第343話 ベントがマルグリットを連れてきた

俺達の分完成っと。


「チッチャ、これ運んで。お母さんとジロンの分はチッチャが作ってあげてね」


「わかった」


パンとバターを持っていくとカッコカッコと馬車の音が聞こえてくる。ここを馬車が通るとは珍しいなと思ってたら小熊亭の前に停まり、ベントが入って来た。ちょっと気まずそうな顔をしている。


「ベント、誰と来たの?」


ポリポリとベントは頬を掻く。


「ゲイル、久しぶりね。王都にいるならいると教えなさいよ」


なんでマルグリットを連れて来るんだよ・・・


どうやら毎日学校が終わるとすぐにいなくなるベントを不思議に思ってマルグリットが問い詰めたらしい。


「こちらがソドム・ステートさん、こっちがフンボルト・デーテ。あちらはマルグリット・スカーレット嬢。東の辺境伯の娘さんだよ」


「ごきげんよう」


「は、初めましてっ!私はフンボルトと申します。中央で文官をしておりましたっ」


フンボルト、俺に対する態度とずいぶんと違うじゃないか?


「あら、中央の文官がなぜこちらに?」


「はいっ、ゲイル様の仕事を手伝うように任命されて参りましたっ」


「ゲイルの仕事・・・?」


「マリさん、飯食いながら話すよ。お昼ご飯食べた?」


「あら、ご馳走して下さるのかしら?」


「簡単なやつだけどね。護衛はビトーさんたち?」


「そうよ。ビトーともう一人いるわ」


「じゃあ、馬車はそのへんの閉まってる店の前でも停めておいて」


ベントを入れて4人分追加だな。



「チッチャ、ごめん。お母さん達の分は具から作ってくれるかな?お客さん来ちゃった」


「わかった。大丈夫だよ」


今運んだ俺の分はベントに、ダンは自分の分をマルグリットに渡した。


急いで4人分を作っていく。


「やっぱりゲイルの作る料理は美味しいですわね」


「あ、あのマルグリット様はゲイル様とどのようなご関係で・・・?」


東の辺境伯は名門中の名門だ。そのお嬢様が庶民街までゲイルに会いに来たことが信じられなかったフンボルト。


「あら、私がゲイルと呼び、ゲイルは私の事をマリと呼ぶ。その意味がわからないかしら・・・?」


「えっ、それって・・・」


「お嬢様っ!」


フンボルトの反応にクスクス笑うマルグリットにビトーが渋い顔をする。


「マリさんはベントのクラスメイト。それだけだよ。マリさんも変な事を言うなよ。フンボルトの頭が混乱してるじゃないか」


新しいオムレツを持ってくるとマルグリットがフンボルトをからかっていた。


「あら、私は何も言ってませんわ。フンボルトが勝手に妄想しただけですもの。まぁそれも当たらずとも遠からずと言ったところかしら」


クスクスクスクス



「ベント様は社会勉強の為にこちらで焼き鳥を焼かれてるのね。それが成績が上がっている秘訣かしら?」


「それもあるけど、ゲイルに計算方法を教えて貰ったんだ。だから計算が速くなったんだよ」


「計算方法を習った?ベント様、計算方法は義務教育でも習いますよね?」


「ゲイルの計算方法はちょっと違うんだ。そっちの方が断然速い」


「違う計算方法とはどのような?」


首席で卒業したフンボルトは気になるようだ。


ベントは九九から説明する。


「なんですかその呪文のような計算方法はっ」


「これを基本に覚えておくと計算が速くなるんだよ。例えば8×8は8を8回足すでしょ?」


「え、ええ」


「それを覚えておくんだ。ぱっぱ64とかで」


二桁になったらこうとか説明していくベント。よく出来てるぞ。


「な、なんてことだ。自分は誰よりも暗算が速く出来るように努力したのにそれよりも速く出来る方法があるなんて・・・」


「へぇ、ベント様はそんなズルされてたのね」


「ズルじゃないよ。計算方法の違いだよ」


「ズルですわ。これを教えて下されば私ももっと楽になりましたのに」


ぷんすかマルグリット。


「フンボルトは帳簿の計算するときに全部暗算でやってるの?」


「それもありますが、メモを書きながらやります」


「じゃぁ、そろばんも作ってくるよ」


「そろばんとはなんですか?」


「帳簿は基本足し算と引き算だろ?メモを取る代わりのものだよ。慣れたらそれで頭の中でも使えるようになるから。メモより楽になるぞ」


「あ、ありがとうございます・・・?」


まぁなんの事かはわからんわな。


「それは私にも下さるのかしら?」


「いいけど、練習が必要だよ」


貴族令嬢がそろばんを弾く姿が想像出来ない・・・


「そうそう、中央の文官がなぜここにいるか教えて下さる?」


「今年から西の庶民街を発展させる事になったんだよ。その手伝いをしてくれるのに来てくれたんだ」


「ゲイルが庶民街の発展を?なぜ?」


「さぁ?」


「そう言えば王都の小麦の生産が落ちてると聞きましたけど、それと関係するのかしら?」


さすが領主コース首席。よく知ってんな。


「マリさんに連作障害の話をしたことあったろ?スカーレット領でも発生してるやつ。あれも王都で起こり始めてるんだよ。そのうち食糧不足になるかもしれないから今から手を付けていかないとってとこ」


「やはりそうですのね。いつから始めるのかしら?」


「今年は調査と試験だね。春から冒険に出るから本格的には帰って来てからになるよ」


「そう、来年の春には本格的に始まりますのね?」


「その予定」


「私にも手伝わせて下さらない?食糧問題はここだけではありませんの」


「それじゃ農作業出来る人を確保しておいて。一緒にやれば覚えてスカーレット領に戻っても同じ事が出来るから」


「そんなに簡単に引き受けていいんですの?」


「スカーレット領の農民が苦しんでるのをなんとかしたいんでしょ?元々種も分けるって約束してたし、それならやり方も学んでもらった方が早いし」


「ゲ、ゲイル様の秘策をそんな簡単に・・・」


フンボルトが言うことも解る。俺も商売人なら教えない。


「商売はそうだけど、主食の生産は人の命が掛かってるからね。食べるものが無くなると国が荒れるし、犯罪も増える。ここだけどうこうって問題じゃないんだよ。こうやって信じてやってくれる人が増えるのはいいことなんだよ」


「それはそうですが・・・それは国や領主が考えることであって・・」


「ほら、考えてもわかんないことってあるじゃない。手を打たないといけないのがわかってて自分では出来ない、そんな時はどうするんだっけ?」


「出来る人を探す・・・」


「正解!マリさんはそれを俺に求めたんだよ。それだけの話だ。少し前に農作物が育たなくて税が払えずに命を懸けて村の全員で村を捨ててディノスレイヤに来た人達がいるんだよ。あの人達を見たら損得じゃないと言うのが理解出来るよ。フンボルトも頑張って仕事をしてても報われず、どうしようもなくなって他国まで歩いて仕事を探しに行くことを想像してみなよ」


・・・

・・・・


「農民達は現実にそういう問題に直面してるからね。だから秘策であっても隠す必要のないものなの。それにスカーレット領が敵とかじゃないし。同じ国の人達だろ?」


そう言った後にマルグリットにぎゅっと抱きしめられた。


「ゲイル・・・・」


「ちょ、ちょっとマリさん・・・」


「お、お嬢様っ!」


「ありがとう。うちの領民を守ってみせるわね」


「うん、そうしてあげて。でも手伝いに来る人の給料はそっち持ちだからね」


「もちろんですわ」


俺を解放したマルグリットは笑顔に涙を浮かべていた。




カッコカッコカッコカッコ


「お嬢様、ゲイル様がスカーレット領の領主になって下されば・・・」


「ビトー、ゲイルはもうディノスレイヤ領の人間というより国の人間よ。例え東の辺境伯領主の立場を用意しても無理でしょうね」


「そ、そうかもしれません」


「それにいっそ私が嫁ぐという手も残ってますし」


クスクス


「お、お嬢様には領主様が婚約者を・・・」


「西の庶民街がどう発展していくのか楽しみですわ。きっと貴族街を凌ぐ街になると思いますもの。あとこの件は自然とお父様の耳に入るまで黙っておいてちょうだい」


ビトーの言葉には聞こえないフリをしてクスクスと笑うマルグリットであった。



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