第266話 マルグリットが来た その4
じゅーとという音と共にボアの串肉が焼けて行く。
「こちらはボア汁になります。お鍋の予定だったので具材はいつもと違いますけど」
シルフィードがお椀によそったボア汁を配って行く。
「ボア汁ってなんですの?」
「シルフィードのいるボロン村って所で味噌という調味料を作ってるんだよ。それで味付けしたスープだよ。熱いから気を付けてね」
スプーンで掬って一口飲むマルグリット
「初めて食べる味ですわ」
「今年から少量だけど味噌も流通させるから。王都にはあまり出回らないかもしれないけどね」
護衛達はマルグリットと同じテーブルについてるので緊張して動こうとはしない。
「ほい、マルグリット嬢、こっちが塩焼きでこっちが焼肉のたれ焼きだ。護衛の皆は勝手に焼いて食べてくれ」
ダンと焼き物が得意と言った護衛が串焼きをしている。バーベキューコンロ用に肉を置いてあるけどまだ誰も焼きだそうとはしない。
「これはどうやって食べるのかしら?」
「ベント、マリさんの串から外してやれよ。そのまま食わす訳にはいかんだろ?お前は本当に気が利かないな」
「う、うるさい今やろうとした所だよっ」
ベントに嫌味を言った後に護衛達を見ると誰も手を付けようとしていない。
「ビトーさん、早く食べないとせっかくのボア汁も冷めるよ。」
「いやしかし・・・」
「大丈夫だって、ねぇマリさん」
「ゲイルの言うとおりよ、早く食べなさい」
マルグリットに言われておずおずとボア汁に手を付けた護衛達。
う、旨い・・・
「寒くなってくるとこう言うの旨いでしょ?早く焼き肉も焼いていきなよ。塩かハーブソルトか焼き肉のタレか好みでどうぞ」
「ゲイル、焼き肉のタレとは何かしら?」
「ボア汁に使ってる味噌をベースに作ったソースだよ。気に入らなかったら塩かハーブソルトの方を食べればいいから」
マルグリットはベントが串から外したタレ味の肉をさらに小さく切って口に入れる。
「こんな味は初めて食べますわ。美味しい・・・。ボアも初めて食べますけどこんなに美味しいお肉だったなんて」
「この時期のボアはどんぐり食べて脂が甘くなってるから臭みもないし、味噌とも合うからね。ビトーさん達も早く焼きだしなよ。お腹減ってるでしょ」
マルグリットが食べ出したのでようやく護衛達も肉を焼き出した。
俺は薄切りのバラ肉にハーブソルトを振り白髪ネギを巻いて自分で焼く。
ベントはせっせと串から肉を外していた。
香ばしく焼けたバラ肉とネギのコンビネーション。うまー。ボアの脂身としゃきしゃきネギがたまらんね。
「その白いのは何かしら?」
「ネギだよ。ネギ食べられる?」
野菜嫌いな人は大抵ネギもダメだ。
「ネギってもっと緑色してますわよ」
「これは特別な育て方してあるから白いんだよ。同じネギだけどね。試しに食べてみる?」
ちょっと嫌な顔をするからやはりネギは苦手なのだろう。
「ゲイル様、これはこうやれば宜しいでしょうか?」
「そうそう。塩かハーブソルトを振った方を外側にしてネギを巻くんだよ」
俺が旨そうに食べてたのを見てビトーも真似をした。
「むっ!?これはなんとも・・・」
ビトーめっちゃ旨そうに食うな。その顔を見た他の護衛達も一斉に同じようにやりだした。
「旨ぇぇぇ」
お嬢様がいるのを忘れたのか次々と肉を焼き出す護衛達。タレ焼きも実に旨そうに食い出した。
「ゲイル、私にも焼いて下さるかしら?」
「好きじゃなかったら途中で食べるの止めていいからね」
俺は好き嫌いなく食べなさいという教育は好きではない。食わず嫌いはもったいないと思うが嫌いな物を無理矢理食べる必要もないのだ。お菓子しか食べないとかなら別だけど。
「はい焼けたよ。切らずにこのまま食べて」
フォークで恐る恐る口に運ぶマルグリット。モグモグして目をぱちくりとさせる。
「これは本当にネギですの?嫌な臭いがぜんぜんしない・・・」
「生で食べるように水でさらしてあるからかもしれないね。丸々焼いても美味しいんだよ」
今日は野菜がほとんどないから肉だけだと飽きるしな。
小屋に戻ってネギだけを串に刺して来た。
「これをゆっくり焼いて、仕上げに焼き肉のタレ掛けて少し焦がしてと。はい、ベント外してあげて。マリさん、これは熱いし噛むと中からもっと熱いの出てくるから気を付けて」
あつあつネギ鉄砲を喉に食らうと火傷するからな。
串肉を焼いてた護衛達とダンにも席に着いて食べるように言う。この感じじゃマルグリットのはここで俺が焼いても良いだろう。
ハフハフっとネギを食べるマルグリット。
「甘いですわ。ネギってこんなに甘いものですの?」
「育て方にもよるけど冬のネギは甘いんだよ。気に入った?」
「えぇ、とても」
護衛達もネギや肉を旨そうに食べていた。
「ダン殿、自分は護衛頭のビトーと申します。ゲイル様はいつもこのような感じでらっしゃるのであろうか?」
「そうだな。ぼっちゃんは旨い物は皆で食うともっと旨いと言ってるからな。ここの飯は旨いだろ?」
「ええ、信じられないくらい旨いです。ボアもこんなに旨くなるとは驚きです。まったく臭みがない」
「ぼっちゃんは臭い肉が苦手でな。肉の処理には気を使うんだ。味付けも色々工夫するし、捨てちまうような内臓やら筋なんかもめちゃくちゃ旨くする」
「内臓を?」
「初めはこんな物を食うのか?と驚いたがな、食ってみたこれが旨いのなんの。酒が進んで仕方がねぇ味だ。さっき肉でネギ巻いただろ?あれを牛の舌で食った時の旨さには驚いたぜ。まぁぼっちゃんが作るものは全部旨いがな」
ごくっと喉を鳴らすビトー。
「ゲイル様はあのお歳でなぜそのような事をご存知なのか?」
「ぼっちゃんは天才だからな。頭もいいし気も優しい。一緒にいると面白いぞ。その分色々やらかしてくれるからフォローが大変だけどな」
「やらかすとは?」
「今もそうだろ?どこに辺境伯のお嬢様に串肉を食わすバカがいる?下手すりゃ不敬罪で手打ちだぞ。まあぼっちゃんを手打ちにしようと思っても返り討ちにあうだけだがな」
「ゲイル様は自分の身は自分で守るとおっしゃってたがそんなにお強いのか?」
「剣だけでやり合ったらまだ勝てるが、魔法使われたら手も足も出ねぇぞ。本気の勝負でやりあえるのはアーノルド様達の英雄パーティーメンバーぐらいじゃねぇかな」
「護衛がいらないというのは本当なのだな?」
「俺も護衛というよりおもりだな。ぼっちゃんは優しいから悪いやつでも殺したりしないからそういうのは俺の役目だ。まぁ、俺がやらなきゃ殺されるより悲惨な目に合う奴もいるがな」
「ではあの王都に晒されていた盗賊はゲイル様が本当に・・・」
「あれをやった時はたまたま俺が休みでな、アイナ様と二人で居るところに出くわしたらしい。あれはぼっちゃんが母親を色々な意味で庇った結果だと思うぞ。アイナ様は悪党に容赦がないから、ぼっちゃんがやらなきゃ領民の前でアイナ様が盗賊どもを殺ってたかもしれん。あいつら商人や村人を何人も殺してきた大罪人だったみたいだしな」
「そうですか。どれだけ野蛮な方かと思っておりましたが我々の想像では追い付かないお方なのですな・・・」
「そうだなぼっちゃんは何をしだすか読めんからな。昨日の鴨肉旨かっただろ?」
「あぁ、鴨肉をあんなに贅沢にたくさん食べたのは初めてだ。よく20人もの分を腹一杯食べられるだけ用意してくれたものだと思ったが・・・」
「あの鴨はぼっちゃんが養殖を始めた奴だ。鴨肉って旨いけど高いだろ?平民でも気軽に食べられるようにするために鶏や牛みたいに繁殖させてるんだ」
「平民の為?」
「そうだ。それ以外にもなんか色々とやってるぞ。新しい野菜や果物の開発とか道具とかな。人がどんどん増えてるから仕事と旨い食い物が必要だと考えてるんじゃねえかな」
「まだ子供なのに・・・。ゲイル様は領主様になられるのか?末っ子だと伺っているが」
「ぼっちゃんはその気ねぇみたいだがやってることは領主だな。まぁ領主よりもっとデカい器がぼっちゃんには合ってるだろうけどよ」
「ここでは後継者争いは・・・」
「アーノルド様には3人息子がいるが長男は騎士になるつもりみたいだし、おそらく近衛騎士になるだろうからな。ぼっちゃんが領主になりたいと言い出さない限り争いは起こらないんじゃねぇか?」
「そうですか。民を思いやり、争いも無く、皆が働けて旨いものが食える。なんとも羨ましい領ですな・・・」
ビトーはしんみりと呟いた。
「ゲイル、とても美味しかったわ。いつもこのような物を食べているのかしら?」
「狩りをした時はそうだね。狩りも修行の一つだから」
「ここで稽古もしてるんでしょ?ビトーとも仲が良ろしくなられてるようですし、一度手合わせをしてみて下さらない?」
また面倒臭いことを・・・。
「ビトーさんと俺とだと体格が違うからね、どうせならダンとやった方がいいよ」
さらっと面倒臭いことをダンに押し付け、にらみ付けるダンから目を逸らした。
「護衛同士の対決って事ね。いいわよ。ビトー負けたら承知しないわよ」
これだからお嬢様は・・・
「マリさん、それはちょっと違うかな。ダンの護衛スタイルとビトーさんの護衛スタイルは違うからね。勝った負けたとかは難しいよ」
「何が違うのかしら?」
「ダンは俺を守るというより一緒に戦うスタイル。ビトーさんはマリさんの安全を第一に守るスタイル。根本的に目指すものが違うんだよ。ビトーさんは護衛頭だから指示しないといけない立場だしね」
「言ってる意味がわからないわ。戦うのだから同じでしょ?」
そうだよなぁ、お嬢様には理解出来ないか。こりゃまた護衛の訓練にした方がいいか。単純に勝った負けただけで護衛達を判断されるのは困る。
「じゃあ、立ち合いじゃなくてマリさんの避難訓練で行こうか。ビトーさんマリさんの護衛訓練ってしてる?」
「はい、やっておりますが実際にお嬢様とは行ったことがありません」
「じゃあ良い機会だからやってみようか。マリさんも襲われたことないでしょ?」
「そんなの無いわよ。ゲイルはあるのかしら?」
「この前旅した時に山ほど盗賊に出会ったからね。やつらがどんな風に襲って来るか知ってるから再現するよ。怪我してもシルフィードが治してくれるから真剣でやるけどいい?」
「いいわよ。誰が盗賊役をするのかしら?」
真剣と言われてもピンと来ないんだろうな。あっさりと了承しやがった。
「俺とダンだよ。ビトーさん、そっちも実戦のつもりで鎧着て馬も馬車に繋いで。俺とダンはお嬢様を身代金目的で誘拐を企む盗賊。領に帰る途中で休憩してる所を狙われるというシチュエーションでやるから。ベント、お前はマリさんに同行してる客人だ。夏にお招きしてもらった時と同じと思え」
いちいち指図すんなとベントが言う。
「ゲイル様、本気で真剣で行うのですか?」
ビトーは危険な事が分かってるので確認してくる。当然だな。
「怪我ならここで治せるし、万が一腕とか足とか切り落としちゃったら屋敷に戻って母さんに治して貰うから大丈夫。あ、首だけ刎ねないようにしてね、即死だと治せないから」
こいつはいったい何を言い出すんだと驚きを隠せない護衛達。
こんな事になるとは思ってながったがちょうどいい。ベントが夏に世話になった礼は金銭とかでは返せないだろうから本気の訓練で返そう。ビトー達も実戦でいきなり襲われるより経験しておくとぜんぜん違うからな。
「ゲイル様、そうおっしゃいましてもあまりにも危険では・・・」
「マリさんには斬り付けたりしないから大丈夫だよ。治せると言っても斬られたら痛いからね。ビトーさん達も実戦を経験しておいた方がいいよ。必ず役に立つ時が出て来るから。初めは木剣でやってマリさんに自分がどう動かないといけないか覚えて貰って、それから本番ね」
ざわざわと顔を見合わせる護衛達。
「訓練で出来ていても実戦で出来ないと意味が無いよ。自分達がどれだけ出来るのか知っておく必要があるし、出来ない事が分かればそれを訓練すればいいし。俺に気を使って遠慮したらマリさんが死ぬと思ってやった方がいいよ」
他の護衛達にも遠慮するなと伝える。本気でやらないと意味ないしな。
「ゲイル様、我々が領主様のご子息に剣を向けるなど・・・」
「大丈夫だって、どうせ当たらないから」
そう言うとカチンと来たのか、
「本当に宜しいので?」
「もちろん。見事マリさんを守ってみせてね」
どうせ当たらないと言われた護衛達も少し熱が入ったのか黙って鎧を身に着けて馬を馬車に繋いだ。
「じゃ、マリさんとベントはここに座ってて。俺たちは森に潜むからいつものように護衛してて」
こうして実戦さながらの護衛訓練が始まるのであった。
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