第306話 イベント発生

「じゃ、宜しく頼んだぞ」


ベントがジョン達と同行した為、王都まで送っていく必要がなくなったアーノルドは王都行きをダンと俺に任せた。


王都の門が閉まる前にギリギリ到着。ベントの所には明日行くことにして馬を預かってくれる宿を探す。


「貴族街と庶民街の宿、どっちにする?」


「庶民街でいいだろ?どうせ寝るだけだし飯もそう変わらん」


という事で門の近くの宿を探す。馬を預かってくれるところはこの辺りに多いのだ。それに屋台街が近い。


「ここにしようか」


屋台のすぐ近くの宿を訪ねた。


「今日泊まりたいんだけど二部屋空いてる?」


年末の感謝祭というのことで人がごったがえしている。残念ながら空いていなかったので近くの宿を何件か回るが軒並み満室。仕方がないので少し裏手を探してみることに。


「お兄さん達宿を探してるの?」


「そうだが?」


「どこもいっぱいだったでしょ?うちはたまたま2部屋空いちゃったんだけどどうかな?」


10歳くらいの女の子がうちの宿はどうだと聞いてきた。


「ま、どこでもいいんじゃねぇか?」


ダンがそう言うので案内してもらった。どこも空いてないのに客引きするくらいの宿ってどんなのだろうか・・・?


相当ひどい宿を覚悟していたがこぢんまりとしているものの掃除の行き届いた宿だった。


1泊一部屋銀貨2枚、飯別、風呂無しトイレ共同。馬は無料で預かるだけで、餌も自分で用意して水も井戸から自分で汲まないといけない。井戸は釣瓶落とし・・・


「この宿泊代金って妥当?」


「割高なんじゃねえかな?他空いてないかもしれんから別にいいじゃねぇか」


それに水もエサも問題ねぇだろ?だと。


宿を案内してくれた女の子はチッチャと言うらしい。受付もチッチャがしてくれる。


「ダン様とゲイル様ね、本当に別々の部屋でいいの?同じ部屋なら銀貨2枚で済むよ」


部屋で料金が決まるから2部屋だと銀貨4枚。全部で10部屋あるが客は俺達だけだった。


「他に誰もいないの?」


「お母さんがいるよ。体調崩して寝てるけど、部屋の掃除もご飯も私が作るから大丈夫だよっ!」


父親は無し、病気の母親と子供の二人で宿やってるのか。そりゃセルフサービスのオンパレードじゃないと対応出来ないだろう。それに庶民街の裏手、割高な料金、今は子供一人で切り盛り・・・そりゃ空いてるわな。


ダンと二人で薄い塩味のスープと硬いパンに銅貨10枚ずつ払って食べていた。



「ぼっちゃん、明日からどうする?」


「別にここでもいいんだけど・・・」


宿の状況には同情するけど素泊まりで銀貨4枚払い続けるのもなぁ・・・


「どう?お父さんのレシピみて作ったんだけど」


チッチャがもそもそ食べている俺達に料理の感想を聞きにきた。


「正直に言った方がいい?それとも気を使った方がいい?」


ニコニコして聞いてくるチッチャに返答に困った俺はそう答えた。


「お、美味しくなかった・・・?」


「まあ、気を使わずに言えば・・・」


「ごめんね、父さんがいればもっと美味しく・・・」


あー、湿っぽい展開だ。


「いいよ、いいよ、王都のご飯には期待してないから。どこで食べても似たようなもんだし」


「王都のご飯って美味しくないの?」


「俺達はディノスレイヤから来たんだけど田舎だからなんでも安いし、肉も野菜も新鮮だからね」


「ディノスレイヤってそんな遠く・・・・じゃ、ないわね。冒険者の街って王都とそんなに違うの?」


「人が増えてるから・・・」


と言いかけて外から怪しい気配がした。ダンも剣に手をやる。


「お客さん・・・?」


チッチャはいきなり俺達の様子が変わった事に驚く。


ヒヒーン


シルバーの嘶きが聞こえたので慌てて外に出るとシルバーを拐おうとしているのか男二人が馬小屋の前に居た。


「こんな宿に泊まるなんざ物好きなやつらがいたもんだぜっ」


俺達の姿を見た二人組はそう捨て台詞を吐いて走って逃げて行った。


「シルバー、怪我は無いか?」


シルバーはふんふんと首を振って頭をこすりつけてくる。良かった何も無いようだ。ダンもクロスの様子を確認するがなんとも無いようだ。


「ごめんなさい ごめんなさい」


ポロポロと泣き出すチッチャ。



取りあえず宿に戻って事情を聞くことになった。


2年前に父親が亡くなって母親と二人で宿を切り盛りしていたが夏に母親が倒れたらしい。この宿を売れと何度も断っていたのを母親が倒れた後に知ったそうだ。犯罪にならないギリギリの嫌がらせもあり、誰か泊まっても翌日には出ていき、そのうち誰も泊まってくれなくなったそうだった。


典型的な地上げのパターンだ。どうやら俺が王都に来たことでイベントが発生したらしい。


→見捨てる

→助ける


ゲイルはこんなアイコンが見えた気がした。


「お母さんは病気?」


「わからない。薬を買うお金も無いし、税金も払わなくちゃいけないからって」


俺はこの世界に来てから病気をしている人を見たことがない。初めての病人だ。


「ぼっちゃんの何かを呼び寄せる体質は健在だな」


ダンが呆れた顔をするが否定出来ない。


倒れたのが怪我ならなんとかしてやれるかもしれないから母親の元へ案内してもらおう。



コンコンっ


「は・・い・・・」


かすれて消えそうな声が中から聞こえてくる。すっごく明るい屋敷に比べて薄暗い宿でこんな声はちょっと怖い・・・


「お母さん、今日お客さんが泊まってくれたんだよ。だからご挨拶にって」


なぜ客が病気の母親に挨拶に来るか意味がわからないがチッチャはそう説明した。


ドアを開けると腐敗臭がする。ろうそくに照らされた母親の頬は痩せこけ目は窪んでいた。


「こ、こんな姿で申し訳・・・ございま・・・」


とても辛そうな母親。この状態だと長くはなさそうだ


「お邪魔します。辛そうなので話さないでいいですよ。ちょっと綺麗にしますね」


部屋全体にクリーン魔法を掛け、母親に治癒魔法を掛けることに。腐敗臭は褥瘡じょくそうの膿から発生しているはずだ。激痛が走っているはずなのに笑顔を作ろうとした母親に黙って治癒魔法を掛ける。


「痛いのは収まりましたか?」


母親の顔から苦痛を我慢した表情が消えた



「い、痛みが・・・」


「お、お母さんっ」


「チッチャ、痛いのが消えて・・・」


そう、呟いた母親は意識を失った。


「お母さんっ! お母さんっ!」


「大丈夫。眠っただけだよ。そのまま寝かせておいて」


母親を揺り起こそうとするチッチャにそう伝えた。


「チッチャ、治癒魔法で褥瘡って言うのは治したけど、このままだとまたすぐに同じ事になる」


「ぼっちゃん、じょくそうってなんだ?」


「ずっと寝たきりで身体を動かさないでいると、自分の体重で皮膚が腐ってくるんだよ。このまま寝たきりだとまたすぐに同じことになる」


「お客さんはお医者様なんですか?治癒魔法って・・・」


「ちょっとお母さんの事を診させて貰っていい?」


痛みの取れた母親は気を失うように寝てしまった。恐らく痛みでずっと寝れてなかったのだろう。今は穏やかな顔でスースーと寝息を立てている。


咳もしてなかったし、心労か過労で倒れてそのままなのだろう。寝てしまった母親を鑑定してみる。


【名前】セレナ

【年齢】28歳

【状態】栄養失調

【魔力】113/511


ヤバイな。魔法使ってるわけでもないのに魔力が減ってる。このままだと確実に死ぬな。


取りあえず魔力が満タンになるまで補充すると顔にうっすらと赤みが差したような気がした。


ひとまずこのまま寝かせておく事にする。


「チッチャ、隠さずに言うね。このままだとお母さんは死ぬ」


「えっ!?」


「ずっと何も食べてないんじゃないか?」


「お、お腹空かないから、動いてないから食べたくないのって」


子供が食べられるようにするために自分は我慢したのか。チッチャも痩せてはいるけど飢えてはいなさそうだし。


「これからどうするつもりだ?このままだとお母さんが死んでしまうぞ。保護を願い出るなら知り合いに頼んでみるけど」


この世界に生活保護制度は無い。お金を稼ぐことが出来なければ住み込みで働いて食べさせてもらうとかだけど、病気の母親はそうもいかんしな。


エイブリックに聞けば何か方法があるかもしれない。


「もうこの宿を売るしか・・・。お父さんの残した宿を・・・」


ポロポロと泣くチッチャ。


また見えるはずのないアイコンが俺の前にも映し出される




→見捨てる

→助ける




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