第344話 屋敷を事務所に
「ゲイル様はスカーレット家とも懇意になさってたんですね」
「スカーレット家はよく知らないけど、去年の休みにベントがマリさんをうちに連れて来たんだよ」
「えっ?ベント様とマルグリット様がそのようなご関係なのですか?」
「違う」
即座に否定するベント。
「その前にベントが東の辺境伯領でお世話になってね、そのお返しってとこかな。ぞろぞろ護衛を連れてくるし結構大変だったよな」
「お前ノリノリで護衛達の訓練したじゃないか。僕まで巻き込んで」
「一番ノリノリだったのは母さんだよ。最後のは死ぬかと思ったんだぞ。父さんには背中から斬られるし」
「ぼっちゃんも俺たちに無茶苦茶したじゃねーか」
「俺一人で父さん、母さんの相手出来るわけないだろっ、ダンまで俺の敵に回りやがって」
「アイナ様に命令されたんだよっ」
「き、斬られたとか・・・なんの話を・・・?」
フンボルトは想像の範囲を超えた話に付いていけない。
「マリさんの護衛達に実戦さながらの訓練したんだよ。それが最後は俺一人でマリさんを守りながら父さん達と勝負みたいになってさ・・・」
今思い出しても腹が立つとフンボルトに愚痴った。
「す、凄まじいですね・・・」
「まぁ、それだけぼっちゃんが強いってこった。フンボルトも間違ってもぼっちゃんに勝負を挑むなよ。一瞬で殺されっぞ」
ダンが冗談でフンボルトに言った殺すと言う言葉にドキッとする。
大丈夫。殺したいとかいう衝動は無い
「しょ、勝負なんて挑みませんっ」
青くなって答えるフンボルト。
食べ終えたベントはさっさと仕込みに戻って行ったので俺たちも動こう。
「ソドムさん、事務作業する場所はどうしてんの?」
「いえ、特に決めておりません」
「じゃあ、あの屋敷を事務所にしようか。決まった場所がある方がいいからね。屋敷のご飯がどんなのか知らないけど作って貰って。それかここに食べに来てもいいし」
「ぼっちゃん、初めは一緒に行ってやった方がいいんじゃねえか?向こうも戸惑うだろ?」
「それもそうだね、じゃあ今から行こうか」
フンボルトはソドムの後ろに乗り馬で向かう。
「お帰りなさいませゲイル様」
「カンリムさん」
「私共にさん付けは不要です。カンリムとお呼び下さい」
「あー、カンリム。ソドムさんとフンボルトにここを事務所として使って貰うから。それと二人の寝室もお願い」
「かしこまりました。事務所は二部屋ご準備させて頂いた方が宜しいでしょうか?」
「カンリム殿、一部屋で構いません。机は二つあると助かります」
「承知いたしました」
事務所として使われる部屋に案内して貰い、机もすぐに手配してくれる。
「ゲイル様、ありがとうございます」
「初めからこうすれば良かったね。夜まで仕事することが出てくるかもしれないけど暗そうだね」
「いえ、そうでもありません。こちらに魔導ランプもございますし」
この魔導ランプ、ランタンと変わらんな・・・老眼になり始めると暗いとぜんぜん見えないんだよね。
「そのうち工事するからそれまで我慢してね。カンリムさ・・・カンリム。厨房に案内してくれない?」
「厨房でございますか?食堂でなく?」
「そう厨房。コックもそこにいる?」
「はい、いると思います。どうぞこちらへ」
厨房に案内されるとホテルの厨房みたいに広かった。エイブリック邸には劣るけどかなり立派だ。
「こちらが通常使われている厨房にございます。晩餐会が行われる時は別の・・・」
晩餐会とかやってたのか。貴族はどこでもそうなのかな?
「いやここでいいよ」
「こちらがメインのコックでございます」
メインのコックが男性、助手3名が女性か。
「こ、このような場所に・・・」
「あ、職場にごめんね」
「い、いえ。当主様を非難したわけでは・・・」
やけにびくびくしてんな?
「えっと、ごめん。名前なんだっけ?」
「ぱ、パリスです。ここでメインコックをしております」
「パリス、この屋敷を街の発展事業の事務所として使う事になったんだ。二人の文官が常駐するからご飯が必要な時は作ってあげてね」
「かしこまりましたっ」
「あと使用人達のご飯って誰が作ってんの?」
「使用人は自分たちで作っております。カンリム殿の食事はここで作ります」
「了解。もうすぐしたらディノスレイヤに戻るけど、帰って来たら料理教室をしようか。使用人達の中でも新しい料理に興味がある人に声かけておいて。あと皆酒とかどこで飲んでるの?」
「それぞれが買って来て部屋で飲んだりしております」
「わかった。カンリムも飲む人?」
「嗜む程度でございますが」
「じゃ、戻って来るときにお土産買ってくるよ。女の子達も飲むんだよね?」
「は、はい」
「じゃあ帰って来るの楽しみにしてて」
「カンリムの仕事は書き物多い?」
「そうでございますね。比較的多いです」
「じゃ、カンリムにもお土産作って来るよ。楽しみにしててね」
使用人達にお土産を買ってくると言った事になんの事か理解出来ていなかったようだった。
ソドムとフンボルトに挨拶してから小熊亭に向かうと常連客がもう足湯に浸かってダベってやがる
「お、やーっと帰って来やがった。あの火打石な、母ちゃんめっちゃ喜んでやがったぜ。買って良かったわ」
「機嫌取れたんだ。良かったね」
準備しながら話を聞く。
「ぼっちゃん、火打石売り切れたって本当かよっ、俺も欲しいって言ってたのによぉ、ひでぇじゃねぇか昼間に全部売っちまうなんてよ。母ちゃんにどやされてんだ。なんとかしてくれよっ」
「ちゃんと取ってあるよ」
「ホンとかっ!?」
「今持って来るからね。銀貨1枚だよ」
ひぇー助かったぁと言って銀貨を払った。良かった残しておいて。他にもいるかもしれないな・・・
それからも同じような会話が続き、在庫が無くなった。本日金貨1枚の売上だ。
店の終わりかけにガンツが来た。蒸留酒が無いのでエールと焼き鳥を楽しんだ後、
「火打石を売ってると聞いたんだが」
やべ、ガンツも欲しいって言ってたっけ・・・?
「こ、これ俺使わないから・・・」
ゲイルはこっそりと自分の火打石をあげたのだった。
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