第361話 小熊亭とベントの屋台問題

ーエイブリック邸ー


「なるほど、このような法則があるのですね」


「一部文字が変わってるところがあるけど、繋げて書きやすいようになってるだけだから」


エイブリック邸でシャキールに筆記体文字を教えている最中だ。シャキールは頭が良いようですぐに理解した。


「単語は所々分かるんだけど、知らないのも沢山あるんだよ、ごめんね」


「いえ、文字が解るだけでもマシです。他の文献と照らし合わせながら解読してみせます」


あれから呪いが関係したような事件は起きてはいないがこれからも起きないとは限らない。シャキールの解読能力に期待しよう。



「ゲイル様、こちらがエイブリック様より預かっております声を大きくする魔道具でございます。」


「ありがとう執事さん。使い終わったらまた返しにくるね」


今日の用事はこれで済んでしまった。ヨルドの所に顔を出して副コック長を派遣してくれた事にお礼言ってからエイブリック邸を出た。



「ダン、これからどうする?」


「シルフィードの稽古をやった方がいいんじゃねーか?」


「そうだね、どこでやろうか?」


「今なんも植えてねぇ畑でやりゃいいんじゃねぇか。それか壁の外に確保した土地か」


まだ壁に門は開けていない。門を作ると門を管理する人を置かなければいけないので春まで待とうということになったからだ。


「じゃあ、畑を借りるか」



寒いのでミーシャは小熊亭でお留守番。ブリックがジロン達に料理を教えてるから味見役をお願いしておいた。



誰も使ってなさそうな畑を選んで稽古を開始する。


ダンとシルフィードの剣の稽古からだ。最近俺もやってないので二人でダンに打ち込む。


「おっととと、二人で来られるとキツいぜぼっちゃん」


シルフィードは身体強化してるからな。


「じゃあ俺は稽古してる二人に風魔法で攻撃するよ。見えない攻撃を感じ取れるようになるにはいいだろ?」


「感じ取れたとしてどうやって防ぐんだ?」


「斬ってみれば?」


試しにダンに空気の塊をぶつけてみる。


ブハッ


ダンの髪の毛とクチとほっぺが膨らみ変な顔になる。


「キャハハハッ ご、ごめんなさい」


シルフィードは変顔が笑いのツボのようだ。ダンの変な顔を見て笑いだした。


「ぼっちゃん、ぜんぜん感じ取れねえぞ」


行くよーと合図してから何度もダンに空気の塊をぶつける。シルフィードはその度に真っ赤な顔をしながら下を向いて笑いを耐える。


「何となくわかって来たが、これ実戦で使われたら相当厄介だな。感じとるというより、景色がほんの少し歪むのを見るしかねぇ。ちょっと斬ってみるから合図してから続けてくれ」


ボッ ボッと空気の塊をダンに向かって撃ち続ける。


かなりスピードを上げて剣を振らないと空気の塊が当たるな。少しずつ強めの風にしていく。


ハァ ハァ ハァ ハァ


「ぼっちゃん、こんな攻撃出来る奴いんのか?」


「どうだろうね。風魔法を使えるならこんな使い方しないかもしれないね」


「ならこの稽古無駄じゃねぇか」


「ファイアボールでもいいんだけどさ、髪の毛燃えたら母さん居ないから戻せないじゃん。土魔法でもいいけど当たると痛いよ」


「土魔法もあんな使い方する奴いねぇだろ。もう魔法攻撃の防御はぼっちゃん担当でこっちは攻撃に特化した稽古の方がいいんじゃねえか?」


攻撃魔法の防御ねぇ・・・


バリアみたいな魔法があればいいんだけどな。あ、風魔法で壁作ったら防げるかな?


「ダン、魔銃持ってるよね?今から風魔法で壁作るから撃ってみて。威力はマックスにしちゃダメだよ。シルフィードも水魔法攻撃してみて」



俺は自分の周りに風魔法で壁を作る。台風の目の中に自分を置くイメージだ


ざぁーーーっと土埃と共に風が渦巻き俺の周りに風が吹き荒れる。


ダンとシルフィードがそれに攻撃しているようだが何も見えないし聞こえない。いきなり風を止めると攻撃を食らう可能性があるので徐々に風を弱めていく。


「ぼっちゃん、もっと威力を上げたらわからんが全部風に吸い込まれるような感じだったぜ」


「水魔法も同じです」


「俺からは何も見えないし聞こえなくなるからダメだね。風を解除した時に狙い撃ちされたら終わりだ」


「使えねぇなら先手必勝だな。気配察知で魔法攻撃される前にやる方がいいだろ。囲まれた時は土壁で耐えて体制整えて反撃すりゃいい。それか高速移動しながらの対応だな」


「そうだね。じゃあ的作るから高速移動しながら攻撃する稽古をしようか」


そんな打ち合わせをしていると住民達が俺達に近づいて来た



「さっきの竜巻みてぇなのはぼっちゃん達がやってたのか?」


「あ、ここおっちゃんの畑だった?勝手に使ってごめん。ちょっと稽古場に使わせて貰ってたよ」


「そ、そりゃいいけどよ、稽古って何の稽古だ?」


「春になったら冒険に行くから、その稽古だよ。どんな敵に襲われても問題ないようにね」


「魔法ってあんな事まで出来るのか?」


「まぁね。あれは実験だったけどあまり使えなさそうだからもうやらないけど」


「今から何やるんだ?」


「高速移動しながらの魔法攻撃と剣の立ち稽古かな」


「見ててもいいか?」


「いいけど、離れててね、危ないから」


的をいくつか作り、シルフィードが高速移動しながらその的をファイアボールで射抜く稽古から始める。セルフ流鏑馬だ。


「シルフィード、高速で移動しながらあの的にファイアボールを当ててって。出来るなら的をいきなり燃やしてもいいよ」


シルフィードは身体強化しながら移動して的を撃つがなかなか当たらない。見てる俺は魔法水を作っていき、魔力切れになりそうになる度にそれを飲ませた。人前で魔力補充するのは止めといた方がいいからね。



知らぬ間にギャラリーが増えてる・・・


あの嬢ちゃんすげぇなとか聞こえてくる。



「なかなか当たりません。何かコツみたいなのありますか?」


「移動しながらだと移動する力が加わるからその分ずれるんだよ。そのズレを予測して攻撃するんだ」


「ぼっちゃん、やって見せてやれよ。シルフィードも見た方が早ぇんじゃねぇか」


こんなにギャラリーのいる中でやるのか・・・


スタート位置について高速で移動しながらボン ボン ボンと撃って当てていく。おおおぉーーという歓声が上がるのでまるでショーのようになってしまう。


戻ってきてシルフィードに移動しながらの軌道を地面に描いて説明してやり、もう一度トライだ!


少しずつ当たるようになり、今日の稽古は終了。


わぁぁぁぁっ!


「嬢ちゃん、可愛い顔してすげぇな」


「い、いえ、そんな。まだまだです」


「いゃあ、大したもんだぜ。まだ子供だってのによ。さすがぼっちゃんと一緒にいるだけのことがあるぜ」


シルフィードは年齢的にはいい大人だけど見た目はチッチャと変わらんからな。すっかり子供扱いだ。



「おっちゃん達、明日集まるの覚えてる?」


「あぁ、バッチリだぜ。明日は何を見せてくれんだ?」


「見世物じゃなしに説明だよ。これからやっていくことを話すよ」


すっかり見世物と化してしまった稽古を終えて小熊亭に戻ったらミーシャはとても幸せそうな顔をしていた。



「ぼっちゃん、唐揚げとクリームシチューはもう大丈夫です。餃子とかも出していくならこの人数だと厳しいですね」


「そうだよなぁ。でも焼き鳥だけだとずっと流行る保証はないしね。セレナさん、まだ人を雇っていくつもりはある?」


「いい人がいればそうしたいですけど、料理を作れる人なんてどうやって探せばいいかわかりません」


そうだよな。東の街なら店の前で募集かけたら誰か来そうだけどここだとまだ無理だな


「ジロンさん、誰か串焼き上手い人でここでやってもいいよという人いない?」


「そうだなぁ・・・」


「ただいまぁ」


「あれ?ベント。フランクフルトは?」


「もう売り切れた」


小熊亭の開店前に100本があっという間に売り切れたらしい。


「特に問題なかった?」


「屋台に行ったらもう行列出来ててさ、また嫌な顔をされたよ。謝ってきたけどね」


「いらっしゃいませー」


こっちももう客がやって来やがった。そのままベントも手伝いに入り、なしくずし的に俺達も手伝うことになってしまった。


大人数で対応した為、大量販売になった。焼き鳥のストックも底を突いたので明日は臨時休業することにした。



「これからどうしようね」


人手も増えないし、仕込みをする時間も取れない。ベントの屋台も開店前から並ばれると手の打ちようがない。嬉しい誤算だけど参ったな・・・ フランクフルトも人気が出るだろうと思ってはいたがここまでになるとは想像がつかなかった。いくつかの屋台に声を掛けてフランクフルトを卸そうにも在庫の確保が難しい。牛の腸にも限りがある。元の世界みたいにケーシングがある訳でもないし・・・



「ジロンさん、さっき言ってた誰かいい人がいないの?」


「貸し屋台でやってるやつらならここでやる奴いるかもしれん」


なるほど、それなら小熊亭問題は解消出来るかな。サーブする人は住民に声かけたら来てくれる娘とかいそうだし。


「じゃあ、それで行こうか。ジロンさんは貸し屋台で腕も人柄も良さそうな人探して来て。チッチャは友達とかで働きたい人とか知らないかな?」


「うん、他の街に働きに行ってる子に声掛けてみる。畑とかやってる子は難しいかもしれない」


他の街に働きに行ってる子か。給料とか同じだけ払えるかな?それはセレナに考えて貰おう。


「後はベントの屋台の問題だね。今のところ手の打ちようが無い」


「他の所でも販売してもらうとかはダメかな?」


「フランクフルトは在庫がそこまで確保出来ないんだよ。肉屋に相談して1日にどれくらい作れるか確認するけど、腸の確保が難しいと思うんだ」


「それなら牛串に切り替えるか?」


「仕込みに時間取られるぞ」


「そっかぁ。売れたら売れたで問題が出るもんなんだな」


「そうだね。他から見たら贅沢な悩みだけどね」


「値段を上げて客を減らすってのはどうだ?」


「いくらぐらいに?」


「倍の銅貨10枚でやってみて試すよ。それでまったく売れないなら少しずつ下げていく」


おぉ、ベントが自発的に提案するとか成長してんな。


「それでやってみようか。明日は屋台を休みにして、明後日から値上げ予告の看板出しておこう」



<仕込みの為臨時休業します。明後日より原材料高騰に付き1本銅貨10枚になります>



「この看板を出して来て」


ベントに予告看板を出させに行かせた。もうこれで様子を見るしかない。



「出して来たぞ。隣の屋台にこんな値上げするのかと驚かれたけどな」


「まぁ仕方がない。社会勉強の為の屋台だからな。割高な物を売るのも勉強になるからいいんじゃないか」


「それもそうだね。頑張って売れるようにやってみるよ」


うんうん、そうしてくれ。


「あ、忘れてた。これ学校で使ってみるか?」


「なんだこれ?」


「ペンにインクを仕込んであるんだよ。わざわざインク付けながら書く必要の無い万年筆ってペンだ。この辺の開発が終わったら販売始めるよ。これは試作品ってやつだからまだ非売品だな」


「凄いなこれ」


「思ったより作るの難しくてな。おやっさんと試行錯誤しながら作ったんだ。誰かに欲しいとか言われたら1年は待てと言っておいてくれ。セレナさんも使う?」


「え?いいんですか?」


「まだ試作品あるから大丈夫だよ」



閑散期にも拘わらず、盛況な小熊亭とベントの屋台は嬉しい誤算に頭を悩ませながら対策を進めていくことになった。



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