第324話 うっかりダン
皆が帰った後にセレナが俺に話しかけてきた。
「ぼっちゃん、あなた様は一体・・・」
「セレナ、ぼっちゃんの事は気にするな。どこに行ってもこんなんだからな。別に裏があるわけじゃねーし、どこでも旨い飯が食えるようになればいいだけだ」
「旨いご飯・・・?」
「ぼっちゃんは旨い飯と風呂がありゃ幸せなんだ。ここも別に自分が金儲けとかそんなんも考えちゃいねぇ。自分がどれくらい金持ってるとか知らねぇからな。皆で旨い物食えりゃそれでいいんだ。それがたまたまこの宿だっただけの話だ。なぁぼっちゃん」
「そうだよ。あとチッチャがベントと友達になってくれたらいいよ。こいつぼっちだから」
「よ、余計な事をいうなっ!それにぼっちてなんだよっ!」
「べ、ベント君と友達・・・?」
「い、嫌なのか?」
「ううん、ありがとう。私も嬉しい」
「だってさ、良かったなベント」
「う、うるさいっ!」
何真っ赤になってんだよ。ゆでダコかてめぇは
「そうだ、ベント、屋台どうする?」
「ここでやるんじゃないのか?」
「それもいいんだけど、学校始まったら仕込みをする時間取れないんじゃないかと思ってな。この3日間は早めに開けて早めに閉めたけど、明日からはそうはいかないと思うんだよね。焼き鳥屋じゃなくて食堂としてやっていくならお前の時間に合わせられないから」
「どういうことだ?」
「学校が始まったら昼飯の時間には間に合わないだろ?夜はみんな仕事が終わってから来るからお前だけ先に帰る事になる。みんな忙しくなってきた時に先に帰りにくいだろ?」
「それはそうだけど・・・。焼き鳥は誰が焼くんだ?」
「ジロンさんに任せればいい。お前は屋台でソーセージ焼いて売ってみれば?肉屋が作った奴を棒に刺すだけだから仕込みの時間はほとんどいらなくなる」
「そ、ソーセージだとっ?焼き鳥をあんなに練習したのが無駄になるじゃないかっ!」
「さっき、大番頭さんが言ってたろ?お前が将来焼き鳥屋になるならそれもいい。だけど違うだろ?さっきの話を聞いてて俺もそう思ったんだ。お前は本当に真剣に焼き鳥に向かいあった。仕込みのスピードも上がったし、焼く腕も上がっった。この短期間で本当に見事だと思う。だから次のステップに進め」
「次のステップ?」
「そう、次のステップはコミュニケーション能力の向上だ。さっきもあまり話せなかったろ?」
「う、うん・・・」
「会話は性格も有るけど慣れもあるからな」
「慣れ?」
「お前は別に人と話すのが嫌いな訳じゃないだろ?」
「うん」
「お前が持ってる才能ってさ、魔法より集中力なんだよ」
「集中力?そんなものに才能があっても・・・」
「何言ってんだ。集中力の才能ってめちゃくちゃ重要なんだぞ。やると決めた事や興味のあることがあれば一気に集中して身に付ける事が出来る。剣とか勉強とかなかなか身に付かなかったのはあまり興味が無かったからだと思う。剣は父さんやジョンがやってるから、勉強はサラが言うからやってただろ?」
「そ、そんなことは・・・」
「俺がかけ算教えたらあっという間に覚えたじゃないか。あれは面白いと思ったからじゃないのか?魔法もそうだろ?興味があって使いたいと本気で思ったからすぐに使えるようになったんだ。お前の才能はその集中力だよ。あとそれを実現出来る能力だ。本来、職人に向いてる能力だな」
「職人にはならない」
「だろ?その能力は他に生きて来ることが必ずある。ただコミュニケーションスキルが低いとどんどんそれを生かせる場所が減る。見知らぬ人と様々な会話するには屋台の方が合ってると思うんだ。試しに明日俺と交代してみるか?」
「交代?」
「中だと客としゃべることが無いだろ?外は喋りながら焼き鳥焼いて、どれだけ酒が出てるか数えて、お金を間違って入れてないか確認してと中々難しいんだ。釣りがある時は注文と出した金からさっとお釣りの計算しないといけないし」
「ぼっちゃん、いきなりハードルが高過ぎるぜ。あんなのぼっちゃんしか出来る奴いねーよ」
「なんでそんなのが出来るんだ?」
「小屋の宴会とかでもおんなじだろ?金のやり取りが無いだけで。やれあれが食いたい、やれあれが飲みたいとかみんなめちゃくちゃ言ってくるじゃないか」
「そうだな、今日の飯もほとんどぼっちゃん一人でやったからな。ジロンはあんなの出来るか?」
「いや、今は無理だ」
「それにバラバラに料理が出て来たように見えるが、あれは手伝ってる俺に合わせた順番に作ってくれてたんだよ。初めはセレナやチッチャ向けの飯だ、最後の方は酒飲む用の食い物だ。誰がどのタイミングでどんな物を食べるか知ってないとあんなのは出来ねぇ。とにかくぼっちゃんは色々な所を良く見てる。全部真似出来るわけねぇが、なんか作りながら客と会話する、こいつは良く焼いた方が好きだったなとかそういうのが出来るようになればいいんじゃないか?」
・・・
・・・・
・・・・・
「今回のベントを見てて集中力が凄ぇのは俺も感じた。ジョンも集中力が高ぇ、あいつはそれを剣に全振りした結果があの腕前だ。ぼっちゃんの集中力もすげぇからな。ここぞと言う時の集中力はアーノルド様みてぇだ。兄弟3人ともそうだから、ディノスレイヤ家の血ってやつだろうな」
おいっダン …
「ディノスレイヤ家?」
「あっ・・・」
「僕にも父さんの・・・」
うっかり口を滑らせたダンになんの疑問も持たないベント。
チッチャが恐る恐る友達になったベントに聞く。
「あの・・・、ベント君ってなんの学校に行ってるの・・・かな?」
「領主育成コースだよ」
「ええええええええーっ!」
ざっと頭を下げるセレナ、ジロン、チッチャ。
ほらぁ、こうなるじゃん。
「き、貴族様のご子息とは知らず数々のご無礼を・・・」
「もー、やめてやめてやめて、隠してたわけじゃないけど、言ったらこうなるでしょ。だからあえて言わなかっただけだから」
「ぼっちゃん、すまん。うっかり口が滑っちまった」
「もういいよ、いつまでも隠しきれるもんじゃないし。ほらみんな頭を上げて。こういうの嫌いだから」
「お前ら、ディノスレイヤ領でもこんなんだから頭を上げろ。領主のアーノルド様も貴族がどうとか平民がどうとか気にしない人だから」
「し、しかし・・・」
「もういいってば。ずっとこんなんだったらもうここを出て行くよ。居心地悪いから」
「え、あのあの・・・」
「チッチャもベントと友達になってくれたんだろ?さっきまでと同じでいいから」
「うん、僕もさっきまでと同じ方が嬉しい」
ベントもだいぶ変わって来たよな。ドワン達に人間じゃないとか言った奴と同一人物と思えんな・・・
「で、どうする?ベント。ここでこのままやるか?それとも屋台でやってみるか?」
「屋台が次のステップなんだな?」
「そうなるかどうかはお前次第だけどな。やってみる価値はあると思うぞ」
「どうやって屋台を借りるんだ?」
「ジロンさん、もう屋台売れた?」
「いやまだ売りに出してね・・ないです」
「普通でいいってば。じゃベントに売ってくれないかな?ベント、お前銀貨50枚持ってるか?」
「まだあると思う」
「じゃ学校始まって寮に戻ったらお金持って来て払って」
「卒業したらどうするんだ?」
「また誰かに売るか貸せばいいよ。屋台の場所の権利はなかなか出ないから貴重だぞ」
「ぼ、ぼっちゃん・・・、銀貨50枚は一番高く売れた時の話で・・・」
「じゃあそれでいいじゃん。ジロンさんが買った時はもっと高かったんじゃないの?」
「そ、そうだが・・・」
「じゃ決まりでいい?」
「よ、宜しくお願いします」
「ベント、屋台代が銀貨50枚、お前が卒業するまで20ヶ月残ってるとする、1ヶ月の屋台代はいくらだ?」
「銀貨2枚と銅貨50枚」
「ソーセージの仕入れ1本銅貨2枚、売値が銅貨5枚。何本売れたら屋台代が稼げる?」
・・・
・・・・
「84本」
「よく出来ました。それに炭代、串代、ソース代を入れたら100本が損益分岐点だな。夏休みとか王都を離れるならその月は20ヶ月から引いて計算しなおしてくれ」
「ぼっちゃん、損益分岐点というのは?」
「これ以上売れたら黒字、売れなかったら赤字という目安だよ。ベントが毎月100本売らなければ赤字だね」
「1本銅貨5枚は高くないか?」
「どこにもないものだぞ。さっきのより太く作ってもらうから焼き鳥3本くらいの食いでがある。焼き鳥3本はいくらだ?」
「銅貨6枚」
「な、ソーセージの方が安い。絶対売れる。マスタードは初回分は送ってやる。流通に乗せるから次からは仕入れてくれ。タレはトマトソースでいいんだけど、冬には手に入らないから冷凍して送ってやる。市販品が出回り始めたらそれを買って作れよ。味は自分で研究したらいい。トマトソースは一般的なものだからレシピの登録は無理だぞ」
「わかった」
「セレナさん、ベントの仕込みと材料の預りはここでさせて貰っていい?」
「も、もちろんです」
「ジロンさん、ベントが屋台を始められる頃は俺達がいないかも知れないんだ。初めの間だけでいいから手伝ってあげてくんない?屋台のしきたりとか暗黙のルールとかあるでしょ?」
「あぁ、もちろんだ。任せておいてくれ」
後はジロン達に料理を教えて、肉屋にスモークを教えて終わりかな。
少しずつイベントがクリアされていく。
でもまだラスボス残ってるんだろな・・・
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