第282話 ベントの覚悟
「そうかベントに魔法を教えたか」
ゲイルは家に帰った後、ベントの事をアーノルドに報告をした。
「炭に火を点けるのに必要だからね。すぐに出来たから才能あると思うよ」
「ベント、お前は魔法を使って何かしたいことはあるか?」
「まだわからないけどゲイルみたいに色々と使えるのは羨ましいと思う」
ベントは素直に自分の気持ちを伝える。
「確かにゲイルみたいな使い方が出来るならいいな。俺でも羨ましいなと思うことがあるからな」
「父さんでも羨ましいの?」
「俺は魔法を使えなかったからな。ゲイルに教えて貰ってほんの少し使えただけでも嬉しかったぞ。俺には無理だと思ってたことが出来たんだからな」
「もうやらないの?」
「いや遊び程度にはやるぞ。それ以上は求めてないけどな」
「それは父さんには剣があるから・・・」
「そうだな。俺には剣がある。小さい頃から生きて行くには必要な力だったから無我夢中で剣を使って来た。剣があったから俺はこうやって生きて家族を持てた。幸運にも恵まれたと思っている。腕があっても死んでいったやつはたくさんいるからな」
・・・
・・・・
・・・・・
「ベント、お前はこの先、戦いの中で生きて行きたいか?自分が望もうと望むまいと命を狙われる様な生き方をしたいか?」
ふるふると首を横に振るベント。
「ゲイルもそうだ。そんな人生は望んでいないだろうし俺もアイナも望んでいなかった。しかしそういう人生を歩み出してしまった。これはもう聞いただろ?」
コクンと頷くベント。
「大きな力を得ると言うことは魅力的だが、それには大きな代償と責任が伴う。お前はそれに耐えられるか?」
ふるふると首を振るベント。
「すまんなお前の才能を生かせてやれなくて・・・」
ゲイルは今のアーノルドの話を聞いて、ベントに説明を付け加えた。
「ベント、毎日毎日炭に火を点けてたら使い慣れていくよ。そうすれば炭に火を点けるくらいで魔力が切れたりしなくなるから。それだけは言っておくよ。剣でも毎日振ってたら振るの早くなるし、走るのも毎日走ってたらたくさん走れるようになるだろ。それと同じと思ってたらいいよ。後は水魔法も出せるようになろう。それぐらいならいいよね?父さん」
「それくらいなら問題無しだ」
「わかった・・・」
「ベント、もしお前がさっき言った代償と責任を伴ってもいいと思ったらその時はゲイルに聞いて攻撃魔法も教えて貰え。お前が覚悟を決めるなら反対はしない」
ベントは自分に才能があると言われた事が嬉しかったがそれを生かす覚悟がない自分が悔しかった。それと自分よりずっと歳下の弟がそんな世界にすでに入ってしまったことを知らなかった事が恥ずかしかった。
翌日からもベントは黙々と剣の稽古と焼き鳥の仕込み、炭に火を点けるのに励んでいったのだった。
あと一週間で闘技会の予選という頃に森から帰ってくる俺達をジョージが待ち構えていてリンゴの酒を飲んでみてくれと言ってきた。
「もう出来たの?」
「リンゴの酒は出来るのが早いですね。自分では中々の出来だと思うのですが」
ちょっと飲んでみるか。一口くらいなら大丈夫かな?いや飲み込まずにテイスティングだけして吐き出そう。
「ゲイル、お前酒飲むのか?」
ベントがビックリして聞いてくる。
「いや、味見だけして吐き出すよ。アルコール度数も低いと思うから大丈夫じゃないかな」
ダンとミーシャ、シルフィードも飲むらしい。
「わ、これ美味しいですねぇ」
「ほんとですね。凄く飲みやすいです」
ミーシャとシルフィードの反応は良い。
「ぼっちゃんがリンゴジュースに炭酸入れてくれたらこんな味になりそうだな。酒としては薄いかな」
蒸留酒をロックで旨いという奴等には不向きか。
俺も一口テイスティングしてぺっと吐き出す。
「ゲイルさん、ま、不味いですか?」
酒を吐き出した俺を見て慌てるジョージ。
「吐き出してごめん。不味くて吐いたんじゃないよ。これはテイスティングっていって味見だけして飲まないやつなんだ。飲むと酔うからね」
そう言われてほっとするジョージ。
「これあまり酒が飲めない人や女性向けの酒として売れると思うよ。甘味が少なくて炭酸も弱めだからもう少しハチミツ足してやると炭酸が強くなると思う。度数も少し上がるから尚酒らしくなるんじゃないかな」
「どちらがいいですか?」
「好みの問題もあるから2種類作ろうか」
「わかりましたっ!」
「これさ、年明け早々に各60本くらい作れる?」
大丈夫だと言うので準備をお願いした。それぞれの瓶に違いが解るようにタグを付けて貰っておく。これはエイブリックの社交会用にプレゼントしよう。
「この瓶作ってくれてる所にグラスって発注出来る?」
「グラスですか?」
「そうそう。こんな形でね」
カクテルグラスとブランデーグラスを絵に描いて説明する。高くなってもいいからブランデーグラスは薄くて丈夫なグラスでと特別注文をした。めっちゃ急ぎでサンプルを作るように言っておく。
「なぁゲイル、変な形のグラスを頼んでたけどなんだあれ?」
「蒸留酒を飲む為のグラスと女性向けの酒を飲む為のグラスだよ」
「形が違うと何か変わるのか?」
「蒸留酒のは香りを楽しんで飲む為のものだよ。女性向けのは洒落た感じを出すためかな」
ふーんと気のない返事のベント。
「ぼっちゃん、俺も不思議だったんだ。蒸留酒向けってどうなるんだ?」
「出来たらダンに試して貰うよ。今飲んでる蒸留酒だとあまり意味がないかもしれないけど、ボロン村の方の奴は少し差が出ると思うよ」
「ぼっちゃま、あのリンゴのお酒はいつ出来るんですか?」
ミーシャはリンゴのお酒をとても気に入った様だった。
「年明けたらたくさん出来てくると思うよ。リンゴがあるうちに作っておかないとね。これからはリンゴの確保が必要になるなぁ」
販売価格はドワン達に任せておこう。
翌日からベントはバルで焼き物の手伝いをすることになった。朝バルに行って俺達が帰る時に呼びに行く。バルとしては夜こそ手伝って欲しかったみたいだが・・・
ベントはこれからどんな感じで成長してくのだろうか、とゲイルはちょっと楽しみなのであった。
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