第269話 マルグリットが来た その7
ー翌日ー
「ゲイル様、アイナ様も混じって訓練をするのですか?」
俺の後ろに乗ったシルフィードが俺に聞いてくる。アーノルドとアイナが馬に乗って先頭を進んでいたのを不思議に思ったみたいだ。
「マリさんが今日も訓練やるとか言い出してさ、母さんが私達も行くとか言い出したんだよ」
「ぼっちゃん、アーノルド様達を防げる護衛なんて王都軍とか必要だぜ」
「そうだよねぇ」
何を考えてんだろアイナのやつ・・・
森に到着するとアイナが馬を降りて俺に近付いて来た。
「ゲイル、あなたがやったのは誘拐から逃げる訓練よね?」
「そうだけど?」
「じゃ、今日は暗殺される訓練ね」
暗殺される訓練ってなんだよ?
「ビトーだったかしら? あなた達は命懸けでマルグリットを守りなさい。マルグリット、あなたは今日怪我すると思うけど覚悟はある?」
昨日の訓練はマルグリットの安全は担保していたがアイナはしれっと怪我を予告する。
「か、母さん。マルグリットに怪我をさせるつもりなの?」
ベントはアイナの予告に驚く。
「ベント、あなたも良い機会だから覚悟しておきなさい。領主を目指すとはどういうことか知っておく必要があるわ」
「アイナ様、暗殺される訓練とは・・・?」
「領主を目指すのはスカーレット家であなただけ?」
「いえ、直系の兄と腹違いの兄がおりますのが、順当に行けば直系の兄になると思います」
「あなたは目指してないのかしら?」
「本気でなれるとは思っておりませんけど一応は・・・」
「スカーレット家の実情は知らないけど血縁者や貴族がたくさんいる領地だと次に誰が領主になるかで得をする人、損をする人が出てくるわ。それは分かるわよね?」
「はい」
「兄妹が何かしてくるというより、そういったどろどろした物に巻き込まれていくのは分かるかしら?」
「それは理解しています」
「なら結構。ゲイルのやった訓練より今日の訓練の方が必要よ。ベント、うちはそんな心配はないとか思ってたら大間違いよ。跡継ぎは全員が狙われる可能性があるのよ。ジョンやゲイルは自分で身を守る術を身に付けようとしているけれどあなたはそれを辞めちゃったでしょ?それがどういうことか理解しなさい」
これまでアイナはベントが剣の稽古を止めたことを何も言わなかった。うちの領地だけなら特に問題が無かったからだ。しかし、マルグリットと関係が出来た事でそうも言っていられなくなったのかもしれない。
「母さん、どうするつもりなの?」
「ゲイル、簡単なことよ。マルグリットを狩るのよ」
そう言ったアイナはニッコリ笑った。
今回は簡単に解る。この微笑みは悪魔の微笑みだ・・・
マルグリットとベントは護衛に守られながら休息を取っている風にスタンバイ。
アイナの指示により全員が気配を消して森に潜んだ。シルフィードも弓を持って参戦させられている。一応矢の先は落として俺達は木剣だ。アイナはトンファーを使用するらしい。
まずダンが襲いかかるが昨日と違って気配を完全に消して音も無く近付くので護衛達の反応が遅れる。慌てた所へ横からアーノルドが近付き陣形を乱した。立て直す為の指示を出そうとしたビトーにシルフィードの矢が当たった所でアイナがマルグリットの首にトンファーを当てた。俺の出番は無しだ。
「マルグリット、あなた今ので死んだわよ」
一瞬の出来事で何がなんだが解らなかったマルグリットはアイナに耳元でそう囁かれて初めて理解した。
「ベント、何ボーッとしてるの。私を剣で攻撃してくるくらいの事はしなさい」
「えっ?母さんを攻撃するなんて・・・」
「何も心配することないわ。殺すつもりでやりなさい。そうしないとマルグリットも自分も守れないわよ」
ベントにそういうアイナ。
「次行くわよ」
アイナってたしか後衛で治癒担当だったよな?なんだよあの動きは・・・
そのあとまったく同じ事を3回ほど繰り返したが結果は変わらなかった。
「ダメね。真剣さが足りないわ」
いや十分真剣にやってると思うぞ。
「アーノルド、ダン、ちゃんと斬って。護衛達は頭で反応してるから、身体と本能で反応してもらわないと。ベント、あなたも反撃しなさいと言ったのにまだわからないみたいだから次は容赦無いわよ」
アイナがどんどん笑顔になって行くのが怖い・・・
5回目のアタック開始。俺の出番はまだ一度も無い。
ウグッ ギャーーっ
今度はダンもアーノルドも木剣で斬っていく。まだ手加減してるとはいえ次々に悶絶する護衛達。
アイナはマルグリットを襲う前にベントを殴って蹴飛ばしてからマルグリットの腹にパンチを入れた。
グハッと悶絶するマルグリット。
「お、お嬢様ーーーっ!」
ビトーが悶絶するマルグリットに駆け寄ろうとしたところをシルフィードに撃ち抜かれた。
アイナはすぐにマルグリットに治癒魔法を掛けてからベントにも治癒魔法を掛けた。護衛達にはシルフィードが治癒魔法を掛けていく。
「一度休憩しましょうか」
朝からの反省を兼ねて長めの昼休憩に入った。
(アイナ、マルグリットを殴るとかやりすぎだ)
(アーノルド達はマルグリットに手を出すなんて出来ないでしょ?)
(当たり前だっ)
(だから私がやるのよ。女同士だから問題ないわ)
アーノルドとアイナがこそこそ話している内容が聞こえてくるが女同士とか関係無いぞアイナ。
「ビトー、あなたが頼りないからマルグリットは痛い目にあったのよ。わかるかしら?」
「お嬢様申し訳ありません。」
「ベント、襲われるとはどういう事か理解出来たかしら?」
初めてアイナに殴られたベントはまだ膝をカタカタ震わせている。
「初めて襲われたり痛い目に合うと身体が硬直して動けなくなるの。ゲイルは経験あるでしょ?」
「あるよ。蛇の時もそうだったし、暗闇のダンジョンでもそうだった」
「な、なんだよ暗闇のダンジョンって?」
「まっくら闇のダンジョンの中で何匹ものゴブリンにこん棒で殴られ続けたんだよっ!」
「なんだよそれ?」
「何も見えないところで修行させられたのっ!いきなり殴られて激痛が走って動けなくなった所を集団で殴られ続けたんだよ。本気で死んだと思ったよ」
「げ、ゲイル様はそのような訓練を・・・?」
「何日も飯抜きで延々と走った後にね」
「何でそんな修行してたんだ?」
「ベント、ゲイルは命を狙われる可能性があったからだ。不審な奴がうろついててな、かなり厄介な相手かもしれんからやむ無くだ」
アーノルドが補足説明をする。
「ゲイルが命を・・・?」
「可能性の問題だ。ゲイルはお前と違って色々やらかしてるからな」
やらかしてるってなんだよ?悪いことなんてなんもしてないぞ。
「ゲイルはその経験があったから私達にこのような訓練をさせているのかしらね?」
マルグリットもまだ震えながら俺達の話を聞いていたようだ。
「人は恐怖で動けなくなるって知ってたけど、自分がああなるとは知らなかったからね。いきなり本番でああなってたら死んでたかもしれないと思ったよ」
「ゲイル様はどうやってその恐怖を克服されたのですか?」
「仲間に対する信頼かな。この人がいるなら大丈夫だっていう安心感と後は慣れだよ」
「信頼・・・」
「ゲイル、次はあなたがベント役をやりなさい。魔法は無しで自分の身とマルグリットを守って見せなさい」
は?
「母さんを攻撃するってこと?」
「そうね、もし私が怪我をしてもあなたが治せるでしょ?」
「俺が怪我したら?」
勿論私が治してあげるわと微笑むアイナ。
「それならダンがベント役やれば・・・あれ?」
くっそ、ダンの野郎もう配置に着いてやがる。なんて勘がいい奴なんだ。
気配を消したり察知したりする能力はダンと遜色無くなって来たけど、こういう勘はまるで敵わない。
ゲイルは気配を隠しているダンに土魔法の弾を一発撃って憂さ晴らしをしておいたのだった。
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