第272話 スカーレット家の王都邸
「おお戻ったかマリ」
「あらお父様、もう王都にいらしてたの?」
「来年の社交会は新作料理を出さねばならん。今年はエイブリック殿下に話題をすべて持っていかれたからな。来年こそはうちが話題の中心にならんとますます王家の派閥が大きくなるばかりだからな」
「それは大変ですこと」
「おぅ、マルグ久しぶりだな。お前ディノスレイヤに行ってたんだってな。あんな所に行っても何もねぇだろ?」
「あらジャンバックお兄様、珍しいですわね王都の屋敷に来られるなんて。あとマルグと呼ばれるのは好きではありませんわ」
「へん、相変わらず可愛げのねぇ妹様だ」
「そちらこそ野蛮な口調が可愛くありませんわよ、ジャバお兄様」
「なんだよジャバって、へんな略し方すんな。まぁいい、ディノスレイヤには何しに行ってたんだ?夏に連れてきた冴えないやつにご執心ってやつか?」
「えぇ、そんな所ですわ。冴えないとおっしゃいましたけど、なかなかたくましい方ですのよ」
「へー、そんな風には見えなかったけどよ」
「直接お会いになられていないでしょ?人は見掛けによらないものですわよ」
「マリはあのベントを気に入ってるのかしら?」
今の会話を聞いていた母親が意外だわという顔をする。
「ええ、そうかもしれませんわね。お父様、お願いがあるんですけど聞いて下さるかしら?」
「なんだ?」
「今回お世話になったお礼にここへディノスレイヤ家の皆様を招待して下さらないかしら?」
「なぜあんな成り上がり者を招待せねばならん。辺境伯と言っても陛下の戯れで貴族になったような奴だぞ。うちにせがれが世話になっても手紙しか寄越してこんような奴だ。お前が遊びに行ったくらいで招待する必要もなかろう」
「お父様には手紙だけかもしれませんが、その代わりに私にかけがえのないお礼を下さいましたわ」
「マリ、お礼ってその髪飾りのことかしら?確かに綺麗だけどあまり高価なものには・・・」
「これはお土産ですわ。小さなナイトから帰りに頂いたんですの」
「なら何を貰ったんだ?」
「経験ですわ。ディノスレイヤ領でしか体験することが出来ない体験をしましたわ」
「メイドから服が何着もダメになったと報告がありましたけど、それと関係があるのマリ?」
「そうよお母様。服はお金で買えますけどあの体験はお金では買えませんわ」
「はんっ、どうせ野山で走り回るとかそんなもんだろ?それなら俺が体験させてやったのによ」
「ジャックは黙っておれ。お前なんかにマリを任せられるかっ!フラフラと遊び歩いてばかりしおって」
「遊んでるわけじゃねーよ。殿下も若い頃は冒険者をやってたって話じゃねーか」
「お前なんぞとエイブリック殿下を一緒にするなっ!殿下は怪物を倒すくらいお強いのだぞ」
「ならディノスレイヤの領主も凄いってことじゃねーか?同じパーティーだったんだろ?」
「ちっ、減らず口ばかり叩きおって」
「お父様、ディノスレイヤ家と直接お話されたこと無いのでしょ?良い機会ではありませんか。屋敷に招待してみてはどうでしょう?」
「別に話す必要もないがそこまで言うなら招待しても構わん。が、あいつは社交会に出て来たことがないから来るかどうかわからんぞ」
「社交会ではありませんわ。屋敷に招待して欲しいのです」
「何っ?私的に招待しろと言うのか?」
「えぇそうですわ。アーノルド様、アイナ様、ベント様、それにゲイルとダン、もう一人世話になった女の子がいますけど客人とおっしゃってましたから5人ですわね」
「ゲイルとダンとは誰だ?」
「ベント様の弟とその護衛ですわ」
「は?弟まではわかるが護衛まで招待だと?」
「そうですわ」
「マルグリットよ、お前の願いでもディノスレイヤ家を私的に屋敷に呼ぶことは出来ん。成り上がり者をワシが認めるという風に取られるからな。奴を貴族と認めていないやつらも多く、そいつらから反感を買う可能性がある。ディノスレイヤが我が派閥に入るというなら検討する余地はあるがな」
自分の名前を愛称ではなく正式名称で呼ばれたという事は仕事としての返答だ。
「残念ですわお父様。こんなチャンスは無いと思いましたけれど、領主としてのご返答に逆らうわけには参りませんものね。では私はこれで」
「待て、なんだその含みのある言い方は?」
「さぁ、含みなんてありませんわ。あ、そうそう。ディノスレイヤ領に新しく闘技場が出来ましたわよ。何やら間も無く闘技会の予選が始まるようですから、参加するなら早めに申し込んでおいた方がいいですわ。参加するならシムウェルあたりが宜しいかと申し上げておきますわ。ではお父様、お母様ごきんげよう」
マルグリットはそれだけ言い残して部屋に戻って行った。
部屋に向かいながらマルグリットの心が沈む。ゲイルに招待すると言っておきながら出来なくなってしまった事をなんて手紙に書こうかと考えると憂鬱になってしまうのであった。
ー筆頭護衛の部屋ー
「ビトー、問題は無かったか?お嬢様の服が何着も破れていたと報告があったが」
「はい、シムウェル様。マルグリットお嬢様はお怪我も無くお戻り頂きました」
「では服が破けていた理由を説明せよ」
「はっ、それが・・・」
ビトーは筆頭護衛のシムウェルにどう説明しようかと悩んだ。
「何かやましい事でもあるのではあるまいな?」
「いえ、まったくそのような事はございません。ただ信じて頂けるかどうかと・・・」
「それはお前の報告を聞いてから判断する。事実を述べよ」
ビトーはマルグリット本人を交えての護衛訓練をしてきたことを説明した。
「お前が付いていながらなんと言う無茶をしてきたのだっ!お嬢様に万が一の事があったらどうするのだっ!」
「も、申し訳ございません。しかし、護衛訓練にはディノスレイヤ家の聖女様だけでなく、そのお弟子の客人が治癒魔法の使い手でおられ、怪我をしても何も問題が無いと・・・」
「バカ者っ!いくら怪我が治せるといってもそんな実戦さながらの訓練など言語道断。さぞお嬢様は怖かったのではないかっ!心の傷はポーションでも魔法でも治せんのだぞっ!」
「その通りでございます。が、ゲイル様曰く、その体験はしておくべきだと。その為の訓練だと申されました」
「ゲイルとは誰だ?」
「ディノスレイヤ家の三男でございます」
「三男だと?領主ではなく子供の言うことを鵜呑みにしたのか?それになんだそのめちゃくちゃな理屈は?冒険者上がりのディノスレイヤ家と我々が仕えるスカーレット家は違うのだぞ?そんな事もわからんのかっ?」
シムウェルはビトーの報告に激怒していた。しかし、ビトーは怯まずに報告を続ける。
「ゲイル様は確かに子供ではございますが、ご自身の実体験を元にして下さった訓練です。初めは恐怖に固まって動けなかったお嬢様もスムーズに避難出来るようになり感謝しておられました。もし実際に襲われたら恐怖で動けなくなる、しかしその恐怖を体験していれば本当に襲われた時でも動けなくなる事は無いと」
ビトーの報告を聞いてふと他の護衛達を見る。鎧はあちこち傷だらけになり、大きくへこんだりしている。しかし、怪我をしている様子も無く薄汚れてもいない。
「貴様ら何日も護衛をしてきた割には小綺麗だし顔艶も良いな」
「はっ、ディノスレイヤ家では毎食お嬢様と同じ食事を振る舞われ、風呂にも入れて頂きました」
「何っ?お嬢様と同じ飯を振る舞われただと?」
「ディノスレイヤ家では領主も使用人も同じ食事が振る舞われているらしく、我々にも同じ待遇をして下さいました。屋敷は小さく我々は天幕を張りましたがそこに毎夜ゲイル様が風呂を作りに来て下ったのです」
「なんの魂胆だ?」
「私も初めはそう思いましたがそこには何も裏がなく、立場に関係無く皆が旨いものを食えるのが一番良いとおっしゃられました。最後の夜には全員が領主様に領内の食堂でご馳走になり、好きなものを飲んで食えと・・・」
「お前ら任務中に酒を飲んだのか?」
「護衛はゲイル様とベント様にさせるから遠慮無く飲めと領主様と聖女様がおっしゃられ、お嬢様も我々に好きに飲めとおっしゃられましたので・・・」
「ゲイルとベントとはどちらも子供だろうがっ!いくらお嬢様の命令とはいえ、飯はともかく本当に酒を飲むヤツがいるかっ!」
「申し訳ありません。ゲイル様は一人でも我々よりお強く・・・」
「そんな訳があるかっ!どこの世界に護衛20名より強い子供がいるというのだっ!」
「隊長っ!お言葉ながら申し上げます。護衛頭のおっしゃる通りです」
「そうです、我々が手も足も出なかったアーノルド様、アイナ様、ダン様の攻撃からゲイル様お一人でお嬢様を守りきりましたっ!」
口々に護衛達がビトーを擁護し始めた。
「なんだ貴様らっ!この話を信じろというのかっ?」
「シムウェル様、信じて頂けない事は分かっておりました。ゲイル様のお強さは自分も現実の物とは思えませんでしたので。しかし、お心遣いは本物です、その証拠に・・・。おい、誰か土産を持って来てくれ」
護衛の二人でゲイルに貰った樽を持って来る。
「なんだこれは?」
「私たちが飲ませて頂いた高級酒です。我が領のレストランで飲むと1杯銀貨4枚くらいするそうです」
「何っ?もしかしたら噂になっている高級酒か?王家の社交会で振る舞われて、最近王都から出回り出した酒か?なぜそんな物が土産に渡されたのだ?領主様への贈り物ではないのか?」
「王家の酒かどうかは存じませんが、蒸留酒というものだとおっしゃってました。領主様ではなく他にも護衛がいるだろうから皆で分けてくれと。恐らく我々だけがこの様な高級酒を飲んだ事を咎められないように配慮して下さったものと・・・」
「そのゲイルとやらはなぜ他領の護衛にそこまで気を使う?関係無いだろう?」
「それは我々にはわかりません。ただお嬢様にも護衛とは命を張って自分を守ってくれる者達だと言って下さいました。それを実感させる為に訓練でお嬢様を守った護衛を実際にお嬢様の前で斬って見せました。護衛が自分を庇って斬られて血が飛ぶ姿を目の当たりにされたお嬢様の我々を見る目が変わられたのは確かです」
「本当に斬っただと?ゲイルが斬ったのか?」
「いえ、ゲイル様の護衛であるダン殿です。ゲイル様はダン殿に全幅の信頼をお持ちで、やり過ぎることは無いとおっしゃってました。それにダン殿の事を護衛ではなく仲間だとおっしゃってたので、我々もお嬢様の仲間と認識されているのかもしれません」
「護衛が仲間?ディノスレイヤ領の常識と我々の常識とは違い過ぎて頭が混乱してきた・・・。すべてお嬢様は納得されていたのは確かなんだな?」
「はい、それは間違い無く。ゲイル様にはご自分の事もマリと呼ぶようにと申されましたので・・・」
「お、おまっ、お前・・・、そんな事が領主様に知られたらどうなることか・・・」
シムウェルは最後にいらぬことを聞いてしまったと激しく後悔した。
「この度の事はお嬢様に確認の上、領主様に私から報告をする。酒も確認するから勝手に分けるな」
はっ!とビトー達は返事をした。
ーディノスレイヤ邸ー
「父さん、マルグリットから招待状来たらどうするの?なんか面倒臭そうなんだけど」
「あぁ、あれか心配すんな。どうせ向こうから断りの手紙が来る」
「何で?」
「社交会への招待ならまだしもマルグリットは学校が始まる前に招待するって言っただろ?それは私的に屋敷に招くって事だ。まずスカーレット家がうちを私的に招く事はない」
「よく意味がわかんないんだけど?俺達はエイブリックさん所には行ってるよね?」
「あれはエイブリックの私邸だ。王家の屋敷じゃない」
ん?
「王家の屋敷って城ってこと?」
「城は王家の公務をする場所だ。王家の屋敷もそこにあるからややこしいんだがな。まぁ、貴族の屋敷は家、つまり貴族そのものだ。エイブリックの所は部屋だと思えばいい。部屋に誰か来ててもそれは誰も知らぬこと。お前の小屋に誰か遊びに来てるみたいなもんだな。だがこの屋敷に来るとディノスレイヤ家のお客様だ。こう言えばわかるか?」
「なんとなく」
「屋敷に招くと言うことはディノスレイヤ家をスカーレット家の客人として招くということになる」
「それは解るけどなんで断ってくるの?」
「うちは成り上がりで貴族と認めてない奴らが多いからな、スカーレット家が正式に招いたらそういった奴らは面白くないだろ?それに派閥って奴もあるからな。うちがスカーレット家の派閥だったら招待もするだろうけど、うちは政治にノータッチだ。他の奴らに反感を買うだけで政治的には何の役にも立たんからデメリットだけしかない」
なるほど、貴族は単に遊びに行くとか無いんだな。面倒くせぇ。
「なるほどね。何となく行かなくてよくなるのはわかった。じゃ心置きなく釣りに行けるよ」
「釣り?いつ釣りに行くんだ?」
「親方次第だね。父さんは闘技会とかあるから無理でしょ?残念だったね。母さんどうする?」
「そうねぇ、どうしようかしら?ベントは行きたい?」
「ゲイル、シルフィードは行くのか?」
「連れていくつもりだけど」
「じゃあ行く」
なんだよ?じゃあ行くって。
「アーノルド、留守番宜しくね」
「アイナも行くのか?」
「闘技会が始まる前なら問題ないでしょ。あー、アーノルド達が修行に行ってる時の代行しんどかったわぁ」
「ぐぬぬぬぬっ」
ということでアーノルドだけ留守番することになったのだった。
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