第335話 サラとベント

ベントの寮に走っても特段街の様子も変わりはないし、嫌な気配もしない。



寮の前まで来るとベントとサラが揉めていた。


「だから修行なんだって」


「そんな物は必要ありませんと何度申し上げれば解って頂けるのですかっ」



「ようベント」


「あ、父さん、母さんどうしてここに?」


「お前が来ないから心配して探しに来たんだよ。父さん達は昨日から王都に来てて小熊亭で待ってたんだけどね」


俺が説明した。


「サラ、何を揉めている?」


アーノルドは怖い顔でサラに質問をする。


「ベント様が毎日毎日学校が終わると勉強もせずに庶民街に行かれてるのをお止めしておりました」


「なぜ止める?」


「ベント様はようやく成績が中より上に上がって来られたというのにそれ以上お勉強をなさらないのです」


「サラ、ベントは庶民街で実践に即した勉強してるぞ。遊んでいるわけじゃない」


ゲイルが説明をする。実際ベントは小熊亭でどんどん成長しているからな。


「サラ、僕はもうすぐ屋台で一人立ちをしないといけないんだ」


「次期領主を目指す方が屋台なんてやる必要はございません。しっかり勉強して立派な領主を目指さないといけないのです」


引き続きアーノルドは怖い顔をしてサラに問う。


「サラ、俺はなぜお前がベントを止めるのかを聞いたんだ。」


「私はベント様付きのメイドとしてベント様を立派な領主に・・・」


「お前が言う立派な領主と言うのはなんだ?言ってみろ」


「領地を大きくし、たくさん税金を取れる領主です」


「昔、お前に言った事を忘れたか?俺はベントに思想教育をするなと言ったはずだ」


「私はベント様の教育係として・・・」


「まだ解らんか?ならお前には辞めてもらう。今までよく働いてくれたことは認めるから、その分報酬額を渡す」


いきなりクビか。俺もサラはどうかと思ってたが、ベント付きを外すだけでなくクビにするとはね・・・


「わ、私を解雇すると・・・?」


「と、父さん・・・」


「そうだ。俺はたくさん税金を取るのを目的とした領主なんぞ後継に指名するつもりはない。お前がベント付きで余計な口をはさむ限りベントに領主への道は無い」


「お、お待ち下さい旦那様」


「俺達は子供の面倒をキチンと見て来れなかった。それは俺達が未熟で誤りだったというのは確かだ。その未熟さをお前達が支えてきてくれたのは認める。しかし、子供達の自分の生き方を邪魔するような事は許さん」


「と、父さんちょっと待って。サラは僕の為に・・・」


「それは解っている。だがお前の為にはなっていない。このままサラの言う通りに今やってる事や屋台をすることをやめて勉強する方がいいと思うか?」


「それは・・・」


「実際に自分で焼き鳥を焼いて金を稼ぎ、税金を納める庶民の姿を見て学んだ事とサラが教えた事、どちらが重要だと感じた?」


・・・

・・・・

・・・・・


「父さん、サラは俺達が何をしているかよく知らないんだよ。一度見せてみればいいんじゃないかな。ベントが頑張っている姿とか」


ゲイルはベントの悲痛な顔を見て口を挟んだ。


「クビにするなというのか?」


「そうじゃ無いけど。サラ、お前今からベントが何をやってるか見に来い。それに確認したい事がある。これは命令だ」


俺は命令と言う事でサラを黙らせた。アーノルドがひりついて来てるからこのままだとまずい。


ベントはずっとサラが心の支えだったろうから、いきなり解雇されたら心に傷を残す事になるかも知れない。



ベントはアーノルドの馬に乗り、サラはアイナの馬に乗せた。スカートだが気にしない。



「こんな所で・・・」


小熊亭に入るとチッチャが、


「良かった。学校が遅れてただけだったね。ベント君に何かあったのかと心配しちゃった」


「ベント様はディノスレイヤ家のご子息です。それを平民が君付けで呼ぶなどと」


「サラうるさい。チッチャはベントの友達だ。余計な口を挟むな。チッチャ店の帳簿を持ってきてくれる?」


「何をするんだ?」


「お前にこの帳簿の説明したろ?サラがこれを見て俺と同じような事が解るか確認する」


チッチャが持ってきた帳簿をサラに見せる。


「サラ、この帳簿を見てどう思う?」


しばらく数字を見て答える。


「売上が宜しくありません」


「そんなもん誰でも解る。売上が下がっている原因はなんだ?」


「食堂の売上が下がり、宿の売上も下がっています。」


「だからそれは帳簿に書いてある数字だろ?ちなみに食堂を担当していたご主人はここで亡くなっている」


「それが原因です」


「この宿の建て直しを教材だとしたらお前はベントにどう教える?」


「売上を上げればいいのです」


「どうやって?」


「それは宿の従業員の努力次第です」


「従業員の努力ってなんだ?」


「売上が上がるように働けばいいのです」


「どうやって売上が上がるように働くんだ?」


「それは・・・」


「これが領地経営の帳簿だと仮定するとベントのサポートについたお前は何もベントにアドバイス出来ない訳だ。そのお前に教育されたベントももちろん分からない。領地は破産だな」


「こ、こんな傾いた経営の宿が持ち直すわけがありませんっ。ここまでになるまでに対策を打たないのが悪いのです」


「なら、お前ならどの時点でどういった対策を打つ?」


「従業員に努力させ・・・」


「お前、自分で言ってて気付いたろ?お前の教育は中身が何にも無いんだよ。経営が傾いた原因が従業員の怠慢なら努力で回復するかもしれんが、個人経営で努力してないわけないだろ。これが領地だったらどうすんだ?領民が働かないから破綻する?ならなぜ領民が働かないか解るのか?」


・・・

・・・・


「ゲイル様はこの状態の宿を立て直せるのですかっ!」


逆ギレするサラに直近の帳簿を見せる。


「ほら、ここから売上が復活してるだろ?このまま行けば完全に立ち直る。数ヶ月で人を雇える資金も貯まるだろう。そうすれば宿の売上が見込める」


「こっ、こんなのゲイル様が直接動いたからでしょっ」


「そうだよ。ベントと一緒に開発したどこにも無い味のタレと蒸留酒を武器に繁盛させたんだ」


「そんなの反則ですっ、誰にも出来る事ではありませんっ」


「反則でも何でもない。俺が今までやって来た事が役立ったんだ。自分で身に付けた物を役立てて何が悪い?サラも自分で身に付けた物を武器にやってみればいいじゃないか」


・・・

・・・・

・・・・・


「と言っても、向き不向きもあるし、食堂なんかは俺の得意分野でもあるからな。サラはベントに勉強を教えてたくらいだから計算とかは得意だろう。それも立派な武器だ。それで試してやる」


「い、いいですわ」


「ベント、今から問題を出すから俺の代わりに答えろ。サラ、ベントには俺が新しい計算方法を教えてある。どっちが早く答えられるか勝負しろ」


ということで、ベントの成長の証をサラに勝負で見せることに。


「銅貨2枚の焼き鳥が8本売れました。代金はいくら?」


「16枚」


ベントとサラが同時に答える。


「銅貨5枚の酒が12杯売れました。代金は?」


「60枚」


若干ベントの方が早い。


「銅貨5枚の酒が18杯売れ、銀貨1枚で支払った時の釣りは?」


「銅貨10枚」


ベントが先に答えた。


「はい、ベントの勝ちね」


「そ、そんな・・・」


「サラ、お前がベントに教えた物が全部間違っている訳では無い。ただもっと良い方法や違う方法とか色々とあるんだよ。ベントはそれを実践で学ぼうとしてるんだ。父さんはそれを邪魔するなと言ったんだ。ベントの武器はベントが見付けて身に付けていく。ベントは今までお前しか知らなかった。だからお前の分身にはなれるかも知れないがこのままだとそれ以上にはなれない。中身が無いままだ」


俺がそういうとぼろぼろと泣き崩れるサラ。


「父さん、母さんあと宜しくね。俺とベントは仕込みがあるから」


言いたいことが言えてスッキリした。後は雇い主の判断に任せよう




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