第288話 バルで宴会

「もうくったくたよ。うちの子達にも特別手当払いなさいよ。何本マジックポーションを飲んだかわからないわ」


俺達はバルにご飯を食べに来ていた。エイブリックがいるとバレたら困るのでうちの馬車と馬だけで裏から入った。マルグリッドの護衛ビトー達は6人で来ていたがうちの敷地にテントを張って待機だ。飯はブリックに頼んでおいた。ちなみにナルディックもそのテントに合流していた。


治療担当のアイナは目の回る忙しさだったらしく機嫌が悪い。シルフィードもぐったりしている。


「済まなかったな。アイナ達が居てくれるからこそ安心して闘技会が開けたんだ。さ、飲んで飲んで」


アーノルドはアイナにリンゴのお酒を注ぎながらアイナを労った。


「ゲイル、ここは新しく出来た店か?」


エイブリックはバルに来るのが初めてだ。


「そうだよ。おやっさん達がご飯を食べられるように作ったんだよ。ちょっと高い居酒屋って奴だね。結構流行ってるよ」


「ほぅ、メニュー見てるとうちの社交会で出したようなメニューだな。これをこんな値段で出してたら王都のレストランはどこも敵わんな」


「チュールが来てくれたからね。お陰様でスムーズに任せる事が出来たよ」


「あれはヤツが希望したことだ。役に立ってるなら何よりだ」


「ここのコックはエイブリック殿下とお知り合いですの?」

 

マルグリットが驚く。


「ここの責任者はエイブリックさんの屋敷でコックしてた人なんだよ。バルに来てくれて本当に助かってる。」


「殿下のコックが庶民向けの食堂に・・・」


マルグリッドは目をぱちくりぱちくりさせていた。


「ドワンはどうした?」


「さぁ、他のドワーフ達と食べてるんじゃない?自分たちの個室があるから。呼んで来ようか?」


じゃ、私がとシルフィードが呼びに行ってくれた。


「なんじゃい、お前らだけでゆっくり食っとれば良かったじゃろ」


「あーーっ!私の作った奴をしてくれてるって事は王子様?」


「ミサ、声が大きい。他の客に聞こえるだろっ!」


ごめーんと謝るミサ。


「これを作ったのはお前か。見事な腕前だ。うちに出入している宝飾品店のやつらが相当悔しがってたからな。父上もずっと身に着けているぞ」


「へっへーん。それ仕上げのウロコが重要なんだよね。ね、ゲイル君」


「単体でもキレイだけどこうやって加工されるとほんと不思議な色だよね」


「もしかしてこの髪飾りも貴方が?」


「あ、そのバレッタも私が作った奴だ。ゲイル君がプレゼントする相手はみんな綺麗な人ばっかり」


「このリンゴのお酒はジョージが、エイブリックさんの刀はリッキーが作ったやつだよ。ファムとサイトは果物と野菜を作ってくれてる。サイトはそのうちとっても重要な物を作ってもらう予定なんだ」


全員をなんの担当をしているかを含めてエイブリックとマルグリッドに紹介すると直接色々と話し出した。


エイブリックとリッキーが刀談義、ミサとマルグリッドが装飾品談義、アイナとジョージがリンゴのお酒談義をし始める。


「ゲイル、注文取りに来たでっ。別々に頼む?それともテキトーに持って来よか?」


「テキトーに持って来て。あとチュールにエイブリックさんが来てるからって言っておいて。俺にはモツの味噌煮とハツタレ、キモタレ、皮塩、ネック塩、ぼんじり塩で」


俺も同じのとダンが追随した。


「ゲイルなんだその呪文は?」


エイブリックが聞き慣れない言葉が何か理解出来なかったようだ。


「呪文じゃないよ注文」


いつも食べてるものでも自分で作るより人に作って貰う方がいいのだ



「持ってきたで。はいこれがゲイルとダンの分。他のどんどん持ってくるからもうちょい待っててな」


「ゲイル、それはなんだ?」


「これ?鶏の心臓と肝臓、皮、首肉、しっぽの付け根だよ。あとこれは牛の内臓」


「そんな物を食うのか?」


「数が取れないからメニューに乗ってないやつもあるけどね。食べてみる?」


エイブリックに串から外して一口ずつ分けた。


ちょっと嫌そうな顔をしながら食べるが口に入れてモグモグしたら目を丸くする。


「旨いじゃないか。特にこの首肉がたまらんぞ。キモもフォアグラみたいな旨さだ」


「キモは鶏の肝臓、フォアグラは鴨の肝臓(ということにしておく)、フォアグラが好きならキモも好きだと思うよ。下手に焼かれると不味いけどね」


ここは串肉のプロがいるからな。焼き加減はバッチリだ。しかしエイブリックって結構庶民的な舌してるんだよな。冒険者してたからかな?こうやってホルモンを食ってる姿はとても王子様には見えん。



「エイブリック様、お久しぶりでございます」


チュールが挨拶をしに来た。


「元気にやってるみたいだな。どれも旨いぞ」


「お褒めに頂き光栄にございます。私がこちらに来た成果をお見せしたいのですが宜しいでしょうか?」


「なんだ?見せてみろ」


チュールが合図をすると給仕のおばさんがゴロゴロとワゴンを押して来て大きな蓋付きの皿をテーブルに乗せた。


「こちらでございます」


蓋を開けると丸の鳥が出てきた。


あ、これ・・・って


「鴨の揚げ焼きにございます」


艶々として茶色く光る皮の鴨。


別の皿には薄く柔らかく焼いたパンが用意されている。


ほぉー、自分で北京ダックを考え出したのか。素晴らしい。


チュールはするすると皮を切り、パンに味噌ベースのタレを塗って巻いてからエイブリックに手渡した。


「身はどうした?」


「これは皮を楽しんで頂く料理にございます。どうぞお試しを」


勧められたエイブリックは口に入れた。


モグモグモグモグ


「旨いっ!旨いぞチュール。良くやった」


エイブリックが絶賛したことでチュールの目に涙が浮かぶ。自分の考えた料理が元のあるじである王子に誉められたのだ。


「はっ、ありがとうございます」


「ゲイルよ、これもお前のレシピか?」


「いや、こんなのは教えてないよ。チュールが自分で考え出したんだよ。見事だね」


俺がそう言うとチュールはとても嬉しそうな顔をした。


他の皆にもどんどん振る舞っていくチュール。皆も絶賛だ。


(ぼっちゃん、あれを乗せたらもっと旨いんじゃねーか?)

(そうだね。でもあれは俺しか作ってないからチュールは知らないと思うんだよね。後で伝えるよ)


俺が作る料理を一番よく知ってるダンが言って来たのは白髪ネギの事だ。元の世界の北京ダックでもネギとか野菜を巻く所が多かったからな。


チュールはレシピを後でエイブリックに渡すらしい。社交会に出すつもりだろう。


「エイブリック殿下の社交会で振る舞われる料理はこうやって生まれてるのですね。また父が悔しがりますわ」


「ジョルジオには余計な事を言うなよ。あいつはあいつでなんかやってるだろうからな」


マルグリッドの父親はジョルジオって言うのか。エイブリックとマルグリッドの会話には少し貴族のドロッとしたものが見えるな。


「エイブリック、蒸留酒はどうしてんだ?王都で売ってるだろ?」


「来年の社交会が終わるまでは紹介制にしてある。来年の社交シーズンが終わったら開放するがな」


「そんなこったろうと思っとったワイ。思ったより数が出んなと思ってたんじゃ」


「ドワン、すまんすまん。次はこのリンゴの酒が同じ目に合うぞ」


ここでは普通に売るからなとドワンはエイブリックに言った。まぁ来年向けはそんなに数が作れないから問題無しだ。


「料理、お酒とか色々とディノスレイヤ領から生まれて来るのですね。羨ましいですわ。ビトーもマスの骨酒というのを楽しみにしておりましたもの」


「おぅ、闘技会が終わったら皆でマスパーティーをやろう。ゲイル、魚は足りるよな」


「確保してあるよ。十分足りると思う」


「マスパーティーやるん?ウチも行く」


どこから聞いていたのかミケもちゃっかり参加を申し込んでいた。


食事が終わってからチュールにこっそりと白ネギを数本作って渡しておいた。後は自分で考えてくれ。



ゲイル達が個室でご飯を食べている時を同じくしてバルで銀の匙メンバーが飲んでいた。


「ジャック、お前決勝戦ギリギリだったな。優勝出来んのかよ?」


「うるせぇっ!あんな人数の中から勝ち残ったんだぞ。なんだよあんな勝負のさせ方あるのかよっ」


「こそこそ逃げ回って勝ち残った癖に。私は実力」


「魔法使いの参加人数なんて剣に比べたら知れてるだろっ?それより最後の奴に勝てるのか?」


「問題無い。まだ本気出してない」


「それにしてもあれだけの怪我人を全部治してしまうなんてどれだけ治癒士がいるのかしら?お金も取らなかったみたいだし・・・」


「冒険者が多いから儲かってんだろ。治癒士が多いのもそのせいだ」


「私がここに来てもありがたがられないわね」


「聖女様ってのがいるらしいからな。こんな田舎にまぁ色々いやがるぜ。おいお前ら、明日はパーティー戦だから飲み過ぎんなよ。何させられるか分かったもんじゃねぇからな」



ービトー達のテントー


「ナルディック様は王家の筆頭護衛であられましたか」


「個人参加だからナルでいいぞ。今回の俺は冒険者という事にしてあるからな」


「個人参加ですか・・・?」


「殿下より個人参加ならと参加許可を頂いたからだ。王家の護衛が優勝出来なかったら問題だろ?」


「わがスカーレット家の筆頭護衛はスカーレット家として参加しております・・・」


「なんだと?」


「お嬢様はご忠告なさったそうですが・・・」


「そうか。スカーレット家の筆頭護衛は決勝には残ったのか?」


「はい、残られております。」


「そうか、お互い顔は知らんが手加減はせんぞ。俺はゲイル殿に成長した姿を見せねばならんからな」


「ゲイル様にですか?」


「恥ずかしながら俺達王家の護衛団はゲイル殿お一人にコテンパンにやられてな、その時は魔王と戦っているのかとさえ思えたぐらいだ。最後は自分の命を諦めたくらいだからな」


「ゲイル様が魔王・・・?」


「いや、神様だったよ。全員が自分は死んだと思っていたが戦い終わって見ると団員に傷一つなかった。あれだけ恐ろしい攻撃だと思っていたが怪我をしないように手加減していてくれたと聞かされた時には愕然とし、信じられんかったがその後の手加減無しの攻撃を見せてくれてな。本当だと言うことを理解した」


「我々も護衛の訓練をして頂きましたがそのような恐ろしい目には・・・」


「最初に俺達が喧嘩を売った結果だ。今となっては馬鹿な事をしたもんだと思うが、結局それが俺達の成長に繋がったとは皮肉なもんだな。そういう訳で俺は自分の成長をゲイル殿に見せねばならん。お前の上司を叩きのめしても悪く思うなよ」


ビトーはナルディックの話を聞いて闘技会への意気込みや参加したことの理由がシムウェルとあまりに違うことを理解した。もうシムウェルの優勝が無いということは確定したも同然だと悟ったのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る