第355話 閑話 ゲイルを取り巻く裏側

ー元ベンジャミン邸 使用人の食堂ー


「俺達の食堂やら風呂とか言ってたけど、今度の当主は何考えてんだ?」


「さぁな、西の辺境伯様のご子息様だろ。ボンボンの気まぐれじゃねえか?」


「パリス、なんか作って。お土産とか言ってたこれ飲んでみたいの」


「ジャガイモでも自分で湯がけ」


「連れて来たコックってまだ若造だったよな。どんなんだ?」


「なんかあれはあるか?とかこれはあるか?とか言われたけど全くわかんなかったぜ。おまけに焼いた肉が生焼けでよ」


「生焼けの肉?そんなの出したのか?」


「カンリム様まで食べてたけどな」


「わぁ、これ美味しいー。こんなの始めて飲んだわ」


「リンゴの酒ってたか?旨いのか?」


「飲んでみなよ。これすっごく高いやつなんじゃない?」


「どれどれ? お、確かに旨いが酒というよりジュースだな。女向けだな」


「確か、この樽のはきつい酒だと言ってたな。ちょっと飲んでみるか」


がっ、コホッゴホッ


「なんだこれ、喉が焼けるみてぇだ」


「どれどれ」


ゴホッゴホッ


「本当だ。これ本当に酒か?」


「そういや水かお湯で薄めろとか言ってなかったか?」


「寒いからお湯で薄めてみるか」


「なんだこの匂い。いい匂いだぞ。パリス何かわかるか?」


「いやわからん。ちょっと飲むぞ」


くっくっくっ ぷはっ


「どうだ?」


「めちゃくちゃ旨い・・・」


リンゴ酒を飲んでた女性陣達も試す。


「うわ、あったまるぅ」


「本当だ。こりゃ旨いし温まる。これもしかしてめちゃくちゃ高い酒なんじゃねーか?」


「バカねぇ、使用人にそんな高いもの渡すわけないわよ」


「いや、こっちの厨房にも同じ樽が運ばれてたぞ。お客様用だって」


「パリス、本当か?これと客用が同じ?使用人と客用が同じ?」


「あぁ、間違い無い。運ぶ時にどの樽か指定されなかった」


「なんなんだ?前の当主は俺達にエールはおろかジュースもくれたこと無かったぞ」


「まぁいいじゃない。当主様ごっこも。こうやって美味しいものくれるなんてラッキーと思ってたら」


「そうだな。その内辺境伯様にボンボンが怒られて前みたいになるだろ」


使用人達はボンボンのお遊びだと割り切って酒を楽しんだ。



ーフンボルトの部屋ー


「うーむ、これは凄い。自動でインクが出てくる魔法のペン・・・。これは魔道具なのか?それにこの魔導ライト。夜でもこんなに文字が見やすい。このそろばんというのはどのように使うのだろうか?その内使い方を教えると言ってたが・・。あとあの生焼けの肉は美味しかったな。ディノスレイヤ家のコックは他に何が作れるのだろうか?」


フンボルトは万年筆で意味も無く円を書いたり、魔導ランプの灯りを点けたり消したりしていた。



ーカンリムの部屋ー


「ゲイル様とはいったいどのような方なのでしょうか・・・。由緒あるベンジャミン家を追い落とした方とは聞いていましたが、王家との繋がりもお強いようですし、初めてこちらに来られた時はエイブリック殿下の執事が直々に案内されてましたし・・・。使用人を仲間などと言われた貴族も初めて・・・。しばし何か裏が無いか注意せねば」


カンリムはゲイルが連れて来た客人がドワーフ3名に庶民の娘が3人。うち二人は食事の時も帽子を脱がない礼儀しらず。残る一人はメイドのようだが当然のようにあるじと食卓を共にするのを見て何か裏があるのではと疑っていた。



ー衛兵団詰所ー


「団長の態度見たか?」


「はい、陛下に対しているのかと思いました」


「そりゃあ、陛下の護衛をされていた方だからな。しかし、子供にあんな態度を取るとはな」


「どのようなお話を?」


「いや、団長はこの仕事を志願したと言ってたぞ。栄誉ある任務だと」


「飛ばされて来たんじゃないんですか?」


「いや、あの目は本気だった。近いから家に住むかと言われて感動すらしてたぞ」


「え?団長って貴族街の東ですよね。あんな格の高いところより西の庶民街に近い所に住むんですか?」


「めちゃくちゃ喜んでたぞ」


「西の街って前まで男爵位が管轄されてましたよね?団長の方が爵位上なのに・・・」


「この世を統べる者とか言ってたけど訳がわからん。あと団長が貰った黒いペンには絶対触るなよ」


「どうしてですか?」


「家宝にするそうだ。絶対触るなと言った目がマジだった。これは他の者にも言っとけ」


衛兵副団長は一緒に南から異動してきた部下と今日の話をしていた。



ーエイブリック邸厨房ー


「いいか、俺達もゲイル殿と始めて出会った時に料理勝負をして思い知らされた。ゲイル殿の料理はまるで異世界の料理だ。そういう奇跡のレシピを覚えろいいな」


「はいっ」


「シュミレ、お前にはゲイル殿の屋敷のコックにすべて伝えて来い。ゲイル殿への恩返しだと思え」


「承知しました」


「ポッド、お前はこいつに全て教えろ。自分の競争相手を自分で作れ」


「わかりました。」


エイブリック邸のコック長ヨルドは気合が入っていた。王邸のコック長が自分より上の料理を作った優秀なコックを蔑ろにしたのが許せなかったのだ。ゲイルへの恩返しと共に私怨で王とエイブリックへの反抗とも取れる行為をしたことを思い知らせると誓うのであった。

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