第258話 エイブリックとの話

秋になり、小屋周りに植えておいた梨、柿、栗、ザクロがそれぞれ実をたわわに実らせ、せっせと収穫していた。


「ぼっちゃん、思ったより大量にあるぞ」


「そうだね。これくらいあればいいか」


明日、王都のエイブリック邸に行くのでお土産に梨、栗、柿、ザクロを持って行くのだ。



屋敷に戻る途中でバルの近くを通ってみると開店時間直後なのに盛況だった。値段は高いもののここでしか食べられないものがたくさんあり、せっせと稼いで通う者が後を絶たなかった。


「街のやつらもこっちにわざわざ飲みにきてるみたいだな。前まではこっちに来ること無かったのによ」


「そうだね。冒険者以外の人がわざわざこっちまで飲みに来るようになるとは思わなかった。よく飲んでから歩いて帰るよね」


「馬車持ってる奴も少ないからな。ベロベロに酔っちゃ馬も乗れねぇし」


飲んで歩けなくなった客がガンツの宿で泊まって帰ることもあるようで宿も盛況だった。安宿が西側にどんどん増えても需要は尽きないみたいだな。


ミサの装飾店もオープンして女性冒険者の間にちょっとしたブームがおきていた。武具にワンポイント装飾ってのが受けているらしい。ミサの店はカワイイで溢れており、店内もディスプレイも明るくライトアップされているため、明かりに引き寄せられる虫の如く女性冒険者が店に入って行った。



翌朝、馬車でエイブリック邸に向かう。果物がたくさんあるので馬だと載せきれなかったからだ。急ぐ旅でもないのでのんびり来たので日が沈むまでに間に合わなかった。



「ここの串肉も美味しいでふよね」


門の前の屋台で買った羊肉をミーシャは美味しそうに食べている。屋敷の旨いご飯を食べていても串肉は旨いようだ。俺は当然焼鳥だけど。



ん?あいつらは・・・


王都からディノスレイヤ領に向かう道に見覚えのある顔がいる。


「おい、お前らもう牢から出てきたのか?」


そいつらはディノスレイヤで俺に討伐された盗賊どもだった。


「ヒッ!も、もう悪いことはしてません。嘘じゃありません。舌を抜かないでっ」


俺に声を掛けられてビビりまくる盗賊の元頭。


話を聞くと盗賊を見つける為の見張りをして罪を償ってるそうだ。盗賊は盗賊を知るというのか、雰囲気で分かるらしい。それらしい奴等を見付けたら衛兵に報告し、王都に入るようなら門番が止め、夜なのにディノスレイヤに向かうようなら捕まえるらしい。


これまでに何組もの盗賊を発見し、治安向上に一役買っているらしかった。


「そうか、反省して人の役に立ってるならよし。また良からぬ事を考えたら怨念が舞い戻ってくるからな」


そう言うと姿勢を正して敬礼した。


人を殺した罪は消えないが償う事は出来る。二度と間違いは犯さないようにしてくれ。



翌朝門が開いたのでエイブリック邸に向かった。いつものように執事が出迎えてくれて部屋に案内される。お土産は直接厨房へと運んで貰った。


「ヨルドさん久しぶりだね」


「チュールの奴は頑張ってますかな?」


「もうお店も大繁盛だよ。王都にも店を出そうかと思うくらいだね」


「むっ、王都にですか?」


「冗談だよ。そもそもコックもいないし儲けるつもりの店でもないからね」


「儲けるつもりが無い?」


「そうそう、料理屋の利益なんて知れてるでしょ?チェーン展開してあちこちに店を出すならともかく」


「チェーン店とはなんですか?」


「同じメニューを同じ料金で提供する店をたくさん作ることだよ。店の名前も同じにしておいたら、一度行った客も他の店でも安心して入れるでしょ」


「ほぅ、なるほど。そんな事が出来るのですな」


「まぁ、人がいればね。面倒だからやらないけど」


「いや、それをしていただくと王都の食のレベルが一気に上がりますな」


「じゃあ、ヨルドさんやりなよ」


俺がそういうとはっはっはっはと笑いながらまんざらそうでもなかった。


「これ、うちの小屋で作った果物類だよ。梨はこのまま食べてもいいし、お菓子に加工してもいいよ。栗と柿は加工して、ザクロはジュースにしてね」


それぞれの特長を説明して調理方法を教える。


パティシエ担当のポットに作り方を教えようとしたらヨルドも参戦してきた。


まず柿の皮を剥いて蒸留酒で消毒してから紐に繋いでいく。ダンとミーシャにも手伝わせる。おい、ミーシャ、そんなに皮を厚くむいたら実が無くなるぞ。


「これは保存食ね。冬のおやつに食べて。干し葡萄みたいなもんだけどカビが生えるから気をつけて」


横を見るとポットが生の柿を味見したようで顔のパーツが全て真ん中に寄ったような顔をしていた。


「ザクロジュースは美容にいいから女性に喜ばれると思うよ。じゃあ栗は軽く下茹でしてから皮を剥こう」


持って来た栗の1/3位を軽く茹でて皮を剥いていく。栗の皮剥きは非常に面倒臭いので俺は指示だけだ。


剥いた栗を何度か灰汁抜きをしてから調理開始。


「1つ目はマロングラッセね。水と砂糖と蒸留酒を入れて煮詰めていくだけ。二つ目は砕いて裏ごしをして生クリームと砂糖を入れてマロンクリームにしていくよ」


ポットを中心にお菓子を作っていく。スポンジをスクエアで焼いてもらい切って順番に並べていく。


マロングラッセを一つ乗せて、砕けたマロングラッセを生クリームと混ぜて上に掛けてからマロンクリームを絞り器でうにょうにょと掛けていく。


「これがモンブランっていうケーキだよ。マロングラッセはそのまま食べてもいいし、こうやってケーキの材料にしてもいいから。今年はまだお試しの収穫だから数が少ないけど、来年には流通させるくらい数が確保出来るよ」


皆で味見をするとヨルドがカッと目を見開く。


「手間は掛かりますが異次元の味ですね。焼いただけの栗とは大違いだ」


どうやら栗は王都でも売ってるらしく、焼いて食べるのが一般的みたいだ。


「ゲイルさん、これ来年の社交会で出してもいいですか?」


「いいよ。それなら一口サイズで作った方がいいね。マロングラッセはなんにでも使えるからケーキの材料にしてもいいし、パウンドケーキの中に干し葡萄とか干しリンゴと一緒に混ぜて焼いてもいいし」


なるほど、と板切れにメモを書いていくポット。


「ゲイルさん、料理で新しいレシピは無いのですか?」


ヨルドも次の社交会に何か出したいらしい。しかし、ほとんど俺が知ってるレシピ教えたしなぁ・・・


「じゃあ今あるレシピから流用しようか?」


俺は惣菜パンと菓子パンの作り方を教えていく。メロンパン、クリームパン、ジャムパン等の菓子パンとカレーパン、チーズパン、ミートパイを指示して作っていって貰う。お昼ご飯はこれらの試食で十分だった。



「パンに具を入れるだけでこんなにも様々な種類が作れるのですね」


「そうそう、サンドイッチとかホットドッグとかもそうだしね。なんでも好きな物入れたらいいんだよ」


これは創作意欲が沸いて来ましたとヨルド達は張り切っていた。


「やはりチュールが羨ましいですな。師匠・・・ゲイルさんが近くにいると実に勉強になる」


「チュールもここで教えたレシピだけだよ。酒飲む用にちょっとアレンジしてあるけど社交会に出すようなレシピじゃないからね」


菓子パンや惣菜パンが社交会向きかと言われると辛いけど。強いて言えばミートパイくらいだろうか。


その後にアップルパイと梨のタルトを教えて厨房を後にした。



「ぼっちゃま、屋敷で食べた事がないものがたくさんありました」


「そうだね。ミーシャが気に入った物があればブリックにも教えるよ。」


「じゃあ全部・・・・」


実に素直で宜しい。欲望に忠実ないつものミーシャだった。



晩御飯の時にドン爺もやってきた。


「ゲイルにミーシャ、ダンもよく来たな。待ちわびていたぞ」


ドン爺はニッコニコだ。胸元にはミサの作ったブローチのような物が着けられている。エイブリックの胸元には火の鳥のタイピンが着けられている。二人ともよく似合っていた。


「ゲイル、お前が職人に作らせたこのブローチもエイブリックのタイピンも実に見事な出来じゃ。気に入っておるぞ」


「これを作った職人は良い腕をしているな。王都の装飾店がどうやって作ったのか悔しがっていたぞ」


装飾店は定期的に品物を見せにくるらしく、ミサの作った物を身に着けてから他の物には興味を示さなくなったドン爺とエイブリックにこれを作った職人は誰かと聞いて来たようだった。献上品だとしか答えてないとのことでウチには迷惑をかけないように出所は伏せてあるらしい。


それからバルの盛況ぶりや衛兵団の事など人を出してくれた礼がてら報告しておいた。


ご飯を食べ終わって部屋に戻ると俺だけエイブリックに呼び出される。



「ゲイルよ、この刀に彫られてあるのは文字か?」


「まぁ、記号程度に思っておいて。エイブリックさんの刀にはエンゲツって名前付けたからその印だよ」


「エンゲツという名前は何か意味があるのか?」


「炎の月って意味だよ。エイブリックさんを象徴する炎と刀の反りが強めだから月で表してみたんだ」


「ほう、炎の月か。そう言われるとこの刀はそう見えるな。刀の模様も炎みたいに見えるしな。実に見事な物だ」


どうやらエイブリックは毎晩刀を抜いて眺めているらしい。今もうっとりと眺めている。


「用件はそれだったの?」


「あぁ、すまん。それもあったのだがこれを見て欲しかったんだ」


エイブリックは一本の長い湾曲した棒を出して来た。


「これは以前遺跡から出て来たものでな、使い道が分からんのだ。それとここを見てくれ」


棒の下には見慣れた漢字が書かれていた。


「これは弓だね。下に書かれているのは月影(ツキカゲ)っていう意味だよ。これの持ち主の名前か弓の名前かはわからないけど。多分弓の名前かな。月のような曲がり方と黒いことから名付けたんじゃ無いかと思うよ」


「これが弓?こんなに長いと扱いにくいのでは無いか?」


「歩兵の長距離武器だね。馬に乗って使う奴はもう少し短いと思う」


「ここに書かれているのはやはり文字なのだな?刀と同じ物が書かれていたから何か意味があるとは思っていたが・・・」


これ作ったの日本人だよな。いつの時代からめぐみに連れて来られたんだろうか?


「神のお告げを受けた者が読める文字だね。それ作った人もそうだったんだと思うよ」


「そうか、やはりお告げを受けた者が他にもいるのだな」


「恐らくそうだと思う。遺跡から出てくるものはほとんどそうじゃないかなと思うんだよね」


「アーノルドから聞いているかも知れんが遺跡探索はまだかなり残っているんだ。リッチがいたところもそうだしな」


「面白そうだよね。成人したら探索に行ってみようかと思ってるんだ」


「そうか、それなら新たなる発見が進むな。今あるものでも使い道がわからんものがいくつかあるんだが、研究所にあるからな。また機会があったら見てくれんか?」


「いいよ、全部が分かるわけじゃないと思うけど、どんなのがあるか興味あるしね」


今すぐにでも見てもらいたいみたいだが、研究所にお告げの事は話せないので機会があればという事になった。王子の立場を利用して持ち出す事も可能らしいが、変に探られても困るからなということだった。



翌朝は菓子パンと惣菜パンを堪能してからディノスレイヤ領に戻った。次来る時は社交会が終わった後でと約束しておいたのだった。

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