第232話 ドワーフ国よ、また来るね
「親父、坊主は職人の事をよく解っとる。きちんと作られた物を他の人間みたいに値切ったりもせんし、その価値や腕を認めてくれよる」
ドワンとバンデスは誰も居なくなったリビングでジョージの作った蒸留したての酒を飲みながら話していた。
「サイトがあんなに自分で何かをやりたいと言い出したのは初めてじゃ。いつもおどおどしておって何も出来んと思っておったわ」
「親父がちゃんと見ておらんからじゃ。坊主の馬がサイトに懐いておったのはさっきも言ったじゃろ」
「馬なんぞ世話してれば懐くもんじゃろ」
「坊主の馬は特別での。人の言葉も理解するし、魔物相手でも身を張って守ろうとするくらい坊主にベタ惚れじゃ。それが他のやつに懐くくらいじゃ、よっぽど丁寧に馬の世話をしていたんじゃろ」
「ふん、それくらいしか出来ん奴をなぜ連れて行く」
「サイトの職人としての腕は未知数じゃが、性格やら仕事に対する姿勢を買ったんじゃろ。坊主が見込んだ奴はみな著しく成長して行くでの。サイトもきっと期待に応えるじゃろ。ワシですら武器以外を作るようになったぐらいじゃからの」
そう言ってドワンはガッハッハッハと笑った。
「お前、よく笑うようになったの。それも坊主のお陰か?」
「そうじゃな、坊主に振り回されっぱなしの毎日じゃが充実しとるぞ。親父もゲイルが来てからよく笑うようになったじゃろ」
「そうじゃな」
「変わる事がすべて良いとも言えんが、変わることで良くなる事もある。坊主が来てわずか1ヶ月でずっと変わらんかったここも大分変わったじゃろ?」
「酒や飯がずいぶんと旨くなったわい」
「ワシも坊主と出会う前は飯は食えたらいい、酒は強ければいいと思っとったが、ここに来るまでの宿屋の飯が不味くて食えんようになっておった。飯が不味いと酒も旨く感じん。もう昔の飯や酒には戻れんな」
「そうかも知れんな。こいつを飲んだら他の酒じゃ物足らんわい」
そう言ってバンデスはベーコンをつまみにぐっと蒸留酒を飲む。
「親父よ、この酒はもっと旨くなるんじゃぞ」
「何っ?」
「熟成と言うらしい。作ってすぐに飲まずにずっと樽に入れて置いておくと更に旨くなるそうじゃ。今、ワシの所で大量に作って熟成させとるぞ」
「なんじゃと?それは売るのか?それとここでは作れんのか」
「そいつらを売るのは4~5年後からじゃ。それまで楽しみに待っとけ。熟成させるにはちゃんとした保管場所じゃないとダメになるらしいからな、今ここでやるのは無理じゃ」
「そうか、ここでは無理か・・・」
「人も酒も同じじゃ。今ちゃんと仕込んでやれば何年後かにはもっと良くなっておるもんじゃないのか。サイトも坊主の元に来たらもっと出来る奴になるじゃろう」
「酒と同じで場所によって良くも悪くもなると言いたいのか?」
「そうじゃな、今はサイトみたいなやつはここではそうじゃろ。親父は長《おさ》から王になるんじゃろ?ちゃんと人を見て認めてやらんといつまでも旨い酒を作れる場所にはならんぞ」
「お前は昔から生意気な口を叩きおったが、ついに親に説教するまでになりおったか」
「それもワシの熟成が進んだ証拠じゃわい。悪くないじゃろが」
ふんっと笑ったバンデスがドワンに手紙を差し出した。
「ウエストランド王国の王に渡してくれ。この前の返事だ」
おぅと返事をしたドワンはその手紙の内容を聞かずに胸元にしまった。
さ、ドワーフの国とも今日でお別れだ。今まで関わったドワーフ達と後で来るジョージやファム達が見送ってくれている。
サイトは後から来る職人達が出る迄の働き具合をバンデスが確認して許可を出すかどうかにしたらしい。
「ゲイルさん、必ずそちらに行けるように頑張ります。シルバーもまた会おうね」
サイトはおどおどした所が無くなり、シルバーの顔をナデナデしてそう言った。シルバーもフンフンとサイトに挨拶をしていた。
「ゲイル君、私が行くまで浮気しちゃダメだよ」
ミサよ、みんなの前で月に代わってお仕置きするポーズでそんなこと言うでない、誤解されるだろ。それに嫁に貰った覚えはない。
馬車に帰りの食料と種、トウモロコシ、芋を積んで俺達は出発する。
「そのうち又来る。お袋、その時はゲイルの料理でなくお袋のスープを食わしてくれ」
たくさん作るわねとタバサは泣きながら答えていた。
カッコカッコカッコと馬車が動きだし、盛大に見送ってくれたドワーフ達に手を振って別れを告げた。御者をするドワンの目から汗が出ていたことは見なかった事にしてやろう。
帰りの道はワイバーンも出ることが無く、急ぐ必要も無いので休息ポイント毎に泊まって帰る。
「ちと遠回りになるがあの村から曲がらずに直進して帰るぞ。もうワシらを探してはおらんと思うが見付かったら面倒臭いでな」
盗賊になりかけた村の近くまで来てドワンがそう言った。
「別にいいよ。村の様子も見て帰ろうか?今晩はそこで泊まってもいいし」
「そうじゃな。作物が育ってないようならちと手伝ってやれ」
ゲイルはわかったと返事をした後、村に向かった。
ー盗賊になりかけた村ー
「あれ?誰もいないよ。違う村かな?ここだったよね?」
家はあるけど人の気配が無い。育ちかけていた農作物もボアや鹿に食われたのかめちゃくちゃになって雑草が生えはじめている。
「ぼっちゃん、みんなこの村を捨てたんじゃねーか?この草の生え具合からして俺達が通り過ぎた後に居なくった感じだぞ」
「全員でディノスレイヤ領に向かったのかな?元来た道を帰って確認する?」
「そうだとしたらそろそろ領に着いてる頃じゃねーかな?追いかけても無駄だと思うぞ」
結局、俺達はドワーフの国に1ヶ月少し居たからな。そうかもしれん。
「気にはなるが今さらじゃ。村人がぞろぞろ歩いて通ったなら騒ぎにもなっとるじゃろ。来た道を帰るのはやはり面倒事に巻き込まれる可能性が高いから他の道で帰るぞ」
ということで誰も居ない村で一泊して、念のために馬車に草をくくりつけて再び偽装しておいた。
翌日からは案の定盗賊が出始めたのでゴブリンを倒すシューティングゲームだと思って目の前に盗賊が来る迄にパンパン撃っていた。
「しかし、捨てられた村がけっこうあったね」
2週間ほど移動しているうちに廃村をいくつも見かけた。
「そうだな。小さな村は不作が2年も続いたら備えもないだろうからな、町に移り住んだりするんじゃねーか?」
この道は東の辺境伯領都に繋がる道らしい。領都には行かずに途中から王都に向かう道に曲がるけど、この辺りは東の辺境伯管轄なのだろう。
ポツポツと宿場町もあるけど数が少ない。廃村になった所が宿場町代わりになっていたのだろう。盗賊が多いのはその村人だった人達かもしれないな。
「この道、治安悪いんだろね」
「そうだな。あの村も領主から支援を貰ってないと言ってたから捨てられた村もそうだったんだろう」
「町に移り住んだら生活出来るの?」
「ディノスレイヤ領みたいに発展し続けてる所ならな。そうじゃなきゃ奴隷みたいな扱いになるんじゃねーか?後から来た奴が自分で開墾して食えるようなら元の村でやってるだろうからな」
そうか、残るも地獄、移るのも地獄だけど鉱山送りになるよりマシぐらいなもんか。
「そう思うとうちの領は幸せだね」
「そうだな。王都も近いし、他国にも面してないから戦争の心配もない。魔物は冒険者どもが狩ってくれるから恵まれているな。これからも益々人が増えて行くんじゃねーか?」
「土地が足りなくなるね」
「そうなりゃどんどん開拓して行くまでだ。今よりもっと西にも広がって行くだろうから魔物の脅威が増える、そしたら冒険者も増えるから冒険者学校を作ったのは正解だな。武器屋とかも増えて行くんじゃねーか?」
「そうだね、人がもっと増えるなら食料の確保も必要だね。ファムが来てくれることになって良かったよ。連作障害も出てからでいいかと思ってたけど、先に手を打った方が良さそうだね」
「お前は相変わらずすぐに色々と考え付くの。もう坊主が領主をしたらどうじゃ?」
「やだよ面倒臭い。それに俺が領主になったらダンもおやっさんも道連れにして遊びにすら行けないようにするからね」
「おっと、そいつは勘弁だな。犠牲はアーノルド様に任せよう」
「そうじゃ、犠牲はアーノルドだけでいいわい」
ドワンがそう言うとガーハッハッハと皆で大笑いした。
ーその頃の犠牲者アーノルドー
何が100人だ、女子供合わせたらもっといるじゃねーか。
「ミゲル、すまん。もっと建物が必要だ」
「ええーい、解っとるわい。今大工達に指示しとるわいっ」
エイブリックの報告にあった100名強の報告は第一段に出発した人々で、他の所に出稼ぎに行っていた者も続々と追加でディノスレイヤ領に訪れていた。
「アーノルド様、住民登録の手続きを急ぎでお願いします」
「セバス、おれにばっかり言うな。他の奴等にも急がせろっ!」
「すでにやっております。さ、早くお戻りに」
「ゲイルっ、いつまでも遊んでないで早く帰って来やがれっ!自分の尻は自分で拭けぇぇぇ」
アーノルドはあまりの忙しさに発狂していたのだった。
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