第337話 自分の本性

ダンに言われた事を整理して考える。


俺が衛兵の不正を暴く必要は無かった。どこかの貴族が小熊亭を強引なやり方で手に入れようと気付いた後は色々な点が線で繋がって自分で解決しようと思って行動したのは確かだ。


これは反省すべき点というのは理解した。


自分の中で引っ掛かるのは自分が賊を殺そうとしたことだ。ベントに止められたから止まったというより、チッチャに凄惨な所を見せてはいけないという意味で止めた。


その時にイラっとしたのはなぜだ?


ベントがチッチャ達をさっさと外に逃がさなかったからか?


違う、殺そうとしたのを邪魔されたからだ。


いつからだ?俺はいつからそんな風になった?


フォールを水責めにしている時も死んでもいいとどこかで思っていた気がする。



賊に初めて水責めをした時はアイナと一緒にいた時の賊だ。あれはアイナに人殺しをさせたくないのと見せしめで領地に賊が来ないようにするというのでワザとやった。移民の増加スピードを抑える目的もあった。しかし、どこかで殺してもいいと思ってなかったか?死んでも構わないと思ってなかったか?


今回の賊はベント達を危険な目に合わせたというのでスイッチが入った。


フォールはどうだ?目の前で誰かが危険な目にあった訳ではない。


共通点はなんだ?


ひょっとして俺は自分では気付いていないが人を殺したいという願望があるんじゃなかろうか・・・?


この世界は元の世界と比べて命が軽い。そして俺はこの世界で貴族という立場を得て増長してるんじゃなかろうか。合法的に殺せると。衛兵に捕まった時も自分が貴族であると何度も言った。フォールに向かっても爵位が下だから何をしても許される免罪符のように・・・



「送って来たぞ」


「あ、お帰り」


アーノルドとアイナも小熊亭に泊まるとの事で風呂の湯を入れ直した。


風呂から出て来た二人の髪を乾かして相談してみる。


「父さん、俺は人を殺したいとどこかで思ってるのかもしれない」


「急にどうした?」


「今回の賊を俺は殺そうとしたんだ」


「それはベント達が殺されそうになったからだろ?」


「それでスイッチが入ったのは確かなんだけどね。ダンにも言われたけど殺さなくても無効化するのは可能だったんだ。土魔法で拘束すれば済む話だからね」


「でも殺さなかったんだろ?」


「ベントがチッチャが居ると言ったから止まった。子供の女の子の前で人を殺しちゃいけないと思ったんだ。ベントもそういう意味で言ったんだと思う。その時にイラっとしたんだ」


「イラっとした?」


「殺そうと思ってそれが出来なくなってイラっとしたんだと思う」


「思うと言うことは自分でもよくわからんのだな?」


「衛兵団長の時も死んでもいいと思ってやってたと思う。その時はそれが当たり前だと思ってた」


「今は?」


「やり過ぎたと思う」


「ならいいじゃないか。誰も殺してはいないし、自分でもそれが理解出来ておるなら問題はないと思うぞ。人を殺してもなんとも思わない奴や殺したいやつらはそんなこと思わんからな」


それはそうかもしれないが、これからもそうだとは限らない。原因が分からなければ俺は人を殺してもなんとも思わないだけでなく、喜びを感じてしまうのではないだろうか・・・


ひょっとして俺はこの世界に来て変わったのではなく、本性が出て来てるのではなかろうか?


「父さん、今回の事で俺はエイブリックさんにどれくらいの迷惑をかけた?」


「正直に言うとかなりだな」


「かなりとは?」


「事件があったあとすぐにエイブリックのというより王家の隠密が使者として概要の報告と呼び出し命令を伝えてきた。王が俺に命令したのは初めてだな。それだけ大事だったということだ」


「エイブリックさんじゃなしに王様からの命令?」


「そうだ、王命って奴だな」


そうだったのか・・・


「エイブリックさんが西の庶民街の管轄委譲を俺に押し付けるような感じで言ってたけど本当は違うんだね?」


「お前が衛兵団長を水で拘束した時に万が一シロだった時の保険としての苦肉の策だ。不当にお前を捕らえた不敬罪で殺しても問題が無いようにお前自身にその権利を持たせるためのな。今のお前の身分は準王家となっている。日にちを改竄してな」


「準王家?そんなのあるの」


「無かったから無理矢理作ったんだ。養子にするか迷ったみたいだが、養子にすると王位継承権が発生するからな。王位継承権の無い王族という身分だ」


「そんなことまで・・・。俺はどれだけの迷惑を・・・」


「俺はエイブリックにお前を自重させると言ったが、エイブリックはそのままやらせろと言った。それが許させれるようにしてやると」


「なんでそこまでしてくれるの・・・?」


「お前を信じているからだ。今回の事は確かに大事になったが、そのお陰で未来に起こるかもしれない事件を防いだ可能性がある」


「未来に起こる事件?」


「実に巧妙に何かの準備が進められている可能性が分かったみたいだ。お前がダンに調べさせ、衛兵団長を調べた事で発覚したらしい。お前が動く時はそういう隠れた問題が露見する。手遅れにならないうちに把握出来るのは王家にとってもメリットだろう」


「でもそれが原因で騎士団長が殺されて・・・」


「ここからは俺の推測だかな、何かあったときの為に相手は準備を進めていただけだろう。重要参考人を担当するのはあの騎士団長だろうとな。今回はフォールだったが、あの時の取り調べが当主であったとしても同じ結果だったと思うぞ。あそこにお前がいなければ騎士団長は罪人として死んでいったがお前が呪いにかけられていると見抜いたから、罪人では無く名誉死として処理されるらしい。それについても感謝してたぞ」


「なんでそんな事を知ってるの?」


「ベントを送った帰りにエイブリックの所に寄って聞いてきたんだ。呪いの事が気になってな」


ベントを送って行くだけなのに帰りが遅かったのはそういうわけだったのか。


「父さん、俺はこれからどうすればいいかな・・・」


「好きにやれ。これが俺とエイブリックからの進言だ。お前の尻は俺達が拭う。だから思う存分やればいい。お前が心に引っ掛かってる殺しの事も必要であれば斬れ。もしそれが意味の無い殺人や快楽目的であるなら俺がお前を斬ってやる。お前を殺れる奴は俺ぐらいしかおらんだろうからな」


そう言ったアーノルドはあっはっはっと笑った。


「父さんありがとう。俺頑張るよ」


「ベントも頑張ると言ってたぞ。二人とも精一杯やれ」


「うん、ここをめちゃくちゃ発展させてエイブリックさんが俺にここを任せた事が正しかったと証明してみせる。やり過ぎて大変な事も出てくるだろうけど。何でも屋もいるし。なぁダン」


「気付いてたのかよ。本気で気配消してたのによ」


「もろバレだよ。こんな近くで気配察知出来ないわけないじゃん」


「ダン、お前修行が足らんぞ。また洞窟行くか?」


いや、それは自分でやると答えたダンだった。



ベッドに入ってもう一度整理する。アーノルドやエイブリックは自分が俺の為に苦労した事は言わない。どれだけ大変だったとしても。というより大変であればあるだけ言わないのかもしれない。性格的な物もあるだろうけど、俺が子供だからというのもあるだろう。強引に何かを言って来る時にはそうしなければならない状況になっていると思っておこう。


次に俺の本性の問題だ。殺してもいい、殺そうと思った時の共通点は人殺しの嫌な気配を感じ取った時だ。


さっきダンの気配の話をして気が付いた。


以前、ミーシャとシルフィードに絡んできた奴、ザックに薄力粉の事で文句を言ってきた奴には殺意とか無かった。ザックの所は絡んだ奴の言い分も正しかったからな。しかし、ミーシャとシルフィードに絡んだやつはどうだった?


あの時はまだ気配察知出来るようになってなかったから・・・


もしかして気配察知の影響なのだろうか?近くで嫌な気配を感じたらそれに影響を受けるのか・・・?


俺はあの嫌な気配というのはなぜ感じ取れるんだ?


そもそも気配ってなんだ?



考えれば考えるほど分からなくなり、自分の本性なのか、気配の影響なのか・・・



答えが出ないまま朝を迎えたゲイルなのであった。




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