第279話 アーノルドの閑話とゲイルの帰宅
あーはっはっはっ!
「で、何か?そのシムウェルって奴は酒を貰えなかったのか」
「はい、子供がくれた酒なんか興味が無いと言われまして」
「そりゃあもったいないことしやがったな。うちだと簡単に手に入るが東の辺境伯領だとそうはいかんだろ?一応王都でも手に入るんだがな」
「え?王都でも販売してるんですか?」
「ゲイルと懇意にしているロドリゲス商会の支店が王都にあってな、そこで売ってるぞ。ここより高いだろうけどな。ただ、紹介が必要かも知れん」
「アーノルド様の紹介ですか?」
「俺はノータッチだ。エイブリックの紹介が必要かもしれん。社交会で新作がどうとか色々とあるだろ?今年の社交会で自分のところで出したって聞いてるからな、来年は派閥の所だけにしか販売させねぇかもしれねぇな」
「あ、あのエイブリックって・・・」
「ん?お前エイブリックを知らんか?」
「ま、まさかエイブリック殿下の事ですか・・・?」
「殿下?あぁ、そうだエイブリック王子様だ。なんだ知ってるじゃねーか」
ゲイルが酔っぱらいの息で気を失っているころ、置いていかれたアーノルドは生贄となったビトーと憂さ晴らしに蒸留酒をロックでガンガン飲んでいた。
「あいつ見栄っ張りだろ?パンのレシピもまだ世に出すの待てとかいちいちうるせーんだよ」
「まさか王家の社交会で出た新作の料理や菓子などはこちらから・・・」
「お前らここやバルで飯食ったろ?だいたい似たようなもんじゃねーか?ゲイルが教えに行ってたからな」
俺達は王家の社交会で出されるような物を振る舞われてたのか・・・
「来年の社交会は王家の派閥に似たような料理が出て、エイブリックの所はまたなんか追加すんじゃねーか?見栄っ張りなお貴族様達はさぞかし悔しがるんだろうなぁ。傑作だ。ここだと平民が喰えるような料理だからな」
あーはっはっはっ!と高笑いするアーノルド。
「あ、アーノルド様、このような事を私などにお話されても大丈夫なのでしょうか?とても重要な秘密だと思われますが・・・」
「ん?お前は俺が口止めしなくても余計な事をしゃべるようなやつじゃないだろ?だからいいんだよ。ほらお前も飲めっ」
ジャブジャブっと蒸留酒を注ぐアーノルド。
ブリックが気を利かせて水と氷をピッチャーに入れて持ってくる。食事の後なので軽いつまみとしてスモークチーズとポップコーンもだ。
「お、これこれ。このチーズは蒸留酒と合うぞ。ほれ食って飲め」
言われるがままにスモークチーズを食べる。う、旨い・・・。そして一口蒸留酒を飲むととてつもなく旨くなる。
「な、旨いだろ?ゲイルは酒飲めねぇ癖に酒飲みの好みをバッチリわかってやがんだ。きっと今頃はマスの骨酒とか作ってやがるに違いねぇ」
笑ってたかと思ったらドンっとコップを置いて怒りだすアーノルド。
「あ、アーノルド様、骨酒とは何でしょうか・・・?」
「マスを食ったら骨が残るだろ?その骨を焼いて熱い酒に入れるんだよ。これが魚と相性ばっちりでな、寒い湖のほとりで焚き火しながら飲むとたまらんくらい旨いんだ」
アーノルドの話を聞くと喉がごくっとなる。どんな味になるか想像がつかないがこれもとてつもなく旨そうだ。
「こ、この蒸留酒で作るんですか?」
「いや、これよりもっと強い酒だ。おいブリックまだあるか?」
ブリックはほぼアルコールの酒を持ってきてほんの少しだけ注ぐ。
「今お飲みの蒸留酒の倍以上強いので舐めるだけにしておいて下さいね」
ブリックはビトーに注意を促す。
今飲んでる酒の倍以上強い・・・?
言われた通りひと舐めすると舌が燃えるように熱い。
「こ、こんな物を飲むんですか?」
「こいつは強いだけで味がねぇだろ?ドワン達はこのまま飲んだりするイカれた口してやがるが、こいつは飲みたい物に入れて飲むやつだ。ブリック、レモンのお湯割りを作ってやってくれ」
ブリックが作ってくれたお湯割りは口の中がさっぱりする。
「寒い所でする焼き肉とかによく合うぞ。アイナは少し甘くして炭酸割りにして飲むのが好きだな」
これは自分好みの酒を作れる代物か・・・
「これは販売されてるのでしょうか・・・?」
「いや、このまま飲む馬鹿がいそうだから売ってねーぞ。外に出したのはエイブリックの所だけじゃねーか?甘いジュースで割って出したとか言ってたからな。まぁ女向けの酒だ」
そう言えば菓子も女向けだ。社交会で女性向けに何か特別に出したとか今まで聞いた事が無い。
「マルグリットが闘技会を観覧する時はお前が護衛に来るのか?」
「おそらく・・・」
「なら泊まる用意をしてこい。ゲイル達が魚持って帰ってくるだろうから骨酒飲ましてやる。あんまりぞろぞろ護衛を連れてくると食えない奴が出てくるから少な目でな」
「は、お嬢様に伝えておきます」
すっかり上機嫌なアーノルドはビトーを無理矢理風呂に連れていった。
ブリックはビトーに静かに合掌してからテーブルを片付けた。
ー釣りからの帰り道ー
真っ裸を皆に見られた俺はちょっと拗ねてミーシャとシルバーに乗っていた。風呂で気を失っている俺を発見したアイナが治癒魔法を掛けてミーシャが着替えさせたらしい。ちなみにのぼせに治癒魔法は無駄だ。それが証拠に俺の腕輪の治癒魔石の魔力が減ってなかったからな。
隣ではなぜかダンと一緒にミケが馬に乗っている。
「お前なんで馬に乗ってんだ?」
「こっちの方が外がよう見えるやん!?」
窓際に座りたがる子供と同じ心理か・・・
街に着くよりずいぶん手前で日が暮れてしまったがこのまま帰ろうということになり、ライトを煌々と点けながら帰った。
「おい、あの明かりはなんだ?」
「さぁ、なんだろうね?ちょっと見て来るよ」
斥候担当のミサが様子を窺いに行く。
「ジャック、大変大変っ!」
「何だったんだ?」
「ほら、ドワーフの国で見失った馬車だよっあれ」
「なんだとっ?」
ジャック達は物陰に隠れてその姿を確認する。
「間違いねぇ、あんな馬車他に見たことがねぇからな」
「それに馬に乗ってるのあの僕でしょ?」
「ビンゴだな。こんな所に居やがったのか・・・」
「あ、あの明るい店の近くに止まったよ」
ジャック達はしばらくその様子を見て馬車と馬が見えなくなってからバルに入った。
「何ここ?めちゃくちゃ明るい店だね」
「ちょっと探りを入れてみるか、隣だしなんか知ってるかもしれん」
「ご注文はお決まりですか?」
「あぁ、エールを人数分と適当につまみをくれ」
「かしこまりました」
「さっきめっちゃ明るい変わった馬車見たんだけどよ、あれ何か知ってるか?」
「ああ、あれはうちの商会の馬車ですよ」
「へぇ、この店の馬車なのか?すげぇな」
「店ではなく商会の馬車ですよ」
「なんて商会なんだ?」
「ぶちょー商会っていいます」
「そっか、引き留めて悪かったな」
いえいえと返事した店員はしばらくしてエールと炙りベーコンとソーセージを持って来た。
「幸運な俺達にかんぱーい」
ゴクゴクっ
「かーっ旨ぇ、なんだここのエールめちゃくちゃ旨いぞ。キンキンに冷えてやがる」
「うわっ、これ何だろう?干肉かと思ったらめっちゃ美味しいんですけど」
「これも何かしら?パリッとした歯ごたえと肉汁がたまらないわ」
「なんか高い酒があるみたいだぞ。ほら」
「確かに庶民向けにしては値が張るな。試しに頼んでみるか?」
蒸留酒のシングルロックを一つ注文する。
「あの値段でこれっぽっちしか入ってねぇとはぼられたな。」
旨いエールとつまみにいい店だと思ったらこれだ・・・
ぶつぶつ言いながらぐっとその酒を煽るジャック。
ゴホッゴホッ
「なんだこれはっ!毒かっ?」
その様子を見ていた近くの冒険者がわっはっはっはと笑った。
「何がおかしいっ?」
「お前らこの店初めてだろ?」
「だったらなんだっ?」
「いや、高い酒を豪快に飲むなと思ったら咳き込んだからよ、慣れてないなら水割りかなんかで飲んだ方がいいぞ。一緒に水と氷が用意されてただろ?」
確かに水と氷が用意されている。これは酒用だったのか?
「これはぼったくられたんじゃないのか?」
「何言ってんだお前。この領でここでしか飲めない特別な酒だぞ。と言っても普通に売ってるがな。店で飲めるのはここだけって事だ。金があるならもう一度頼んで水で割って飲むか、少しずつ飲んでみろ。他の酒が飲めなくなるぞ」
冒険者の言うことだ。あまり信用出来ねぇが嘘を付いてる様子もねぇ。それにこの店はよく流行ってやがるから本当にぼったくりじゃねえのか?
もう一度蒸留酒を頼んで今度はゆっくり舐める要に口に入れる。カッと喉が焼ける様だ・・・
「ねぇ、どうなの?」
「よく分からねぇ・・・。お前らも興味あるなら頼め」
全員が蒸留酒を頼んで一口飲む。
「わー、喉が焼ける。何この酒?」
斥候のミサは慌てて水を飲む。
「うむ、こんな酒は飲んだ事が無いが旨いっ!」
盾役のゴンは気に入ったようだ。
「確かにこいつは旨い」
水で割って飲んだ剣士のザジも旨いと言う。
魔法使いのルーラは無言で舐めていた。
「ジャック、私これ飲んだことあるわ。ぼったくりなんてとんでもないわよ」
「シリアは知ってるのか?」
「一度ご馳走になったことがあるの。これ、うちの領だとこれで銀貨4枚くらいするわよ」
「はぁぁーーーっ?」
ジャック達は驚いて大声を上げてしまった。
「これっぽっちで銀貨4枚だと?」
「まったく同じかどうかまではわからないけど、こんなお酒だったわ」
「なんでそんなに高いんだ?」
「さぁ?王家の酒だとか言ってたかしら?」
「はぁぁぁーーーっ?」
「あの、お客様。もう少し静かに・・・」
「あぁ、すまん。ちょっと驚く事があってな」
「追加のご注文はありますか?」
「私肉がたべたーい」
斥候のミサがそう言うとみんな肉と言い出した。男連中は串肉で見慣れないタレ焼き、女性陣はビーフシチューを頼んだ。
「うわっ、何これ。こんな美味しいの食べたことがないんですけど・・・」
「この串肉もすっげぇ旨い」
なんだよここの店・・・
田舎にしては高額だがこの味がこんな格安で食べられる事に銀の匙メンバーは困惑していた。
ー屋敷に向かうゲイル達ー
「見られてたね」
「あぁ、敵じゃねぇが、味方でもないって感じだな」
「なんか覚えがあるようなないような・・・?」
「そのうちなんか動きがあるだろ。あれだけ分かりやすいならたいしたことはねぇ」
「そうだね」
知ってるのに思い出せない、そんなモヤモヤを抱えながら屋敷に到着したのだった。
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