第273話 日常が戻ってきた

ーマルグリットの私室ー


筆頭護衛のシムウェルがマルグリットに事の真相を確かめに来ていた。


「シムウェル、お父様には余計な事は言わないで頂戴。お酒もゲイルがあなた達にくれたものよ気にすることはないわ」


「しかし、あのようななかなか手に入らない高級な物を頂く訳には・・・」


「ディノスレイヤ領では普通に売っているらしいわよ。お父様も欲しければ買えばいいのよ。それともシムウェルはゲイルの好意を無下にするつもりかしら?それならビトー達だけに分けるように言っても宜しくてよ」


「いえ、ではありがたく頂きます」


「お嬢様、ゲイルとはいったいどのような・・・?」


「あら?辺境伯領主の息子であるゲイルを呼び捨てにするなんていつの間にそんなにシムウェルと仲が良くなったのかしら?」


「はっ、申し訳ありません。ゲイル様とはいったいどのような方なのでしょうか?あの・・・、お嬢様がその・・・愛称で呼ぶようにと・・・」


「えぇ本当よ。だから私もゲイルに様は付けていませんわ。ゲイルは私にさん付けはしていますけど」


愛称を呼び捨てでなく、さん付けだと聞いて少しホッとするシムウェル。


「何度か私を抱き上げてマリとは呼ばれもしましたけれど・・・」


えっ?


「訓練中の事よ。私を守る為に抱き抱えながら守って戦ったのよ。非常事態だから問題ないわ」


シムウェルはクスクスと笑いながらそう言うマルグリットにからかわれているのか本気なのかよく解らなくなってきた。しかし、いつものような刺すような雰囲気が消えている。


「ゲイル様はマルグリット様より年下でらっしゃるんですよね?ベント様の弟だと伺っておりますので」


「今4歳、年が明けたら5歳ね。それがどうかしたの?」


は?4歳?そんな小さな子供がマルグリット様を抱き抱えて戦う?


シムウェルはまたからかわれているのだと思った。正しくは1つか2つ年下なのだろう。それでもマルグリットを抱き抱えて動けるとは信じ難い。ビトーは大袈裟に報告していたのだろう。そうか実情は子供相手にお遊び程度の訓練だったか。心の中でそう安堵した。酒も王家の酒とか心配する必要がなかったな。それに子供が酒の事がわかるはずがない。どうせ安ワインに毛の生えたようなものだろう。


「マルグリットお嬢様、この度はお手数を取らせまして申し訳ございませんでした。此度の事、私の胸のうちに仕舞って置きますのでご安心を」


「そう、良かったわ。そうして頂戴。あとお父様には申し上げましたけれど、間も無くディノスレイヤ領で闘技会が開かれるわ。参加するならシムウェルを推薦しておきましたわよ」


「そうですか、それは腕がなりますなぁ」


はっはっはっと笑ってシムウェルは退室して行った。



ー王都のとある場所ー


「えー、なんでディノスレイヤ領まで行くんだよ?面倒臭い」


「闘技会があるんだってよ。ちょっと面白そうじゃねぇか。ここいてもつまんねぇから行くぞ」


「ならジャック一人で行けば?」


「お前らも来るんだよっ!」


ジャックがディノスレイヤ領に行くと言い出したのでしぶしぶ銀の匙メンバーは従った。



ーミサの店ー


「あ、ゲイル君、お嬢様喜んでた?」


「うん、喜んでたよ」


商会に寄る前にミサが作ったバレッタをマルグリットにあげた報告をしていた。


「ねぇ、なんか新商品考えてくんない?」


「十分流行ってるじゃん?」


「そうなんだけどさぁ、ほとんどが防具へのワンポイント加工なんだよね。だいたいデザインも決まってきちゃったし、こう創作意欲の湧くもの無いかな?」


冒険者の多い西側のここはアクセサリー類よりも防具への加工ばっかりらしい。


「じゃあ爪になんか加工してあげたら?」


「爪に?なんで?」


そんなのは俺も知らない。でも元の世界でネイルやってる人多かったよな。


「さぁ、でも人気出るかもよ。試しに自分にやってみたら?」


「どんな風に?」


俺もマニキュアくらいしか知らないけど、なんか爪の根元にキラキラしたの付けてたりしたな。あと爪磨き。


まず爪の表面を綺麗に磨く事からやってみる。


「うわっ、爪ってこんなに光るの? でも綺麗・・・」


ミサは自分の手を眺めてそう言った。やり過ぎると爪が薄くなって割れるぞと忠告しておく。


次は爪の根元にこうキラキラしたものを張り付けてと説明していくと何やら取り出して張り付けていく


「おおーっ!ゲイル君、凄いよこれは。絶対に流行るっ!」


「冒険者だとすぐに取れちゃうかもね」


「あ、そっか。そうだよねぇー」


「付け爪にすればいいんじゃない?のりで付けたり外したり出来たら冒険に行くとき外せるし」


「あったまいいー!さっそく作ってみる」


ネイルはミサの創作意欲を十分に刺激出来たようだ。



「おやっさーん、いる?」


「おぅ坊主、あの嬢ちゃんは帰ったのか?」


「うん、だからそろそろ釣りに行こうと思うんだけど親方と予定決めて。うちはいつでもいいから。母さん、ベント、シルフィード、ダン、ミーシャと俺が行く」


「アーノルドは行かんのか?」


「仕事が忙しいって」


「ワシとミゲルを入れて8人か。馬車ギリギリじゃの。2台で行くか?」


「俺はシルバーに乗るからいいよ。ダンはどうする?」


「俺も馬で行くわ」


「なら問題無しじゃの。今日ミゲルが帰ってきたら聞いておくから明日もまた来てくれ」


わかったと返事をして森へ向かおうとしたらジョージに呼び止められた。


「どうしたの?」


「なんでも酒に出来ると言ってたので、試しに作ってみたものがあるから見てもらえませんか?」


ここでも実験してたのか。



「これは?」


「梨で作ったワインです」


ゲイルは森で取れた梨で食べきれなかったものをジョージに渡してあったのだ。


ダンが味見をしてみる。


「甘い酒だな。さほど強くはないが少ししゅわっとするぞ」


しゅわっとか。糖分が多いからまだ発酵途中なんだな。それともうひとつはリンゴから作った酒のようだ。


「こっちは結構酸味が有るな。甘過ぎなくて俺はこっちの方が好きだな」


なるほど。


「これ、いいよ。梨は来年数が取れると思うからそれからだね。今回はリンゴで先に酒を作ろう。発酵し始めて落ち着いたら落としても割れない丈夫な瓶に入れて少しハチミツを足してから蓋閉めて。蓋が飛ばないようにこうやって針金で止めて」


いつの間にかドワンもフムフムと聞いている。


「坊主これはなんで針金で止めるんじゃ?」


「瓶の中で発酵させ続けると炭酸になるんだよ。その時に蓋が飛んでっちゃうのを防ぐ為だね」


「何?坊主が炭酸強化したエールみたいになるのか?」


「多分。やってみないとわかんないけど」


「それじゃエールも同じようになるのか?」


「どうだろね?一度試してみて。上手く炭酸にならないようなら少し糖分、ハチミツや砂糖を入れないとダメだけど」


ビールにそんなの入れてるだろうか?シャンパンやシードルとかは足してたよな?まぁ、ジョージが実験してくれるだろ。


すぐやれとドワンがジョージに言い出したので後は任せておこう。簡易のスパークリングワインも同じ方法でいけるのかな?


まぁ、あのシワシワ葡萄で作る予定のシャンパンもどきは高級品として熟成させながらやろう。



ースカーレット家、シムウェルの部屋ー


「ビトー、今回の件は聞かなかった事にする。お嬢様ともそう話が着いた。酒は希望者で分けろ」


「シムウェル様は・・・?」


「俺の分はいらん。子供がよこすような酒には興味が無い」


「ですが・・・」


「くどいぞビトー。護衛の中には飲まんやつもいるだろう。他の使用人にも声をかけてやれ」


土産の酒の樽をよく見てみるとやっぱりワイン樽だ。ビトー達は自分達のミスでお嬢様が服を破いてしまった事や酒を飲んだ事をなんとか隠そうとしたのだろう。まったくお嬢様まで巻き込んでこんな芝居までしやがって。


ビトーは是非シムウェルにも飲んでもらいたかったが、くどいとまで言われたのでそのまま引き下がった。


さっそく非番の者達が酒瓶を買いにいった。樽からそれぞれが飲むと誰が多く飲んだとか喧嘩になる可能性があるからだ。


ビトーさん、中瓶60本届きました。これでぴったり分けられると思います。


「じゃあ瓶に入れて配ってくれ。希望者もちょうどそれくらいだ。飲んだ事が無いやつらにはくれぐれも少しずつ飲むか水で薄めろと注意しておいてくれ。あとそれをレストランで飲んだらその瓶で銀貨40枚はするともな。ちゃんとゲイル・ディノスレイヤ様からの差し入れだとも伝えておけ」


「はいっ!」


蒸留酒の味を知っている護衛達は飯の前に子供のようにはしゃぎながら酒を瓶詰めにして希望者に配った。


「ビトーさん、1杯分残りました」


少し多めに入ってたのか濃いめの水割りが作れるくらい残っている。それを氷と共にグラスに入れてシムウェルの所に向かった。ちょうど仕事が終わって私室で飯を食っているところだろう。護衛の中で唯一貴族であるシムウェルは平民の護衛達と食事を共にすることは無い。



コンコンッ


「誰だ?」


「ビトーです」


入れと言われてドアを開ける。


「シムウェル様、この度は寛大なるご配慮ありがとうございました。こちらはゲイル様より頂きました酒です。希望者に全員に配り終えました」


「自分には必要無いと言っただろう。なぜ持ってきた?」


「はい、子供が贈った酒も1杯くらいは戯れで味見されても宜しいのではないかと思いまして」


「ふん、まぁいい。そこに置いておけ」


「一度に飲まれますと喉が焼けるような酒でございますので少しづつお試し下さい。では失礼致します」



まったくビトーは大袈裟な。ワインごときにそんな事があるものか。それにワインに氷までいれやがって酒の事をまったくわかってないやつだ・・・


ぶつぶつと文句を言いながら置かれたグラスを口元に近づけるとふわっと良い香りが鼻をくすぐる。


なんだワインではないのか?


ワインに似た香りがするもののまったく違う香りだ。


クッとひと飲みするシムウェル。


ごほっ!なんだこの酒は本当に喉が焼けるようだ。胃の中まで熱くなってくる。


・・・・


今度はゆっくりと口の中で味を確かめてみる。


なんだこの酒は?こんなもの飲んだ事がないぞっ・・・ う、旨い・・・


ま、まさか本当に王家の酒・・・なのか?いやそんな物を護衛達で分けろと樽ごとくれる訳がない。領主様への贈り物であったとしても大瓶1本でも十分過ぎる。


まさかお嬢様がおっしゃってた事もすべて事実なのか・・・?


よくよく考えてみるとビトーは真面目な男だ。嘘をついたり誤魔化したりしたことは今まで一度もなかった。


蒸留酒を初めて飲んだシムウェルは頭が混乱していた。ただ確かなことはこの旨い酒はもう自分の分は残されていないと言うことだけであった。


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