第339話 お互いの事を知る

「じゃあ改めて自己紹介しようか。俺はゲイル・ディノスレイヤ。5歳だ。魔法が色々と使える。さっき言ってた門は魔法で作るから。こっちはダン。俺の護衛兼お目付け役」


「私はソドム・ステート。中枢で文官をやっておりましたが、現在は新しい文官の教育係をやっております。この度殿下よりゲイル様の実務をするように命じられました。フンボルト・デーテは教え子でございました。もう一人立ちをしておりますが」


「そうだったんだね。フンボルトは何が出来るんだ?」


「税の算出、その他計算など完璧に出来ます」


「他には?」


「文官コースを首席で卒業しました」


そんなのあるんだな。キャリアってやつか?頭でっかちのエリートって感じだな。


「現場で庶民がどうやって働いてどれだけ苦労して税を治めているか見たことあるか?」


「見なくてもわかります」


「そうか、それは優秀だな」


そう言うと自慢気な顔をした。


何も言わなくてもダンが帳簿を持ってきた。さすがだ。


「フンボルト、これは帳簿なんだがこれを見てお前ならどうする?」


ふむふむと指で帳簿をなぞる。


「この状態ではもうダメですね」


「どの時点でどうすれば良かったと思う?」


「この段階から危険水域に入ってますから、ここで手を打たなければなりませんでしたね。打つ手が無いなら傷口が広がらないように宿を売るなりして精算した方が良いでしょう」


なるほど賢明な判断だ。


「しかし、精算せずにここまで来てしまった。そんな時にお前がここを任されたらどうする?」


「さすがにここまで来たら無理です」


「何も試さずに諦めるか?」


「そうですね。手の打ちようがありません」


そこから直近の帳簿を見せる。


「その続きがこの帳簿だ」


「こ、これはっ!バカな。売上が突然復活している・・・」


「これ、ここの帳簿なんだよ。このまま推移していけばちゃんと持ち直す。手の打ちようがあったろ?」


「こんな架空の帳簿で誤魔化されません」



そこへベントがやって来た。


「ここまで移動手段があるといいのにね。俺も馬を練習しとくんだったよ」


ハァハァ息を切らしながらやって来たベントは二人を見て


「えっと・・・?」


「ベント、ソドムさんとフンボルト。この街の立て直しの実務をやってくれる人だよ。こちらはベント。俺の兄貴でいま社会勉強の修行中」


こんにちはと挨拶したあとソドムが持ってる帳簿を見て。


「またやってるのか?なんて答えたんだ?」


「あぁ、学校を首席で卒業したエリート様だからな。分析は良く出来てたぞ。ただそれだけだ」


「それだけとはなんですかっ!」


「ソドムさん、西の街の税収の推移はこんな感じじゃないかと推測してるんだけどどう?」


「そうですね。安定した税収からジリッと落ちだしている所は似ていますね」


「だそうだ。フンボルト、今手を打たないとここが破綻するぞ。どんな手を打てばいい?」


「や、宿と街の運営が同じになるわけがっ」


「可能性は同じだよ。これは月単位の帳簿だがこれを年単位に置き換えると分かりやすい。農作物と畜産の税収で支えられている街だ。天候による不作や畜産が病気で大量死とか可能性はある。そうなりゃ一気に税収が無くなり、復活するのには何年もかかる。不作や病気の原因がわからなければずっとそのままだ。だからお前が考える対策を言ってみろ」


・・・

・・・・

・・・・・


「な、現場を知らないから対策もわからない。分析するのは優秀だけどそれだけだと言った意味がわかったか?税収の計算も他にも出来る奴はいるだろ?分析もそうだ。ちなみに俺の分析もお前と同じだ。ということはお前のやる仕事は税金の計算だけってことになる。それも重要な仕事だからな。しっかり計算するんだぞ」


「き、き ゲイル様はこの宿を立て直したとか戯れ言を・・・」


「それは本当だ。フンボルトさんもここが開店するまで居ればわかる。さっき食った焼き鳥旨かっただろ?あの味を求めてお客さんが来てくれる」


「あんなものがあるなら誰だって・・・」


「無いよ。だから作ったんだよ。元々ここの為に作ったものじゃないけどね。アルの好きなマヨ焼きも旨かったろ?あれもパンもそうだ。鶏と豆のスープを作った新しい鍋もそうだ。無いから作ったんだよ。あとこっちに来てみろ」


外に出てガチャポンプを試させる。


「誰でもこうやって簡単に水が出せるガチャポンプだ。これも前に作ったのをここに持ってきた」


「み、水なんか魔法陣と魔石があれば」


「あれ買うのにどれだけの金がいると思ってんだ?魔石もそうだ。焼き鳥1本銅貨2枚。原価率4割。何本焼き鳥売れば買えるんだ?」


・・・

・・・・


「庶民はこうやって稼いだ中から税金を払う。貴族街の奴らはそういう事を知らないからちゃんと税を払えとか簡単に言えるんだよ。税を貰う立場の俺たちはこういうことをちゃんと知っておく必要がある。こういうのは帳簿だけ見ててもわからないからな。それに庶民は目の前の仕事だけで手一杯だ。不測の事態に備えるとか新しい仕組みを作り出すとかなかなか出来ない。だから税を貰う側がそれをやるんだ」


エリートの鼻をへし折られたフンボルトは何も言い返せなかった。


(ソドムさん、あいつ期待されてんだろ?)

(はい)

(後で上手くフォローしておいてね)

(教育不足をお詫び申し上げます)

(こっちこそ偉そうに言って悪かったよ。エリート街道からいきなり庶民街担当にされて、その上仕事が子供のサポートだからね)

(お心遣いありがとうございます)


壁の外に視察に行く予定だったけど、このまま小熊亭の仕事を見てて貰おう。



開店前から集まり出す客。俺がいるのがわかったら勝手に足湯を入れだした。


「昨日あんなに飲んだのにまた来たの?いい加減奥さんに怒られるよ」


「一日の疲れをここで癒さないとダメなんだ。ちょっと飲んだら帰るからよ」


「奥さんとか連れて来なよ」


「そいつぁ勘弁だ。憩いの場が無くなっちまうぜ」


帰りたくない症候群ってやつか。しっかり稼いで貰って奥様向けの店とか作ってもいいかもな。


「じゃあ、土産に焼き鳥買って帰りなよ。そのうち外に出して貰えなくなるよ」


「そっか、そりゃまずいいな。帰りに10本焼いといてくれ」


「あいよっ」


焼き鳥を焼きながら客と会話をし続ける俺の姿をソドムとフンボルトはずっと閉店まで見ていた。



はぁ、やっと終わった。


「ゲイル様自ら焼き鳥を焼き、立て直しをされたんですか?」


「そうだよ。俺一人じゃないけどね。住民の声も直接聞けるから希望や不満もわかるし。ちょうどいいんだよ。まさか住民街全部をやることになるとは思ってなかったけど。ここの売上が復活したの本当だったろ?」


「はい」


「分析するのは確かに必要なんだけど、それを生かさないと意味はない。ここはフンボルトが言った通り詰んでた宿だ。普通なら途中で精算して傷口を拡げないようにするのが当たり前だろうね。この辺りの店が閉まってるのはそういうことだ。だけど街の運営は途中精算なんて出来ないだろ?分析して原因を掴んで対策を打つ。失敗するリスクは必ずあるからそれに対しての対策も考えておかないといけない。打たないといけない対策があっても出来ないときは出来る奴を見つけないといけないから誰が何を出来るか把握しておいた方がいい。これからやる仕事はそういうことなんだよ」



晩御飯を食べた後に朝に作ったプリンをチッチャが持ってきた。足りない分はチッチャが作ってみたらしい。セレナと俺がそれを食べた。ちょっと蒸し過ぎだけど上出来だ。


「これはまたなんとも不思議なお菓子ですな。とても美味しい」


「これには砂糖が入っていますね。こんな高価な物を・・・」


「砂糖は知り合いの商会から貰ったんだよ。明日は朝からその商会に集合して、畑とか視察してから壁の外を見に行こう。商会の大番頭も紹介するよ。これから打ち合わせること増えると思うから」


今日の所は以上だ。寝てなかったから非常に眠い・・・



ソドムとフンボルトを見送った後、さっさと風呂に入って寝た。


自分の本性とか気配とか考えても今はわからないからその時にまた考えよう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る