫量はどんどん落ちてるだろう?収穫高で税が変わるならともかく、固定で徴収してたら不作の住民が全部逃げだすか反乱を起こすぞ。そうなりゃ東の領軍が鎮圧に来るだろう。反乱を起こした住民は死に、俺が何もしなくてもお前は失脚だ」
「そ、そんな馬鹿な・・・」
「俺達は通りすがりにここの住民を保護した。みな痩せてガリガリだった。それでも税が払えないと苦しんでいた。それに比べてお前はずいぶんと太ってるな」
「こ、これは体質でございまして・・・」
「ならちょうどいい、体質改善してやる。1年間の税金くらい溜め込んでるだろ? 嘘をつこうと思っても中央で調べたら分かるからな。それと徹底した調査を王室にしてもらう。俺の立場はそれが出来るからな。もし脱税でも見付かればどうなるか・・・」
「わ、わかりました。次の税は全額免除に致しますので何卒お許しを・・・」
「なら許してやろう。いいか、本当に免除したかどうかは確認する。それと早ければ来年か再来年には新しい農作業方法や種を育てるようにとスカーレット家から指導がくるはずだ。ちゃんとそれを住民に伝えろ。次の税を免除された住民達はそれで持ちこたえられるだろうからな」
「本当でございますか?」
「今、マリさんの所の農作業指導をうちがしてるから間違い無い。あと俺達が居た村には先に新しい種と農作業を伝えてあるからなんとかなるだろう」
「わ、わかりました」
「もし脱税してるなら今のうちに修正申請しておけ。俺が依頼しなくても調査が入るだろうからな」
「えっ?」
「当たり前だろ。もう王室にこの一件は知られているからな」
「まさかっ・・・」
「ここにいるアルの正式な名前はアルファランメル・ウエストランドだ。エイブリック殿下の長男だ。政務につく前にお忍びで各地を回る事になっている。この町を助けたのはアルの依頼だったからだ。俺が働いた分はアルに請求することになっている。その意味は理解したか?」
「は、はい・・・・」
「後、街道沿いの宿場町もお前の管轄か?」
「左様でございます・・・」
「だってさアル。帰ったら宿場町の改革やってみろよ。イニシエンも協力するってさ。資金も出してくれんじゃないの?」
「分かった。色々と教えてくれるか?」
「勿論。それも付けとくからな」
本件は他言無用と命令して、この町でのアルの実地研修は終わったのだった。
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