第342話 フンボルトの心境
「わ、私は学校を首席で卒業し、文官のトップにぃぃぃ」
「そいつぁすげえな。ほれもっと飲め飲め」
ゴッゴッゴッゴ ぷはぁ
「そ、それがこ、こんな所にににに」
「こんな所がどうしたっ?」
「来てしまったのであります」
ゴッゴッゴッゴ
「なんでぃ、ここが気に入らないねぇってのか?」
「エールが旨っ ひゃっひゃっひゃっっ ひゃーはっはっは こんな所はエールがうまーーーい」
「そうだろ、そうだろ。ここのエールは旨いんだ。ほれお代わりだ」
ゴッゴッゴッゴ
「ぷはっーー! 約束しよう!私がここを一番の街にすると」
立ち上がって腕を突き上げて宣言するフンボルト。
「お、頼んだぜ中央さんよっ」
フンボルトは酔うとああなるのか。面白いな。
ソドムはしっかり飲むのをコントロールしてるな。躱し方も上手いし住民の話をよく聞いている。
二人とも開店から閉店まで入れ替わり立ち替わりする住民達と同じ事を繰り返していた。
「あーあ、完全に潰れちゃったね」
閉店した後、フンボルトはふにゃふにゃ言いながらダンに食堂へ運ばれていた。
「中央の文官は常に競争ですから、このように気兼ねなく飲める機会がありません。同僚と飲みに行っても気が許せないのです」
「足の引っ張り合いとかあるの?」
「日常茶飯事ですよ。何かミスがあれば仕事を奪われますし、それは家の行方を左右しますので」
個人だけでなく、家を左右するのか。それはプレッシャーだな
「フンボルトがここの担当になった時、周りからなんか言われたりしたの?」
「はい、首席卒業も都落ちしたと陰で笑うものが多数。中央から庶民街に直接携わるような仕事は今までありませんでしたから、中央では左遷と噂されております」
そうなのか。初め機嫌が悪かったのも仕方がないな。
「ソドムさんは何も言われなかったの?」
「私はお払い箱扱いでございますね」
「なんでこの仕事を受けたの?」
「エイブリック殿下は非常に聡明なお方でございます。中央に直接口出しをされることはほとんどありませんが、直々にお声掛け頂いた名誉もございますし、きっと何かあるのだろうと期待して参りました」
「そうだったんだね。ちなみに中央のトップって誰なの?」
「一番の上は陛下でございますが、実質は宰相様でございます」
ドン爺がいちいちうるさいとか言ってた人か。
「ゲイル様、私はこの仕事を与えて下さったエイブリック殿下に心からお礼を申し上げたい。この歳になってこんなにワクワクするような気持ちになれるとは思ってもおりませんでした。第一線から外れた後、教育係という職で終わるものと思っておりましたが、こんなに素晴らしい仕事を任せて頂けるとは・・・」
うっすら目に涙を浮かべるソドム。第一線から外れたと言ったが実際は外されたんじゃなかろうか?教育係と言えば聞こえはいいが、中央では閑職なのかもしれないな。
「これから大変だけど宜しくね。俺は国の規則とかまったく疎いから」
「はい、お任せ下さい。ゲイル様は我々の思いもよらない発想や方法、見たこともない魔法を使われます。先程の住民の収入を上げると言ったお言葉には感動を覚えました。そのような事をおっしゃる貴族はおりませんでしたので」
税収を上げるには所得を上げるのは当然なんじゃ・・・とか思ったけど、ここではそうじゃないみたいだな。税を徴収するだけで何もしてこなかったみたいだし。東の辺境伯領地の村もそうだったよな。
ソドムは家族がいるので自宅に戻り、フンボルトはぐにゃぐにゃなのでここで泊まらせる事になった。
翌朝、二日酔いのフンボルトに大根と白菜の味噌汁を飲ませ、セレナに飲ませていたブレンド魔法水で作ったスポドリを飲ませるとだいぶ復活した。
「わ、私はなぜここにいるのでしょう?」
「大量にエールを飲んで潰れたんだよ。ダンが部屋まで運んだんだぞ。お礼言っとけよ」
「わ、私が酔い潰れ・・・た?」
「フンボルト、お前結構飲めるんだな。住民どもと盛り上がってたぞ」
「街の住民と盛り上がる・・・?」
「入れ替わり立ち代わりする常連客にエールを奢ってもらって楽しそうに飲んでたぞ」
「平民が私にエールを奢る・・・?なぜ見ず知らずの私に?」
「お前、この街を一番の街にしてみせると宣言してたじゃん。何も覚えてないのか?」
「私はいったい何を・・・」
「おはようございます」
「ソドムさんおはよう。ずいぶんと早いね」
「今日は馬で参りましたので。フンボルト、体調はどうですか?」
「あ、ソドム先生。自分はいったい・・・」
あ、先生と呼んでたのか。素に戻って昔の呼び方になったんだな。
「もう、あなたの先生ではありませんよ。それよりずいぶんとお酒臭いですよ」
そう言われてフンフンと自分の臭いを嗅ぐ。
「そうだ、朝風呂入れてやるから入って来たら?頭痛いのも治ってるみたいだから残ってる酒も抜いてこい。ソドムさんも一緒に入って。温泉の説明するのにちょうどいい」
風呂?
裏の庭に作ってある風呂へ案内する。ついでにソドムの馬もここへ放すように言っておく。
その間に男湯にお湯を入れていこう。
「さ、ゆっくり浸かって。ここにスポドリ置いておくからゆっくり飲みながら浸かるといいよ」
なんの事かわからないまま風呂に浸からされる二人。脱いだ服にクリーン魔法をかけておく。
「先生・・・」
「先生ではありませんよ」
「せ・・・ソドムさん。私は昨晩どのような・・・」
「先程、ゲイル様とダン殿がおっしゃってた通り、大変盛り上がっておりましたよ。あなたはここの住民に一番の街にしてみせると何度も宣言していました。酔ってたとはいえ住民と約束したことを守りなさい。それがあなたの使命です」
「私がそんな事を本当に・・・」
「昨晩楽しかった事まで覚えてはいませんか?」
「いや、とても楽しかった事はなんとなく」
「私もあなたがあんなに楽しそうにしているのを初めて見ました。ここには足を引っ張るものもハメようとするものもおりません。失敗を恐れずに力いっぱい働きなさい。陰で左遷と言われたのがショックだったのはわかります。が、エイブリック殿下はあなたに期待してここの担当にしたのです」
「私に期待?エイブリック殿下が?」
「これは内密ですが、ゲイル様のお立場は知っていますか?」
「ディノスレイヤ領主の息子なのでは・・・?」
「それもありますが、ゲイル様は準王家という立場にあられます」
「準王家?なんですかそれは。聞いた事がありません」
「ゲイル様の為に作られた立場です。その名前の通り、王家に準ずる身分となります。殿下とお呼びしても良いくらいですね」
「そ、そんな馬鹿なっ!なぜ5歳の子供に?」
「昨日、ゲイル様の力の一端を見たでしょう?それに誰も考え付かない発想と行動力。わずか半月ほどで住民達の信頼を得る求心力。誰の意見であろうと良いと思った事はすぐに取り入れる器量の深さ。王になられてもおかしくない人物です」
「お、王に・・・」
「はい、我々はそんな方のサポートに選ばれたのです。決して左遷ではありません。誰かに何を言われても気にする必要もありません。この仕事は中央の仕事よりも重要かもしれませんよ」
ソドムの話を聞いてスポドリを飲んだフンボルトはソドムの言葉とスポドリが全身に染み渡っていくような気がしていた。
「風呂に入ると酒も抜けていくでしょ?スポドリも飲んだ?」
「あ、はい」
「じゃ乾かすからじっとしてて」
二人の髪の毛を温風で乾かしていく
「こ、これは・・・」
「風魔法と火魔法の応用だよ」
「ち、違う属性の魔法を同時に・・・」
「フンボルトよ、ぼっちゃんの魔法にいちいち驚いてたら身が持たんぞ。そういうもんだと思っとけ」
「で、風呂はどうだった?」
「大変気持ちが良かったです。昨日の足湯というのも宜しいですね。足のだるさがなくなり、とても軽い感じが致します」
「でしょう?風呂は毎日入るべきなんだよ。身体を拭くだけよりもキレイになるし、疲れも取れる。これをこの街の宿の名物に、通りに足湯とか作りたいんだよね。夏場は水にしてやると涼もとれるし」
「風呂を完備した宿ですか。かなり高級な宿ばかりになりますが、そこまで庶民の向け高級宿に需要があるとは・・・」
「そこで昨日言ってた温泉なんだよ。湯を沸かすんじゃなくて、水の代わりにお湯が出てくるんだ」
「湯が出てくるのですか?」
「ダンが言ってた通り、場所によっては自然に出てる所もある。だけど王都にはないから地下深くまで掘って温泉が出るか試してみたいんだよ。もし温泉が出ればこの街の宿は全部風呂付だ。普通の宿の料金で風呂付なら他の門から入ってもわざわざここまで泊まりにくる理由が出来る。馬車に乗って街中を観光しながら温泉に来るなんて良いと思わない?」
「本当にそんな事が可能なんですか?」
「温泉が出ればね。今掘ってみてもいいんだけど、出たらすぐに止められないから下準備してからね。ディノスレイヤでバルブ作ってもらってそれから」
「よくわかりませんが、わかりました」
「じゃあそれまではソドムさんとフンボルトは住民登録と照らし合わせながら誰が何をどこで作ってるか資料を作ってくれる?出来れば地図に作付け面積がわかるように書き込んでいって欲しいんだ。井戸の場所も記載しておいてね。もし人手が足りないようなら、誰か引っ張って来て」
「わ、わかりました」
さて、今日は新型火打石の即売会でもやりますか。小熊亭の売上にしてもいいんだけど、その内ロドリゲス商会がやるからそれまでは街の売上としておくか。
土魔法で机を作り、新型火打石の説明と値段を書いて、実物を並べていく。前に聞いてきた人達の分は念の為確保しておこう。
「さぁさぁ、お立ち会いお立ち会い、王都に初登場した新型火打石だよっ!今までなかなか火が付かなかった薪もこいつがあれば一発ってもんだ!そこの旦那!こいつを買って帰ればかみさんの機嫌も良くなるよぉ」
時代劇で見た江戸の露天売りを真似て口上していくと一人の常連客が近づいてきた。
「ぼっちゃん、新型火打石ってなんだ?」
「朝ぱらっからなにうろうろしてんの?仕事は?」
「畑仕事は冬場暇なんだよっ」
なるほどね。
「この前これを欲しいと言ってた人が居て取り寄せたんだけど、思ったより大量に送って来たから売ろうと思ってね。試してみる?」
おうよと言うので俺のを渡して試させる。
シュバババババッ
「こいつぁ、すげえな。しかし銀貨1枚か高ぇな。割引とかねぇのか?」
「ごめん、これは値引けないよ。次入荷するかどうかわかんないから。売り切れたら次に入って来るの1年後とかになるからね」
「売り切れたら終わり?」
「そうだよ」
「むむむむむっ」
「奥さんにこれ買っていったら、いっつも飲み歩いてるのも許してくれるかもね」
「ちょいと考えさせてくれ」
毎日飲みに来るの控えたら買える値段だと思うけど、物を買うときに悩むのは飲んべぇの習性だ。
「お、ぼっちゃん、もう仕入れてくれたのか?1本買って行くわ。ほれ銀貨1枚だな」
「お買い上げありがとうございます」
一番初めに火打石に興味を持った足湯を勝手にするおっちゃんだ。
「おいおい、火打石によく銀貨1枚払ったな」
「お前バカだな。銀貨1枚でかみさんの機嫌が良くなるなら安いもんだろっ。うちのかみさんがお前んとこのかみさんに自慢すると思うぜ」
「なにっ?」
「あったりまえだろ?シュバババババッ、こんなもん自慢するに決まってんじゃねぇか。お前がかみさんにグチグチ言われんのが目に浮かぶわ」
「くっそー、ぼっちゃん、俺にも一つ寄越しやがれっ」
「はい、毎度~」
「ぼっちゃん、商売上手ぇな」
「売れる物を売る。それが鉄則だね」
そうこうしている間に噂を聞き付けた常連客がわらわらと買いに来たのであった。
「な、なんの騒ぎですか?」
昼飯を食べに戻って来たフンボルトが驚く。
「あ、ちょうど良かった。フンボルトも手伝って」
ソドムとフンボルトに手伝ってもらって火打石を売り切り、念のため10本在庫として確保しておいた。欲しがってた人が他にもいたけど誰か覚えてないのだ。
「凄まじい売れ行きでございましたね」
「ぼっちゃんの売り方が上手ぇんだよ。今買わないとダメだと思わせるやり方は詐欺師みたいだぜ」
人聞きの悪いこと言うなよ。
「昼飯はオムレツにでもしようか?」
またもや聞き慣れない言葉にハイとしか答えられない二人。
「チッチャ、一緒に作ろう」
焼き鳥の仕込みをしているジロンの横でチッチャに作り方を教える。
「肉をミンチにします。次に玉ねぎとじゃがいもを細かく切ります。ミンチを炒めて、そこに玉ねぎとじゃがいもを入れて塩で味付けして炒めます。それをこっちによけて、次は卵に少し牛乳を入れてかき混ぜます。フライパンにその卵を入れて、さっきの具を乗せてトントントンと丸めてお皿に移して完成!」
ドライトマトのソースとマヨネーズを添えてと。
「簡単だろ?」
「うん、卵でくるむんだね。」
「そこが一番難しいけど、練習すれば出来るようになるよ」
取りあえず俺たちの分は俺が作って、チッチャにはセレナとジロンの分を作って貰うことにする。具はあるから卵でくるむだけだ。失敗しても子供の作った物なら食べるだろう。
「ダン殿、ゲイル様はいったい何者ですか?自分のみならず、我々の分までさも当たり前のように作って下さる。先ほどの火打石販売もご自身でなさってましたし」
「初めっからあんな感じだしな。ディノスレイヤ家はアーノルド様もアイナ様も領民と近いし、ぼっちゃんが特別って訳でもねぇ。俺とおやっさんとドワーフの国に行った時もずっとぼっちゃんが飯当番だ。俺達が作るより旨ぇからな。気にする必要はねぇ。いつでもそうだ」
フンボルトは今までの価値観がガラガラと音を立てて崩れていく気がした。今まで接してきた貴族はよくわからない癖にグチグチと口を出して来たり、偉そうに命令するものが多かった。そうでない貴族も居たがご飯を自分で作るような事をすることはない。
それに先程指示された調査内容は実に的を射ている。これから改革に必要なものだとすぐに理解出来る内容だったからだ。
今朝ソドムに言われた事は本当なのかもしれない。俺は期待されてここに派遣されたのだと。
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