第310話 なんとなく分かってくる

翌日もベントは延々と焼き鳥の仕込みだ。忙しくなるのを前提で作りおきをしておかないと客をさばけなくなる。


100本売って銀貨2枚の売上。単純原価で粗利銀貨1枚と銅貨40枚。深夜まで営業するなら300本くらいまで売ることは可能だが、夕方~夜でやると200本で限界だ。エールとテーブルワインが1杯銅貨5枚。これは王都の相場だ。粗利が銅貨2枚。1日の粗利がマックス銀貨4枚ってとこか。焼き鳥と酒の販売で月のマックスが銀貨120枚。実際には銀貨60枚行けば上等だな。


家賃と人件費を払ったらまったく残らないか足りない。宿屋の売上があって初めて少し黒字か・・・辛い商売だなぁ。


ざっくり暗算して1日焼き鳥100本、酒100杯を目標としよう。


こういう計算もベントに教えないとな。夜の飯が終わったらチッチャも含めて勉強会にしよう。



「ベント、後は任せといていいか?」


「どこか行くのか?」


「俺も仕入れ先見て来るよ。ディノスレイヤには無いものもあるかもしれないからね」


「焼き鳥だけ売るんじゃないのか?」


「母親が復活するまではね。それからはここの名物料理を作らないと焼き鳥だけだと飽きられちゃうかもしれないだろ?ベントもいくら美味しくても毎日毎日焼き鳥食べたいか?」


「いや無理だ」


焼き鳥が好物の俺でも無理だ。



ダンと二人で外に出て、地上げされてるだろう近辺を見ながら徒歩で仕入れ先まで向かう。


「観光客とか外の人間はほとんどいないね」


「そうだな、身なりからすると庶民街の住人だろうな」


そこそこ人がいるが店をキョロキョロ見たりする人はいない。



「ここだぜぼっちゃん」


普通の店だな。


店の中に入ると個人店が合体したような店作りだ。肉屋、八百屋、酒屋みたいにそれぞれが独立している。


「ダン、物を買うとき値段交渉した?」


「いや言われた値段で買ったぞ」


なるほど。それは一般価格だな。地元の常連とかならおまけとかありそうだが一見さんには通常価格だろう。


取りあえずメインの肉屋に行ってみることに。


「へえ、いらっしゃい。何買ってくんだ?」


「ここってさぁ、業務用に卸売とかしてる?」


「ちっけぇ癖に難しい言葉知ってやがんな。そっちの旦那の子供か?」


「いや、俺は付き添いだ。ちょっと商売の手伝いをすることになってな」


「地元の肉屋は卸売してくれるんだけどここもやってるかなぁって」


「なんだ余所で商売してんのか?そりゃ詳しいわけだな。買う量にもよるがまとめて買うならまけてやるぞ」


まだどれくらい必要になるかわからんからな。


毎月決まった量を買うならそれに応じて割引いてくれるらしいので、計算してからあらためて来ると挨拶をしておいた。


次は八百屋だ。冬なので販売している物が寂しい。


ここでも卸売の話を聞いた。条件は肉屋と同じだ。


「売ってるのはここにあるだけ?」


「いや、干したやつと冷凍したやつがあるぞ」


おぉ、さすが王都だ。冷凍野菜があるとは。


何があるか見せてもらうと、ニンジンやじゃがいも、ほうれん草とか売れ残りそうなものを冷凍してあった。


これはなんだろう?ネギか?


「これはネギ・・・じゃないよね?」


「こいつぁニラだ」


おぉ、ニラか。この世界で初めての出会いだ。


「これ大量にある?」


「お、こいつを買ってくれんのか?臭ぇて言われてあんまり売れねぇんだ。大量にあるぞ」


やった。これは買いだな。


「これ全部買うよ。ただうちの冷凍室が満タンだから預かってくれるかな?お金は先に払っておくから」


構わんぞということなので全部買い占めた。生のニラが出るまで持つだろう量は全部で銀貨1枚だった。高いのか安いのかはわからないが、預りも含めたらお買い得だろう。


「あと唐辛子はある?」


「お、ちっこい癖によく知ってるなぁ。丸と粉とどっちにする?」


「えっと、丸で。一袋分」


「そんなに何するんだ?」


「調味料に使うんだよ。」


そんな辛い料理なんて食うやついるのか?とか聞かれたけど笑ってごまかした。ニンニクも追加で買って持って帰る。


次は酒屋だ。同じ話をしてエール、赤、白ワインを樽で買う。一般販売の4割引だ。ワインビネガーもおまけしてくれた。


「どこに運ぶんだ?」


「小熊亭って宿屋知ってる?」


「あそこまだやってるのか?主人が死んでからだんだん取引が無くなったから辞めちまったんだと思ってたぜ」


「おっちゃん知ってるの?」


「あぁ、主人のバードンって奴がいいやつでな。事故で死んじまった時は残念だったぜ」


「どんな事故だったの?」


「夜に馬車にひかれたそうでな、犯人も見つからないままだ。奥さんも子供もいるってのによ・・・」


事故死か・・・


「で、いつから再開すんだ?」


再開ではないんだけどね。


「明後日から始めるつもりだけど当分焼き鳥くらいしか出せないよ。あと上手くいったら仕入れはワインとビネガーだけになるけどそれでもまけてくれるのかな?」


「樽で買ってくれるならまけてやるが、エールはどうすんだ?」


「エールは知り合いから仕入れないとダメなんだよ。ちょっと特別な奴でね」


「何が違うんだ?」


「シュワシュワが強いんだ。良かったら飲みに来て。焼き鳥もよそより美味しいと思うから。よそのエールを飲んでみたかったら3日後くらいに来てくれたら用意出来てると思う」


わかったと酒屋の親父が返事した。


油はどこかな?


「おっちゃん、油ってどこで売ってるの?」


「油もここにあるぞ」


「じゃあ、オリーブオイル小樽とゴマ油小樽、菜種油を樽で頂戴」


一緒に運んでおくぜとのことだった。


後はバターやら牛乳やらを買い込んで終了。



「ぼっちゃん、交渉上手ぇな」


「いや無茶な交渉はしてないよ。業務用の仕入れ価格ってこんなもんだよ。これから取引が増えたらまだ下げてくれると思うし。商売始める前から無茶言ってもね。ずっと自分がやるなら無茶もするけど」


母親とチッチャがやっていくからメニューも増やせない。ベントも1年半くらいしかやれないから値段を上げて仕入れは抑えて高利益率を狙うしかない。


「ダン、反対側の裏通り行ってみようか?こっちの裏通りと比べてどんな感じか見てみたいんだ」


メインストリートは人でごった返している。そこを横切って反対側の裏通りに入った。



「めっちゃ人いるじゃん」


馬車は通ってないものの外から来たであろう人で溢れていた。店先を覗きこんだりしている人もいるし、昼間っから酒飲むところも賑わっている。


「ダン、どう思う?」


「反対側ってだけでこんなの差が出るのはおかしいな」


小熊亭と同じくらいの規模の宿屋で料金を聞いてみる。一部屋銀貨2枚で一人増えたらプラス銀貨1枚、合計3人まで泊まれるらしい。ちなみに満室だった。


「似たような料金だったね。少し高いくらいだ」


「そうだな。小熊亭が割高なのかと思ったらそうでねぇんだな」


ますますおかしい。こっちの通りの方が店が多いとはいえ、この差はなんだ?



門の近くまで来てメインストリートを横切って小熊亭のある方の通りに入ろうとすると声をかけられた。


「あんたら観光客だろ?王都は初めてか?」


「うん、そんなところ。やっぱり王都は賑やかだね。こっちは何があるか知ってる?」


「悪いことは言わねぇ。そっちは治安が悪くなってきててな。店も少ないしちっこい子供連れで行かない方がいいぞ」


「そうなの?」


「あぁ、こっから見ても人が少ないの分かるだろ?悪いことは言わん。宿屋を探すならあっちの通りに行け」


「どこもいっぱいだったんだよ」


「そうかいっぱいか。ならこの通りをまっすぐ進んだ所に金の宿って所があるからそこへ行ってみな。ここらより高いが空いてると思うぞ」


「親切にありがとう」


いやいや、王都を楽しんで行ってくれと言って手を振ってくれた。



「ダン、どう思う?」


「どうだろうな。嫌な感じはしねぇが・・・」


そう親切とも取れるし、わざとやってるのかとも疑ってしまう。


二人で気配を消してから細い路地を通って小熊亭に戻り、昼飯を食ってから金の宿とやらにも行ってみることにしたのだった。



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