第263話 マルグリットが来た
ざわざわざわざわ
ディノスレイヤ領に20名程の護衛を引き連れた豪奢な馬車と従者を乗せた馬車がやって来た。
領民達が遠巻きにその一行を見ている。
「ベント様、ディノスレイヤ領では貴族の馬車が通っても平民が頭を下げませんのね。領の中心地というのに壁も門もありませんし」
「うちの領は貴族がうちしかいないし、まだ出来て間もない領だから・・・」
「あら、そうでしたわね。あまりにものどかなのでまだ近隣の村かと思いましたわ」
・・・・
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「あ、あれがうちの屋敷だよ」
「どこにあるのかしら?従者の小屋らしきものは見えますけど・・・」
「あ、あれがうちの屋敷だよ・・・」
「あら、そうですの?随分と慎ましいお屋敷ですこと」
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サラが従者の馬車から降りて先に屋敷へと向かった。
「あ、サラさん。お帰りなさい」
「ミーシャ、奥様にベント様とマルグリット・スカーレット様が来られたことを伝えて頂戴」
ミーシャはアイナを呼びに行き、ベント達が来た事を伝えた。
「初めましてマルグリットさん。夏にはベントがお世話になったみたいでお礼を言うわ」
「初めましてアイナ・ディノスレイヤ様マルグリット・スカーレットと申します」
ざっくばらんに挨拶をしたアイナと違ってマルグリットはカーテシー挨拶をした。
「さすがはスカーレット家のお嬢様ね。丁寧なご挨拶ありがとう。でもここではそんなに畏まらなくていいわよ」
「母さん、馬車2台と護衛達もいるんだけど・・・」
「ミーシャ、馬車はソーラス達に頼んで頂戴。護衛の人達はどこに泊まって貰おうかしら・・・」
「アイナ・ディノスレイヤ様、護衛達はテントを張らせますのでどこか場所だけ提供頂ければ結構ですわ」
「あら、それでいいのかしら?」
「ええ、仕方がありませんわ。お屋敷もあまり大きくないようですし・・・」
使用人達が護衛に牧場近くのスペースにテントを張るように伝えた。
「さ、マルグリット・スカーレット様、ベント様、お部屋にご案内致します」
サラはアイナに頭を下げてから二人を部屋に案内した。マルグリットのメイド二人も連れて行った。
夕食にはまだ早い時間だったのでおもてなしとして慌ててお茶の準備をするブリック。お茶といってもトウモロコシのヒゲ茶だ。お茶うけには夕食のデザートとして用意してあったイチゴの練乳がけを出した。
「マルグリットさん、東の辺境伯領と違って田舎だから驚いたでしょ?」
「ベント様から伺っておりましたからさほどでも。平民が貴族の馬車が通っても見てるだけというのには驚きましたけれども」
「そうね、うちではそんな事しないわね。貴族と言っても私達も元平民だったから領民と近い立場なのよ」
「あら、それでも貴族は貴族でございますわ。線引きはキチンとしておかないといけないのでは?」
「他領ではそうでしょうね。でもうちはこれでいいのよ」
ふーんと納得のいかない返事をするマルグリット
「さ、こちらをどうぞ。今日は準備が出来てなかったから簡単なものだけど」
アイナはお茶とイチゴを勧めた。
「この時期にイチゴがあるなんて珍しいですわ。それとこれにかかってるソースは何かしら?」
「イチゴはゲイルが温室で育ててるのよ。ソースは練乳というものよ。牛乳から作ってるらしいわ」
まずお茶を飲んで不思議な顔をするマルグリット。
(何かしらこれ?不思議な味のするお茶?かしら・・・?)
次にイチゴを食べてみる。
「すっごく甘いですわ・・・」
(何これ?こんなに美味しいイチゴもソースも食べた事ない・・・)
「どう?美味しいでしょ?私もこれ好きなのよ」
「母さん、こんなのいつから食べてるの?前には無かったよね?」
ベントも初めて食べるイチゴの練乳掛けに驚いている。
「ゲイルがなんか色々やって最近デザートに出るようになったのよ。来年には領内でイチゴが売れるくらい出来るって言ってたわ」
「アイナ・ディノスレイヤ様・・・」
「アイナで良いわよ」
「ではお言葉に甘えまして、アイナ様。ゲイル様とはベント様の弟の・・・?」
「そうよ。3人兄弟の末っ子ね」
「まだ小さいと伺っておりましたけど?」
「年が明けたら5歳ね。ゲイルは食べ物にうるさいのよ。いつもコックと何やらやっては新しい食べ物が出てくるわ。街の商店で珍しい食べ物とかスパイスを買ってきているしね」
「ゲイル様は今いらっしゃるのですか?」
「あの子が昼間屋敷にいることはほとんど無いわ。馬に乗ってあちこちに行ってるから」
「馬に?」
「そうよ。子供でも乗れる椅子みたいな物を作ってもらって乗ってるわ。もう走らせる事も出来るわよ」
「いくつもの料理を考えてイチゴを作って馬に乗る5歳児なんてとんでもないですわね。早くお会いしてみたいですわ」
「ゲイルなんて毎日遊び歩いてるだけだよ」
ベントはマルグリットがゲイルに興味を示したのがおもしろくなかったようだ。
「マルグリットさん、苦手な食べ物とかある?コックに伝えておくわよ」
「いえ、特にありませんわ」
マルグリットは生野菜が苦手だったが淑女の嗜みとしてそれは言わなかった。
「じゃあ良かったわ。今日は間に合わないけど、明日は鉄板焼をリクエストしておこうかしら。ベントもそれでいいわよね?」
アイナはミーシャにブリックへ伝言を頼んでおいた。
「ただいまー」
「あ、ぼっちゃま、ベントぼっちゃんとお嬢様が来てますよ」
「え?もう冬休みに入ったの?」
「知りませんけど来られてます」
「そうなんだ、わかった。ちょっとブリックの所に行ってくる」
「ブリック、今日は何作るんだ?」
「あ、ぼっちゃん。今日は唐揚げとカレースープとサラダです。いきなりだったんで他に良いのが無くて。明日は鉄板焼だそうです」
ブリックは山盛り唐揚げの準備をしていた。
「多くない?」
「護衛の方々が20人ぐらいいるんですよ。牧場の近くでキャンプ張ってますんで差し入れようと」
そんなに来てるのか。
「明日は鉄板焼だとフォアグラいるな。鴨肉も仕入れてくるからネギと白菜用意しておいて。護衛は鴨鍋でも出しといたら自分達で食うだろ。明日の朝はサンドイッチだな。昼はピザとかでいいぞ。デザートはイチゴでいいだろ」
「イチゴは到着された時に出しました」
「そうなの?だったらプリンかなんか作るか。これは俺がやっておくから」
ミーシャにも手伝って貰ってせっせとプリンを作る。護衛たちの分も作ってやるか。疲れてるだろうし甘い物でも食ったら元気も出るだろ。
「ブリック、これ護衛達の分もあるから唐揚げと一緒に持っていって」
プリンを作り終えて部屋に戻った。さて、東のお嬢様とやらはいつまで居るんだろな?明日は朝から鴨を肉屋に運んで貰わないとダメだな。
ー夕飯時ー
「ようこそディノスレイヤ領へ。俺が領主のアーノルドだ。夏にはベントが世話になったな」
「初めましてアーノルド・ディノスレイヤ様。マルグリット・スカーレットです。かの英雄にお会い出来て光栄でございますわ」
「さすがはスカーレット家のお嬢様だ。流暢な挨拶をありがとう。それと比べてうちはがさつだがら申し訳ないな」
「いえ、そんなことはございませんわ」
にこやかに挨拶をするマルグリット。
「ようこそ。ベントの弟のゲイルです」
「マルグリット・スカーレットよ。あなたがゲイル様なのね。聞いてた通りまだ小さいのね」
想像通りの貴族の娘って感じだ。まだ子供なのに美人だな。
「まだ4歳だからね。マルグリットさんは今回はいつまでいるの?」
「こら、ゲイル失礼な聞き方をするな」
「いや、せっかく来てくれたんだからご飯のメニューとかあるじゃん。うちの領なんて見るとこないし、食べ物くらいしかもてなせないからね」
「ここの食事はゲイル様が考えてらっしゃるとお聞きしましたわ。本当かしら?」
「食べたい物をコックのブリックに言ってるだけだよ。それと俺に様はいらないよ」
「あら、じゃあ遠慮無くゲイルとお呼びしてもいいかしら?私の事もマリで良いわよ」
「え?マルグリット、ゲイルに愛称で呼ばすの・・・?」
「ベント様もそう呼んで宜しくってよ。私もベントとお呼びしますけど」
年頃の貴族の男女がお互いに愛称や呼び捨てで呼ぶのはそれなりの意味がある。マルグリットは意地悪そうな言い方でベントにそう言った。
「いや・・・マルグリットでいい・・・」
あら残念とクスッと笑うマルグリット。こりゃベントなんか手玉に取られて終わりだな。
「そうそう、ゲイル。先ほど頂いたイチゴも白いソースも大変美味しかったわ。あなたが作ったんでしょ?あのソースの作り方は教えてもらえるのかしら?」
練乳なんて簡単に出来るからいいけど、エイブリックが社交会で出すかもしれないからなぁ。
「別にいいんだけど、ちょっと約束があってね。春まで待って貰えるかな?作り方は簡単だから手紙に書いて出すよ」
「そう、父上に教えてあげたら社交会で出せる物が増えて喜ぶかもと思ったのだけど残念ね。春まで楽しみに待ってるわ」
危ねぇ。エイブリックのとこと被るとこだった。
「お待たせ致しました。こちらからどうぞ」
まずは生野菜サラダだ。レタス、キュウリ、トマト、オニオンスライス、ベビーコーン。我が家では定番になったサラダ。温室で育ててるから夏野菜でもなんでもありだ。
「ゲイル、この時期に生のキュウリやトマトがあるんだ?それにこの黄色いのはなんだ?」
「親方に温室を作ってもらったんだ。ポポが一生懸命に育ててくれてるよ。黄色いのはベビーコーン。トウモロコシを間引いたやつだね」
「トウモロコシ?」
「それは明日に出てくると思うよ。今年から育て始めた野菜だね」
さ、どうぞと言われてマルグリットは野菜サラダを見つめていた。
「あれ?マリさんは生野菜嫌い?」
「そ、そんな事はありませんわよ」
「うちの野菜は美味しいよ。コック特製ドレッシングかマヨネーズ付けて食べて」
「特製ドレッシング?マヨネーズ?」
「こっちの液体のソースがドレッシング。クリーム状のがマヨネーズ。さっぱりした味が好きならドレッシング、こってりならマヨネーズだね」
通常この世界ではサラダには塩だけとかオリーブオイルと塩とかだからな。
マルグリットはドレッシングを少し掛けてレタスを口に入れる。
「美味しい・・・」
「でしょ?野菜も新鮮だしね。トマトにマヨネーズも美味しいよ」
今度はトマトにマヨネーズを付けて口に入れる。
「・・・生のトマトって青臭くてあまり好きじゃなかったけど、これはすごく甘いわ。それにこのソース、とっても美味しい・・・」
「前に食べた物より美味しくなってるぞゲイル。何かしてあるのか?」
「食べる直前に収穫してるからね。売ってるのは痛まないように熟す前に収穫してたりするから味が違うんだよ」
品種改良もしてるけどな。
「ゲイル、美味しいわ。これなら毎日食べてもいいわ。」
「やっぱり生野菜嫌いだったんだね。嫌いな物は無理して食べなくていいけど、味見はした方がいいよ。嫌いだったものも急に食べられたりするから」
そしてカレースープの風味と辛さに驚き、揚げたて唐揚げを美味しそうに食べ、デザートのプリンにも感動していた。
ザ・貴族のお嬢様と思ってたけど、プリンを食べて綻ぶ顔を見てると普通の女の子なんだなとゲイルは思ったのだった。
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