第336話 自分の撒いた種を刈り取れるのか?

「ぼっちゃんの母ちゃんだってか。母ちゃんべっぴんさんだなぁおいっ!」


「やぁねぇっ、べっぴんだなんて」


ゴスッ


慌ててアイナパンチを食らった客に治癒魔法を掛ける。素人へのアイナパンチは致命傷になるぞ。


アイナは足湯で常連客と一緒に酒を飲んでいた。


「へぇ、アーノルド様っていやぁ、あの英雄の領主様じゃねぇか。いやぁ、英雄と飲めるなんて嘘みてぇだな」


初めは恐縮していた客達も酒が入り、アーノルドは常連達と馴染んでいた。


サラは懸命に焼き鳥を焼くベントを厨房でじっと見ている。


アーノルドは俺やベントを誉める客達に機嫌が良くなり、


「よーしっ、お前ら。今日は俺の奢りだっ!好きなだけ食って飲めっ!」


「ア、アーノルド様よ、もしかして高級酒も飲んで良いのか?」


「なんでも好きなもん飲んでいいぞっ」


うぉぉぉぉーマジかよっ?

おいっ!外に居るやつにも教えてやれっ!


おいっ!アーノルド様の驕りだってよ。高級酒も飲んで良いらしいぞ

なにぃーー!?


大丈夫か?まだ蒸留酒は樽に半分以上残ってんだぞ。まぁ、アイナも怒ってなさそうだからいいか。


「返金面倒だから、父さんの奢りはこれからだからね」


誰にいくら返すとか面倒臭い。それに飲む勢いが増すから酒がどれだけ出たか付けていくのも大変だ。


店を閉める時間になり、やっと解放された。


「お疲れ様~」


「お疲れ、ここの奴等はディノスレイヤの奴等と同じくらい良く飲むな」


「蒸留酒を自分の金で飲める客はそうそういないからね」


「これ、今夜の支払いだ。釣りはいらんぞ」


そう言って金貨1枚をアーノルドは出した。


「父さん、全然足らないよ」


「何っ?」


「残ってた蒸留酒全部出たからね」


そう言うともう一枚金貨を出した。


これでかろうじて足りた。蒸留酒だけで金貨1枚と銀貨20枚くらいになってるからな。



「ベント、美味しかったわよ。腕を上げたわね」


途中でアーノルドが足湯に、アイナが中へと交代していたので、俺とベントの焼いた焼き鳥を二人とも食べていたのだ。


「サラ、こっちへ来てお前も食ってみろ」


アーノルドが最後に焼いたベントの焼き鳥をサラに差し出した。それを黙って食べるサラ。


「サラ、どう?」


不安気な顔をしてサラの顔を見るベント。


「ベント様、美味しいです・・・」


「良かった」


「サラ、ベントが焼き鳥を焼く姿を見てどうだった?」


「こんなに集中されているベント様を見たのは初めてでした」


「この串の数を見てみろ。皆旨そうに食ってたぞ」


「はい」


「サラ、僕は焼き鳥屋になるつもりはない。でも自分で鶏肉を刺して焼いた物を喜んでくれる人がいる。それを毎日の様に食べに来てくれる人もいるんだ。ここまで上手く焼けるようになるのに頑張ったんだよ。頑張った事がちゃんと証明されたんだ。だから僕は次のステップに進む」


「そのステップが屋台だと言うのですか?」


「僕はお客さんと会話したりしていない。ゲイルは焼き鳥を焼きながら会話して、お酒の数を把握して、お金の勘定をしてと全部一人でこなすんだ。あっという間にこの地区の人気者なんだよ。ゲイルが一声掛けたら皆協力してくれるしね。俺もそうなりたいんだ」


「ゲイル様みたいに?」


「そう。あれが領民でゲイルが領主なら皆で協力してなんでも出来そうな気がする。だから僕はそういう領主を目指すよ」


「皆が協力してくれる領主・・・」


「そう、だから屋台はその為の修行なんだ」


「サラ、ベントはこう思っている。それでもお前の考えを押し付けるか?今のベントの顔を見てみろ」


ベントは目標を持った良い目をしていた。


「解りました。ベント様のご活躍をサラは祈っております。旦那様。長い間お世話になりました」


「サラ、お前がベントの邪魔をしないと言うなら辞めさせる必要は無い。どうする?」


「よ、宜しいのですか・・・?」


「約束出来るのならな。但し次は無いぞ」


ぼろぼろぼろぼろと大きな涙がサラの目から溢れ出す。


「べ、ベント様。こ、これからも宜しくお願い致します・・・」


最後は泣き声で良く聞こえなかったが思い直してくれたのだろう。



アーノルドとアイナがベント達を寮に送って行くとの事なので、その間に俺達は晩飯を食うことになった。



「あのサラさんってメイドさんなんですか?」


チッチャはメイドを初めて生で見たらしい。


「うちは父さんも母さんも仕事が忙しくてね。メイドが親代わりみたいなもんなんだよ」


「ぼっちゃんにもいるの?」


「いるよ。今度王都に来る時は連れて来るよ。ダンは護衛なんだけど親であり、剣の師匠であり、魔法の弟子であり、パーティーでもあり、まぁ、血の繋がりは無いけど家族だ」


「ぼっちゃん、何でも屋が抜けてるぞ」


ダンは照れ臭そうにそう言った。


「アーノルド様もアイナ様もご貴族様なのに本当に気さくで・・・」


「セレナ、ディノスレイヤ家は特殊だ。あんな貴族は他にはいねぇからな。仮にここに貴族が客で来ても同じように考えるなよ」


ダンは貴族慣れしていないセレナに釘を刺した。うちを標準に考えるとまずいからな。



飯を食い終わった後、ジロンは後で良いと言うのでダンと先に風呂に入る


「ダン、父さんにサラと俺の事を知らせたろ?」


「あのままほっといたらぼっちゃんがなんかやらかすだろ?あんなのは雇い主がやる事だ」


そりゃそうだ。


「なぁ、ぼっちゃん」


「ん?」


「あまり何でも自分で解決しようとするな」


「何が?」


「何でもだ。一人で解決しようとしすぎるとかえってややこしくなる。今回の衛兵の件でも捕まった時にさっさとエイブリック様にでも知らせてたらここまで大事にならなかったろ?」


「だけどさぁ、あれで色々と不正が解って良かったじゃん」


「王都の不正がどうこうとかぼっちゃんが関わる必要のねぇことだ」


「そりゃあ、王都の不正を暴くとかそんなつもりは無いよ」


「実際にやってるじゃねーかよ」


「今回は小熊亭の事とかベント達に斬りかかろうとした賊の事があったからだろ?」


「賊も殺すつもりだったろ?ぼっちゃんならそこまでしなくても無力化出来るじゃねーか。ベントが止めなかったら斬ってたと聞いたぞ。衛兵団長もそうだ。手足の拘束だけでも良かったんじゃねーか?水もあんなにギリギリまで入れる必要もねぇ。死んでもおかしくなかったろ」


「そりゃそうだけど・・・」


「ぼっちゃんがやり過ぎた結果が騎士団長の死だ。小熊亭の立て直しだけやってりゃ死ぬこと無かったんじゃねーのか?」


「あ、あれは呪いで」


「エイブリック様にさっさと連絡してれば内密に処理するなり、泳がせて様子を見るなりしただろうよ」


「そ、そんなの結果論じゃないか」


「そうだ。俺が言ってるのは結果論だ。だが間違っちゃいねぇだろ。アーノルド様が言ってた言葉を聞いてたか?お前は様々な者に守られてると言ってただろ」


今朝のアーノルドの言葉だ。


「今回の爵位の話もエイブリック様はあんな風に言ってたがぼっちゃんを守る為だと思うぞ。こうするしかぼっちゃんを守れない状況になったんだろ」


・・・

・・・・


「ぼっちゃん、ちゃんと大人の力を頼れ。なんでもかんでも背負い込むな。斬る必要がある時は俺が斬ってやると前にも言ったろ?護衛ってのは敵から身を守るためだけじゃねぇ。ぼっちゃん自身を守る為にいるんだ」


ダンの話を聞いて黙ってしまった・・・



「ぼっちゃーん。私達出るよー」


「分かったー」


俺達は風呂を出て髪を温風で乾かした。



ーベントの寮の前ー


「ベント、明日会えないかもしれないから今伝えておく」


「何?」


「ゲイルがそのうち爵位を持つ」


「えっ?どういうこと?」


「ゲイルは西の庶民街の権限を委譲された」


「権限委譲?」


「わかりやすく言えば西の庶民街がゲイルの領地になったということだ。つまり領主と同じだな」


「ゲイルが庶民街の領主?」


「それに王都に屋敷も与えられた」


「ゲイルは王都に住むの?」


「いや、どちらでもいいらしい。ゲイルは王都に住むつもりは無いだろうがどうなるかわからんな」


「庶民街の領主って何するの?」


「開発と発展だな。まぁ、今うちの領でやってるような事をここでやるってことだ」


「そうか、やっぱりゲイルは凄いな」


「悔しくはないのか?」


「一緒に仕事しててよく分かったよ。あいつは凄いんだ。僕も負けないように頑張るよ」


「そうか、ベントも頑張るか。そうだな。二人とも応援してるぞ」


アーノルドはベントにゲイルが西の庶民街の領主になることを伝えたら、妬むか拗ねるかするかと思ったが、素直にゲイルは凄いと褒めた事に驚いた。


そうか、こうして子供達は知らぬ間に成長していくのだな。


アーノルドとアイナはベントの成長がとても嬉しかったのであった。

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