第325話 次のイベント

翌日の客数はさすがに落ち着いて来てリニューアルオープンの初日と同じくらいだったので足湯はやめておこうと思ったら、やってくれとリクエストが来やがった。


「注文受けて持って行くのでいい?」


どうやら足湯が相当気に入ったようで、足の疲れが取れるらしい。



そのままの売上で3日が過ぎ、5の付く日に事件発生だ。



「おい、金払いやがれ」


「あの、どちら様でしょうか?」


ジロンとチッチャに料理を教えてたら何やら騒がしい。


「どうしたの?」


「あのお金を払えと・・・」


「何のお金?」


「ここの借金に決まってるだろ。金貨71枚と銀貨20枚今すぐ払えっ!」


「あんた誰?」


「俺達はここの借金を買ったんだ。今すぐ払えないならこの宿を渡しやがれっ!」


どういうことだ?


「いきなりなんなんだよ。お前らの所で金借りた覚えねぇぞ」


「だから借金を買ったと言ってるだろうがっ!」



後ろからおずおずと前に来た元の貸し主が中に入ってくる。


「あ、この前の人。これどういうこと?次の返済日に払えなければって言ってたよね?」


「は、はい」


「滞納してた5ヶ月分と今月分入れて合計6ヶ月分今払うよ。来月からはちゃんと前みたいに払うから」


「それがその・・・、すでにゴーア商会にこちらの借金を売ってしまいまして」


は?


「この前言ってたことと違うじゃん、騙したの?」


「い、いえ、元の契約ではこの通り・・・」


支払い滞納時の条件で3ヶ月支払いが無い場合、差し押さえ又は残金を他の商会に譲渡可能性があると記載されていた。


契約不履行はこちらの落ち度だ。


「で、ゴーア商会だっけ?ずいぶんと理不尽な取り立てするじゃない。そっちの契約書を見せてよ」


「はん、ガキが見て分かるもんか」


「分かるかどうかはお前が決めることじゃない、早く見せろ」


俺が強く出るとビクっとしたチンピラ風の二人。


ざっと見るとマッチ商会が貸した残金をゴーア商会に譲渡する内容になっていた。


借金はバードンの個人名だ。


「セレナさん、小熊亭の登記簿みたいなのはある?」


「確か主人の机に・・・」


セレナが登記簿を持って来てくれた。


ん?小熊亭の登記簿名がバードンからセレナに変更されている。


「セレナさん、バードンさんが亡くなったのはいつ?」


「2年前の・・・」


登記簿の変更はバードンが亡くなる少し前・・・。



「おい、ゴーア商会。お前誰の借金を取り立てに来たんだ?」


「ここに書いてあるだろうがっ!バードンの借金だ」


「そうか、ならバードンから取り立ててくれ。ここにはいない」


「はーっ?ふっざけんなよ!そこの女はバードンの嫁だろうが。そいつが払うにきまってんだろっ」


「なぜセレナがバードンの借金を払わないといけないんだ?どこにもそんな事書いてないぞ」


「書いてなくても決まってんだよっ」


「マッチ商会さんでいいかな?」


「は、はい」


「王都の契約って書いてなくてもそうなの?違うよね」


「あ、あの。契約に書いてないことはその・・・」


「おい、そんな決まりは無いとさ。頑張ってバードンから取り立ててくれ。あの世でな」


「くっそ、このガキぃぃぃ」


「言っとくけどその剣抜いたらお前の首が飛ぶぞ。うちのダンは強いからな。商人なら商人らしく契約で物事を進めろ」


ダンが威圧を放つと剣から手をおろした。


「じゃ、じゃあこの宿を差し押さえてやるっ!」


「この宿はバードンの物じゃない、セレナの持ち物だ。お前勝手に人の物差し押さえたら泥棒と同じだ。それに俺への恫喝、剣で斬ろうとした殺人未遂も加えて死罪だな。よくて鉱山送りだ」


「くっそぉぉぉぉ」


「セレナさん衛兵呼んで来て。罪人引き渡すから」


「お、覚えてろよっ!」


おー、清々しい程チンピラだ。あんな捨て台詞初めて聞いた。


「マッチ商会はここに残れ」


「は、はい」



ーチンピラ退散の後ー


「これは一体どういうことだ?」


「も、申し訳ありません。これには深い事情が・・・」


「あの契約書わざと不備にしてあったのか?」


「い、いえあの契約書はあちらが・・・」


「取りあえずさぁ、あんたの所が好意で支払い待っててくれた事には感謝してるんだよ。今6ヶ月分払うからさっきの事を無かった事にしてくれる?」


「あのそれは・・・」


「そうした方がいいと思うよ。あの契約のままだとゴーア商会は取立て出来ない。でもここの借金を譲渡した契約だからマッチ商会が詐欺罪に問われてもおかしくないよ。さっきの契約は書類内容不備に付き取り消し。小熊亭は滞納していた支払いを履行したことで他への譲渡が出来なくなった。これが一番いい落としどころだよ。まぁ、ここの借金を売った分の返金と詫び金は取られるだろうけどね」


「実は・・・」


「あっちは貴族の息がかかってんのか?誰だ?」


「それはご勘弁下さい・・・」


「じゃあ、どっちか選んで。ゴーア商会の契約はそのままでマッチ商会は詐欺罪に問われる。ゴーア商会との契約は不備で取り消してこの支払いを受けて今まで通り。どっちでもいいよ」


・・・・

・・・・・

・・・・・・


「滞納分と今月分を頂きます」


「キチンと受領書書いてね。いつ分なのかも」



ー支払い後ー


「あ、ありがとうございました。あのお金は・・・」

 

セレナが申し訳無さそうにゲイルに話しかける。


「出してあげてもいいんだけど、ずっと心に引っ掛かるでしょ?だから稼いでから返してくれればいいよ」


「も、申し訳ございませんっ!」


「ぼっちゃん、あれはどういうことだ?」


「ゴーア商会は金じゃなくて宿が欲しいんだよ。というかこの土地だろうね。亡くなったバードンさんがセレナさんに登記簿を書き換えたのはなんかあったんじゃないか?いざというときにこことセレナさん達を守る為に」


「ぼっちゃん、どういう意味でしょうか?」


「バードンさんが亡くなったのは事故だと聞いたんだけど、時間帯と場所はどこ?」


「食堂が終わってからなので夜です。この先をまっすぐ行った所で馬車にはねられてて・・・」


「バードンさんは夜出掛けたりする人?」


「それまではほとんどありませんでしたが、亡くなる前は何度かそういうのがあって・・・」


「ダン、明後日食堂休むからちょっと調べて来てくれない?俺はあそこに呼ばれてるからそっちに行くよ。午前中は肉屋にソーセージとか教えにいくから夕方になるけどね」


「了解だ」


すっかりと重くなってしまった小熊亭の空気。昨日までの活気が嘘のようだ。セレナもチッチャも涙を浮かべジロンは渋い顔で唇を噛んでいる。



「遅くなってごめーん。歩くと時間かかるねっ」



息を切らして学校から帰ってきたベントは明るかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る