第267話 マルグリットが来た その5

護衛達は襲われる事が分かってるので緊張しているからそれを逆手に取る。俺はダンがいる方向と逆に石を投げて音を出した。気配は消してないので気配察知が出来てたらつられないはずだ。


ガサッと音がした瞬間に全員が同じ方向を向く。どうやら気配察知は出来ていないみたいだな。その隙を見てダンがざっと走って襲いかかると護衛達の連携が瞬時に崩れて全員でダンに立ち向かった。


その隙にゲイルが背後から飛び出し、ベントの後ろに立った。


「はい失格。全員が一人の賊に気を取られちゃダメだよ。このままマリさん連れ去られて終わりだからね」


俺がそう言うと護衛達は驚いて俺を見る。


「マリさんは怪しいヤツが現れたら見てないでさっと馬車に逃げ込まないとダメだよ。守られる側も協力しないと。ベントもボーッと見てんな。お前は守られる立場でもあるけど女性最優先なんだから剣くらい構えろ。稽古しなくなってから気が緩んでるんじゃないか?」


あっけにとられる護衛達。


「ビトーさんは護衛の責任者なんだから皆に指示しないと」


「こんな鮮やかに事を済ませる賊がいるのですか・・・」


「俺とダンはふたりだからね、本気の盗賊は10人以上で来るからその分スピード上げてるよ」


唖然とするビトー達。


「じゃもう一度始めからやるから。ベント、今度はちゃんとやれよ」


うるさいっと怒るベント。そうそう、ちゃんといつものように対抗心を燃やしてくれたまへ。


また隠れて石を投げると、今度は護衛がマルグリットの前に立ち、どの方向から来られても良いように構えた。ベントも剣に手をやりマリを馬車に誘導する。


それを見てダンが飛び出したので俺は馬車の御者台に乗り馬車を出した。


馬車が動いてほっとするビトー達。


「はい失格。馬車ごとさらわれて終わり」


馬車を止めて皆に言う。


あっと振り向く護衛達。


「ちゃんと馬車にも護衛付けておかないとダメだよ」


グッと唇を噛む護衛達。


「じゃあ本番行くからね。今度はこっちも全力で襲うから覚悟はいい?」


マルグリットも何かあったら馬車に向かう事を理解したようなので次は本気でやる。俺はトンファーを使おう。



今度は石を投げずにダンと二人で音も無く襲いかかる。ダンの後ろに俺がぴったり付いて姿を隠しながらの戦法だ。


ダンが近付いて護衛達の剣を避けたあとに蹴飛ばして道を開ける。その隙に馬車に乗り込む前に俺がマルグリットの前に立って終わり。


「はい終わり。蹴られた人大丈夫?」


ゴホッゴホッと咳き込んで立ち上がる。治療するほどでも無いな。


「げ、ゲイル様、もう一度お願いします」


「いいよ。慣れて来たみたいだから次は俺も攻撃するからね」


今度は二手に別れて襲いかかる。マルグリットを守る護衛をダンが鎧の隙間を剣で斬る。バッと血しぶきが飛びそれを見たマルグリットがヒッと悲鳴をあげて立ち止まってしまう。俺は馬車を守る護衛をトンファーで打ちのめして気絶させた。


血を流す護衛を見てガタガタと震えるマルグリット。ちとやりすぎたか?


「シルフィードっ!治癒して」


俺がやってもいいんだけどシルフィードの訓練も兼ねよう。


ガタガタ震えるマルグリットの横に青ざめたベント。


斬られた護衛と気絶した護衛に治癒魔法をシルフィードが掛けて一旦休息することにした。



まだ震えているマルグリットにホットミルクを出す。


「ちょっとやりすぎちゃったかな。もう大丈夫だからこれ飲んで落ち着いて」


「ゲイル様、我々の力の無さを教えて下さりありがとうございます」


「いやすぐに足りなかった所を修正してくるのは見事だったよ」


後はこうやったらもっと良いとかダンとビトーを交えて護衛達に説明する。マルグリットはベントに任せておこう。


「なるほど、とても勉強になります」


「とにかく護衛はマリさんを無事に逃がす事を最優先にして賊を倒すのは二の次だね」


「はい、心得ました」


「マリさん、落ち着いた?ごめんね怖い思いをさせて」


「い、いえ。もう大丈夫ですわ・・・」


「護衛の人達はこうやって自分を犠牲にしてマリさんを守ってくれるんだよ。勝ち負けとかじゃなくてね。護衛だから当たり前なんだけど人の命が掛かってるのは理解してね」


マルグリットはゲイルの言葉に返事をしなかった。今まで護衛の命とか考えた事はなかっただろうけど、初めて護衛から血しぶきが飛ぶのを見て実感してくれればそれでいい。


「ゲイル様が使われたのは武器でしょうか?」


「あぁこれ?そうだよ。俺の持ってる剣でやったら腕とか斬り落としちゃうかもしれないからね。ダンならそんなヘマしないだろうけど」


「どのような剣をお持ちで?」


「これだよ」


背中の剣をビトーに見せる。


「これは・・・?」


「まぁよく斬れる剣だよ。俺のお守りだね」


ビトーは魔剣を見たことがないのでよくわからないようだった。


「こっちはトンファーって武器。攻守共に使える武器なんだよ」


まじまじとトンファーを見たビトー。


「ゲイル様、失礼を承知で申し上げます。私と立ち合って貰えませんか?」


「トンファーが気になるの?」


「それもありますが、剣が当たらないと言われた意味をどうしても確かめたく・・・」


ビトーは指示役に徹したのでダンとも俺とも対峙していない。俺は奇襲役だったので戦う姿を見れなかったのだろう。


「いいけど手加減しないよ?」


「勿論です。自分も本気でやらせて頂きますので」


真面目な顔をして申し込まれたら断るのも失礼だ。



ダンが開始の合図をする。寸止め無しのガチ勝負だ。木剣だけど当たればヤバい。


「始めっ!」


ビトーは遠慮無しに剣を振り下ろして来た。トンファーで受けて剣を滑らせるつもりが思ってたより早い剣に身体が持ってかれそうになる。先手を取られて不利だな。一瞬後ろに飛んで仕切り直そうかと思ったけど力任せに突っ込まれたらまずい。振り下ろされた剣から斬り上げるだろうからしゃがんで小手を狙う。


ビュッと思った通りに斬り上げたので短いほうで小手を狙うと剣を振り上げながら避けられた。これは想定済み。足元ががら空きだ。膝を狙ってガンガンと鎧の上から叩き付けると少しぐらつくビトー。足元の俺を剣で斬るのは難しいのでスッと後ろに飛ぶ所を追撃だ。短いほうで顔面目掛けてジャンプすると顔を後ろに引いて躱そうとする。そこへトンファーを回転させて顎を打ち抜いた。


ガスッと音がしてビトーの口から血が飛ぶ


「それまでっ!」


よろよろとしながら構えるビトーにダンは終了宣言をした。


「あ、ありがとうございました」


シルフィードが駆け寄って来て治癒魔法を掛ける。


「ありがとうお嬢さん。凄い治癒魔法だな。あっという間に傷も痛みも無くなったぞ」


「シルフィードの治癒魔法は母さん直伝だからね」


「ゲイル様、ありがとうございました。当たらないと言われた意味が理解出来ました」


「いや、最初の一撃を受け損ねたからヤバかったんだよね。2撃目が斬り上げじゃなく横に振られたら防戦一方になったところだったよ」


「ゲイル様の体勢が崩れたので一本取れると判断ミスをしました。横だとまた受けられると思ったので」


「まともに受けたら俺の体格だと吹っ飛ばされてたよ」


「ゲイル様には自分の剣が見えてらっしゃるのですね?」


「まぁ父さんやダンはもっと速いからね。二人が気合い入れて立ち合ったら見えないし」


「ダン殿はそこまでお強いのですか?」


「そうだね。俺の護衛でもあるし、剣の師匠でもあるから凄いよ。父さんの次くらいかな?」


ビトーは俺とダンに頭を下げた。


「本日は誠に貴重な体験をさせて頂き感謝申し上げます。自分達はまだまだだと思い知ることが出来ました」


「ビトー、ゲイルは強いのかしら?さっきのはゲイルが勝ったのよね」


マルグリットはどうなったのか解らなかったらしい。


「お嬢様。申し訳ありません。ゲイル様に全く敵いませんでした」


「ゲイル、ビトーはこれでもかなり強い方なのよ」


「そうだね。強いと思うよ。盗賊相手なら間違いなく勝てると思う」


「あなたはそれより強いということよね?」


「俺の場合はダンや父さんが相手だし特殊な環境で教えられてるからね。怪我しても母さんがいるから遠慮なくやられるし」


そう言いながら楽しそうねとか言われたがそんなことはないと否定しておいた。何日も休みなく走らさせたりするんだぞ。



そろそろ日も暮れ出すという事で、訓練も終わりにして全員で小屋を後にしたのだった。


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