第307話 一石二鳥

俺は見えるはずもないアイコンをタップせずに心の中で保留した。ベントの屋台を手伝わないとダメだからだ。


出掛ける前にチッチャに母親の体位を変え、手や足が固まらないように曲げたりさすったりするように指示しておく。これで少しはマシなはずだ。


あと身体強化、治癒、回復魔法を込めた魔力水に少し塩を入れたものを作っておいたので少しずつ飲ませるようにと言っておく。栄養は無いが体力回復には役立つだろう。ナルディックも復活したしな。


宿を出て、貴族街にあるベントの寮に着くとそれはそれは立派な建物で、冒険者まがいの服を着た俺達が受付に行くとゴミを見るような目で見られる。


「ゲイルって言うんだけど、領主コースのベント・ディノスレイヤを呼んで欲しいんだけど」


受付の女性は返事もせずに呼びに行った。


「めちゃくちゃ感じ悪いね」


「ぼっちゃんの姿を見て貴族とは思わんだろうからな。貴族街の奴らが平民に接する態度はだいたいあんなもんだ」


やだね貴族って。



「ゲイル様、ベント様に何かご用ですか?」


ベントではなくサラがやってきた。


「今日はベントと出掛ける約束をしているんだ。ベントは?」


「ベント様はお忙しい様です」


さっきの受付の態度といい、サラもうちの使用人の癖になんだこの態度は?


「サラ、二度は言わんぞ。ベントを呼んで来い」


ゲイルはいつものフランクな言葉使いから命令口調でサラに言った。


俺が凄んだ事でビクッとするサラ。


「お言葉ですがゲイルさ・・・」


「俺は二度は無いと言ったぞ。次になんか言ったら不敬罪で斬る」


そう凄むとサラはガタガタと震えて走って行った。



「ぼっちゃんが使用人に不敬罪で斬るとか言うとはねぇ」


「前から思ってたんだけどサラをベントに付けてるの良くないと思うんだよね。いまのも知らない奴が訪ねて来た対応ならわかるけど。俺に対してあれはどうかな?」


「まぁそうだな。斬るなら俺に言え、ぼっちゃんが使用人を斬ったなんて良くねぇからな」


斬る事には反対しないのか・・・。いや、ダンにもそんなことさせたくないけどね。帰ったらアーノルドに相談しておこう。



「ゲイル、遅かったじゃないか」


「あぁ、俺のせいじゃないけどね。早く乗って」


ベントをダンの前に乗せて庶民街へ戻った。



まずベントの服を買う。貴族貴族した服を着た奴が庶民街に行くとろくな事が無さそうだ。


「お、駆け出し冒険者みたいに見えるぜ」


ダンがベントを見てそう言った。


俺達と良く似た服を何着か買ってから屋台街に向かう。


串肉を買って屋台がどこで借りられるか聞いてみた。


「借り物屋台ならあっちの商会だな。しかし場所がねぇんじゃねえか?親子3人でこれから屋台ってのも大変だな」


妻に逃げられ、子供二人を連れて王都まで出稼ぎに来た親子と間違われたようだ。ダンは誰がこんなデカいガキの親だ。そんな歳じゃねーぞとかぼやいてた。いま27歳とかだっけか?


ダンの見た目は30半ばだからな。試しにパパと呼んでみたら小突かれた。



貸し屋台を仕切っていると説明して貰った商会に来た。


「屋台を貸してくれるのはここか?」


「おうそうだ。いつからだ?」


いかついヒゲ面のおっさんが対応してくれた。Theテキヤの大将って感じだ。


2日後くらいだと告げると、屋台はあるが場所が無いと言われた。


ちなみに屋台と場所代のリース料は1日銅貨50枚、一週間で銀貨1枚、1ヶ月で銀貨2枚だった。


「場所空いたら連絡してやるよ。門の外なら今でも空いてるぜ。門の中なら待つしかねぇ。どこに住んでんだ?」


学校の寮だけど貴族街だからな・・・


「俺たちは小熊の宿って所に泊まってるんだけど」


「宿?お前ら王都の人間じゃねぇのか?」


「そうだよ」


「なら、保証人が必要だ。王都で店持ってるやつの保証だ。屋台の奴はダメだぞ」


保証金を預けると言ってもダメだった。犯罪者の隠れ蓑とかに使われた事があるらしくこれは絶対らしい。


取りあえず屋台を借りるのは保留して退散した。



「保証人かぁ、エイブリックさんでもいいかな?」


「あのなぁ、どこの世界に屋台出すのに王族に保証人頼む奴がいるんだ。そんなもん持って行っても信用される訳ねぇだろ。それか大事になるに決まってる」


「あと知り合いはロドリゲス商会しか無いね。大番頭さんに頼むしかないかなぁ」


「貴族街にある王家認証店でも大事になるんじゃねえか?」


まさかここに来て身分や格式の高さが仇になるとは・・・



取りあえず食材を買ってチッチャの宿に行く事にした。


「あ、もうお戻りですか?」


「ちょっと手間取ってね。厨房って借りれるかな?」


「厨房ですか・・・?それとそちらの方は?」


「俺の兄貴。王都に住んでるんだよ。アルバイトで屋台やろうと思ってたんだけど屋台借りるのに王都で店持ってる人の保証人が必要みたいでね。場所も空いて無さそうだし・・・」


「屋台で何を出すつもりだったんですか?」


「焼き鳥だよ」


「へぇ、激戦ですね。」


「厨房貸してくれるならここで焼いてみるけど食べてみる?他の店より美味しいと思うんだ」


チッチャは良いですよと言ってくれたので厨房に向かう。



「じゃベントは焼き鳥を仕込んで。俺は違うもの作るから」


厨房も古いタイプだがよく手入れが行き届いている。父親がいた頃は繁盛してたのだろうか?


夜は裏手ということで寂しい通りだとは思ってたが昼間はけっこう人通りもあって悪くない場所だった。


ベントは手慣れた手つきで焼き鳥を仕込んでいく。炭は無くて薪だけど商売用じゃないから良しとする。


俺は色々な具材をスープにしていく。


「ぼっちゃん、煮込みすぎじゃねーか?」


「これは俺達のじゃないよ」


栄養失調の母親セレスはスープくらいからしか食べられ無いだろう。すべての具が溶けるまでグツグツしていく。


「わぁ、鮮やかな手付きだねぇ。お父さんを見てるみたいだ」


ベントが鶏肉をさばいて串に刺していくのを見てチッチャは感心していた。


「チッチャ、お母さんの具合はどう?」


「言われた通りに手足をマッサージして動かしてるよ。貰った水も飲めてるみたい」


「それは良かった。じゃあこれお母さんに食べさせて。少しずつ食べさせてね。いきなり食べると吐いちゃうから」


人肌まで冷ましたスープをチッチャに渡す


「えっ?お母さんの?」


「そう。これが普通に食べられるようになってきたら違うのにしていくから。チッチャのは別に用意するから早くお母さんに持って行って」


ありがとうとお礼言ったチッチャは小走りに母親の元へと向かった。



薪を燃やして火が落ち着くのを少し待つ。


「そろそろいいだろ。ベント焼いて行って。炭より焦げやすいから」


わかってるよっ!と返事をしたベントは焼き鳥を焼き始めた。


その隣で俺はじゃがいもを焼いていく。パン種も無いし米も持って来てないから主食はじゃがいもだ。


じゅーじゅーと音を立てて焼けていく焼き鳥。タレを付けて焼くを何度か繰り返して完成だ。ダンと二人で味見をする。


「お、ベント。バッチリだ」


「当たり前だ。どれだけ焼いたと思ってるんだよっ!」


冬休みの間、焼き物修行をしていたベントはセミプロまで上達していた。



「わぁ、すっごく良い匂い」


「もう焼けてるからチッチャも食べな。じゃがいもももうすぐ焼けるから」


「あ、お客さん。お母さんちゃんとスープ飲めたよ」


「そうか良かったな。晩にも同じの作ってやるからまた食べさせてやって」


今日の夜と明日の朝もスープが飲めたら少し固形物を入れていこう。こうやって徐々に食べられるようになれば命は助かるはずだ。



「わ、この焼き鳥すっごく美味しい」


チッチャがそういうとふふんと自慢気な顔のベント。


「チッチャ、これ売れると思う?」


「これなら売れるよー。すっごく美味しいもん。こんなの食べてたら私の料理なんて・・・不味いよね」


てへっと舌を出すチッチャ。


「しばらくここに泊まるから料理教えてやるよ」


「え?本当に泊まっていってくれるの?」


「お母さんの事も気になるからな。ベントはどうする?寮に帰るかそれとも学校が始まるまでここに一緒に泊まるか?俺の部屋でいいなら料金変わらんしな」


「ここに?」


「毎日送り迎えするのも面倒なんだよ。チッチャとベントって同じ歳くらいだろ?友達も出来てちょうどいいんじゃないか?」


「あ、あ・・・あぁ」


「チッチャは今何歳だ?」


「10歳だよ。年が明けたら11歳」


「僕と全く同じ歳だ」


「同じ歳かぁ。ベントさん宜しくね」


「う、うん」


少し赤くなったベントはチッチャにそう返事をした。


母親の体調が良くなったのと美味しい物を食べたことでチッチャも元気になったようだ。



「おーい、誰かいるか?」


「あ、お客さんだ」


バタバタっと走って受付に向かったチッチャ。そしてまたバタバタと戻ってくる。


「どうした?」


「この匂いはなんだって聞かれて・・・」


宿の前を歩いてた人が匂いにつられて入って来たらしい。ちょっと様子を見に行くと食堂に二人座っていた。


「こんちは。お客さん二人とも王都の人?」


「そうだぞ坊主。ここからいい匂いがしてきやがったけど何作ってんだ?」


「賄いの焼き鳥焼いてたんだけどね食べる?」


「これが焼き鳥の匂いなのか?」


「そうだよ。屋台出そうかと思ってね。お金いらないから食べた感想聞かせてくれる?」


「いいぞ!ぜひ食わせてくれ」


チッチャに言って焼き鳥5本ずつとじゃがバター1個ずつ渡した。


「どう?王都には無い味だと思うんだけど」


「坊主、めちゃくちゃ旨いぞ。いつから屋台出すんだ?」


おっさん二人ノリノリ。


「それがさぁ、場所が空いてないんだよね。それに俺達王都の人間じゃないから保証人が必要って言われてね」


「ならここの食堂で出せばいいじゃねえか」


「俺達はこの宿に泊まってるだけなんだよ。この宿の従業員じゃないんだ」


「なんだよ、ここってしばらくやってるかどうかわからん宿だろ?こいつとエールだけでも出せばいいじゃねぇか。みんなで来てやるぞ」


ふむ、屋台と思いこんでたがそれもありか。


「チッチャ、どうする?ここで焼き鳥出すか?」


「えっ?いいの?」


「ベントはどうする?」


「屋台が難しそうならここでもいい」


「おっちゃん、じゃあ3日後からここでやるよ。ちなみにこの焼き鳥ならいくらで買う?」


「これなら1本銅貨2枚でもいいぞ」


それなら税金払ってもいけそうだな。


「よし、おっちゃん達ありがとう。これも持って帰って」


5本ずつ土のコップに入れて渡すと二人は喜んで帰って行った。



取りあえずベントのアルバイト兼社会修行は屋台ではなく小熊亭でやることに決まった。


ここだと売上、利益、税金の計算とか、色々実地研修が出来るだろう。宿の経営も立て直せるかもしれないし、一石二鳥だな。




→助ける


ピッ


俺は心の中でアイコンをタップした。


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