第270話 マルグリットが来た その8
マジかよ・・・
魔法無しで暗殺される側の訓練をさせられるとは思わなかった。
「ゲイル、ずいぶん緊張してるわね」
マルグリットがゲの様子を声を掛ける。
「俺相手だと母さんもほとんど手加減してこないだろうからね。マリさんも覚悟しておい・・・」
ちっ!もう動きやがった。
ダンが森から飛び出したのが気配で解る。アーノルドはどこだ?
はっ!アイナが横から飛び出してくる気配。
護衛と護衛の隙間を狙ってくるつもりだ。マルグリットをその隙間と反対側に隠して木剣を構えると護衛二人がアイナに吹っ飛ばされる。
隙ありっ!アイナが両手のトンファーを使ったところで正面ががら空きだ。遠慮無く横斬りで腹を狙ったらトンファーで木剣を弾かれた。ヤバイッ
アーノルドやダンよりは遅いとアイナをみくびっていた。とんでもない。こんなに速いのかよっ!
攻撃は無理と判断して身体強化してマルグリットを抱き抱えてそのまま飛ぶ。
ゾクッと嫌な気配がした瞬間にブンッとアイナのトンファーが俺の背中をかすった。
あんなの当たったら怪我じゃすまない。冗談じゃないぞっ。
マルグリットを抱き抱えたまま戦うのは無理だ。
「マリっ!馬車の下に投げるから頭を手で押さえて丸くなって」
返事をする前にマルグリットを馬車の下に投げるや否や伸ばした手をアイナのトンファーで折られる。
うぎゃっーー!なんてことしやがるんだこのヤンキーババァっ!
身に付けていた治癒魔石が発動して一瞬で手が治るがアイナの顔からは微笑みが消えている。しまった心を読まれたっ!
ヤバいヤバいヤバいっ
唸りを上げるアイナのトンファー。身体強化していてもかわすのが精一杯だ。ゴロゴロ転がって逃げる隙に砂を拾ってアイナの顔を目掛けて投げた。
砂を避けるのに手で顔を隠したアイナに蹴りを入れると腹にヒットした。よしっ!
ザクッ!
「うんぎゃああぁ!」
俺は背中から背後にいたアーノルドに斬られた。
「俺の女に何しやがるんだっ!」
治癒魔石が発動して斬られた背中が治った所で終了。
俺と護衛全員死亡、マルグリットはかすり傷だった。
「なんだよっ、息子に向かって俺の女にって!」
「いやスマンスマン、アイナに蹴りが入ったの見て一瞬我を忘れてしまった。それより注意散漫だぞ。俺が後ろにいるの気が付いてなかっただろ?」
「素手で母さんに応戦してる時に気配消した父さんに気付けとかどんな無理ゲーなんだよ」
「まぁ、及第点ってところかしらね。マルグリットは無事だったし」
「そういう問題じゃないよ。父さん母さんダンがいるのに魔法無しで何とかなるわけないだろっ!」
「あら、魔法使えたら何とかなるように聞こえるわね。そこまで言うなら魔法有りでもう一度ね。母さん一発もらっちゃったし」
え?
アーノルドもニヤッと笑ってバッと森に潜んだ。その隙にアイナも消え、ダンはとっくにいなくなってる。
ビトーが俺に近付いてきて尋ねる。
「い、今から何が始まるんですか?」
「ビトーさん、護衛の件は一旦忘れて自分の身を守ることだけ考えて。マリさん今すぐ逃げてっ!」
そう言った瞬間にシルフィードの矢がカンカンっと馬車向かって飛んで来た。
「早くっ!」
もうマルグリットを逃がすのは無理だ。応戦するしかない。慌ててマルグリットを抱き抱えてその場から飛んでその場を離れながら後方にファイアボールを連発する。
そしてシュドドドと目眩ましにしてそこに土壁を作って逃げる。
「ゲイル、何が始まったのっ?」
「俺達が狩りの対象にされたんだ。俺の魔法有りだからさっきとは次元の違う攻撃が来る。しっかり掴まってて」
取りあえず土の土台を作って上に逃げる。地面に居ては危険だ。シルフィードの矢はともかく、あの3人に別方向から同時に攻撃されたら殺すつもりでやらないと殺られる。
来たっ!正面からダンが飛び上がったのが見えたので土の散弾で応戦すると剣でカカカッと弾いたところを下から土の槍でドンッと突いてダンを落とした。よしっ!まずダン撃退。
ドゴンっ
わっ!ダンを落とした所で土の土台から大きな衝撃と共に崩された。アイナが殴って壊しやがったんだ。
土台が崩れバランスを崩した時に背後から殺気を感じたので風魔法で吹っ飛ばす。チッという舌打ちと共にアーノルドが下に降りた。土台を作り直すとダンがアイナに治癒魔法を掛けて貰って復活していた。汚っねぇ・・・
「ゲイル、やるわね」
「ちょっとちょっとちょっとっ!こんなの護衛訓練でもなんでもないじゃないかっ!」
蚊帳の外の護衛達も呆然と俺を見上げている。
「あら、そうだったわね。じゃあこれが終わったら訓練再開しましょ。決着付けるわよ」
決着ってなんだよっ!
「な、何が起こってますのっ?」
俺にしがみ付いたままのマルグリットが聞いてくる。
「マリ、舌噛むから口を閉じてて」
次の足場を作ってそこへ飛ぶ。アーノルドとダンがその足場に飛んで来るのが見えたから着地する前に土台を泥にした。
スボッと二人嵌まったので即固める。
くそっと言った二人に大きめの土の弾をぶつけておいた。アーノルドにはさっき斬られた礼として強めに当てておく。
後はアイナだけどやっぱり攻撃するのは気が引けるので風で吹き飛ばして土で拘束した。普通に拘束しても力業で解除されそうなので手はバンザイした状態で拘束して足は粘度の高い土で拘束だ。
アーノルドとダンは土の弾を食らった後も脱出しようとしてたので思いっきり魔力を吸ってやった。
「ギブギブギブっ!」
二人はそう叫ぶけどやめてやらない。気絶するまで吸うとやっと大人しくなった。
「シルフィード、降参して出ておいで」
さすがにシルフィードは攻撃したくないので投降するように呼び掛けると出て来た。
後はアイナだ。
「母さん、今回はやりすぎだよ」
「あ、あら。ちょっとゲイルの実力を知りたかっただけじゃない。すっごく強くなったわね。私も降参するからこれ解除して頂戴」
「ダメ。母さんにも攻撃するから」
「ちょ、ちょっとゲイル何するつもり・・・? きゃはははははははっ!や、やめなさい きゃははっ やめなさ・・きゃはははははっっ」
俺はバンザイしてるアイナの脇腹を存分にくすぐってやった。やめろと言われてもしつこくくすぐり続ける。
「いい加減にしなさいっ!」
ドゴンっ!
「おぶっ!」
粘度の高い土からみぞおち目掛けて蹴り抜きやがった。
ゲロゲロゲロ~
アイナキックでみぞおちを蹴られて悶絶する俺を治癒魔石が優しくピンク色に包んでくれた。
「ゲイル、大丈夫なの?」
マルグリットが心配そうにゲロゲロゲロしている俺を覗き込む。
「あぁ、うんもう大丈夫」
「ゲイル様、あの戦いはいったい・・・」
ビトーが駆け寄って来た。
「ビトーさんごめんね、母さんが俺の実力を見てみたくて悪ノリしたみたい」
「では皆さんを倒されたゲイル様が一番お強いということなので・・・」
「いや3人とも本気じゃないよ。あれでも手加減してくれてるんだ。本気だと何されたかわからないうちに終わってるから」
「あ、あれで手加減・・・」
「お前も全力じゃなかっただろうが」
魔力切れから復活したアーノルドとダンがやって来た。
「結構本気だったよ。マリさんをやられるわけにもいかないし」
何とかマルグリットに怪我を負わせずに済んだのは幸いだった。
この後、ちゃんとした訓練をしてアーノルド達がその都度ビトー達にアドバイスをしていた。
ー訓練後にバルへ移動ー
「ここで飯も食って帰るぞ。お前達も今日くらいは飲んでけ」
「アーノルド様、我々には護衛の任務がありますのでそう言うわけには」
小屋を後にしてバルでご飯を食べて帰ることになったのでアーノルドは護衛達にも飲めと誘っている。
「マルグリットよ構わんよな? ゲイルは酒を飲まんからこいつに護衛をさせればいい」
「あら、それは素敵な提案ですわ。ビトー、今日はゲイルを護衛にしますので好きになさい」
「お嬢様、しかし・・・」
「ベントも護衛に付けるわよ。うちの息子二人で護衛させるから安心しなさい」
通常の訓練に戻った後、ベントも何度も殴られながら必死でマルグリットを守っていたのだ。
護衛達は通常席、俺達は個室に入った。その方が護衛達も気兼ね無く飲んで食べられるだろうとの配慮だ。
護衛達はアーノルドから奢りだから好きな物を食って飲めと言われても遠慮してたようだがお勧め上手のミケに陥落し盛大に食って飲んだ様だ。
「ご領主様、この度の訓練だけでなく多大なるご配慮に感謝申し上げます」
ビトーはこちらの個室に来ている。
「なぁに、気にすんな。お前らの所と違ってうちはガサツな所だ。何も気にする必要はない。ベントがスカーレット家に世話になったことにもちゃんとした礼も出来ないような領主だからな」
「アーノルド様、そんな事はございませんわ。貴族らしいとは思いませんがディノスレイヤ家が素晴らしい領主一族であることが良くわかりましたもの。ベント様もこちらだとずいぶんたくましく感じましたし」
「今までどう思ってたんだよ?」
「大人しく少食な方だと思ってましたわ。お友達もおられないようですし」
どうやらベントは貴族貴族したクラスメイトから少し浮いた存在で友達がいないらしい。
「アイナ様はベント様に厳しくおっしゃってましたけど、クラスメイトであれだけ剣を使えるものはおりませんわ。腰の飾りで持ってる者ばかりですもの」
途中で辞めたとはいえ、一般人と比べるとベントもぜんぜん剣を扱える。数年はアーノルドの元でジョンと稽古していたからな。
「俺の剣なんてたいしたことないよ。ジョンから一本も取ったこと無いし」
「お兄様は騎士学校で1位2位を争ってらっしゃるとか。そんな人と比べてはいけませんわ」
「そうだけどさ・・・」
「ベント様、失礼ながら申し上げます。ハッキリ言ってディノスレイヤ家の強さは異常です。昨日今日と我々は思い知りました。住む世界が違うと」
「住む世界が違う?」
「はい、そんな中でお育ちになられたベント様はお気付きになられないかもしれませんが、ベント様のお歳であれだけ剣を使える者がこの国に何人いるでしょうか?剣をお辞めになられたと伺いましたが我々からすると非常にもったいないと思いました」
「もったいない?」
「はい、アーノルド様やダン様には届かないかもしれませんが、それでも上位の剣士になれる実力をお持ちです。もう一度剣を握られてはどうかと・・・」
初めて他人から剣の腕を誉められたベントは少し興奮した。
「父さん、ビトーが言った事は本当?」
「あぁ、これからと言う時にお前は剣を辞めちまったからな」
「おいベント、ジョンが学校で家から離れてお前も剣を辞めて父さんが寂しそうにしてたの知らないだろ?」
「えっ?」
「お前が上手くいかなかった稽古を改良してやらそうとしてたのに急に辞めやがって」
・・・
・・・・
「ベント、学校が始まるまでもう一度稽古するか?今はロロも上達して来てるからちょうどいいんじゃないか?」
「も、もう一度剣を・・・?」
「ベント、今日の訓練で自分の身を自分で守る重要性は理解出来たでしょ?ほんの少しの時間でも身を守れたら護衛も守りやすくなるから安全性は格段に上がるわ」
「はい、アイナ様のおっしゃる通りです。命が掛かった時のほんの一瞬は一瞬ではありません」
「では私も剣を学んだ方が良いかしら?」
マルグリットはブンブンと剣を振る仕草をする。なんか可愛い。
「マリさんは素早く逃げるのを意識した方がいいと思うよ。下手に応戦されるより逃げてくれた方が護衛もしやすいから」
「あら?マリと呼び捨てしないのかしら?何度もそう呼んでらしたのに?」
「ん?そうだっけ?」
「私を抱き上げて何度もマリと呼びましてよ。親族以外にマリと呼ばれたのは初めてでしたのよ」
「あ、あれは緊急事態だったから慌てて・・・」
「貴族同士が愛称を呼び捨てで呼ぶのはどういう事かご存知かしら?」
「いや知らない・・・」
「恋人か結婚を約束したもの同士にしか許されませんのよ。しかも抱き上げて呼ばれたんですもの。傷物にもされましたし」
傷物とか意味深に言うな。馬車の下に投げ込んだ時のかすり傷じゃないか。
「け、け、け、結婚?」
ガチヤッ
「注文伺いまーす」
ミケ、グッドタイミングだ。
「えっと・・・ゲイル、結婚すんの?ウチに優しくしてくれたんは遊びやったん?」
はぁぁぁぁぁっ?
個室が驚きの声で包まれたのは言うまでもない。
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