第359話 屋敷の体制が整っていく

「ゲイル様、ロドリゲス商会の者が参りました」


カンリムに伝えられたゲイルはロドリゲス商会の人に会いに行く。


「ありがとうね」


「立派なお屋敷ですね」


「そうだね。落ち着かないんだよ」


「ディノスレイヤのお屋敷より大きいですもんね。あ、どちらへ運びます?」


「厨房へ直接運んで。あと悪いんだけど週に1回くらいうちのコックに注文聞きに来てくれない?」


「もちろんです。西の街に店が出来たら毎日でも来ますよ。珍しいものが入って来たら確保しておきますか?よく分からないものとか入って来るんですよ」


「食材関係なら持ってきて。何か見てみたいし、使い方分かるなら教えるから」


「了解です」


頼んだもの以外に調理器具一式を持ってきており、必要な物はありますか?だって。大番頭が気を利かしてくれたみたいだ。すっかり頼むの忘れてたよ。こういうところがザックと違うんだよなぁ。全部買うことにしたけど思ったより安かった。値引きしてくれたんだろうな。



ロドリゲス商会が終わったら次だ。


「ゲイル様、お客様がお見えです」


「ゲイル殿、こちらのコックの研修担当で来ました」


「え?副コック長が来てくれたの?エイブリックさんところ大丈夫?」


「問題ありませんよ。どうしても手が足りない時は戻りますけど、しばらくは大丈夫です。ポッドも新人を自分のライバルとなるように育てろとヨルドコック長から発破をかけられましたから。こちらも頑張りますよ」


「ありがとう」


副コック長の名前知らないんだよなぁ。なんて紹介しよう・・・


取りあえず厨房へ向かうとブリックがパリス達に調理器具の説明をしていた。


「ブリック、パリス。エイブリックさんの所の副コック長が指導に来てくれたよ。こっちはディノスレイヤ領でうちの屋敷のコックをしているブリック。こっちはここのコックのパリスと・・・助手の人・・・」


女性二人の名前も覚えてなかったわ。ごめん


「初めまして副コック長。ブリックです」


「シュミレだ。ゲイル殿の手解きを一番受けている貴殿とお会いしてみたかった。宜しく頼む」


「パ、パリスです」「ロンドです」「イタリです」


女性二人はロンドとイタリか。惜しいな。ローマならバッチリだったのに。



「シュミレさん、ブリックには世話になってる宿のコックの指導に入ってもらうんだよ。パリス達の指導をお願いしていいかな」


「わかりました。パリス達、ゲイル殿の料理を全て覚えて貰う。少々厳しいと思うがしっかり付いてこい。専門ではないが菓子も覚えてもらうからそのつもりでな」


頼もしいな。さすが副コック長だ。指導慣れしている。ヨルドに感謝だな。


「あとはお任せしていいかな?ブリックは明日は王都内の視察、明後日から小熊亭の指導を頼むね。今日はシュミレさんと一緒にこっちの指導に入って。パリス達はシュミレさんの指導の元、屋敷の人と使用人達のご飯を作ってね」


「使用人のご飯ですか?」


「そう、同じ物でいいから」


「シュミレさんはここまで通うの?それとも住む?」


「住むとは・・・?」


「通うの面倒なら部屋たくさんあるからここに住んでも大丈夫だよ。護衛騎士のホーリックさんが衛兵団長をしてくれててね、家が遠いみたいだからここに住んでもらうんだよ」


「護衛騎士の方がこちらに住まれるのですか?」


「今日仕事が終わったら来ると思うよ」


「では自分も指導している間はこちらに住まわせて頂いて宜しいですか?」


「じゃあ後でカンリムに案内させるよ」


「いえ、使用人の部屋で構いません」


「ダメ、他の使用人が気を使うから客室ね」


「そういう事でしたら・・・」


「春になる前に屋敷の改装が終わると思うから、それが終わったらエイブリックさんとか食事に招待しようと思うんだけど、それまでに非番の護衛騎士達が遊びに来ると思う。余ってもいいから食材多めに仕入れといて。使いきれなさそうなら保存魔法かけるから大丈夫」


「保存魔法も使えるのですか?」


「宮廷魔導士のシャキールさんに教えて貰ったんだよ。野菜とか季節外れの奴が欲しかったら遠慮なく言ってね、作るから」


「わかりました。まだ先の事ですが、招待されるのはエイブリック殿下だけですか?」


「ヨルドさんとか呼んだ方がいい?というかヨルドさん達はいつ来てくれてもいいんだけど」


「いえ、殿下だけお誘いになられると陛下のご機嫌が・・・」


「あー、そうだね。でもドン爺が来たら大騒ぎにならない?エイブリックさんだけなら上手いこと来てくれそうなんだけど」


「そうですね・・・」


「じゃあエイブリックさんに判断してもらおう。それでドン爺が来れなかったらエイブリックさんのせいにするから」


「そうしましょう」


責任は誰かに押し付けておくことに限るのだ。


パリス達は俺とシュミレの話が飲み込めず、ただボーッと聞いていた。



厨房は任せて自分の部屋というか執務室に移動。ダン、ミーシャ、シルフィードにガリ版で罫線を印刷していってもらう。これがあるとフンボルトが喜ぶだろう。


俺は筆記体とブロック体の一覧表を作っていく。


「ぼっちゃま、これなんですか?」


「古文書の文字だよ。元々同じ文字なんだけどね、続けて書くと早く書けるからこういう文字が使われてたんだ。シャキールさんにこれを教えないといけないんだよ」


「ぼっちゃまは古代文字が読めるんですか?」


「読めるけど、分からない言葉がたくさんあってね内容は分からなかったよ」


「読めても分からないなんてことあるんですね」


「そうだね。もっとちゃんと勉強しておくんだったと今回初めて実感したよ」



ダン達が印刷してくれた罫線の入った紙をフンボルトに渡すと大喜びだった。そろばんの使い方も教えていかないとな。




ホーリックが身の回りの物を持ってやって来たから皆でご飯を食べよう。


「さすがはゲイル様のお屋敷です。とても美味しいですねぇ」


「今日からエイブリックさんとこのコックが指導に来てくれたんだよ。」


「エイブリック殿下のコックがですか?」


「そうだよ。副コック長のシュミレさん。指導してくれてる間ここに住むから宜しくね」





ー皆の食事が終わった後の使用人食堂ー


「ロンドもイタリも何ぐったりしてんの?」


「今日から違う所からコックが来てさぁ」


「え?あんたらクビなの? 」


「そうじゃなくてしごかれてんの」


「しごかれる?」


「新しい料理を覚えろって」


「へぇ、良かったじゃん」


「良く無いわよ。何言ってるかちんぷんかんぷんよ。当主様のディノスレイヤから来たコックは優しいんだけど、今日来たコックはめちゃくちゃ厳しいのよ」


「じゃあ、その優しいコックに教えてもらえばいいじゃん」


「その人は違う所に行くんだって。私達の指導は今日来た方。ここに住むんだってさ」


「えっ?マジで。ここでのんびり出来ないじゃん」


「当主のぼっちゃんが他の使用人が気を使うから客室を使えって言ってくれたからここには来ないよ」


「へぇ、当主のぼっちゃん、気が利くじゃん」


「衛兵団長もここに住むんだって」


「ぼっちゃん、寂しいんじゃないの?まだ5歳とかでしょ。家族以外の人をどんどん連れて来るじゃない」


「あんた達もそのうちしごかれるんじゃないの?その内の一人は専属メイドみたいよ。一緒にご飯食べて客室に部屋貰ってるからそうとう上のメイドだと思う」


「え?マジで?」


「おい、ロンド、イタリ。手伝え。今日作った料理を一つここで作るぞ」


「え?あんた達で作ってくれるの?」


「簡単なやつからここでも作っていけとさ。お前らびっくりするぞ。お屋敷の料理と同じ物を使用人にも食わせろだと」


「何それ?そんな良いもの食べさせてくれんの?」


「食材の仕入れを庶民街からするようになったんだ。俺達の分も仕入れても前より断然安いらしい」


「なんだ食材の質を落としたってわけ?」


「いや、逆だ。こっちの方が新鮮だし質がいい。仕入れ先で当主の名前出したらめちゃくちゃ歓迎されたわ。それに酒屋からも俺達の好きな酒買っていいと言われてな」


「何それ?」


「わからん。今から簡単に出来るやつだからそれ食ってみろ。あとパンも信じられんくらい旨い」



パリスはロンドとイタリに手伝わせながら鶏肉のマヨ焼き、ベーコンとじゃがいものスープ、ロールパンを作る。



「な、何これ・・・?こんなの食べたこと無いよ。イタリ達はこんなの先に食べたの?」


「今、初めて食べた・・・。こんなに美味しいなんて・・・」


「ねぇ、ねぇパリス。こんなのが毎日食べられるの?」


「そうみたいだ。そのうち客がしょっちゅう来るようになるから他の使用人達にも自分で作れるように教えていけと言われている。お前らパンとか早く覚えていけよ」


「こんな柔らかくて美味しいパンあたしらにも焼けるの?」


「今までのやり方から少し手順が増えるが基本は同じだ。これが出来たら他のも作れるようになるらしい。ここの改築が終わったら厨房設備を屋敷と同じにしてくれるんだと」


「え、本当に改築してくれんの?」


「連れて来た職人が色々調べてただろ?一度ディノスレイヤ領に戻って準備してまた戻ってくるらしい。風呂も本当に作ってくれるみたいだ」


・・・

・・・・

・・・・・



「何考えてんの・・・・?あのぼっちゃん」


「さぁ?ただなんかやると言ったら、すぐに手が付けられて始まるぞ。お前らもなんか言われたらそうなると思っとけ。あっという間に巻き込まれていくからな」


「え・・・・?」


「なんでパリスはぼっちゃんの言うこと信じるようになったの?」


「今日から指導に来たコックは誰だと思う?」


「ぼっちゃんがどっかから連れてきたんでしょ?」


「エイブリック殿下専属コックの副コック長だ」


「エイブリック殿下?」


「ウエストランド王国の第一王子様だ」


えええええええぇえっ


「な、なんでそんな人がぼっちゃんの一声で来るのさっ」


「ぼっちゃんが殿下のコック達に料理を教えたらしい」


「えっ?」


「王家の社交会で出される新しい料理は全てぼっちゃんが教えたらしい。それを俺達に全部伝えるから死ぬ気で覚えろと言われたよ」


「何者なのあのぼっちゃん?」


「わからん。それに今日からここに住む衛兵団長は王家の護衛騎士だとよ。そのうちその他の護衛騎士達が遊びに来るからと。あと屋敷の改装が終わったらエイブリック殿下を招待するらしい」


「え?第一王子がこんな所に来るの?」


「あの感じじゃ本当だと思う」


「・・・あたしらヤバいんじゃない?」


「いつ何を言われてもいいように心の準備をしとけ。俺は覚悟を決めた。やるか死ぬかだ」


他の使用人達はそのパリスの言葉を聞いて青ざめていたのだった。




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