第215話 修行の後書き
「お帰りなさい。ずいぶん長い修行だったわね」
にっこりと微笑むアイナが修行から戻った俺達を出迎えてくれた。
この笑顔は聖女の微笑みか悪魔の微笑みか俺には判別がつかない。意識を集中しても分からなかったがダンはそそくさと自分の部屋に戻った所を見ると後者の方が可能性が高い。ダンの危険察知能力を侮ってはいけない。
「帰ったぞ。もうくたくただ。風呂に入りてぇ」
アーノルドは嬉しそうにアイナに話し掛ける。クリーン魔法で清潔にしてたとはいえ、風呂は別物だ。俺もゆっくり浸かりたい。
が、危険地帯からは速やかに撤退しなければならない。
「ただいま母さん。修行の事は明日ゆっくり話すね。お休みなさい」
それだけ伝えて部屋に向かった。戦略的撤退という奴だ。逃げるが勝ちとも言う。アーノルドよ健闘を祈る!
ベッドに入ると一気に気が緩んで俺は意識を手放した。
こんなに疲れていても翌朝夜明け前に目が覚める悲しさよ。もう一度惰眠を貪ろうかと思ったけど、シルバーをずっと放置したのが気になってたので牧場に行くことにした。
冷気が鼻にツーンと来るが修行の成果かそれほど寒く感じない。ずっと外で寝てたからかもしれないな。よく風邪引かなかったよ。
あれ?というか、こっちに来てから風邪を引いた記憶が無い。俺の周りでも咳をしたり鼻水垂らしたりしてるの見たことないな。もしかしてこの世界に風邪ってないのか?
そんな事を思いながら牧場に行くとシルバーが暴れていた。俺の気配を感じて馬小屋から飛び出して来たのだろう。
ちょっと気配を消してみると、あれ?みたいな顔をしてキョロキョロする。気配を出してみるとやっぱり暴れて俺を探そうとする。シルバーも気配を読んでることがよく分かって面白い。
「シルバー!ただいま」
牧場に入ると猛スピードで俺に駆け寄ってきて顔をぐいんぐいんこすりつけてきて、ヒヒンヒヒンと何かを言ってくる。
どこ行ってたんだよ馬鹿っ!とか言ってるんだろうな。
「長い間留守にしててごめんよ。ちょっと修行してたんだよ。ほら」
俺はシルバーの前で気配を消してみる。ピタッと動きを止めるシルバー。気配を出すと首をブンブン振る。ちょっと面白い。
「ね、これが出来るようになる為の修行だったんだよ。頑張ったんだぞ」
シルバーは良く分かってないようで早く乗れとお尻をぐいぐい押してくる。
「ぼっちゃん、おはようございます。ずいぶんと長い間留守にしてましたね?どこに行ってたんですか?」
ソーラスが俺の鞍を持ってきてセットしてくれる。
「どこなんだろね?父さんに連れていかれたからどこかよくわかんないんだよね。結構遠いところだと思うけど」
へぇと分かったような分かってないような返事が帰ってくる。俺がいない間、シルバーが元気が無くて病気かと思ったことを教えてくれた。その後にオーバルコースを何周か軽く走った。
朝飯を食いに行くとげっそりとしたアーノルドがいた。修行は2週間程度で帰ってくると言って出たらしく、1ヶ月以上帰って来なかった俺達への心配と仕事の代行の嫌味を一晩中言われたらしい。
御愁傷様だ。
取りあえずアーノルドもドワンの所にトカゲの皮を持って修行の成果の報告してから仕事に復帰することになった。
「おやっさん、ただいま」
「ようやく戻って来おったか。どうじゃった?」
「おやっさんの作ってくれた防具のお陰で怪我一つなく帰って来れたよ。俺は」
「当たり前じゃ、渾身の出来じゃったからな。 ・・・俺は?誰か怪我したのか?」
ドンっと、ダンが防具をおやっさんの前に置く。
「細かな傷は付いとるが、特にどこも・・・ん? ここは修復してあるのか?」
「おやっさん、聞いてくれよ」
ダンはそう言って俺がダンを斬った事を言い付けた。
「だーはっはっはっ!そりゃ油断したお前が悪い。坊主が小さくて良かったな。身長があれば死んでたかも知れんな」
「笑い事じゃねぇ。めっちゃ痛かったんだぞ」
「しかし、この防具じゃワシの魔剣は防げんと言うことがわかったの。なかなか得られん情報じゃ」
ドワンも自分の作った武具同士を戦わせるということをした事が無いらしく興味深そうに武具の修復跡を見ていた。特に修復は問題ないだろうとのことだが、念のため作り直してくれるらしい。
「これは土産だ。いるだろ?」
アーノルドはトカゲの皮をドワンに渡す
「トカゲがいるところまで潜ったのか?」
「いや、そこまで行ってないがな、コウモリの死骸を食いに出て来たんだ。毎日毎日大量に斬ってたから引き寄せられたんだろ」
どうやらトカゲはもっとダンジョンの奥深くを住処にしており、なかなか皮も市場に出回らないらしい。防具の良い素材になるそうだ。
「取りあえず帰って来た報告だけしておく。俺は仕事に行くから」
アーノルドはさっさと仕事に戻った。
修行の話を聞かせろとの事だったので森で昼飯を食いながら報告することにした。
狩りをするのもちょっと勘弁なので一旦東の街に戻って肉屋で仕入れをする事に。ドワンがカレーをリクエストしたが却下して簡単な焼き肉をすることにした。
「おう、ぼっちゃん久しぶりだな」
「ゴメン、ちょっと出掛けててさ。牛肉のバラとロースを焼き肉用で頂戴」
あいよっ!と返事してどんどんと用意してくれる。
「はい、お待ち。それとあのソーセージとベーコンとかいつから始めたらいいんだ?」
あ、忘れてた。エイブリックにもうレシピ出していいか聞いてないな
「ゴメン、出掛けてて聞けてないや。もうちょっと待ってて。聞いておくから」
「頼むよっ!」
ザックの所に次にいつ行くか聞いて手紙書こう。急いでロドリゲス商会へ向かう。
「あ、ぼっちゃん。どこ行ってたんですか。ずっと待ってたんですよっ!」
「なんで?」
「王都の支店のこと何で教えてくれなかったんですかぁっ!もう何がなんだかてんやわんやだったんですからっ!」
あ、これも忘れてた。
「あーゴメン、出掛けてて忘れてた。いい場所だったでしょ?」
「良すぎますよっ!あんな場所になんで店が借りられたんだとか、そんなに儲けてるのか?とか言われて大変だったんですっ!」
悪いことしたな
「支店の件断ろうか?」
「もうオープンしてますよっ!」
そりゃそうか。執事さんが手配したんだ。急がないとまずいよね。
コソッ
(家賃いくらだった?)
(そ、それがタダ同然なんです)
マジで?
(負担にならない程度にするとは聞いてたけど。)
(月に銀貨5枚です)
「えーーーっ!銀貨5枚っ?」
あの場所なら店と倉庫合わせて月に金貨10枚や20枚とか言われても驚かんぞ。銀座4丁目の路面店が地方のワンルーム並の家賃で借りられるみたいなもんだからな。
(しーっ!しーっ!家賃は絶対内緒なんですっ!)
(ゴメンゴメン。あまりの安さに驚いちゃって)
(その代わり発注したものは最速で入荷しろとの条件が付きましたので毎日馬車を出すことになりました)
それは結構な負担だな。普通の馬車なら1泊2日の道のりだ。往復を考えると馬車3~4台で回さなければならない。
「で、王都の支店は採算取れそうか?」
「今の所は赤字です」
エイブリックのとこだけだとそうなるわな。
「注文が増えるまで馬車じゃなくて馬で連絡したらどうだ?それか馬車が空いてる時は人乗せて運んでもいいし」
・・・・
・・・・
・・・・
「その手がありますね・・・」
商売人なら気付けよそれくらい・・・
「支店の責任者はお前がやるんじゃないのか?」
「いえ、自分の経験だとまだまだなので創業から父の右腕をしている大番頭にお願いしました」
「そうか。じゃあ安心だな」
「ど、どういう意味ですか・・・」
そういう意味だよ。
「今回の件、伝え漏れで悪かったな。あ、炭と薄力粉、それに蒸留酒は大量に支店に在庫置いておけよ。そのうち一気に注文入るから」
明日手紙を持ってくるからついでに配達しておいてくれといったら、エイブリック邸から預かった荷物を屋敷に届けてあると言われた。帰ったら確認せねば。
商会にドワンを迎えに行って、小屋で焼き肉を食べながら修行の報告をする。
おおー、焼き肉と白飯がめっちゃ旨い。
俺とダンはしばらく飯に夢中で報告出来なかった。
「食い終わったか?」
お腹をポンポンさすってるとドワンが呆れた顔で早く話せと言ってきた。
「はぁ?ゴブリン、コボルト、コウモリじゃと?なんじゃそんなもん修業にならんじゃろ」
「普通ならね。それを明かり無し、魔法攻撃無しで修業してた」
「魔法無しは分かるが、明かり無しじゃと?」
俺は修行の内容と最後の不思議な体験を話した。
「ぼっちゃん、あの中で気配を読んでたんじゃなくて見えてたってどういうことだ?」
ん?ダンは違うのか?
「よくわかんないんだよね。ダンがコウモリを斬ってたのも見えてたし、父さんが壁にもたれて俺達を見てたのもわかった。コウモリの飛び方もゆっくりで簡単に殴れたたんだよ」
「アーノルド様も見えてたって?」
「うん、無意識にライト点けてるのかと思ったよ」
ほうとドワンが感心する。
「坊主、そいつは心眼というやつじゃな」
「心眼?」
「そうじゃ、こころの目というやつじゃ、それ以外にも千里眼というやつもある」
「おやっさん、なんだそれ?」
「心眼は目を瞑ってても見える能力じゃ。千里眼はとても遠い所も見えるという奴じゃな。千里眼は聞いただけで使える奴に会ったことはないがな。使えても人には言わんじゃろし」
「心眼は?」
「生まれつき目が見えない奴が見えてるように動けたり、怪我で目が見えなくなっても以前と同じように戦えたりとかじゃ。ごくたまにいるぞ。ただコウモリがゆっくり飛んでいるように見えるのは知らんな。ワシ達も戦いの中で時折相手の攻撃がゆっくりに見える事があるからの、それじゃないかと思うぞ」
大昔のプロ野球選手がボールが止まって見えるとか言ってたやつだな。
「しかし、目が見えてる坊主が心眼を会得したのなら驚きじゃ。今でも使えるか?」
俺は目をつぶって集中してみる。しかしダンとドワンがそこにいるのは分かるが見えるわけではない。
「ダンとおやっさんの気配はわかるけど見えるわけじゃないね」
もう一度試せと言われる。
ダンとドワンは気配を消したようだ存在が薄くなるけど気配は分かる。
「うん、気配は分かるけど見えないや」
ぼ、ぼ、ぼ
ダンが何かを言いかける
「ふむ、今のは全力で気配を消したがそれでも分かるか。見えなくてもそれなら上等じゃ」
ダンはフルフルと震えている。
「ぼ、ぼっちゃん。俺が目を瞑るから気配を消してみてくれねぇか」
ダンがそう言って目を瞑るので気配を消すことに集中した。
震えながらゆっくりと目を開けるダン。
「ま、負けた・・・ 4歳児に気配の能力で負けた・・・」
ダンは俺の気配を把握出来なかったみたいだ。
「坊主、しっかりと修業して来たみたいじゃな。見事じゃ」
俺はドワンに誉められて嬉しかった。ダンは震えてうつ向いたままになってしまった。
これ、また修業に行くはめになりそうだな。行くなら一人で行ってくれたまへ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます