第298話 闘技会優勝決定戦 剣士部門の後書き

ー表彰式ー


「お前が優勝だ。剣と刀のどちらを望むんだ?」


「お、俺は・・・」


シックはまだ自分が勝ったとは思えていない。


「最後まで立ってのはシックお前だ。ナルも命に問題はない。まだ寝てやがるがな」


「そうか、死なずに済んだか・・・ さすがアイナ様だな。では遠慮なく剣を頂くぜ。なんせ愛剣がこの様だからな」


ナルの攻撃を躱していたとはいえシックの剣はボロボロになっていた。


「フランク、お前が準優勝だ。刀でいいな」


「勿論です。ありがとうございます」


「じゃ残りの決勝戦に残った奴は酒とバルのチケットだ。飲んで暴れるんじゃねーぞ」



わぁーーーー!みんな凄かったぞーーっ!


表彰と賞品の授与が終わり、闘技会 剣士部門の決勝戦の幕が下りた。



「いつまで寝てるのよジャック、帰るわよっ!」


「あ、あれ・・・?」


「傷もとっくに治ってるからさっさとしなさい」


「あ、あぁ・・・」


傷は治っているが意識が混濁しているジャックはシリアに引っ張って連れていかれた。



ー闘技場近くの広場ー


自分はなんと、なんと領主様に報告を・・・


表彰式にも出ずに天幕に戻っていたシムウェル。


優勝どころか優勝決定戦にも残れなかった報告を領主にしなければいけない。


『家を代表するならお止めなさい』


マルグリットがシムウェルに言った言葉が頭の中でぐるぐる回る。スカーレット家に泥を塗ってしまった事をいくら後悔しても元に戻る事は無い。


いっそここで自害を・・・


「ここはシムウェルのテントか?」


「だ、誰だっ!」


この領に知り合いはいない。警戒するシムウェルは自害しようとしていたのに警戒をする自分がおかしくなってくる。


「おっと、俺はディノスレイヤ家の使いだ。剣から手を下ろせ」


「ディノスレイヤ家の使いだと?何しに来たっ?笑いにでも来たのか?」


「そんな訳あるかっ。使いだと言っただろうが。ほらこいつを届けに来ただけだ」


シムウェルの元にやって来たダンが賞品の蒸留酒の大瓶と副賞のバルのチケットを渡した。


「なんだこれは?」


「決勝戦に残った者の賞品と副賞だ。表彰式に出ねぇからわざわざ届けに来てやったんだろが」


「なぜここに俺がいると解った?」


「そりゃ、テントにデカデカと紋章を刺繍してありゃわかるだろ。一人でこんな広い場所占領しやがって」


「うるさいっ、馴れ馴れししい口を利くなっ。賞品なんぞいらんっ!」


「まぁいらねぇならその辺のやつらにでもやれ。こっちはお前に渡せとアーノルド様に言われただけだ。そっから先はお前が好きにすればいい。あとこの手紙を領主に渡せ」


「手紙だと?誰からだ?」


ダンに渡された手紙には差出人が書かれていない。


「さぁな、俺は預かっただけだ。中身も知らん。まぁ言われた通り領主に渡した方がいいと思うがな」


馴れ馴れしく話すこいつは平民の冒険者だろう。俺の腕を斬ったやつといい、なんて忌々しい・・・


「じゃ、渡したからな。ちなみに死ぬならここじゃなく、領を出てからにしてくれ。片付けるのが面倒だ」


ダンはそう言い残してさっさと帰って行った。



「くそっ、こんな物っ・・・!」


渡された酒瓶を投げつけようとしてふと手が止まる。


死ぬなら領を出てからだと?なぜ俺が自害しようとしていたことが解った?それにアイツに声をかけられるまで全く気配が感じられなかった・・・


なんだアイツは?


渡された手紙をよく見ると、平民が出すようなものではなく、キチンと蝋で封がされている。


『領主に渡した方がいいとは思うがな』


さっきの使いが言った言葉が妙に心に引っ掛かる。


・・・

・・・・

・・・・・


自害するのは自分の責任を果たしてからでも遅くはない。今回の結果を報告し、その上で罰を受けるべきだ。


シムウェルはそう考え直し、テントを片付け始めた。今出れば明日の朝には屋敷に戻れるだろう・・・



ーディノスレイヤ邸の治療院ー


「あ、ナルさん気が付いた。調子はどう?」


「こ、ここは?」


「母さんの治療院。表彰式も終わったからこっちに運んだんだ」


ナルディックはようやく目を覚ました。ゆっくりと身体を起こし自分の身体を見ると傷が一つもない。が、上手く力が入らずフラフラする。


「無理して起きなくていいよ。これ飲んで寝てて」


ナルディックはゲイルに言われた通りに渡された物を飲む。甘くて少ししょっぱくて無性に旨く感じる。そのままごくごくっと飲み干すとようやく意識がハッキリしてきた。


「ナルディック、大丈夫か?」


「え、エイブリック殿下・・・。このような格好で・・・」


無理に立ち上がろうとするナルディック。


「そのまま寝てろ。死にかけた奴が無理をするな。これは命令だ」


命令と言われて立ち上がろうとするのを止めたナルディック。


「じ、自分は死にかけていたのですか?」


「血を失い過ぎて危なかった。初戦でも血を失っていたからな。そう考えるとよくあれだけ動けたもんだ」


ナルディックはフランクに腹を斬られた時も出血していたので短時間に2度の大量出血をしたことになる。輸血というものが無いこの世界では血を失うというのは相当まずいのだ。


まだ何か言おうとするナルディックに大人しく寝て回復に務めよと厳命された。


「ナルさん。ここにさっきの水を置いておくね。一気に飲むより、少しずつ飲む方が効果あるから」


「ゲイル殿、自分は・・・」


「話はナルさんが回復してからね。じゃ、ゆっくりと寝てて」


そう言い残してゲイルは治療院の電気を消した。



晩飯は少し暗い雰囲気だ。アルの好きなチーズハンバーグだが大人しく食べている。


「マルグリット、元気が無いな。今日の試合は刺激が強すぎたな」


「い、いえそれは・・・」


「それともシムウェルが心配か?」


・・・

・・・・

・・・・・


「私が闘技会の事を話さなければ・・・、シムウェルを推薦しなければ・・・」


マルグリットはそう呟いてポロポロと泣き出す。


「なぁに、斬られた腕もアイナが元通りに治してあるから心配するな。それに優勝決定戦が凄くてシムウェルが負けたことなんざ誰も覚えてねぇよ」


「でも・・・」


「マルグリットが屋敷に帰るまでには手紙もお前の父親に届いてるだろうから何も心配するな。なぁエイブリック」


「あぁ、そうだな。うちのナルディックも優勝出来なかったんだ。気にする必要はない」


アーノルドとエイブリックから大丈夫だと言われて少し心が軽くなるマルグリットであった。



ー銀の匙が泊まっている宿ー


「俺って負けたんだよな?」


「足をぶった斬られて瞬殺されたわよ。何が優勝するよ。優勝決定戦にも残れなかったじゃないの。それにいつまでも気絶してて起きやしない」


「足を・・・? 頭がすげぇ痛いんだが・・・」


「倒れた時にでも頭打ったんじゃないの?それくらいどうってことないわよ。それよりルーラをなんとかしなさいよ。ヤバいわよ」



「殺す 殺す 殺す あのババァは絶対殺す」



「ルーラがどうした?」


「ずっと部屋から出ずに ブツブツ言い続けてるわ。何をしでかすか解らないわよ。今すぐにでもここから出て王都に連れて行った方がいいわ。誰かに何か言われたらその場で暴発するわよ」


シリアに忠告されたジャックはその晩にルーラを連れてディノスレイヤ領を出る事にした。


斥候のミサと治癒士のシリアはパーティー部門の決勝戦でどんな奴等がいたか確認してから戻ると言った。



ーゲイルの部屋ー


俺は晩飯を食べ終わって部屋でナルディックの状態と魔力について考えていた。


保存魔法は魔力を与えて保存が出来る。普通の唐揚げには魔力という項目すら見えなかった。


項目が無いというのと魔力0というのは違うのだろうか?


『魔力が0になったら死ぬほどのダメージがある』これは以前、知恵たりんのめぐみが言ってた言葉だ。


死ぬほどのダメージということは死ぬことはないと思っていたが、実際に死にかけたナルディックからはどんどんと魔力が抜けて行っていた。


あれが魔力0になった後も何かあるのだろうか?


魔力0というのはタンクが空になった状態であって、魔力総量の数値は残っている。つまりタンクがあるということだ。


魂が魔力総量のタンクみたいなものなのか?いや、そうしたら唐揚げに魔力総量の表示があったのはおかしい。唐揚げに魂が宿った事になるからな。


うーむ・・・


もしかしたら、魔力0も本当は魔力0.9とかで表示されなくなっただけなのか?俺の鑑定能力が上がればそれも見えるのだろうか?


仮にそうだとすると、本当の0になった時に魔力総量のタンクも無くなり死亡となる。その瞬間に魂が回収されて、その後に魔力を注いだら遅れて劣化が始まる肉体だけが保存される。こんな感じだろうか?


今までの出来事を繋ぎあわせて色々と考えてみるが答えが出ない。今度狩りをした時に獲物を鑑定してみよう。それでどう変化して行くか見てみるしかないな。


ゲイルは未だ知らぬ事を色々と考えるのであった。

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