ぶちょー、今度の人事異動は異世界ですって

第403話 毎年恒例の釣り

さて、ディノスレイヤ領でやらないといけないことを終えて釣りに出発だ。またミケも付いてくるらしい。うちの馬車と商会の馬車に別れて乗り、いつもの釣り場に到着した。

グリムナは釣りを楽しむということ自体に驚いている。

「この釣り道具はお前が作ったのか？」

「このリールという糸を巻くやつとルアーやフライはそうだね。竿はおやっさんが作ったんだよ」

「こうやって釣ると面白いものだな。いくつか作ってくれないか。国にも持って帰ってやりたい」

「いいよ。竿はおやっさんが作ってくれるけど材料がいまあるかどうかだね。」

「材料は何を使ってるんだ？」

「虫の触覚だって。デカいやつ」

「あぁ、あいつか。この時期だと難しいな。ドワン、作り方を教えてくれ。あとはあいつらにやらせてみる」

グリムナはグローナ達の趣味として釣具をプレゼントしたいようだ。取りあえず帰ったらこの釣具をあげよう。実物があった方が作りやすいしね。

刺身は夜のお楽しみということで、昼は焼き肉にする。新しく醤油ベースで作ったタレと今までの味噌ベースのタレを食べ比べだ。

うん、どちらも旨い。皆も醤油ベースのタレがとか今までのタレがとかどっちが旨いか談義をしているが結論は出ないだろう。

「ぼっちゃん、この醤油という調味料は何から出来てるんですか？」

「大豆と塩だよ。ベースは味噌と同じ原料だね。そこに小麦が入るんだよ」

「なるほど。味噌と似た感じがしましたけど、同じ大豆だったんですね。」

「この前のラーメンとかの汁物にも使えるし、焼き物にも使える。これに柑橘類を絞ったタレも作ってあるから夜の鍋の時に出すよ。醤油はこの国の食文化に大きな影響を与えるものだと思うんだよね」

「はい。自分もそう思います」

「チュールとは料理の話はしてるのか？」

「はい、お互い新しい物を作るのと今までの物がもっと美味しく出来ないかを試しています。チュールさんと自分では思い付くものが違うのが面白いですね」

話を聞いていくと、ブリックは洋食系、チュールは中華系の方へ進んでるみたいだった。チュールは北京ダックとか作り出したからな。

「晩飯に一品新しいの作ってみるからチュールに教えてやってくれないか？俺はこの釣りが終わったら王都に行かなきゃならいから時間がないんだ」

「わかりました。チュールさん喜ぶと思います」

昼飯の後にマスの仕込みをしていく。ブリックとミーシャ、シルフィードが手伝ってくれるので楽チンだ。ダンはなんかミケとじゃれ合ってるからそっとしておいた。

「おぉー、この刺身とワサビと醤油、それに米の酒はたまらんの」

「だろ？ジョージもいい酒作ってくれたよね。あとで芋の酒の旨い飲み方教えるよ」

「ゲイル、このカルパッチョというのは生の魚とちょっと違うがこれも旨いぞ」

「軽くスモークしてあるから、玉ねぎのスライスとオリーブオイルとも合うでしょ。実はマヨを少し付けても旨いんだよ」

早速試したグリムナはご満悦そうだ。

「これはコクナを早々にディノスレイヤ領に来させて料理を覚えさせる必要があるな。国でお前が教えてない物がまだあるのだろう？」

「材料の加減で出来なかった奴があるからね。コクナさんが来るならバルでしばらく働くか、ブリックの料理教室を手伝うかしてもらったらいいんじゃないかな？」

「そうか、帰ったらコクナに伝えよう」

コクナが色々な料理をマスターする頃にはドワンに頼んだ顕微鏡も出来ているだろう。寄生虫を除去することを覚えたらエルフの国でも大丈夫になるからな。

さて、ブリックお待ちかねの新しい料理を作るか。

作るのはマスの甘酢あんかけだ。マスの骨で取った出汁に炒めた玉ねぎとニンジンを加えて醤油と塩、砂糖で味付けをしていく。そこに赤ワインベースと白ワインベースのビネガーをブレンドしながら酸味を付けて、水溶き片栗粉を入れて加熱してとろみを出していく。

「ぼっちゃん、片栗粉をいれたらこんな風にトロッとしていくんですか？」

「そうだよ。熱い所にいれるとダマになるから少し温度が下がってからまんべんなく入れるのがコツだ。強火で一気に加熱すると底から固まってダマになるからかき混ぜながらゆっくりと加熱してまんべんなく熱を加えるんだぞ」

「砂糖を使うならかなり高額になりそうですね」

「砂糖はエルフたちからいい種を貰ってきたからそのうちもっと手軽に手に入るようになるぞ」

「本当ですか？」

「あぁ、ファム達がもう始めてくれている。ぶちょー商会は砂糖を作るのと販売する許可も持ってるからな。何も問題ないよ」

「ゲイル、その話なんだが、砂糖を一般販売するつもりか？」

アーノルドは安価に砂糖を売るのか心配しているようだ。

「いや、ディノスレイヤ領民には売るつもりだけど、基本はディノスレイヤ領と西の街の料理店にしか売らないつもり。西の街の人達には数量制限して売ってもいいかな」

「なぜそのような事をするのだ？美味しいは売り物になるんだろ？」

俺の説明にグリムナは不思議そうだ。

「砂糖はこの国では貴重なんだよ。一部の領地でしか栽培出来ないんだ。だから国が管理して勝手に売ったり作ったり出来ないようになっていてものすごく高いから一般の人には買えない物なんだよ」

「ほう、それで？」

「今回貰った種のやつはこの国ならどこでも栽培出来る可能性があるから大幅に安くなる。そうしたら今まで砂糖を作ってたところが困るだろ？」

「なるほど、他のやつらが困らないようにということか」

「そうそう。徐々に変化させないとダメな事もあるからね。いま砂糖を作っている所がまた違う物を作って困らないようになったら広めて行くよ」

「何かするのにも色々と考えていかねばならんのだな」

「まぁ、砂糖を使った料理が安く食べられるという恩恵も欲しいしね」

「そこはちゃっかりしてるんだな」

「あったり前じゃん。その分しんどい思いしてんだから」

おっといけない。甘酢餡は出来たからマスを揚げていかねば・・・

「はい、出来たよ。マスの甘酢餡掛け」

「おー、これも旨いのぅ」

「帰ったらブリックがチュールに作り方を教えるからバルでも食べられるようになるよ」

「マスはどうするんじゃ？」

「これマスでなくてもいいんだよ。鶏のから揚げでもいいし、豚のから揚げでもミンチのから揚げでもなんでも合うからね。ベースの出汁を変えたり餡にトマトソースを加えたりとかいろいろアレンジ利くから」

なるほどなるほどとブリックは掌をグーで叩いている。

「坊主、旨い芋の酒の飲み方はどうした？」

あ、そうだった。

芋の酒１に対して水１を混ぜておく。

で、アテ・・・、つまみ作りだな。

ダンに手伝わせて骨ごとマスの身をすりつぶす。徹底的に滑らかになるまで頑張れ。それに塩を少々加えて粘り気が出たらそれを適当にスプーンでちぎって揚げてやる。

水割にした芋焼酎を湯煎してと。すり身の天ぷらには醤油に砂糖を足してやや甘めの醤油にしてやろう。ダンやアーノルドには生姜醤油がいいかな。

「はいどうぞ」

すり身の天ぷらを熊手で摘まんで生姜醤油で食べるダン。なんか似合うな。

「おぅ、これはいいな。枝豆とエールが夏の組合せならこいつは冬の組合せだ。寒い所で飲む芋の酒とこいつはたまらんな」

「あら、この少し甘い醤油の方が美味しいわ」

「がーはっはっはっ。ジョージを連れて来て正解じゃったわい。どの酒を飲もうか迷うハメになるとはのぅ がーはっはっはっ」

アーノルドは芋焼酎、熱燗、蒸留酒のお湯割りを順番に試していた。

「酒とは不思議なもんだな。食うものによって味が変わる」

「酒の種類と料理の種類が増えると楽しみはかけ算で増えるからね。料理に合わせて酒を選んでもいいし、酒に合わせて料理を選んでもいい。ブリックも新しい酒を味見して、酒に合わせた料理を考えていくのもいいぞ」

「わかりました。また新しいヒントをありがとうございます。」

うんうん、覚えた物を教えるのも新しい物を考えるのも頑張ってくれ。俺も楽しみだ。

じゃあこの組合せはどうじゃとか始まったので、俺は宿泊施設を作っていく。

風呂付きの女部屋と男部屋を別棟に。

いつものごとく俺の風呂は水辺だ。

あの二人も来ているからマスの餡掛けを土の弁当箱に入れる。冷めにくいしちょうどいいだろう。

こそっと離れて森の中に置いておく。これで大丈夫っと。

水辺に風呂を作って入ってるとまた主が鱗をくれた。毎年ありがとうね。

風呂が出来るとグリムナがやって来た。

「お前はいつも一人でこうしてるのか？」

「まだ酒飲めないからね。酔っぱらいの相手すんのしんどいんだよ」

「さっきの魚はここの主か？」

見てたのか・・・

「初めて来た時におやっさんが釣り上げてね。なんか神々しいから逃がしたんだよ。それから来る度にお礼だと思うんだけど綺麗な鱗をくれるんだ。」

「ほぅ、確かに美しいな」

「グローナさん達のお土産に持って帰る？」

「お前が貰ったものだろう？」

「喜んでくれる人がいるならいいんだよ。グリムナさんところの家に飾ってくれたら部屋の雰囲気にも合うと思うし。弓に装飾してもいいと思うよ」

「そうか、じっちゃん達も喜びそうだな。土産話にもなる」

「うん、だから持って帰って」

グリムナは素直に受け取ってくれた。

「隠密達はお前にちょくちょく会いにくるのか？」

「ミーシャとシルフィードの護衛は父さんか俺がそばにいない時にしてくれてるんだよ。こうやって一緒に行動してるときはお休みなんだ。そんな時に時々ね」

「隠密が姿を現すのはいいのか？」

「父さん達は気付いてるだろうけど、姿を現すのは俺の前だけだね。あの二人は双子ってことで捨てられたみたいで、おかしな迷信の被害者なんだよ。たまに美味しいものとか食べるくらいはしてあげたいんだよね」

「そうか。被害者か・・・」

「いつか好きに生きていけるようになって欲しいなと思うよ」

「好きに生きる？」

「自分で人生を選べるってことね」

「自分で人生を選べる・・・か」

「まぁ、俺の自己満足だよ。全員がそうなれるわけでもないし、立場上そうできない人もいる。父さん達も領主になるより自由な冒険者でいたかったんじゃないかな。グリムナさんも国の事がなければナターシャさんと問題なく暮らせたわけでしょ」

「そうだな」

「皆が自分で選べる世界になるといいね」

「そうだな」

グリムナは俺の話にそうだなと言いながらゆっくりと静かな湖面を見つめていたのだった。