第265話 マルグリットが来た その3

護衛達は鴨鍋を食べながらざわざわしていた。


おい、ディノスレイヤ家ってうちと同じ辺境伯領だよな。

あぁ、村みたいな所だがそうだぞ。

あのぼっちゃん領主様の息子だろ。俺達にこんな贅沢なもの食わせて風呂まで作ってくれるとかどういうことだ?

昨日のプリンってやつをメイドとぼっちゃんが作ってくれたって話だぜ。

領主の息子が自ら?

あれ旨かったよなぁ。あんなの初めて食ったぜ。まさに貴族の食べ物ってやつだよな。

プリンもそうだが昨日のスープといい、この鍋といいむちゃくちゃ旨いよな。

いや、俺は朝のパンに驚いたな。あんなふわふわな食べ物初めてだ。パンだと言われても信じられなかったからな。

この領ってなんなんだ?俺達以外に屋敷の護衛がいねぇんだぞ。


護衛達はそれぞれがあまりにも日頃の扱いと違う事や料理の事を口々に話していた。


「ここに護衛は不要なんだとゲイル様がおっしゃってたぞ。治安が良いのもあるが自分の為に誰かが死ぬのが嫌だと。領主様自ら子供にも自分の身は自分で守れと言われてるそうだしな」


「ビトーさん、あの小さいぼっちゃんも自分の身を守れるってんですか?」


「専属の護衛はいるらしいが、護衛も仲間だとおっしゃってな。飯も一緒に食ってるらしい」


「護衛と一緒に食べる?」


「ここの屋敷は使用人も皆領主様と同じ物を食べてるとメイドも言っていた。嘘ではないだろう」


「それで俺達にも同じ物を?」


「ただの好意かそれとも何か意図があるのかわからんが、使用人達が領主様一族を慕っているのは確かだな。俺達に対してもみな笑顔で親切だ」


「良い領主様なんですね・・・」


「うかつな事を口にするな。不敬罪に問われるぞ」


「はっ、そう言った意味では・・・」


「そうとられてもおかしくない発言には気を付けろ」



ー翌朝の朝食ー


「父さん、大きな知らない建物が出来てたんだけどあれは何?」


「あそこは闘技場だ。年末に闘技会をする予定にしている。お前も出るか?」


ぶるぶると首を横に振るベント。


「アーノルド様。あれはやはり闘技場でしたのね。闘技会に参加出来るのはこの領に住む人だけですか?」


「いや、何も制限はしとらんぞ。誰でも参加可能だ」


「ではうちの護衛にも参加させてみようかしら?」


「別に構わんぞ。剣と魔法、後はパーティー戦の3種類だから本気で出るつもりなら早めに申し込んでくれ。予選通過したら年末に決勝戦があるからな。優勝者には賞品も出るぞ。と言ってもこの領で売ってるもんだから大したもんじゃないけどな」


マルグリットは本気で言ってるのだろうか?まぁお祭りみたいなもんだから盛り上がればそれでいいんだけど。



朝飯を食い終わったのでさっさと出掛ける事にする。マルグリットの事はベントがかまっておけばいいだろう。



ーいつもの森ー


「ぼっちゃん、ボア狩にいかねぇか?そろそろ旨くなってるだろうし」


小屋に着いたらダンが狩りに行こうと言い出した。シルフィードに狩らせるつもりなのだろう。


「いいよ。じゃあ昼飯はボア鍋にしようか?」


そうしようということでボアポイントに向かう。



「お、どんぐり食ってるな。あいつを狙おう。シルフィード、火魔法無しであいつを狩ってみろ。気付かれないようにそっと近付けよ」


はいと返事をしたシルフィードはそっと近付いていく。ボロン村でもやってたのだろうか?足音を立てずにスッと近付いていく。


後少しというところでボアがシルフィードに気付いて身構えた。ボアは逃げるのではなく、対峙することを選んだようだ。


プギッと一鳴きしてシルフィードにダッシュするボア。シルフィードはさっと避けながら首に向かって剣を振り下ろした。


ブバッと血を吹き出すボア。シルフィードはそれを見てザッと距離を取る。血を吹き出しながら方向転換してシルフィードに再度突進しようとしたボアはドサッと倒れた。シルフィードはまだ息のあるボアに止めを刺す。


「おぉ、見事な狩りだ。ずいぶん上達してるな」


「はい、村でもやってましたから。でもこの剣凄いです。斬る時にほとんど抵抗ありませんでした」


ドワンの作った剣は斬れ味が良い。魔剣なら尚更だ。初めは空振りしたかと思うくらいだからね。



シルフィードが仕止めたボアをダンがずるずると引きずり小屋へと戻った。


「ダンとシルフィードに解体任すね。俺は野菜の準備しておくから」


白菜とネギの種を植えて育てていく。ネギは白ネギにして、白髪ネギも大量に作った。


解体された骨だけ先に貰って出汁を作っていく。煮込む時間が足りないけど昼飯だしいいか。


「ダン、スライスするのはいま食べる用だけでいいよ。残りはハムとベーコンにするから」


あいよっと返事したダンはシルフィードと肉をスライスにしていく。めっちゃ切ってるけど食えるのか?


ダンの手が止まったと同時に誰か来る気配がした。


「誰だろうね?」


「馬車と鎧着てるやつがいるな」


馬車と鎧?まさか・・・


そのまさかだった。マルグリットの馬車がこちらにやって来て、小屋の前まで来るとビトーが俺に挨拶をした。


「ゲイル様。お嬢様をお連れ致しました」


は?呼んでないけど?


馬車のドアが開いてベントが出て来た。


「何しに来たの?」


「マルグリットがゲイルがどこに行ってるのか聞くから森の小屋で遊んでるんだろうと言ったら連れて行けって言うから」


「それで勝手に連れてきたのか?お前お嬢様をこんな所に連れてくるのどうかと思うぞ」


「あっ!シルフィードっ!いつから来てたの?」


こいつ・・・人の話聞いちゃいねぇ。せっかくシルフィードをマルグリットに会わせないようにしてたのに何してくれてんだお前は?


ダンは察したのかシルフィードに帽子を被れと言いに行ってくれた。


「ゲイル、いつもこんな所で遊んでいるのね」


マルグリットも馬車から降りてきた。


「こんな汚れるような所にそんな綺麗な服で来ちゃダメだよ。スカートが枯れ草だらけになるよ」


「構いませんわ。服の一着や二着」


めっちゃ高そうな服なのに。


「ゲイル、シルフィードが来てるならなんで教えてくれなかったんだよ。うちに居なかったじゃないか」


「バルの手伝いしてるんだよ」


と言うことにしておくために大きめの声で聞こえるように言っておく。


「バルってなんだ?」


「おやっさんところの食堂だよ。この夏に出来たんだ」


「ふーん。別に働かせなくてもいいじゃないか」


ぶつぶつ言うベント。


「ゲイル、遊び場を案内して貰えるかしら?」


「見るものなんて何にもないよ。ご飯食べて剣の稽古する所だから。」


「どんな物を食べてるのかしら?」


「狩って来たウサギとかボアとかだよ」


「ゲイルはここで焼き鳥とか焼き肉とかばっかり食べてるよ。酒作ったりとかもしてるから大人達はしょっちゅうドンチャン騒ぎするような所だよ」


おいベント、余計なこと言うな。


「へぇ、私も食べてみたいわ。何かご馳走して下さる?」


・・・

・・・・

・・・・・


「鍋で良いなら今作ってるけど、おもてなし料理とかじゃないよ」


「構いませんわ」


マルグリットって動じないよな。お嬢様ってみんなこんななのか?


「ビトーさん、みんなお昼ご飯どうするの?」


「ゲイル様、我々の事はお気になさいませぬよう。護衛任務がございますので」


まぁ、そう言うだろうね。でもほったらかしにするのもなぁ。


「マリさん、ご馳走するのもここを案内するのもいいんだけど、条件があるけどいいかな?」


「いいですわよ」


「ここでは身分の上下とか種族の差とか何も気にしないで過ごせる場所なんだ。それをマリさんにも強制するけど大丈夫?」


「ここはゲイルの城でしょ?構いませんわよ」


本当に大丈夫だろうか?


「後で護衛達を叱ったりしないと約束出来る?」


「そんな事はしませんわ」


「じゃあ約束ね。まずうちの二人を紹介するよ。ダン、シルフィードこっちに来て。こっちが俺の護衛のダン、こっちは客人のシルフィード」


「初めまして、マルグリット・スカーレットよ」


ダンもシルフィードも挨拶をした。


マルグリットが平民に挨拶をしたのを見て護衛達がぎょっとする。


「ビトーさん、皆鎧脱いで。馬達もここに離してやって」


「ゲイル様、それは出来ません」


「ビトー、構いません。この場はゲイルに従いなさい」


「ビトーさん大丈夫だよ。ここは魔物も来ないし誰も入って来ないから。もし誰か入って来たら解るようになってるから」


「あら、じゃあ私達が来るのも解ってたのかしら?」


「森に入った時からね」


「そんな仕掛けがしてあるのか?」


ベントが驚く。


「そうだよ。馬車通れるようにした時にね」


嘘だけど。


「結界が張ってあるのね。ぜんぜん気付かなかったわ。うちの魔導士達にも見習わせたいわ」


へぇ結界なんてあるんだ。ちょっと教えて欲しい。


「という事でビトーさん、マリさんの許可も出たから早く脱いで。鎧着てると威圧感あって好きじゃないんだよね」


「いや、しかし・・・」


「じゃないと皆帰って貰うからね」


そう脅すとマルグリットが早くしなさいと命令し、護衛達はおずおずと鎧を脱いだ。


「ベント、マリさんを小屋の中に案内して」


「ゲイルが案内すればいいじゃないか。お前の小屋だろ?」


「じゃあ俺が案内するからお前が馬の世話と飯の準備しろ」


そう言われたベントはちっと舌打ちをした。


「ダンとシルフィードは肉の準備お願い。鍋は出汁が足らないから焼き肉にするよ。鍋用の肉もスープにするから細かく切って」


「シルフィードに手伝わせるのか?」


「ベント、お前がやるか?」


「いや・・・」


「だったら口出すな。早くマリさんを小屋に連れてけ。その間に準備済ませるから」


「ベント様は何も出来ないのかしら?」


「そんな事無いよ。ベントに焼き鳥焼かせたらなかなかのもんだよ」


「うるさいっゲイルっ!余計なこと言うなっ」


以前焼き鳥を必死に焼いてたことをからかわれたと思ったのか、ベントは真っ赤になって怒ってマルグリットを連れて行った。


「ゲイル様、本当に宜しかったのですか?」


「いいのいいの。公の場ならともかく、ここは俺が開拓した私有地だからね。誰にも文句は言わせないよ。招待したならともかく、勝手に来たんだから。ここでは俺が王様みたいなもんだよ」


「では陛下とお呼びすれば宜しいでしょうか?」


ビトー、それはギャグか?


「いや、ゲイルでいいから。それよりちょっと皆手伝って。あっちの物置に炭があるからそれ持って来て」


手持ちぶさたでおろおろしてる護衛には仕事をやった方がいい。


その間に牧草を生やして馬車馬達にも食事をさせてやる。


「げ、ゲイル様・・・、今何を・・・?」


「馬達のご飯だよ。干し草より生の方が喜ぶからね」


「いや、そういう意味では・・・」


「はい、気にしない気にしない。炭に火を点けて行くけど、焼き物得意な人は居る?マリさんは自分で焼くとかやったことないよね?」


それなら私がと2名が手を上げた。


「今から何を召し上がる予定ですか?」


「ん?ボアの焼き肉だよ。さっき狩って来たから量は十分あるよ。」


「自ら狩って来られたのですか?」


「今日はシルフィード、さっきの女の子が狩ったんだよ。見事だったよ」


「何ですと?さっきの小さな女の子がボアを狩ったと?」


「あの子は山奥の村の子だからね、日頃からやってるみたいだから。女の子と侮ると痛い目に合うよ。うちの母さんなんてオークをワンパンで・・・痛でででで」


やっぱり呪いでも掛けられてるのか脇腹がいきなりつりやがった。


「どうなされました?」


「いや、なんでもないよ。さ、炭に火を点けるから」


魔法で火を点けるとざわっとする護衛達。


「全体が赤くなったら焼き出すから」


「これは消し炭ですか?」


「消し炭とは違うけど似たようなもんだね。うちの領のロドリゲス商会と王都の支店で取り扱い販売してるから、気に入ったら買ってね」


消し炭なんか売ってるのかと思ったビトー。


「ぼっちゃん、肉の準備が出来たぞ。串に刺しといたが良かったか?」


ダンは気が利くね。


「ばっちりだよ。さ、皆座って。早く食べよう」


思わず人数が増えたので時間が掛かってしまったのだった。



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