第315話 程よく流行って欲しい
ここで食べた人が他にも話してくれてるのかひっきりなしに客が来る。
「ぼっちゃん、外まで並んでんぞ。どうすんだ?」
焼き鳥の在庫はまだあるけど、エールがヤバい。樽で60杯と瓶が60本。全部で120杯だが残りの瓶は半分ってとこか・・・
「いま並んでる人達で来店止めるわ」
終了時間には早いけど仕方がない。
「並んでくれてるお客さんで今日は打ち止めです。すいません」
急いで看板を作って本日終了のお知らせを出す。
その後からもぞろぞろと人が来る。
「なんだよ~、せっかく来てやったのによぉ」
「ごめんね、エールがもう無くなりそうなんだよ。ワインだったらあるけど」
「ここのエールが旨いって聞いたから来てやったんだぞ」
「ごめんね、2樽分用意してあったんだけどもう無くなるんだよ」
「そんなに売れてんのか?」
「こっちもびっくりだよ。皆こんなに飲むとは思わなかったからさ。明日は多めに仕入れとくから。ごめんね」
来る客、来る客に謝り続ける。
「おい、来てやったぞ」
あー、仕入れ先のおっちゃん達だ。
「ごめん、ちょっと待ってて」
ダンにエール3本を確保して貰い、チッチャに宿の部屋へ案内するように頼んだ。断った他の客の手前、食堂に案内するのは不味い。
こそっ
(ごめん、話し合わせて)
(どういうこった?)
(エールが無くなって他の客を断ってんだよ。泊まり客ってことで案内するから)
(なんかわからんがいいぞ)
「お泊まりのお客さんどうぞ~」
チッチャがナイスタイミングで来てくれた。
いま並んでるお客さんに常連カードを渡す。ダンにはこのカードを持ってる人で終わりだと説明しておいた。
終了の看板を大きく立てておいた。
「坊主、大盛況じゃねーか?」
「ありがたい事にエールが売り切れでね。1人1本ずつになるけど、その分高級酒をサービスするよ」
焼き鳥15本とエール瓶3本を持って部屋に行く。
「お待ちどう様、焼き鳥とエール」
「瓶詰めのエールとは珍しいな。これが別のとこから仕入れたやつか?」
「これ60本で1樽なんだけど、これで終わり。樽で仕入れたやつは先に無くなったから」
「そんなに出たのか?」
「ワインがまったく出なくてね、エールばっかり注文はいるんだよ」
そう説明しながらジョッキにエールを注いで行く
「ずいぶんと泡が多いな」
「こうやって入れると最後まで美味しく飲めるんだよ。さ、飲んで」
ゴッゴッゴッゴッと肉屋と八百屋と酒屋の親父がエールを飲む。
かーーーーっ
「めちゃくちゃ旨いじゃねーか」
「でしょ?みんなそう言ってどんどんお代わりするんだよ。焼き鳥も食べて」
「これは初めて食べる味だな。うちの鶏がこんなに美味くなるのか」
「うちの兄貴が焼いてるんだよ。タレも特製だし、薪じゃなくて炭で焼いてるからね。肉の旨味が違うでしょ」
「あぁ、すっごく旨ぇ。これならこれだけ客が入るのも無理もねぇ」
「エールがもう無いから、高級酒を持って来るよ。焼き鳥とそのうち出す新メニューも持ってくるから待ってて」
厨房に行くとベントは焼き鳥焼きマシーンと化していた。もうすぐ終わるからな。
餃子を焼いて唐揚げと鶏つみれスープを温めていく。ラー油は辛いのにしておいた。
「はい、これが餃子。あのニラを使ったやつね。これが唐揚げ。鶏肉を油で揚げたもの。これがつみれスープ。おっちゃんがゴミって言った骨で作ったスープだよ。餃子に付けるタレは酢と塩と唐辛子で作った調味料を付けてね。辛いから自分で好みになるように調節して」
料理を渡した後に蒸留酒を瓶に入れて水と氷を一緒に持っていく。
「おいおいおい、なんだよこの料理は?こんなの食ったことねぇぞ」
「気に入った?」
「あぁ、めちゃくちゃ気に入ったぞ。」
「ニラってこんなに旨くなるのか?」
「他にも色々と出来るけどね。今はこれだけ。冬が明けて生のニラが出回りだしたら確保しておいてね」
「他にもあるのか?そいつぁ楽しみだな」
「鶏の骨ってどうやって使ったんだ?」
「綺麗に洗って煮込むだけだよ。豚の骨でとか牛の骨も使えるけど鶏が一番使いやすいね」
「このフワフワしたやつも鶏肉か?」
「そうだよ。包丁で叩いて身を潰したところに野菜とか塩で味付けしてあるんだよ。餃子の中のは牛肉と豚肉をまぜて同じようにしてあるよ」
「唐辛子で作った油ってこんなに旨いのか・・・」
「他にも材料使ってるけどね。塩揉みしたキュウリとかに付けたら簡単に酒のアテにもなるし、まぁ色々使えて便利だよ」
「この唐揚げってやつは・・・」
質問攻めに疲れて来たので、蒸留酒を入れてやる。
「物凄く酒精が強いからから初めはほんの少しだけ口に入れて飲んで。一気に喉までやると咳き込むから」
まず酒屋のおっちゃんがクイッと行く。
ゴフッ
「なんだこれは?」
二人も飲んでみる。
「くっ、喉が焼けやがる・・・」
「だから言ったでしょ。ちょっと氷と水で薄めるから」
グラスに氷と水を入れて飲ませる。
「これなら普通に飲めるよ」
少し警戒しながらごくっと飲んだ
「う、旨い・・・」
「好き嫌いあると思うけどどんな料理にも合うと思うんだ」
「これ、うちでも仕入れ出来るか?」
「うーん、今は無理かなぁ。ちょっと約束があってね、しばらくは一般販売してない酒なんだよ。エールやワインと比べてめちゃくちゃ高いしね」
「これいくらで売ってんだ?」
「今飲んだので銅貨80枚だよ。これでも安くしてるんだよ。東の辺境伯領だと銀貨4枚くらいするみたいだから。貴族街の高級レストランでしか飲めないらしいよ」
「そんなに高い酒なのかっ?」
「そうだよ。生産量が少ないしどこにもないからね」
「なんでそんなもん手に入れられるんだ?」
「そこは商売の秘訣ってやつだよ」
「ったく、こんなにちっこいのに末恐ろしいやつだな」
「しかし、お前みたいな奴がここに来てくれたんだ。この辺りも活気が戻るかもしれんな」
このおっちゃん達に聞けば何か分かるかも知れないな。
「ここってなんでこんなに寂れてんの?反対側はすごい栄えてるよね?」
「1年前くらいからかな、こっちは治安が悪いとかの噂が出始めたのは」
「そうだな、まったくそんなことはないんだがそんな噂が流れ出してから外の人間がだんだんと来なくなってきてな。地元のやつしかうろうろしなくなったんだよ」
「この辺りは外のやつら向けの商売してるやつばっかりだからな、あまり金持ってねぇやつは屋台で飯も済ませちまうし、普通のやつらは反対側に行くだろ?もっと金のあるやつは中心地に行くからな」
なるほど、一般層が全部あっちに食われたのか
「噂の出所ってわかる?」
「それがよくわかんねぇんだ。本当にいつの間にかだ」
「俺もここに来るときにこっちは治安が悪いって言われたんだよね」
「そうそう、おせっかい野郎がたくさんいてな、そういうやつらがどんどん噂を広めてやがんだ。まぁ、俺達も言えた義理じゃねえが口の悪い奴が多いのは確かだから、住民じゃねえ奴がそう思っても仕方がねぇのかもしれねぇ」
それはあるかもな。おっちゃん達も冒険者みたいなしゃべり方だしな。
「周りの店も閉めてるんだけど、感謝祭だから?」
「いや、感謝祭は稼ぎ時だ。それなのに予約も入らなかったから見切りを付けたんだろ。始まりの日が過ぎて年が明けたら外から来る奴等はぐっと減るからな。春になりゃまた増えるんだがよ、感謝祭でこれだとなぁ」
ほかは小熊亭と違って早くに見切りを付けたのか。
「しかし、坊主みたいな奴が来てくれてよかったぜ。一軒でも流行ってる店がありゃ人の流れも変わるってもんだ」
そう言ってわっはっはっはと仕入れ先のおっちゃん達は笑いあって帰る準備をし始めた。
「明日エールを10樽運んでおいてくれない?お金はその時に払うよ。別に今でもいいけど、夜にお金を持ち歩くの嫌でしょ?」
「そんな気遣いまでするとは大したもんだ。じゃあ明日運んでおいてやる。銀貨8枚でいいぞ」
エールも安ワインも業者価格で樽が銀貨1枚だった。さらに割引してくれるんだ。
「ありがとう。今日はちゃんと食堂に案内出来なかったから試食ってことにしておくよ。これはお土産。明日の朝にでも少し焼き直して食べて」
「お、土産までくれんのか。ありがとうよ」
中身を確認せずに受け取りおっちゃん達は上機嫌で帰って行った
下に下りると食堂も客が引けたようだった。
「お疲れ様。俺達も飯食おうか」
つみれスープと少し残った焼き鳥、唐揚げを用意した。
「何も手伝えなくてごめんなさい」
よろよろとセレナが部屋から出てきた。
「お母さん、大丈夫っ?」
「ちょっと力が入りにくいけどもう大丈夫よ。明日から手伝うわね」
「まだ手伝わなくて大丈夫だよ。普通のご飯食べられそうなら一緒に食べよう」
ずっと寝たきりだったから身体の筋力が落ちてるだけだろう。あと2~3日で動けるようになるかな?
チッチャはたくさんのお客さんが来てくれて断らないといけなかった事とかすごく美味しいと誉められたことを嬉しそうにセレナに報告していた。
昨日の様に風呂に入った後、ベントは屍状態だったので先に寝かせた。セレナとチッチャも先に寝かす。明日も戦争のようになるからな。
厨房に行って後片付けを魔法でしていくと洗い物もあっと言う間だ。ダンがそれを棚にしまっていく。
「ダンもお疲れ様。明日もこんな感じだろうね」
ダンは酒を飲み、俺は帳簿を確認していく。
エール115杯、赤ワイン7杯、白ワイン0杯、焼き鳥312本
売上:銀貨12枚と銅貨43枚
蒸留酒が出た数が41杯だから客単価銅貨30枚くらい。
あれだけ忙しくてもこんなもんか。
庶民向けの食べ物商売は厳しいなぁ・・・
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