第436話 まただ……
「エイブリックさん、この人達の事をもう伝えた?」
「まだだ」
「えっと、シーラさんは念の為に一緒に王都に行って治療受ける?」
「いえ、このまま町に戻りたいです」
「じゃあ、俺達と一緒に戻ろう」
(ミグル、他の人達を鑑定して妊娠の有無と名前を見て)
ミグルがぶつぶつっと唱えると意識が無いはずなのにキッとミグルを睨むような感じがした。もしかしたら意思表示が出来ないだけなのかもしれない。
「この4名を王都に連れていけ。他の4名は警戒しながら同行せよ」
女性達を馬に乗せ騎士の背中にくくりつけていく。宜しく頼んだよ。
シーラを連れて町に歩いて戻っていく。ちょっとフラフラしてるけど、なんとか歩けそうだな。
「おい、おぶされ。足が血だらけになるぞ」
そう言えば靴も履いてなかった。
「えっ、でも・・・」
「お前ぐらい余裕だ。鍛えてるからな」
痩せ細った女性くらいダンならいつまでもおんぶ出来るだろう。しかし、エッチな目で見られたと思っている上に素肌に毛布の女性は恥ずかしがるので、もう一度、枯れてるから大丈夫と言ってやった。
「遠慮せずに背負われろ。日が暮れる」
エイブリックの鶴の一声で女性は素直にダンにおぶさった。エイブリックには命令スキルとかあるんじゃなかろうか?
「うぉぉぉぉぉっ!生存者がいたぞーーーっ!」
俺達の帰りを待っていた町の人達が歓声を上げる。
「シ、シーラっ!」
親御さんだろうか?
「父さん母さんっ!」
ダンがシーラを下ろしてやると親子は抱き合って再会を喜んだ。
「わ、ワシらの娘はおらなんだか・・・」
「俺の妻はっ?」
さらわれた女性達の家族だろう人が口々に俺達に確認してくる。
「生存者は全部で5名。オークの小屋に閉じ込められている所を救出した。残りの4名は恐怖で精神に異常をきたしている恐れがあるので、急ぎ治療するために王都に向かった。ミグル、残りの4名の名前を告げてやれ」
ミグルが他の救出者の名前を告げていく。
名前を告げられた家族は泣いて喜び、名前が無かった家族は泣き崩れた。
「残念ながら他の者は殺されていた。助けられなくてごめん」
閉じ込められていたという嘘を他の真実で埋めていく。これでこの嘘も真実になるだろう。
避難場所に戻るとナルディック達も居た。
「ゲイル殿、無事に殲滅出来たようですな」
「うん、そっちも大丈夫だったみたいだね。怪我してる人いる?」
そう聞くと怪我を負った騎士達の所に連れていかれた。
けっこう酷いな。鎧もぼろぼろだ。しかし、部位欠損はしていないみたいなので治癒魔法を掛けていく。
さーっと怪我が治っていく騎士達。
「あ、あれ痛くない」
うめき声をあげていた騎士はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ゲイルに感謝しろ。まったくゴブリン相手に情けない奴らめ」
エイブリックはそう言うが、かなりの死闘だったのだろう。
夜に町の領主代理のスンドウとその仲間を交えて話をすることになった。場所は元領主の屋敷だ。今は誰も使っていないらしい。
俺達が屋敷に入ると平伏したままのスンドウ達。
「まさか、殿下自ら騎士団を連れてきて下さるとは信じられず無礼な態度を取りお詫び申し上げます」
「よい、頭を上げよ」
普通、王子が来るとは思わないよね。
「ここは自治を選んだ領だったな。これからどうする?このまま自治領としてやっていくか?」
「はっ、我々の力不足を痛感致しました。どなたか領主様をお定め下さればと存じます」
「うむ、統治を選ぶか。それは皆の総意と取るが良いな?」
「はっ」
「じゃ、ゲイル頼んだぞ」
は?
「何言ってんのあんた?」
殿下に向かってため口を利く俺にスンドウ達がぎょっとする。
「ここは王家直轄にしていたが実質放置状態だった領だ。やりたがる奴がおらんから自治を認めた。だからお前やれ」
はーーーーっ?
「無理無理無理無理っ!」
「で、殿下・・・」
「心配すんな。ゲイルも王族の一員だ。それに王都の西の庶民街の統治、王都に隣接する領地も持っているからな」
「隣接する領地ってただの牧草地帯じゃないかっ」
「でも領地だろ?ここから一番近い領地がお前のところだ。アーノルドの所からは少し離れるからな。だからお前やれ」
「西の街だけで手一杯なのに無理だよっ」
「スンドウだっけか?実質はこいつに任せとけばいい。後はお前が統治をしているという事が重要なんだ。アーノルドと協力して定期的に魔物を駆除してやればなんとかなるだろう」
「ディノスレイヤ領のギルドと? なんで? 王都のギルドの方が近いじゃん」
「あいつらはあてにならん。ここは今回、討伐依頼を出してたそうだな。」
「はい」
「秋は農作物の収穫時期にあたるから討伐依頼が増える。実入りの良いとこにしか行かずに他の町を見捨てるようなギルドはいらん。なんの為にギルドが国から独立した機関で各国へ自由に出入り出来るのか理解しておらんのだ」
もしかしてエイブリックの奴、ギルドに汚点を残させる為に自ら騎士団を率いて来たのか?
「この後どうすんの?」
「まぁ、王都ギルドは恥をさらすことになる。その後は知らん。気にせずにディノスレイヤ領のギルドと連携しろ。まぁ、あそこからはちと離れるが、王都との街道からここまでの道を作ってやれば問題無いだろう」
道作れとか簡単に言うなよ・・・
「来年から5年間は新領として中央への税を免除してやる。その間に立て直せ」
まだ俺は引き受けるなんて返事してないぞ。
「俺、引き受けるなんて返事してな・・・」
「ゲイル様、何卒宜しくお願い致しますっ」
土下座をして懇願するスンドウ達。ダンは知ーらねって感じで横向いて鼻ほじってやがるし・・・
それにエイブリックが言い出したんだ。もう無理だな・・・
「わかったよ。その代わりあまり来れないからね」
「はい、何かあった時に頼らせて頂ければ」
「では決まりだ。今夜はここに泊まる。使っていいな?」
「ご自由にお使い下さいませ。只今よりこちらはゲイル様の屋敷となります」
カッカッカッカ
「ぼっちゃん、どんどん領地が増えるな」
「俺になんのメリットがあるんだよ」
「旨いもん一緒に食える奴が増えたじゃねーか」
こんなにいらんわっ。
少し古臭い厨房でシルフィードに米を炊いてもらい、ダン達が食べ残した肉を焼いていく。新領地を任される事になって後味のわるいオーク討伐で落ち込んだ気分もどこかに吹き飛んでしまった。
町は安全が戻った事でお祭り騒ぎになり、騎士達もここで一緒に食べる事になった。
「アル、ジョン、ミグル。明日俺達と王都に戻るぞ」
やはりエイブリックは皆を連れて帰るようだ。
「父上・・・」
「昨日も言っただろ。帰ってから話を聞くと。ゲイル、お前達のこれからの予定は?」
「ジョン達が帰るならもうすることないよ。取りあえずグリムナさんとエルフの国に行って移住の話と鱒の卵を貰ってくるくらい」
「どこか経由するのか?」
「ディノスレイヤ領から北に上がった所にボロン村っていう所があるんだけどね、そこに顔を出してから行くよ」
「なら、そこで2週間出発するのを待ってくれ。2週間以内にこいつらが来なければそのまま出発してくれ。それ以上待つ必要はないからな」
「ん?冒険再開するの?」
「俺に判断を仰いだんだろ? 一度帰ってから決める。その時間も含めての2週間だ」
「わかった」
翌日、エイブリック達は住民に跪かれながら王都へ帰って行った。最上位種のオークの頭はミグルが箱に入れて持って帰る。
その後、スンドウ達が住民を集めて今後俺がここを統治して行くことを説明するとざわめく住民達。そりゃそうだ。
「スンドウ、ここはこの冬越せる備蓄はあるの?」
「今年の冬はギリギリなんとかなりそうですが・・・」
「なら今から農作業者を集めて。収穫するから」
「は?」
「作物の種持ってこさせてね」
バタバタと準備を始めてる間に飼料用のトウモロコシを育てていく。植物魔法の使い手が3人いるから余裕だ。
ダンには次に育てる用のトウモロコシ種取りをやらせる。ここに機械は無いから手作業だ。
俺は畑を一気に耕していく。冬の寒さのせいもあるけどカチカチの土だな。
60cmくらいの深さでひっくり返して空気を含ませていく。今回は魔法で育てるから畝は不要だ。
種を持って来た住民達に植えさせて、グリムナとシルフィードが育てていく。それを唖然としながら見守る住民達。
「はい、ぼさっと見てないで収穫していって」
グリムナとシルフィードに魔法水を渡して回復しながら魔法を使ってもらう。
「ダン、柵を作りに行くから木を伐って。おーい、大工作業出来る奴と力仕事が出来る奴も来てくれ」
男連中を引き連れて町に柵を作っていく。出入りする場所は間を開けて、森から木を伐り出していった。
木は住民達が運んで加工していく。乾燥させてないから歪みが出て来るだろうけどそれは後で補修してくれ。
10日間同じ事を繰り返し、町すべてを柵で囲む事が出来た。これでいきなり魔物の襲撃を受けることは無いだろう。オークやゴブリンがいなくなったことでウサギやボア、鹿とか狩れる獲物も復活するはずだ。
「奇跡です・・・、たった10日で柵も備蓄も・・・」
「もうすぐ感謝祭だろ?その時くらいは思う存分皆で飯を食ってくれ。あと春になったら王都の西の町で農業指導をするから2~30人派遣するように」
「わかりました。この収穫の税は・・・」
「売り物じゃないからいらん。次からは今まで通りの税を徴収してくれ。その資金は町の為に使うからちゃんと帳簿をつけておいてくれよ」
「領主様の取り分はいかほどに・・・」
「当面いらん。中央に税を納めるようになってそれでも余裕があれば考える」
「そ、それはあまりにも・・・」
「ずっとここに居て統治するわけじゃないからな。まず住民の生活を安定させる方が先だ。ここが豊かになる物を何か考えておくから、そっちも何か新しい事とかやりたいことがあるなら考えておいてくれ。このまま俺達は冒険に出て春には戻る。その後また冒険に出るからな」
「わ、わかりました。後はお任せ下さい」
「あとこれを10枚渡しておく。これを付けていれば王都にフリーパスで入れるから」
ゲイルは紋章の入った物を渡し、最低限の準備を整えた俺達はボロン村へと出発した。
どうしてどこにいっても同じ事が繰り返されるのだろう?
ゲイルは新たな称号、神の奇跡とトラブルメーカーが付いたことには気付かなかったのだった。
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